和歌山から南紀白浜〜万葉の息吹に触れる旅(2)

“断崖絶壁”という言葉がふさわしい、三段壁の荒々しい景色平安時代以降、紀伊半島南部の熊野三山への参詣が盛んになる中、その街道のひとつとして栄えたのが半島西側を南北に通る「熊野古道紀伊路」である。紀伊路は京都・大阪から田辺を結び、田辺から先は山中を熊野本宮大社へと進む中辺路と海岸線を行く大辺路に分かれている。長い歴史を有する紀伊路とその周辺には、数多くの文化遺産や古くから語り継がれる伝説が残っている。
「藤白神社」は、熊野九十九王子(王子とは、熊野の神様の御子神を祀った社)の中でももっとも格式の高い藤白王子跡で、熊野古道の重要な史跡のひとつ。紀伊路の宿場町であった「湯浅」では、醤油醸造で発展した古い町並みを巡った。和歌山最古の寺「道成寺」を参拝したあとは、車を南へ走らせて「南紀白浜温泉」へ。白浜温泉では、白い砂浜が美しい「白良浜」や「円月島」「千畳敷」「三段壁」など自然が生み出した壮大な景観を堪能することができた。

ドライブルート

JR和歌山駅−(県道17号線・国道42号線など)−和歌の浦−(国道42号線・県道9号線など)−黒江−(国道42号線)−下津−(国道42号線・県道23号線)−湯浅−(県道23号線・県道24号線)−白崎−(県道24号線・県道23号線・国道42号線・県道191号線など)−御坊−(国道42号線・県道33号線・県道31号線)−白浜−(県道31号線・国道42号線・紀勢自動車道・阪和自動車道)−和歌山市街

全行程 約230km、今回行程 約215km

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藤白神社の正面の鳥居

藤白神社の正面の鳥居

藤白神社

海南I.C.手前の藤白南交差点で国道42号線を外れて左手の道に入り、細い坂を登っていくと「藤白神社」に着く。万葉集に詠われる「藤白のみ坂」の入口に位置する同社の由緒は古く、『古事記』『日本書紀』に記される景行天皇の時代と伝わる。平安から鎌倉時代にかけて熊野信仰が高まる中、熊野聖域の入口として熊野一の鳥居が設けられ、この地の藤白王子は熊野九十九王子でもっとも格式の高い五躰王子のひとつに数えられた。歴代の上皇・法皇も熊野行幸の際には必ずこの地に宿泊し、神前で和歌会(わかえ)や里神楽、相撲などを催したといわれている。

  • 本殿。藤白鈴木氏の氏神「饒速日命(ニギハヤヒノミコト)」などを祀る

    本殿。藤白鈴木氏の氏神「饒速日命(ニギハヤヒノミコト)」などを祀る

  • 御歌塚。建仁元年(1201)の後鳥羽上皇の熊野御幸の際に催された和歌会の熊野懐紙が収められている

    御歌塚。建仁元年(1201)の後鳥羽上皇の
    熊野御幸の際に催された和歌会の
    熊野懐紙が収められている

境内には本殿のほか、子守の宮として信仰される子守楠神社、若くして悲運に散った万葉の貴公子・有間皇子を祀る有間皇子神社などがある。歌塚の大楠、千年楠など境内に生い茂るクスノキの大木も見事。この地方では古くから、子供が生まれると長命と出世を祈念して、藤白の「藤」、熊野の「熊」、クスノキの「楠」の3文字から名前を付けたそうで、和歌山出身の世界的博物学者・南方熊楠もその一人である。

  • 子守楠神社。社の背後にはご神木の千年楠が枝葉を広げて聳え立つ

    子守楠神社。社の背後にはご神木の千年楠が枝葉を広げて聳え立つ

  • 歌塚の大楠。30年ほど前の不審火で損傷したが、今は見事に甦っている

    歌塚の大楠。30年ほど前の不審火で
    損傷したが、今は見事に甦っている

神社の前には、熊野古道紀伊路が通っている

神社の前には、熊野古道紀伊路が通っている

周辺には、全国の鈴木姓のルーツとされる藤白の鈴木氏の住居跡「鈴木屋敷」が残っている(ただし、その建物は老朽化のため、倒壊寸前のような状態になっていた)。鈴木氏はもともと熊野の出で、平安末期ごろにこの地に移り住み、熊野参詣の案内役を務めたり、全国に熊野信仰を伝えた。中でも源義経の家臣となった鈴木三郎重家と亀井六郎重清の兄弟は有名だ。
熊野古道を南に少し行くと、有間皇子史跡(墓碑と歌碑)もある。有間皇子は斉明4年(658)に謀反の疑いで捕らえられ、牟婁温湯(現在の白浜温泉)に行幸中だった斉明天皇のもとに護送。その帰路、この藤白坂で絞殺された。歌碑に刻まれた歌は、護送中に自らの運命を悲しんで詠んだものだという。
/TEL 073-482-1123(藤白神社)

  • 鈴木屋敷とその庭園。屋敷は老朽化が進み、鉄パイプとネットで覆われてしまっていた

    鈴木屋敷とその庭園。屋敷は老朽化が進み、
    鉄パイプとネットで覆われてしまっていた

  • 藤白神社から少し南へ行ったところにある有間皇子の墓碑と歌碑

    藤白神社から少し南へ行ったところにある有間皇子の墓碑と歌碑

紀ノ国屋文左衛門船出の地

江戸元禄年間の豪商・紀ノ国屋文左衛門は紀州湯浅の出身で、和歌山には文左衛門ゆかりの史跡がいくつかある。ここ海南市下津は、まだ20代の若者だった文左衛門が、嵐の中、船に大量のみかんを積み込んで出航したという伝承が残っている場所。荒れ狂う海を乗り越えて江戸にたどり着いた彼は、そのみかんを売って莫大な利益を得たという。
「紀ノ国屋文左衛門船出の地」の石碑は、決死の覚悟で船出した文左衛門の勇気を讃えて建てられたもので、碑のうしろからは下津の港を望むこともできる。

  • 道路沿いに建っていた「紀ノ国屋文左衛門船出の地」の碑

    道路沿いに建っていた
    「紀ノ国屋文左衛門船出の地」の碑

  • 碑の背後から下津港を眺める。文左衛門もここから出航したのだろうか

    碑の背後から下津港を眺める。文左衛門もここから出航したのだろうか

湯浅町湯浅伝統的建造物群保存地区

熊野古道の宿場町として古くから栄えた湯浅町は、「醤油発祥の地」としても知られている。醤油づくりがはじまったのは、建長6年(1254)に由良・興国寺の開祖・覚心が南宋から径山寺味噌(現在の金山寺味噌)の醸造法を伝えたのがきっかけ。味噌桶の底に溜まる芳醇な赤褐色の汁を改良し、今日の醤油の原型が誕生したといわれている。江戸時代になると紀州徳川家の保護を受けて、町の中心産業として醤油づくりが活発に行われ、当時の湯浅には92軒の醤油屋が軒を連ねていた。
そんな往時の面影を残すのが、国道42号線湯浅交差点から西に入ったところにある「湯浅町湯浅伝統的建造物群保存地区」。東西約400m、南北約280mにわたって広がる同地区には、近世から近代にかけての醸造業関連の町家や土蔵があちこちに残っている。
醤油発祥の地に来たのだから、ぜひとも湯浅産の醤油を手に入れたいと、訪れたのが北町通りの「角長」。天保12年(1841)創業の醤油店で、現在も醤油の製造と販売を行う。近くには、慶応2年(1866)建築の「職人蔵」や「醤油資料館」があり、古い道具などを展示している。

  • 今も醤油の製造・販売を行っている角長。あたりには醤油の香りが漂っていた

    今も醤油の製造・販売を行っている角長。あたりには醤油の香りが漂っていた

  • 角長の向かいにある職人蔵では、醤油醸造に使われた往時の道具を展示している

    角長の向かいにある職人蔵では、醤油醸造に
    使われた往時の道具を展示している

ほかにも江戸末期の民家を改装した茶店「北町茶屋いっぷく」、幕末から昭和の終わりまで営業していた公衆浴場「甚風呂」、かつて醤油の原材料や商品の積み下ろしがされた内港「大仙堀」など見どころは多いので、入り組んだ通りと小路をさまよいながら散策してみるといいだろう。なお、車は同地区北西にある来訪者駐車場に停めると便利だ。

  • 太田久助吟製。元は醤油醸造家だったが、現在は金山寺味噌を製造・販売。建物は江戸末期の建築

    太田久助吟製。元は醤油醸造家だったが、現在は金山寺味噌を
    製造・販売。建物は江戸末期の建築

  • 大仙堀。かつてはこの堀で醤油やその原材料を積み下ろし、隣接する山田川を経由して、沖に停泊する大型船に運ばれていた

    大仙堀。かつてはこの堀で醤油やその原材料を積み下ろし、隣接する
    山田川を経由して、沖に停泊する大型船に運ばれていた

  • 幕末から昭和の終わりまで営業していた公衆浴場「戎湯」(通称、甚風呂)は、現在は歴史資料館に。甚風呂という名はかつての経営者の名前に由来する

    幕末から昭和の終わりまで営業していた公衆浴場「戎湯」
    (通称、甚風呂)は、現在は歴史資料館に。
    甚風呂という名はかつての経営者の名前に由来する

  • 甚風呂の内観。昔ながらの銭湯の風情で、ある年代以上の人は懐かしさを覚えるのでは?

    甚風呂の内観。昔ながらの銭湯の風情で、ある年代以上の人は
    懐かしさを覚えるのでは?

白崎海洋公園

湯浅から紀伊水道沿いの県道23号線や県道24号線をドライブし、白崎海岸に向かった。紀伊水道に突き出た白崎海岸はその名の通り、岬全体が白亜の石灰岩で形づくられている。その地形をそのまま活かしたユニークな自然公園が「白崎海洋公園」だ。
白い岩肌に囲まれた園内には、キャンプサイトやログハウス、ダイビングクラブハウスなどレジャー施設が充実。道の駅もあり、地元由良町の海産物や農産物、醤油などの特産品を販売していた。
岬の先端部にある展望台からは大パノラマの絶景を満喫でき、遠く淡路島や四国までも見渡せる。陽光を浴びて輝く石灰岩の岩肌と青い海のコントラストは美しく、この海岸線が“日本のエーゲ海”と称されるのも納得できる。
/TEL 0738-65-0125

  • 岬の地形をそのまま活かしているため、公園の中央には石灰岩の岩山が大迫力で聳えている

    岬の地形をそのまま活かしているため、公園の中央には石灰岩の岩山が大迫力で聳えている

  • メインゲートのすぐそばに建つ道の駅。2階は珍しい貝殻が展示された「シェルズギャラリー」に

    メインゲートのすぐそばに建つ道の駅。2階は珍しい貝殻が
    展示された「シェルズギャラリー」に

  • 展望台から海を眺める。白崎海岸は「平成百景」や「日本の渚百選」に選出されるなど、日本でも屈指の景観を誇る

    展望台から海を眺める。白崎海岸は「平成百景」や「日本の渚百選」に
    選出されるなど、日本でも屈指の景観を誇る

道成寺

県道24号線から国道42号線に合流後、しばらく南に車を走らせたあと、御坊で再び42号線を外れて、今度は東へ。向かったのは、大宝元年(701年)創建、和歌山県最古の寺院「道成寺」である。

  • 道成寺の境内。左が本堂、右が三重塔

    道成寺の境内。左が本堂、右が三重塔

道成寺といえば、古くから能や歌舞伎、文楽や浄瑠璃などの題材にされてきた「安珍清姫物語」が有名だ。物語の舞台は延長6年(928)。熊野詣の途上に一夜の宿を求めた年若き修行僧・安珍に恋をした清姫。2人は再会を約束するが、その誓いは果たされず、裏切られた清姫は恋の炎を燃やし、大蛇となって安珍を追いかけ、最後は道成寺の鐘の中に隠れた安珍を焼き殺してしまう。
境内には、清姫によって焼かれた「鐘巻之跡」や安珍と釣鐘を葬った「安珍塚」など、この悲恋物語に由来する史跡が残っている。

  • 安珍塚は、清姫によって焼き殺された安珍と初代釣鐘を祀った場所

    安珍塚は、清姫によって焼き殺された
    安珍と初代釣鐘を祀った場所

  • 仁王門から境内に入って右手に「鐘巻之跡」の碑が建ち、ここが安珍が隠れた初代鐘楼の跡とされるが……

    仁王門から境内に入って右手に「鐘巻之跡」の碑が建ち、
    ここが安珍が隠れた初代鐘楼の跡とされるが……

  • 近年の発掘調査で、境内左手の入相桜の場所に鐘楼があったことがわかり、桜の木のまわりで焼けた土も出土している

    近年の発掘調査で、境内左手の入相桜の場所に鐘楼があったことがわかり、
    桜の木のまわりで焼けた土も出土している

歴史ある寺院ゆえ、建物や仏像には貴重なものが多い。境内中央の本堂は正平12年(1357)に建て替えられたもので、堂内の千手観音立像は奈良時代後期の作。ともに重要文化財に指定されている。 宝仏殿には、平安時代初期作の千手観音菩薩(国宝)、同じく平安初期作の日光菩薩と月光菩薩(国宝)、平安前期作の十一面観音菩薩像(重要文化財)など二十数体の仏像が収められ、うち国宝3体、重要文化財11体、県指定文化財4体。壁沿いに仏像がぐるりと立ち並ぶ様は圧巻で、殿内に足を踏み入れたら誰しもが厳かな気持ちに包まれるはずだ。
/拝観料(宝仏殿、縁起堂)600円、TEL 0738-22-0543

南紀白浜温泉

御坊から国道42号線をひたすら南へ。印南、みなべ、田辺を過ぎて、田鶴交差点から県道33号線に入って「南紀白浜温泉」へと向かった。
有馬温泉、道後温泉とともに日本三古湯に数えられる白浜温泉は、飛鳥奈良時代から「牟婁温湯」の名で知られ、斉明、天智、持統、文武天皇をはじめ多くの宮人たちに愛された歴史ある温泉地である。その湯を楽しむには、町の各所にある外湯(公衆浴場)を巡ってもいい。外湯は、町指定の史跡でもある海辺の露天風呂「崎の湯」、2種類の源泉が楽しめる「牟婁の湯」など、それぞれに趣がある。

  • 白良浜の目の前には無料駐車場がある。浜の散策をするときにはここに車を停めると便利

    白良浜の目の前には無料駐車場がある。浜の散策を
    するときにはここに車を停めると便利

  • 砿湯(まぶゆ)と行幸湯(みゆきゆ)の2つの源泉が楽しめる「牟婁の湯」

    砿湯(まぶゆ)と行幸湯(みゆきゆ)の2つの源泉が
    楽しめる「牟婁の湯」

  • 白良浜のそばに建つ「白良湯」。浴場の窓からは浜と海を眺めることができる

    白良浜のそばに建つ「白良湯」。浴場の窓からは
    浜と海を眺めることができる

  • 町の中には足湯も点在している。写真は白良浜のそばの「つくもと足湯」

    町の中には足湯も点在している。写真は白良浜の
    そばの「つくもと足湯」

白良浜の北側、権現崎の付け根のあたりにある熊野三所神社の社殿

白良浜の北側、権現崎の付け根のあたりにある熊野三所神社の社殿

西側の海岸線に広がるのは、白浜という名の由来になった南北600mあまりの「白良浜」。浜の砂は、珪石や石英からなる色砂岩が風化してできたもので、雪のような白さが特徴。かつてこの地を訪れた平安の歌人、寂念法師もこの広大な白砂の浜に魅せられて、「雪のいろにおなじしららのはま……」という歌を残している。
海岸散歩のついでに、白良浜の北側にある「熊野三所神社」にも足を延ばしてみた。同社はもともと牟婁温湯に行幸した斉明天皇の腰掛石をご神体としていたが、熊野信仰が盛んになると熊野三山を祀るようになり、今に至っているという。

  • 南北に600m以上広がる白良浜。まさに雪のような白さが目に眩しい

    南北に600m以上広がる白良浜。まさに雪のような白さが目に眩しい

  • 平安末期の歌人、西行法師が白良浜を詠んだ歌の歌碑。浜辺のそばに建っていた

    平安末期の歌人、西行法師が白良浜を詠んだ
    歌の歌碑。浜辺のそばに建っていた

海に囲まれた白浜は、四季折々の海の幸を堪能できるのも魅力。冬の名物といえば、やはりクエ鍋だろう。クエはハタ科の巨大魚で、成魚になると全長1m以上にもなる。地元料理店の主人によれば、天然クエのうち、本クエは水揚げ量の少なさから“幻の魚”と呼ばれているが、ますくえ、イギス、アコウはよく出回っているそう。その繊細な味わいと脂ののったゼラチン質の食感はまさに絶品だ。

  • 白浜の冬の名物といえば、クエ鍋

    白浜の冬の名物といえば、クエ鍋

  • 同じく冬の郷土料理、うつぼのタタキ。あの外見とは裏腹に、その身は淡白で美味

    同じく冬の郷土料理、うつぼのタタキ。
    あの外見とは裏腹に、その身は淡白で美味

円月島

白浜では海岸線の名勝も巡った。そのひとつが、白良浜から車で北に数分のところにある「円月島」。海上に浮かぶ、南北約130m、幅約20m、高さ約25mの小島で、その名は島の中央部に円形の穴が開いていることに由来する。中央の穴は海波により形成された海蝕洞門で、近世から近代にかけて南紀地方を代表する景勝地として知られるようになり、現在でも白浜のシンボルとして親しまれている。夕景の美しさも格別で、夕方には海岸沿いに多くの人たちが集まり、カメラを構えていた。

  • 日中の円月島。古くは「高嶋」と呼ばれていた

    日中の円月島。古くは「高嶋」と呼ばれていた

  • 水平線のかなたに太陽が沈もうとしている。円月島に沈む夕陽は「和歌山県の夕日100選」に選ばれている

    水平線のかなたに太陽が沈もうとしている。円月島に沈む夕陽は「和歌山県の夕日100選」に選ばれている

千畳敷

次に海岸線を南へ走り、「千畳敷」へ。千畳敷は太平洋に突き出た広大なスロープ状の砂岩で、幾重にも重なったようなでこぼこの岩畳は長い年月をかけて打ち寄せる荒波によって浸食されてできたもの。ここも夕景の名所として知られ、太平洋に沈む夕陽もさることながら、茜色の光を受けて赤く染まる千畳敷の景色も美しい。

  • 千畳敷。波打ち際まで下りていくこともできる

    千畳敷。波打ち際まで下りていくこともできる

三段壁

千畳敷からさらに南に行くと「三段壁」がある。三段壁は南北2kmにわたってそそり立つ巨大な岩の屏風群で、その絶壁の高さはもっとも高いところで41mにもなる。その昔、漁師たちが魚群を見張る場所として「見壇(みだん)」と呼んでいたが、いつしか「三段壁」という呼び名に変わったそう。

  • “断崖絶壁”という言葉がふさわしい、三段壁の荒々しい景色

    “断崖絶壁”という言葉がふさわしい、三段壁の荒々しい景色

断崖の下には荒波によって穿たれた海蝕洞窟「三段壁洞窟」があり、エレベーターで地下36mまで下りて見学できる。この洞窟は、源平合戦で知られる熊野水軍の船の隠し場所であったという伝説があり、洞内には番所小屋が再現されているほか、青銅の牟婁大辯才天が大黒天、毘沙門天、十六童子などを従えて安置されている。

  • 三段壁洞窟の正面玄関。ここからエレベーターで地下36mまで下りる

    三段壁洞窟の正面玄関。ここからエレベーターで地下36mまで下りる

  • 薄暗い洞窟の中には、波が打ち寄せる音が響いていた

    薄暗い洞窟の中には、波が打ち寄せる音が響いていた

  • 洞窟内の祠には、牟婁大辯才天が安置されている

    洞窟内の祠には、牟婁大辯才天が安置されている

  • 史料をもとに再現された、熊野水軍の番所小屋

    史料をもとに再現された、熊野水軍の番所小屋

  • 天然の岩肌に10の石像が見えるという十像岩

    天然の岩肌に10の石像が見えるという十像岩

ニッポンレンタカーの車種・料金

詳しくは車種・料金一覧表をご覧ください。

和歌山県内のニッポンレンタカー営業所

ニッポンレンタカー ホームページの営業所検索で、和歌山県の営業所リストをご覧いただけます。

和歌山県観光情報
世界遺産の高野山や熊野古道など和歌山県の観光スポットや温泉情報のほか、モデルコースも見られる。
南紀白浜観光ガイド
白浜町のみどころや「牟婁の湯」をはじめ外湯・足湯めぐり、くえなどの郷土食材も紹介している。

記事・写真:谷山宏典 取材:2016年2月

  • ※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。