羽田空港とその周辺

東京国際空港は昭和6年(1931)に開港、当時は航空運賃が非常に高額だったため、乗客が少なく滑走路以外は雑草が生い茂っていたという。それから80年、国際線ターミナルも開業し4本の滑走路から飛行機が発着する回数は年間約38万5千回、約7千万人が利用する空港へと発展した。その空港ターミナルへのアクセスもよく、羽田空港を訪れる人は搭乗以外に観光目的の人も少なくない。
国内線と国際線両ターミナルの各フロアには、レストラン、ショップなど都内の有名店からファストフード、さらには主な都市銀行やホテル、診療所とまるで都心を凝縮した町のようだ。

東京都大田区にあるこの国際空港は通称「羽田空港」といい、旧町名「羽田」に由来する。古くは漁業をなりわいとする人々が住んだところ。歴史を刻んだ暮らしの痕跡は埋め立てられたが、当時の神社仏閣や昭和を伝える博物館、史跡なども残されている。また埋立地を利用した都民の台所「大田市場」をはじめ、発着する飛行機を見上げる緑と水辺の公園など、遊び場も多いところである。

ドライブルート

日本橋−(国道1号線)−品川−(国道357号線)−羽田空港−(国道15号線)−六郷−羽田−平和島−(国道15号線)−品川

行程 約50km

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東京国際空港

戦時中は、戦闘機の訓練や戦地へと向かう戦闘機の基地として使用。戦後は連合軍の管理下に置かれ、日本国籍の航空機による活動は禁止されていたが、サンフランシスコ講和条約締結後、昭和26年(1951)日本の航空活動が解禁された。その翌年には「東京国際空港」となり、ヨーロッパ線の定期便が就航。昭和39年(1964)の東京オリンピックに合わせ、空港設備の整備拡張が行われた。
この年には一般旅行者の海外旅行も自由化され、手狭になった羽田空港から昭和45年(1970)国際線は成田空港へと移った。羽田は国内空港となり、国際線はチャーター便のみとなったが、便数の増加と共に羽田も拡張工事が進み平成22年(2010)、国際線ターミナルが開業、チャーター便として運行されていた国際便も定期便に格上げされた。

  • 国際線出発ロビー

    国際線出発ロビー

“旅立ちは 昔も今も 日本橋”と「はねだ日本橋」が国際線ターミナルに出現。19世紀前半の日本橋の一部を復元。旅の起点は日本橋にあったことから、時を超えて今、世界への玄関口「羽田空港」に日本橋を作ることで、旅への架け橋の意味を込めたという。
東京都江戸東京博物館の日本橋復元橋などを参考に橋を、国立歴史民俗博物館所蔵『江戸図屏風』などから江戸の町の賑わいを陶板にて表現した壁画がつくられた。橋とともにやぐらに提灯を下げた「お祭り広場」もある。江戸の町を模擬したレストラン街。これら古い日本の風景と文化を取り入れた空港自慢のコーナーがターミナル4〜5階にある。
/東京国際空港ターミナルインフォメーション TEL 03-6428-0888

  • 江戸時代の日本橋をイメージ

    江戸時代の日本橋をイメージ

  • 飲食店街は江戸の町並み

    飲食店街は江戸の町並み

  • 桜と和風の茶屋

    桜と和風の茶屋

  • 絵馬の自動販売機(左)で買い、壁に下げる

    絵馬の自動販売機(左)で買い、壁に下げる

国内線空港ターミナル

ビックバードと呼ばれる国内線専用のターミナル。主に日本航空が使用する第1旅客ターミナルと全日空の第2旅客ターミナルがある。国際線とは異なりショップの多くは東京を中心に日本全国の特産物などが販売され、とくに空弁といわれる「弁当」や「スィーツ」も豊富だ。レストランも多くメニューも揃う。こうしたグルメやショッピングを楽しむために空港を訪れる観光客も多い。しかし一番人気は展望デッキだ。

  • 国内線の土産物、飲食店街は豪華

    国内線の土産物、飲食店街は豪華

人気の国内線展望デッキ

人気の国内線展望デッキ

ガリバーズデッキと呼ばれる第1旅客ターミナル展望デッキは、主に日本航空機の離発着を間近に観ることができる。第2旅客ターミナルデッキ展望台からは東京湾の海を背景に全日空機の飛び立つ勇姿が臨まれる。どちらも大勢のカメラ愛好家が居並び、それぞれの飛行機が大空に飛び立つ姿をとらえようと自慢のカメラを構えている。
とくに明るいターミナルと誘導灯の幻想的な青い光の中に発着する飛行機を観る夜景は、心を旅へと誘う。これからの季節はデートコースの一つとして親しまれている。どちらも発着便をみながらお茶や食事を楽しめるレストランなどがある。
/羽田空港 国内線 総合案内所 TEL 03-5757-8111

  • 国内線出発ロビー

    国内線出発ロビー

穴守稲荷参道

穴守稲荷参道

穴守稲荷神社

文化元年(1804)に現在の羽田空港敷地内に創建された。明治時代は潮干狩りの名所として、また温泉も湧き、門前に温泉旅館や芸者置屋があって賑わっていたという。終戦直後の空港拡張に伴い社殿や鳥居はアメリカ軍により取り壊され、神社は現在の場所(京浜急行空港線「穴守稲荷駅」徒歩5分)に移転した。しかし門前の鮮やかな朱塗りの大鳥居だけはこの時撤去されなかった。理由は移転工事の関係者が事故で死傷したり、原因不明の病人がでたりしたことなどから、撤去は「神の怒りを買う」として中止された。その後も滑走路工事中に事故による死傷者がでた。

  • 穴守稲荷拝殿

    穴守稲荷拝殿

  • 奥の院への鳥居の列

    奥の院への鳥居の列

しかし、平成11年(1999)滑走路の拡張に支障を来すということで、再度の移設工事が行われたが、そのときも鳥居をクレーンで吊り上げたとき、突然、大雨が降り出すという現象がおきた。様々な話題をまいた朱塗りの大鳥居は、現在「平和」の鳥居と名を変えて、空港を見つめている。

  • いわく付きの鳥居。左が空港、右は多摩川河口

    いわく付きの鳥居。左が空港、右は多摩川河口

羽田神社

羽田神社

羽田神社

約800年前領主行方(なめかた)与次郎が牛頭天王社を祀ったことが由来。縁結びの神社として知られている。また神社の拝殿右手には富士塚がある。正式には「羽田富士塚浅間神社」といわれる。富士山の信仰団体である富士講の人々の中で、その年に富士山に登れなかった人々が、この人造の山へ登る。
富士山を模して小山を築くことは、江戸時代中期のころから、関東を中心に各地に起こった。「羽田富士」と呼ばれるこの塚は、明治初年に築造されたもの。大田区で唯一残った羽田富士は頂上に浅間神社が祀られている。

  • 富士塚

    富士塚

  • 13代将軍・家定が疱瘡治癒祈願に訪れた八雲神社の碑

    13代将軍・家定が疱瘡治癒祈願に訪れた八雲神社の碑

羽田渡し

羽田神社から徒歩約5分、多摩川にかかる大師橋と首都高速羽田線の間、大田区側にかつての渡しがあった。羽田から川崎を船で結んだ「羽田の渡し」で、史跡の碑が建つ。いまは地元の人も知らない場所、狭い道路が堤防の上の歩道と交差する土手の上にガードレールに半ば隠れるようにあった。その渡し跡から下流に向かって赤レンガ造の堤防跡が残る。水門とともに昭和初期の近代土木遺産だ。

  • 珍しい煉瓦堤防

    珍しい煉瓦堤防

  • 羽田の渡し。車の行き交う橋の間に碑があった

    羽田の渡し。車の行き交う橋の間に碑があった

鴎稲荷神社

鴎稲荷神社

鴎(かもめ)稲荷神社

食物の神である宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)別名「お稲荷さん」を祀る。ここで漁師たちが祈願すると、かもめが飛来し大漁であったことからかもめを大漁の兆しとして崇めた。また羽田で捕れた魚介類を東海道経由で江戸に運ぶルート上にあったことから「開運招福」として親しまれた神社。石の鳥居には弘化2年(1845)創建とある。

大田市場

かつては海の中だった平和島の沖を埋め立て、青果・水産・及び花を扱う市場として平成元年(1989)にオープンした。施設の規模・取扱量ともに日本一であり、世界最大級の市場である。正確には「東京都中央卸市場・大田市場」という。青果・水産・花き部と3つの施設があり、時間は異なりながらも搬出、せり、仲買など24時間活躍している。場内には見学者向けの展示や見学コースが設けられており、市場の様子を朝5時〜15時まで見て回ることができる。
せりは水産が朝5時40分からはじまり、青果、花施設と7時ごろまで続く。せりの見学をしたい人は早朝のみ。水産では小売りもしてくれる。築地とは異なり観光客が少ないので、買い物がゆっくり楽しめる。
/問い合わせ 市場管理課 TEL 03-3790-8301

  • 大田市場でせりを待つ果物群

    大田市場でせりを待つ果物群

  • 渡り廊下にあった野菜数え歌のイラスト

    渡り廊下にあった野菜数え歌のイラスト

野菜・数え歌でなじみの薄いものは「零余子(ムカゴ)」、「慈姑(クワイ)」などだろう。
零余子は山芋(自然薯)の実。茹でて塩、醤油などをつけて食べる。慈姑は茹でたり、焼いたりで、煮る場合は下茹でしてアクをとる。格好から髷を結えないお相撲さんの頭を“クワイ頭”などと言った。⑩のカボチャは別名の「とうなす」から。
①無花果(イチジク)、②人参(ニンジン)、③山椒(サンショ)、④椎茸(シイタケ)、⑤牛蒡(ゴボウ)、⑥零余子(ムカゴ)、⑦七草(ナナクサ)、⑧山芋(ヤマイモ)、⑨慈姑(クワイ)、⑩南瓜(カボチャ)

  • 野菜棟の表示。屋根の上にある

    野菜棟の表示。屋根の上にある

  • 水産棟。この他、カブ、ブドウなどの表示が棟に付けられている

    水産棟。この他、カブ、ブドウなどの表示が棟に付けられている

  • 事務所棟から見学ルートは大きな渡り廊下で広いせり場へ

    事務所棟から見学ルートは大きな渡り廊下で広いせり場へ

  • フラワーオークション棟

    フラワーオークション棟

  • 花の仲卸業者がせり場を囲む

    花の仲卸業者がせり場を囲む

  • 場内の食堂は新鮮な魚がおいしい

    場内の食堂は新鮮な魚がおいしい

大森海苔のふるさと館

大森海苔のふるさと館

大森海苔のふるさと館

江戸時代にはじまった大森での海苔養殖は、昭和30年代に全盛を迎えたが、間もなく東京湾開発による湾埋め立てで、すべてが廃業となった。そこで海苔産業の文化や技術を今に伝えようと、大森海岸平和島を拡張埋め立てされた「平和の森公園」内に建てられた。
2階建ての館内には、昭和30年代に造船された全長13mの最後の「海苔船」が展示されている。その他、埋め立て前の海苔養殖風景写真や道具などがあり、海苔つくり体験コーナーもある。
/入館 無料、TEL 03-5471-0333

  • 今はない海苔漁舟

    今はない海苔漁船

  • 浅い海の海苔漁は深さによって下駄を使い分ける

    浅い海の海苔漁は深さによって下駄を使い分ける

東京港野鳥公園

大田市場の北側に隣接する公園。埋立地にできた干潟や湿地に野鳥が集まるようになり、平成元年(1989)に公園として開園。カワウやサギをはじめ、秋にはシギやチドリなど園内全体に多種類の鳥が観られ、今では稀少な渡り鳥も訪れる。ネイチャーセンターもあり、野鳥観測の小屋から野鳥が間近に観ることができる。干潟には水辺の生物も数多く生息し、小屋の地下からその姿が観察できる。
/入園料 300円、TEL 03-3799-5031

  • 野鳥公園は大田市場に隣接する

    野鳥公園は大田市場に隣接する

  • この建物内から観察できる

    この建物内から観察できる

  • 水鳥が集まる池は海とつながる

    水鳥が集まる池は海とつながる

  • サギ、ウミウなどがいた

    サギ、ウミウなどがいた

城南島海浜公園

城南島海浜公園

城南島海浜公園

羽田空港近くには、埋立地を利用した公園が点在する。ここもその一つで滑走路が最も近く、飛び立つ飛行機の迫力に感動するところ。島の東南、東京湾に面した鍵状の約440mの砂浜がある海浜公園だ。中央部にある展望広場からは東京タワーや東京スカイツリーなども臨むことができる。飛行機撮影の場所としてだけではなく誘導灯の輝く夜景もすばらしいところだ。
/入園料 無料、TEL 03-3799-6402

  • 城南島から羽田空港

    城南島から羽田空港

  • 海ほたると滑走路へ向かう旅客機

    海ほたると滑走路へ向かう旅客機

京浜島つばさ公園

国道357号線沿いにあり、運河の中に浮かぶ島に海岸沿いに造られた約1kmの細長い公園。羽田空港の対岸で、海に面したベンチで、発着する飛行機をゆっくり眺めることができる。北側にある芝生ではバーベキューもできる。園内には展望台があり、飛行機が滑走路上に離着陸する瞬間を撮影でき、カメラ愛好家にとっても魅力の場所だ。

  • 京浜島つばさ公園から見る離陸機

    京浜島つばさ公園から見る離陸機

  • 離陸がよく見える

    離陸がよく見える

  • 離陸した飛行機はすぐ上を上昇していく

    離陸した飛行機はすぐ上を上昇していく

  • 管制塔もよく見える

    管制塔もよく見える

  • 公園の前、誘導灯が海に延びている

    公園の前、誘導灯が海に延びている

ニッポンレンタカーの車種・料金

詳しくは車種・料金一覧表をご覧ください。

東京都内のニッポンレンタカー営業所

ニッポンレンタカー ホームページの営業所検索で、東京都の営業所リストをご覧いただけます。

大田観光協会
大田観光協会公式サイト。大田区の観光情報や観光マップなどのほか、おすすめ観光コースも見られる。
羽田空港ターミナル BIG BIRD
羽田空港の公式サイト。ターミナルガイドやフライト情報をはじめ、さまざまな利用情報を掲載している。

取材:2015年4月

  • ※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。