冬の駿河湾岸。静岡から沼津、三島へ(2)

床面から天井に向かって延びているような鍾乳石は「石筍」、天井から釣り下がっているものは「つらら石」と呼ぶ 旅の後半では駿河湾沿岸を東へとひた走り、沼津・三島方面へと向かった。静岡市中心部から日本平パークウェイの爽快なドライブロードを登っていき、最初に立ち寄ったのは標高308メートルの「日本平」。富士山や駿河湾の大パノラマを楽しみつつ、日本平ロープウェイを経由して「久能山東照宮」も参拝した。その後、古くから富士の景勝地として名高い「三保松原」へ。興津と由比の間に位置し、かつて東海道の難所として知られた「さった峠」では、日本平、三保松原に続き、見事な富士の絶景を眺めることができた。
沼津に入ってからは沼津港へと車を走らせ、駿河湾で捕獲された深海生物を数多く展示する「沼津港深海水族館」を見学。三島では、富士山周辺に降った雨や雪が地下水となって湧き出る「柿田川湧水群(柿田川公園)」や、伊豆一宮として古くから人々の信仰を集める古社「三嶋大社」を巡った。

ドライブルート

東名高速道路・静岡IC−登呂−(県道384号線、国道150号線)−久能街道−(国道150号線、県道84・208号線など)−丸子−(国道1号線など)−静岡市中心部−(日本平パークウェイなど)−日本平−(日本平パークウェイ、県道199号線など)−三保−(県道199号線、国道150・149・1号線など)−さった峠−(国道1号線など)−田子の浦−(県道380号線など)−沼津港−(県道380号線、国道1号線など)−三島市中心部−(伊豆縦貫自動車道など)−東名高速道路・沼津IC

全行程 約135km、今回 約103km

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日本平

日本平の碑

日本平の碑

静岡市街から日本平パークウェイに入り、丘陵地帯を走る爽快なドライブロードを10分ほど登っていくと標高308メートルの「日本平」に到着する。
日本平という名は、神話の時代、日本武尊がこの山に登って四方を眺めたことに由来する。広々とした駐車場があり、周囲にはレストランや土産物屋が数棟建ち、多くの観光客やライダーで賑わっていた。
展望スポットは2ヵ所あり、「東展望台」からは富士山を正面にして清水港や駿河湾が眼下に広がる絵画のような眺望を、「山頂吟望台」では360度の大パノラマを楽しむことができる。目を凝らせば、遠く伊豆半島の山並みや、南アルプスまでも見渡せた。

  • 天気がよかったこともあり、多くの観光客やライダーで賑わっていた

    天気がよかったこともあり、多くの観光客やライダーで賑わっていた

  • 東展望台からの眺め

    東展望台からの眺め

  • 山頂吟望台。360度の大パノラマが広がる

    山頂吟望台。360度の大パノラマが広がる

  • ロープウェイに乗って、久能山へ!

    ロープウェイに乗って、久能山へ!

久能山東照宮

日本平南側にある乗り場から日本平ロープウェイに乗り、「久能山東照宮」へと渡った。
駿河湾に面した久能山にはかつて、推古天皇のころ(592〜628年)に建立されたといわれる久能寺があり、寺院として隆盛を極めた時代があった。戦国時代になると甲斐の武田信玄が駿河に侵攻し、自然の要害であるこの地に久能山城を築城。武田氏滅亡後は徳川氏が治め、元和2年(1616)に徳川家康が駿府城で亡くなると、その遺言によって家康の遺骸を久能山に埋葬することに。翌年(1617)、2代将軍・秀忠の号令の下、家康を祀る社殿が造営され、日本で最初の東照宮を創建した。
社務所前から石段の参道を登っていくと、まず現れるのが元和3年建造の楼門。楼門をくぐり、鼓楼などを眺めながら奥へと進んでいくと唐門を経て、社殿へと至る。華麗な彫刻・絵画で飾られ、金箔・極彩色で彩られた壮麗な社殿も元和3年の造営で、江戸時代初期の代表的な権現造りの建造物として国宝に指定されている。祭神として、徳川家康のほか、織田信長、豊臣秀吉を祀る。社殿裏手にある神廟は家康の遺骸を埋葬した場所で、遺言により西向きに建てられたのは、死してなお西国の大名ににらみを効かせるためなのだろうか。
/拝観料 社殿500円・博物館400円

  • 元和3年(1617)建造の「楼門」

    元和3年(1617)建造の「楼門」

  • 建物の各所に施された彫刻群も美しい。写真は唐門の扉

    建物の各所に施された彫刻群も美しい。写真は唐門の扉

  • 本殿、石の間、拝殿の3棟からなる社殿は、元和3年(1617)に建立。平成22年(2010)に国宝に指定

    本殿、石の間、拝殿の3棟からなる社殿は、元和3年(1617)に建立。
    平成22年(2010)に国宝に指定

  • 祭神は、中央に徳川家康を、両隣に織田信長と豊臣秀吉を祀る

    祭神は、中央に徳川家康を、両隣に織田信長と豊臣秀吉を祀る

  • まさに「豪華絢爛」という表現がふさわしい、金箔や極彩色で彩られた社殿の装飾

    まさに「豪華絢爛」という表現がふさわしい、
    金箔や極彩色で彩られた社殿の装飾

  • 家康の遺骸を埋葬した神廟

    家康の遺骸を埋葬した神廟

  • 家康や歴代将軍にゆかりの貴重な品々を展示する「久能山東照宮博物館」

    家康や歴代将軍にゆかりの貴重な品々を展示する
    「久能山東照宮博物館」

  • 眼下には、駿河湾といちご海岸通り、ビニールハウス群を見渡すことができた

    眼下には、駿河湾といちご海岸通り、
    ビニールハウス群を見渡すことができた

三保松原

木漏れ日が射し込む松林の中を散策する

木漏れ日が射し込む松林の中を散策する

日本平から清水日本平パークウェイを経由して清水方面へと下りたあとは、駿河湾に突き出した三保半島へ。向かったのは、富士山の景勝地として名高い「三保松原」だ。
駐車場に車を停め、美しい松林の中をしばらく歩くと、白波打ち寄せる広大な海岸線へと出る。振り返れば、雲ひとつない青空を背に、すそ野を広げた富士山が堂々たる佇まいで聳えていた。
富士山と三保松原の雄大な景色は古くから人々を魅了し、奈良時代に編纂された『万葉集』の和歌や、室町時代に能楽者・世阿弥によって作られた謡曲『羽衣』など、さまざまな芸術作品のモチーフとされてきた。大正5年(1916)には、北海道の大沼公園、大分の耶馬渓とともに日本新三景に選定。平成25年(2013)には、“芸術の源泉”としての価値が評価され、世界文化遺産「富士山」の構成資産にも登録された。

  • 新三景之碑。揮毫は東郷平八郎

    新三景之碑。揮毫は東郷平八郎

  • 天女が舞い降りて羽衣をかけたという伝説が残る「羽衣の松」

    天女が舞い降りて羽衣をかけたという伝説が残る「羽衣の松」

  • 海岸では和太鼓のイベントを行っていた

    海岸では和太鼓のイベントを行っていた

  • 海岸線から眺める富士山。視界を遮るものがなく、すそ野を大きく広げた秀麗な山容全体を眺めることができるた

    海岸線から眺める富士山。視界を遮るものがなく、
    すそ野を大きく広げた秀麗な山容全体を眺めることができる

海岸を離れ、木道が敷かれた真っすぐな松並木の道を歩いていくと「御穂神社」へと至る。平安時代の書物にも記録が残る古社で、大己貴命(おおなむちのみこと/大国主命(おおくにぬしのみこと)の別名。三穂津彦命(みほつひこのみこと)とも呼ぶ)と三穂津姫命(みほつひめのみこと)の夫婦神を祀ることから、夫婦和合や縁結びのパワースポットとしても人気だという。

  • 三保松原と御穂神社を結ぶ参道。松並木が500メートルほど続く。神の道と呼ばれる

    三保松原と御穂神社を結ぶ参道。
    松並木が500メートルほど続く。神の道と呼ばれる

  • 御穂神社。境内の梅が咲き始めており、春の訪れを感じさせてくれた

    御穂神社。
    境内の梅が咲き始めており、春の訪れを感じさせてくれた

さった峠

さった峠展望台から富士山を望む。手前を走るのは、国道1号線、東名高速道路、JR東海道本線という日本の交通の大動脈<

さった峠展望台から富士山を望む。手前を走るのは、
国道1号線、東名高速道路、JR東海道本線という日本の交通の大動脈

興津で国道1号線を外れて、「さった峠」を目指した。
旧東海道の興津宿と由比宿の間に位置するさった峠は、その急峻な地形から東の箱根峠越え、西の鈴鹿峠越えと並ぶ、道中の難所であった。富士山を望む景勝地としても有名だったようで、歌川広重の浮世絵『東海道五十三次』の中の「由井(薩た嶺)※」には、切り立った断崖上の道を行く旅人と、そこから眺める富士山と駿河湾の眺望が描かれている。
現在のさった峠展望台は、駐車場から山道を歩いて数分のところにある。山の斜面がそのまま駿河湾に落ち込んでおり、急斜面と海の狭間に東名高速道路、国道1号線、東海道本線が交差しながら集まり延びていた。その先には、真っ青な駿河湾とまだ雪の残る富士の峰。この場所は、広重が描いた浮世絵と同じ構図の景色が今も残る唯一の場所だという。
※「た」は「山へん」に「垂」

  • 歌川広重の『東海道五十三次 由井(薩た峠)』

    歌川広重の『東海道五十三次 由井(薩た峠)』

ふじのくに田子の浦みなと公園

海沿いに広がる広大な公園。真ん中に見える船が、歴史学習施設ディアナ号

海沿いに広がる広大な公園。真ん中に見える船が、歴史学習施設ディアナ号

「田子の浦ゆ うち出でて見れば ま白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける」――日本最古の和歌集『万葉集』に収録された山部赤人の歌である。せっかく田子の浦付近を通るのだから、この歌に詠まれた富士山も眺めてみようと「ふじのくに田子の浦みなと公園」に立ち寄った。
海沿いに広がる気持ちのいい公園で、ドライブの休憩をとるのにも最適な場所だ。広大な園内には展望タワー、アスレチック遊具、歴史学習施設ディアナ号(ディアナ号は、江戸末期に来航したロシアの軍艦)などが設置され、広場の真ん中あたりには「山部赤人万葉歌碑」が立つ。歌碑を前景として富士山を望む雄大な眺めを期待していたが、富士山は残念ながら雲に隠れてしまっていた。
なお、田子の浦という地名は、古くはさった峠から由比、蒲原あたりの富士川河口以西の海岸一帯をさすという説もあり、現在の田子の浦(富士市。富士川河口以東)とは異なっているとも言われている。

  • 展望タワー。上に登れば、駿河湾や田子の浦港など360度の大展望が楽しめる

    展望タワー。
    上に登れば、駿河湾や田子の浦港など360度の大展望が楽しめる

  • 山部赤人万葉歌碑。彼の富士山を望む歌は、叙景歌の最高傑作だと言われている

    山部赤人万葉歌碑。
    彼の富士山を望む歌は、叙景歌の最高傑作だと言われている

千本松原と千本浜公園

田子の浦から旧東海道(県道380号線)に入り、沼津港に向けて車を走らせた。道路の右手、駿河湾沿いには延々と松林が続く。駿河湾の景勝地「千本松原」と呼ばれる一帯で、松林は10キロメートル以上先の狩野川河口付近まで連なっている。
松林を散策したければ、千本松原の沼津側の端にある「千本浜公園」がいい。林の中には遊歩道が整備され、井上靖や若山牧水など沼津ゆかりの文学者や歌人の碑がところどころに立つ。松林の海側、駿河湾に沿って延びる堤防に上がれば、手前に常緑の松原、奥に愛鷹山や富士山が聳える素晴らしい景色を眺めることができる。
公園の南側に建つ像は増誉上人のもので、戦国時代に武田氏と北条氏の争いによって荒廃した松原を5年の歳月をかけて復興させた上人の物語は今も地元に語り継がれている。

  • 千本浜公園の駐車場。千本松原の松林が延々と続く。富士山は残念ながら雲に隠れていた

    千本浜公園の駐車場。
    千本松原の松林が延々と続く。富士山は残念ながら雲に隠れていた

  • 松林を散策する

    松林を散策する

  • 井上靖文学碑。井上靖は旧制沼津中学校に通っていた

    井上靖文学碑。井上靖は旧制沼津中学校に通っていた

  • 千本浜公園沿いの堤防から眺める駿河湾

    千本浜公園沿いの堤防から眺める駿河湾

沼津港深海水族館

海に囲まれた日本には全国津々浦々に100以上もの水族館が点在している。その中で唯一、“深海”をテーマにしたレアな水族館が「沼津港深海水族館」である。
なぜ沼津で深海なのか? その理由は、駿河湾の独特な地形にある。駿河湾は海岸を離れるとすぐに深海につながり、その最深部は水深2,500メートル、湾としては日本一の深さを誇る。珍しい深海生物も数多く生息し、捕獲後すぐに輸送、飼育ができる沼津は、深海水族館の立地としてはベストな場所なのだ。
館内には、駿河湾の深海を再現した「駿河湾大水槽」や、深海魚ヒカリキンメダイが乱舞する「深海のプラネタリウム」、地球上最大のダンゴムシ・ダイオウグソクムシやオウムガイなどの深海生物を展示する「深海の世界」など、ここでしか出会えない生き物たちを展示した水槽が並ぶ。マイナス20℃の特殊な冷凍施設で保存された「冷凍シーラカンス」や、特殊な薬品で筋肉を透明化して骨を染色した「透明骨格標本」にも目を奪われた。

  • 駿河湾大水槽。水深300メートル付近の生物相を再現している。世界最大のタカアシガニが大迫力!

    駿河湾大水槽。水深300メートル付近の生物相を再現している。
    世界最大のタカアシガニが大迫力!

  • 深海の世界コーナーに展示された、ダイオウグソクムシ。生息水深は350〜900メートルで、体長は最大で50センチまで成長する

    深海の世界コーナーに展示された、ダイオウグソクムシ。
    生息水深は350〜900メートルで、体長は最大で50センチまで成長する

  • 冷凍保存されたシーラカンスを見られるのは、世界でもここの水族館だけ

    冷凍保存されたシーラカンスを見られるのは、世界でもここの水族館だけ

水族館の周辺には、沼津港で水揚げされた新鮮な魚介類を食べさせてくれる飲食店が立ち並んでいるので、見学後には寿司や海鮮丼、浜焼きなどでお腹を満たすのもおすすめだ。
/水族館入場料 1,600円

  • 芸術品のような透明骨格標本

    芸術品のような透明骨格標本

  • せっかく沼津港に来たので寿司を食べた。奥の軍艦巻きは静岡名物の生桜えびや生シラス

    せっかく沼津港に来たので寿司を食べた。
    奥の軍艦巻きは静岡名物の生桜えびや生シラス

  • 「深海魚バーガー」や「深海ザメバーガー」という、沼津ならではのB級グルメも

    「深海魚バーガー」や「深海ザメバーガー」という、
    沼津ならではのB級グルメも

柿田川公園と柿田川湧水群

「柿田川公園」は、県道380号線が国道1号線と合流する八幡西交差点から700メートルほど東に進んだところにある。この公園の見どころは、市街地の真ん中でこつ然と湧き出す「柿田川湧水群」。富士山周辺に降った雪や雨が地下に浸透し、数十年という長い歳月を経て、この地に湧き出しているという。清涼な湧き水は、集まって幅30〜50メートル、総延長約1,200メートルの清流となり、伊豆天城山を源とする狩野川に合流して駿河湾へと流れ出る。
園内には、湧き間(地下水が湧き出しているところ)を望む展望台が2ヵ所ある。第1展望台は柿田川の最上流部に位置し、大小数十ヵ所の湧き間のほか、12月には遡上してきたアユなどを見ることができる。第2展望台は、かつて紡績工場が井戸として利用していた場所にあり、井戸をのぞき込むと射し込む日の光に青く輝く美しい水景が目を楽しませてくれる。
豊かな湧き水のおかげだろうか、市街地の公園とは思えないほど自然が豊かで、貴重な草花や生き物たちも数多く生息しているそう。遊歩道や広場も整備されているので、のんびりと散策するのもいいだろう。

  • 第1展望台から柿田川最上流部の湧き間を眺める。川底のあちこちから水が湧く様子を観察できた

    第1展望台から柿田川最上流部の湧き間を眺める。
    川底のあちこちから水が湧く様子を観察できた

  • 第2展望台。眼下の丸い囲みは、紡績工場で使われていたかつての井戸跡

    第2展望台。
    眼下の丸い囲みは、紡績工場で使われていたかつての井戸跡

  • 井戸の底からは砂を巻き上げながら水が湧いていた。水は青く澄み、頭上の木々を水面に映していた

    井戸の底からは砂を巻き上げながら水が湧いていた。
    水は青く澄み、頭上の木々を水面に映していた

  • 園内には散策路も整備されている。左は、通称「船付場」と呼ばれる湧き間

    園内には散策路も整備されている。
    左は、通称「船付場」と呼ばれる湧き間

三嶋大社

三島市へと入り、今回の旅の最後に立ち寄ったのは、伊豆一宮として古くから人々の信仰を集める「三嶋大社」。創建の年代は明らかではないが、奈良時代には祭祀の組織が整備されていたと伝わる。中世以降には武士の崇敬を集め、伊豆に流されていた源頼朝も源氏再興を祈願して篤く信仰したと言われている。
現在残る社殿は江戸末期の万延元年(1860)から明治2年(1869)にかけて再建されたもので、高さ23メートルにもなる豪壮な本殿(慶応2年完成)は出雲大社とともに国内最大級の大きさを誇る。また、建物群を取り囲む「鎮守の森」や樹齢1,200年とも言われる金木犀など、長い年月にわたって守られてきた境内の自然も見どころのひとつとなっている。
/拝観無料、宝物館は500円

  • 慶応2年(1866)に再建された拝殿

    慶応2年(1866)に再建された拝殿

  • 境内の神鹿園では、多くの鹿を飼育している

    境内の神鹿園では、多くの鹿を飼育している

  • 参拝のあとは門前町を散策。三島名物の「みしまコロッケ」を食べ歩き

    参拝のあとは門前町を散策。三島名物の「みしまコロッケ」を食べ歩き

  • 麩菓子は「静岡県民のソウルスイーツ」だそう。45センチもの長さがあり、味もいちご、ぶどう、チョコ、マンゴーなどいろいろ

    麩菓子は「静岡県民のソウルスイーツ」だそう。45センチもの長さがあり、
    味もいちご、ぶどう、チョコ、マンゴーなどいろいろ

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記事・写真:谷山宏典 取材:2018年2月

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