歴史と紅葉と温泉と。秋の大分ドライブ(3)日田から由布院、別府へ

最上階からの眺め。正面に見える断崖は、南台武家屋敷がある高台 耶馬渓の紅葉を楽しんだあとは、いったん玖珠まで出て、大分自動車道を日田へ。江戸時代に幕府の天領(直轄領)として栄えた日田では、往時の面影を今も残す「豆田町」を散策。その後はふたたび大分自動車道を走り、由布院温泉や別府温泉など大分屈指の温泉地を訪ね、「湯の坪街道」や「金鱗湖」、別府名物の「地獄めぐり」を楽しんだ。
当初の予定では別府から大分空港に戻るつもりであったが、フライトの時間までかなり余裕があったため、関あじ・関さばで有名な佐賀関まで足を延ばすことに。こうした予定外の自由気ままな寄り道ができるのもドライブ旅の魅力のひとつである。

ドライブルート

大分空港−(国道213号線)−杵築−(県道644号線、国道10号線、県道655号線など)−豊後高田市田染−(県道34号線、国道213・10号線など)−宇佐−(県道658、42号線など)−安心院−(国道500号線、宇佐別府道路/東九州自動車道、県道23号線など)−中津−(国道212号線、県道28号線など)−耶馬渓−(県道28号線、大分自動車道など)−日田−(大分自動車道、県道216号線など)−由布院−(県道216・11号線)−別府−(大分自動車道、国道197号線、県道635号線など)−佐賀関−大分空港

全行程 約440km、今回 約235km

<赤いドライブルート付近のマーカーをクリックするとその項目にジャンプします>

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豆田町の町並み

日田は、九州北部の中心に位置する盆地にあり、江戸時代には九州の交通の要所として西国筋郡代が置かれ、幕府直轄の天領として大いに栄えた。そんな日田にあって町人・商人地として発展したのが「豆田町」の一帯で、現在も往時の地割や歴史的な建物を数多く残していることから、平成16年(2004)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

  • 風情ある魚町の通り

    風情ある魚町の通り

  • 豆田町は天領時代に町人・商人地として栄えた

    豆田町は天領時代に町人・商人地として栄えた

豆田町の町並みは、南北2本の通り(御幸通り、上町通り)と東西5本の通り(魚町、住吉町、油屋町など)からなっている。
御幸通りにある「草野家住宅」は九州北部における代表的な居蔵造(いぐらづくり。瓦を葺いて木部を土で塗り込める造り)町屋で、もっとも古い主屋仏間部は享保10年(1725)に建てられている。天保年間の長屋を改装した商店や工房などが並ぶ魚町には、江戸後期に日本最大規模の私塾「咸宜園(かんぎえん)」を開いた儒学者・廣瀬淡窓の旧宅でもある「廣瀬資料館」があった。上町通り北端の「薫長酒造・薫長酒蔵資料館」では、江戸から大正期にかけて建てられた歴史ある酒蔵群で今も酒造りを営んでおり、文政年間建築の蔵を見学することもできた。
ほかにも古い建物を利用したみやげもの屋や飲食店などが立ち並んでおり、地図を片手に通りから通りへと町歩きを楽しんだ。

  • 嘉永〜天保年間の長屋を改装した商店

    嘉永〜天保年間の長屋を改装した商店

  • 「草野家住宅」は国の重要文化財に指定

    「草野家住宅」は国の重要文化財に指定

  • 魚町にある「廣瀬淡窓旧宅」と「廣瀬資料館」

    魚町にある「廣瀬淡窓旧宅」と「廣瀬資料館」

  • 「薫長酒造・薫長酒造資料館」の風格ある建物

    「薫長酒造・薫長酒造資料館」の風格ある建物

  • 酒蔵資料館では、文政9年(1826)建築の中蔵の2階に酒造りの道具などを展示

    酒蔵資料館では、文政9年(1826)建築の中蔵の2階に
    酒造りの道具などを展示

  • 江戸後期の天保年間創業の日田醤油。170余年続く老舗

    江戸後期の天保年間創業の日田醤油。170余年続く老舗

由布院温泉 湯の坪街道

日田ICから大分自動車道を東へ。湯布院ICで高速道路を下りて、県道216号線を走っていくと、由布院の温泉街へと入っていく。最初に訪れたのは、由布院観光のメインストリート「湯の坪街道」だ。
湯の坪街道とは、白滝川に架かる白滝橋から金鱗湖の入口付近に至るおよそ1kmの小路のことで、通り沿いには地域の特産品を販売するみやげもの屋や雑貨店、ご当地グルメが食べられる飲食店など約70店が軒を連ねて、多くの観光客で賑わっていた。
なお、湯の坪街道には車で入っていくこともできるが、道が狭く、人通りも多いため、通りの入口付近の駐車場に車を停めて、歩いて散策するのがおすすめ。

  • 観光客で賑わう湯の坪街道。正面には由布岳を望む

    観光客で賑わう湯の坪街道。正面には由布岳を望む

  • 路地にもお店がずらり

    路地にもお店がずらり

金鱗湖

湯の坪街道東端から細い通りを南へと入っていくと「金鱗湖」に着く。
金鱗湖はもともと「由布岳の下にある池」という意味から「岳ん下ん池」と呼ばれていたが、明治時代に毛利空桑という儒学者が、湖面を飛び跳ねる魚の鱗が夕日に映えて金色に輝くさまを見て、金鱗湖と命名したといわれている。湖底からは清水と温泉が湧き、年間を通じて水温が高いため、冬の早朝には湖面から湯気が立ち上る幻想的な光景を見ることができる。
湖のかたちは長辺約100m×短辺約70mのやや長方形で、周辺には食事処やカフェ、売店、美術館、共同浴場「下ん湯」などがある。湖畔の紅葉はちょうど見ごろで、秋ならではの美しい景観を見せてくれていた。

  • 金鱗湖。湖のまわりには遊歩道が整備されている

    金鱗湖。湖のまわりには遊歩道が整備されている

  • 由布院を代表する高級温泉旅館「亀の井別荘」の入口

    由布院を代表する高級温泉旅館「亀の井別荘」の入口

  • 湖面に対岸の山並みが映る

    湖面に対岸の山並みが映る

  • 湖畔の少し奥まったところには食事処や茶房、工芸品店が。紅葉が見ごろだった

    湖畔の少し奥まったところには
    食事処や茶房、工芸品店が。紅葉が見ごろだった

由布岳

県道216号線から県道11号線へと入り、由布岳の雄大な山すそを走るワインディングロードを登っていく。由布院の温泉街を一望にできる標高680mの展望台「狭霧台」(現在は利用不可)を過ぎると、道路は由布岳南側の草原地帯や樹林帯を走り抜けて別府方面へと向かう、爽快なドライブルートとなる。途中、せっかくなので由布岳登山口の駐車場に車を停め、あたりを散策してみた。
由布岳の標高は1,584mあり、双耳峰の荘厳な姿から「豊後富士」とも呼ばれる。古くから山岳信仰の対象として崇められ、『古事記』や『豊後風土記』にもその名を見ることができる。由布院盆地をはじめ、周辺の各所からその姿を望むことができ、まさに地域を象徴する山だといえる。
山吹色に染まった荒涼としたすそ野と、青空を背にどっしりとした山容を見せる由布岳。山頂付近は、雪が積もっているのか、うっすらと白くなっていた。

  • 草原が広がる由布岳のすそ野を走る

    草原が広がる由布岳のすそ野を走る

  • 登山口から由布岳(右)を眺める。山頂までは登り2時間、下り1時間半ほど

    登山口から由布岳(右)を眺める。
    山頂までは登り2時間、下り1時間半ほど

別府温泉 地獄めぐり1(海地獄、鬼石坊主地獄)

海地獄。蒸気がもうもうと立ち昇る

海地獄。蒸気がもうもうと立ち昇る

県道11号線は、鶴見岳南麓を過ぎるとカーブを繰り返す下り坂となり、別府の街へと向かっていく。
別府は、「別府温泉」「明礬(みょうばん)温泉」「鉄輪(かんなわ)温泉」「亀川温泉」など別府八湯と呼ばれる8つの温泉地で構成された日本有数の温泉郷である。観光スポットは数多くあるが、今回は別府名物ともいえる「地獄めぐり」をしてみることにした。(地獄めぐり共通観覧券2,000円)
地獄めぐりの起源は、明治時代にさかのぼる。古来、鉄輪・亀川の一帯には噴気・熱泥・熱湯などが噴出する場所が点在しており、里人たちはそんな近寄ることもできない不毛の土地を「地獄」と呼んだ。ただの厄介者に過ぎなかった地獄が観光資源(見せ物)として開発されるようになったのは明治の終わりから大正、昭和のはじめにかけてで、昭和3年(1928)には全国初といわれるガイド付き遊覧バスが運行。個性あふれるそれぞれの地獄は別府を代表する観光地となり、現在に至っている。

最初に訪れたのは、地獄のうちでもっとも早く観光化された「海地獄」。水面がコバルトブルーに見えることからその名が付けられたが、訪れたときは湯気がもうもうと立ち昇り、水面を覆い隠していた。温度は約98℃あり、水面が青く美しく見えるのは温泉成分に硫酸鉄を多く溶解しているためだという。
地獄の手前には、きれいな建物の売店があり、みやげもののほか、その場で食べられる「温泉たまご」や「地獄蒸し焼きプリン」を販売。売店の2階は、別府の地獄の歴史を紹介する展示ギャラリーになっていた。

  • 売店2階の展示スペース

    売店2階の展示スペース

  • 昔の地獄めぐりの案内図

    昔の地獄めぐりの案内図

  • 海地獄のお湯で蒸し焼きにしたプリン。1個300円

    海地獄のお湯で蒸し焼きにしたプリン。1個300円

海地獄のすぐそばにある次なる地獄は「鬼石坊主地獄」。灰色の熱泥がボコボコと大小の球状をなして沸騰する様子が坊主頭に似ており、鬼石という地名にちなんでこの名で呼ばれるようになったという。

  • 熱泥が沸騰する鬼石坊主地獄

    熱泥が沸騰する鬼石坊主地獄

別府温泉 地獄めぐり2(かまど地獄、鬼山地獄、白池地獄)

飲む温泉。やけどに注意!

飲む温泉。やけどに注意!

「かまど地獄」は、古来氏神の竃門八幡宮の大祭にて地獄の噴気で御供飯を炊いていたことがその名の由来。敷地内には1丁目から6丁目までのさまざまな地獄があり、1ヶ所で熱泥、赤や青の池、噴き上がる蒸気などを見学できる、お得な地獄だった。また、手・足の湯、飲む温泉、のど・肌の湯など、地獄の蒸気や温泉を体感できるスペースもあった。

  • かまど地獄のシンボルともいえる2丁目。岩の間から100℃の蒸気が噴き出す

    かまど地獄のシンボルともいえる2丁目。
    岩の間から100℃の蒸気が噴き出す

  • 噴き出す蒸気で蒸した、まんじゅうや温泉ピータンを販売。団体観光客の行列ができていた

    噴き出す蒸気で蒸した、まんじゅうや温泉ピータンを販売。
    団体観光客の行列ができていた

  • 4丁目。地熱によって、地下のさまざまな種類の粘土が溶けて噴き出している

    4丁目。地熱によって、地下のさまざまな種類の粘土が溶けて噴き出している

  • 6丁目。熱泥地獄。以前は灰色だったが、年々変化して現在のような弁柄色に

    6丁目。熱泥地獄。以前は灰色だったが、年々変化して現在のような弁柄色に

  • 5丁目。年に数回、ブルーからグリーンへと色が変化する不思議な池

    5丁目。年に数回、ブルーからグリーンへと色が変化する不思議な池

「鬼山地獄」といういかめしい名前の地獄の見どころはワニ。大正12年(1923)に日本で初めて温泉熱を利用したワニの飼育をはじめ、現在はクロコダイル、アリゲーターなど約80頭を飼育している。そのため、別名「ワニ地獄」とも呼ばれている。餌付けも見学できるので、時間が合えばぜひ見てみよう。

  • 鬼山地獄で飼育されるワニたち

    鬼山地獄で飼育されるワニたち

  • 2017年9月にふ化したばかりのワニの子ども

    2017年9月にふ化したばかりのワニの子ども

  • 鬼山地獄で大正12年(1923)から飼育され、平成8年(1996)に73歳で死んだ初代イチロウ(ワニの名)のはく製。全長7mもある

    鬼山地獄で大正12年(1923)から飼育され、
    平成8年(1996)に73歳で死んだ初代イチロウ(ワニの名)のはく製。
    全長7mもある

「白池地獄」は、その名の通り、青みを帯びた白色の池が特徴。湯は、噴出時は無色透明だが、池に落ちた際、温度と圧力の低下によって青白く変化するのだという。敷地内には、ピラニアなど10種類ほどの熱帯魚を飼育する熱帯魚館や、大きくなれば体長4mにもなる巨大魚「ピラルク」を飼育するピラルク館もある。

  • 白く濁る白池地獄

    白く濁る白池地獄

  • 温泉を利用してピラニアなどを飼育する熱帯魚館

    温泉を利用してピラニアなどを飼育する熱帯魚館

別府温泉 地獄めぐり3(血の池地獄、龍巻地獄)

血の池地獄龍巻地獄は、ほかの地獄とは少し離れた場所にあり、市街地北側の山に向かって県道218号線を5分ほど走ると着く。

  • 血の池地獄へ向かう途中、湯けむりたなびく鉄輪の温泉地を見下ろす

    血の池地獄へ向かう途中、湯けむりたなびく鉄輪の温泉地を見下ろす

「血の池地獄」は、『豊後風土記』に「赤湯泉」と記された日本最古の天然地獄で、“血の池”という名前が示すように真っ赤に染まったその色が特徴。酸化鉄、酸化マグネシウムを含んだ赤い熱泥が地層から噴出して堆積するために池一面が赤くなっているそうだ。この地獄から産出する赤い粘土は、古くから皮膚病に効くといわれており、池のそばでは赤粘土から作られた「血の池軟膏」を販売していた。

  • まさに血の池という名にふさわしい色

    まさに血の池という名にふさわしい色

「龍巻地獄」の見どころは、これまでの地獄にはなかった「間欠泉」。大地から一定の間隔で噴き出す熱水は、石組みの屋根で止められているが、それがなければ30mもの高さまで噴き上げるそう。1回の噴出時間は6〜10分ほどで、休止時間は30分〜40分ぐらい。世界の間欠泉のなかでも休止時間が短いことで知られている。

  • 間欠泉は30〜40分おきに噴き上がる

    間欠泉は30〜40分おきに噴き上がる

関崎海星館

関崎海星館の入口

関崎海星館の入口

別府ICから大分自動車道に乗り、大分宮河内ICへ。そこから国道197号線をひた走り、瀬戸内海と太平洋をつなぐ豊後水道に突き出した関崎へ向かった。その先端部にあるのが展望・天体観測施設「関崎海星館」だ。
1階の展示コーナーには、宇宙や海について学べる資料を常設展示。2階は天体観測室となっており、雲のない日には大型天体望遠鏡で昼は太陽や金星、夜は星空を観察できる。1階の展望室および屋外のテラスからは関崎灯台とその先に広がる豊予海峡(速吸瀬戸)を一望にする大パノラマを見られる……予定だったが、あいにくの曇天のため、白くかすんだ景色が眼前に広がっていた。
/入館無料、天体観測室観覧料420円

  • 1階には宇宙や海に関する展示が

    1階には宇宙や海に関する展示が

  • 屋外のテラスから豊予海峡を望む。右手の島は高島。天気がよければ、その左奥に愛媛の佐田岬が見える

    屋外のテラスから豊予海峡を望む。右手の島は高島。
    天気がよければ、その左奥に愛媛の佐田岬が見える

関あじ関さば館

国道217号線沿いにある「関あじ関さば館」

国道217号線沿いにある「関あじ関さば館」

関あじ・関さばは、瀬戸内海と太平洋の水塊がぶつかり合う豊後水道で一本釣りによって獲れるマアジ、マサバのことを指し、平成8年(1996)に水産品として初めて商標登録が認められたブランド魚である。せっかく佐賀関まで来たのだから、関あじ・関さばも堪能していこうと、国道217号線沿いの「関あじ関さば館」に立ち寄った。
2階がレストランとなっており、関あじ・関さばの御膳やお造りのほか、旬の魚をふんだんに使った「関の海鮮丼」が名物だという。さんざん悩んだ挙句、海鮮丼をオーダーし、1階の売店で関あじ・関さばの干物をおみやげとして買っていくことにした。

  • 一番の人気メニュー「関の海鮮丼」1,296円。活アジ、ブリ、イサキなどの刺身が器からあふれ出る。魚は日によって異なる

    一番の人気メニュー「関の海鮮丼」1,296円。
    活アジ、ブリ、イサキなどの刺身が器からあふれ出る。
    魚は日によって異なる

  • 1階の売店では、関あじ・関さばの干物などを販売。空港などで買うよりもかなり安い

    1階の売店では、関あじ・関さばの干物などを販売。
    空港などで買うよりもかなり安い

関あじ関さば館から1kmほどのところにある「大分県漁業協同組合」でも関あじ・関さばの直売をしていた。関あじ1本(400g)1,500円、関さば1本(800g)4,000円とさすがは高級魚という値段だった。

  • 地元の漁協が運営する「関あじ関さば直売所」

    地元の漁協が運営する「関あじ関さば直売所」

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大分県観光公式サイト「日本一のおんせん県おおいた」
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豆田町商店街オフィシャルホームページ
豆田町商店街の各店舗やイベント等を紹介。

記事・写真:谷山宏典 取材:2017年11月

  • ※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。