春を探しに。三重北部ドライブ(2)

布引山地の東の山麓にある「榊原温泉」は、古くから伊勢神宮の湯垢離ゆごり(参拝前に身を清めること)の里とされ、清少納言の『枕草子』の中では「湯は、ななくりの湯(榊原温泉の古名)、玉造の湯、有馬の湯」と讃えられている。そんな歴史ある温泉地を訪ね、その湯に身をゆだねるのは、今回の三重の旅のいちばんの楽しみでもあった。
翌日は、県道512号線を経由して、風車が立ち並ぶ「青山高原」へ。空は青く澄みわたり、眼下には伊勢平野に広がる町並みやその先の伊勢湾を一望にできた。高原地帯の爽快なドライブを満喫したあとは国道165号線を東へと走り、津市の市街地でしだれ梅で有名な「結城神社」や築城の名手・藤堂高虎が整備した「津城跡」を探訪。一身田では昨年(2017年)に国宝に指定されたばかりの堂宇を有する真宗高田派の本山「専修寺」に立ち寄った。

ドライブルート

四日市市中心部−(国道477号線、県道577号線など)−湯の山温泉−(国道306号線など)−鈴鹿市−(国道306号線、県道11号線など)−亀山市関町−(県道10号線、グリーンロードなど)−榊原温泉−(県道512号線)−青山高原−(県道512号線、国道165・23号線など)−津市中心部−(国道23号線、県道10号線など)−津市一身田町−(国道23号線など)−四日市市中心部

全行程約180km、今回行程90km

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榊原温泉

榊原温泉から望む青山高原と風車

「榊原温泉」は、古くは「ななくりの湯」と呼ばれていた。湧出の起源は定かではないが、1,500年以上も前から伊勢神宮の湯垢離の里とされ、奈良の都から布引山地を越えて伊勢に入った都人たちはこの地で身を清め、神宮へと向かったとされている。奈良や京都の貴族たちに広く知られていたことは、清少納言の『枕草子』に「湯は、ななくりの湯、玉造の湯、有馬の湯」と記されていることからもうかがえる。また、湯垢離をする都人がこの地に自生する上質の榊に目をつけ、継体天皇皇女・大角豆媛命ささげひめのみことが斎王(伊勢神宮に巫女として奉仕した天皇の皇女)となったとき、その榊の枝を神宮祭祀に使うようになったことがきっかけとなり、のちに「榊原」という地名になったと伝わっている。
現在の榊原温泉は、里山に囲まれたのどかな温泉地という風情で、6軒の温泉宿が営業している。温泉地の中心部、樫などの大木が立つ森のなかに鎮座するのは、平安中期の延喜式神名帳にも列せられる古社「射山神社」。江戸時代にはこの神社の東側一帯に湯治場が整備され、大いに賑わったといわれている。神社の周辺には、かつての泉源である「湯元跡」や、大角豆媛命が斎王になったときに榊の枝を浸したという「長命水」などの史跡が点在していた。

  • 里山に囲まれたのどかな温泉地

  • 温泉地に流れる榊原川。湯の瀬川ともいう

  • 「清少納言」という名の温泉旅館もあった

  • 射山神社前の道。何本もの巨木が立つ

  • 射山神社の社殿。縁結びの神社としても有名

  • 長命水

  • 湯垢離の地を示す石碑

  • かつての泉源である湯元跡

青山高原

現在は91基の風車が立つ。高さは50メートル以上ある

榊原温泉から県道512号線へと入り、蛇行した山道を登っていく。ところどころで道はかなり細くなり、カーブのたびに対向車が来ないかと緊張しながら車を走らせていった。鬱蒼とした林を抜けて高原地帯へと出ると、まわりの景色も開け、ドライブを楽しむ余裕も出てくる。やがて正面に、青空に映える真っ白な風車が見えてきた。
「青山高原」は伊勢地方と伊賀地方の分水嶺ぶんすいれいで、なだらかな起伏が続く大草原が南北15キロメートルにわたって広がり、その真ん中を県道512号線(青山高原道路)が走っている。標高は600〜800メートルで、気温は平地よりも4〜5℃涼しい。広大な高原にいくつもの巨大な風車(風力発電機)が立ち並ぶ景色は壮大で、その数は現在91基にもなるという。眼下には伊勢平野や伊勢湾を一望にすることもできた。
高原道路沿いには6カ所ほど駐車場があり、それぞれ好展望が望める。散策路も整備されているので、時間があれば車を停めて高原散歩をするのもおすすめだ。春には真紅のツツジが咲き誇り、秋には銀色にススキの穂が広がり、四季折々の風景を楽しむこともできる。

  • 高原地帯に入っていくと、巨大な風車が見えてきた

  • 高原の展望地からは伊勢平野と伊勢湾を一望にできる

  • 三角点のある展望地。標高は756メートル

  • 高原の景色を眺めながら、軽食、スイーツ、飲み物を楽しめる
    「Windy Hill」

ルーブル彫刻美術館

青山高原を南へと抜け、国道165号線と合流してからは進路を東にとり、津市の中心部を目指した。その途上、何やら面白そうな施設があったので立ち寄ってみることにした。近鉄大阪線「榊原温泉口」駅から車で数分、山あいに少し入ったところにある「ルーブル彫刻美術館」だ。
この美術館、なんと本場フランスのルーブル美術館の姉妹館であり、その証拠に館内にはルーブル美術館館長の写真と寄せられたコメントが掲げられていた。説明文によれば、「ミロのビーナス」「サモトラケのニケ」など本場ルーブルが誇る一級品の彫刻作品3,500点から直接型を取り、ルーブルの技術陣が総力を結集して制作したレプリカ作品を、姉妹館であるこの美術館に展示しているという。たしかに館内には、世界史の本などで見たことのある超有名彫刻が所狭しと並んでいた。ただ、不思議なのは、パリのルーブル美術館の作品だけではなく、大英博物館、ローマ国立博物館、ベルリン美術館など、ルーブル以外の有名美術館・博物館の作品も混じっていることと、西洋の彫刻群と一緒に巨大な仏像も展示されていたことである。
ルーブル彫刻美術館とセットで隣接する「大観音寺」の拝観もでき、同寺では巨大な純金大観音をはじめ、七福神、十二支御守本尊、水子三観音などを参拝できる。世界の美術館・博物館のレプリカ彫刻群はたしかにすごい。だが、謎も多い施設であった。
/入館料1,500円(大観音寺とのセット券は2,000円)

  • 巨大な「ミロのビーナス」と「サモトラケのニケ」が出迎えてくれる

  • ルーブル美術館の会長が、ルーブル彫刻美術館の
    オープンセレモニーに参列したときの写真

  • 館内には、有名彫刻作品のレプリカが所狭しと並ぶ

  • 歴史の教科書でおなじみの「ハンムラビ法典碑」

  • 「ロゼッタ・ストーン」。実物は大英博物館所蔵

  • サモトラケのニケの背後に巨大な千手観音像が……
    シュールな光景

  • 隣接する「大観音寺」の本尊純金大観音

結城神社

境内のしだれ梅。淡紅色の花びらが美しい

阿漕浦近くの「結城神社」では、毎年2月上旬から3月下旬にかけて「しだれ梅まつり」を開催している。すでに見ごろは過ぎてしまったかもしれないが(取材は3月下旬)、「多少なりとも梅の花が残っていれば……」という期待を胸に訪れてみた。
結城神社の祭神は、鎌倉時代末期の武士で、後醍醐天皇を奉じて「建武の新政」の樹立に貢献した結城宗広。延元3年(1338)、京都へ上る途上にあった彼はこの地で亡くなり、はじめは地元民によって墓のそばに「結城明神」を祀る小さな祠が建てられ、その後江戸時代の文政7年(1824)に津藩主・藤堂高兌たかさわが墳墓を整備して社殿を改築。現在の社殿は、昭和62年(1987)に再建されたものだ。
お目当てのしだれ梅は、だいぶ落ちてはいたものの、それでもまだ十分に淡紅色の可憐な花を楽しむことができた。社殿に隣接する神苑には約350本のしだれ梅が植栽されており、新春の花の最盛期には多くの花見客で賑わうそうだ。
/神苑梅園拝観料500円

  • 境内の参道。奥に見えるのが、結城神社の社殿

津城跡

復元された三重の角櫓。桜は咲き始めだった

「津城跡」は、津市中心部の南、伊賀街道(国道163号線)が伊勢街道(国道23号線)に合流するあたりにある。
築城は、天正8年(1580)、織田信長の弟・信包のぶかねによる。関ヶ原の合戦後の慶長13年(1608)に城づくりの名手・藤堂高虎が伊予今治から移ってくると、城の大改修や城下町の整備を手がけ、以後代々藤堂家が治めてきた。かつての津城は、幅広い内堀と外堀によって二重に囲まれた輪郭式(囲郭式)の城郭で、32万石の大大名にふさわしい大規模な縄張りを誇っていたという。
現在はお城公園として整備され、高く積まれた本丸跡の石垣や内堀の一部、復元された三層の角櫓すみやぐらだけが往時の面影を今に伝えている。

  • お城公園内に立つ藤堂高虎像

  • 本丸跡を取り囲む内堀は、一部だけ現存している

  • 本丸跡に整備されたお城公園

  • 公園に隣接する「高山神社」は、津藩の藩祖である藤堂高虎を祀る

専修寺と一身田寺内町

如来堂。屋根下の複雑な組物が印象的

津市中心部から北へ数キロほど行くと、一身田いっしんでんという珍しい名前の地区へと入っていく。その地名は、古代において政治上の功績があった貴族に対して、一代に限り与えられた田の呼び名に由来する。15世紀末ごろ、真宗高田派第10世・真慧が伊勢地方の布教活動の拠点として、一身田に無量寿院(のちの専修寺)を創建したことで、このあたりは寺院を中心とした門前町集落として大いに発展した。さらに16世紀末ごろには、下野国(現在の栃木県)にあった真宗高田派本山の寺院が兵火によって炎上するなどの災禍に見舞われたため、一身田の専修寺が本山の役割を担うようになり、現在に至っている。
専修寺の見どころは、やはり平成29年(2017)に国宝に指定されたばかりの「御影堂」と「如来堂」だろう。山門をくぐって境内に入ると、正面右手に御影堂、左手に如来堂が、荘厳なる佇まいで建っていた。寛文6年(1666)建立の御影堂は、間口約42メートル、奥行約33メートルもあり、使われている屋根瓦は約19万枚、内部の畳の数は(内陣の板の間を除いて)729畳にものぼる、日本屈指の規模を誇る仏堂である。内陣には、開祖親鸞聖人かいそしんらんしょうにんの坐像と歴代住持の画像を安置する。一方、如来堂は寛延元年(1748)の建立で、堂内中央に「証拠の如来」と呼ばれる本尊阿弥陀如来立像を安置している。

  • 御影堂と如来堂は昨年2017年に国宝に指定された

  • 堂々たる構えの「山門」。
    宝永元年(1704)築。楼上には釈迦三尊仏を安置している

  • 右が「御影堂」、左が「如来堂」。
    両堂は「通天橋」という廊下で結ばれている

  • 鐘楼。梵鐘は慶安5年(1652)に鋳造されたもの

境内を巡ったあとは、専修寺のまわりの一身田寺内町を散策した。寺内町とは、戦国時代に寺院を中心として形成された一種の自治都市で、周囲に環濠や土居があるのが特徴。現在も環濠や道標、土塀の続く通りや釘貫門などの遺構が残っており、かつての町並みを想像しながら散策を楽しんだ。寺内町の歴史や文化について詳しく知りたければ、寺町通り沿いにある「一身田寺内町の館」に立ち寄ってみるといいだろう。

  • 伝統的な景観が残る寺町通り

  • 専修寺山門の手前にある「釘貫門」と「石橋」。
    ここから奥が寺領となり、聖俗の境界だった

  • 古い道標。天保8年(1837)に建てられたもの

  • 寺町通りにある「一身田寺内町の館」

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記事・写真:谷山宏典 取材:2018年3月

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