横浜・横須賀シーサイドドライブ(2)

八景島で遊んだあとは、横浜市金沢区の歴史に触れるスポットを訪ねた。「称名寺」は、鎌倉時代にこの地に居館を構えた金沢北条氏の菩提寺。金沢八景駅のすぐそば、国道16号線沿いに建つ「瀬戸神社」は、かつて鎌倉幕府の外港として栄えたこの地に源頼朝が創建したと伝わる由緒ある神社だ。また、東京湾に面した野島公園内には「旧伊藤博文金沢別邸」が残っていた。
金沢区からは国道16号線を南下。横須賀市に入り、まずは市中心部に位置する「三笠公園」へと向かった。その後は、よこすか海岸通りをひた走り、三浦半島の東端・観音崎に広がる「観音崎公園」へ。浦賀を経由して久里浜にも足を延ばし、ペリー上陸記念碑やペリー記念館が建つ「ペリー公園」にも立ち寄った。

ドライブルート

横浜市中区−三渓園料金所−(首都高湾岸線)−幸浦出口−横浜市金沢区八景島−同区金沢町−同区瀬戸−(国道16号線)−横須賀市中心部−(国道16号線、県道209号線)−観音崎−(県道209・208・211号線)−久里浜

全行程約50km、今回行程約30km

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称名寺と金沢文庫

「称名寺」は、13世紀半ばに創建された金沢北条氏一門の菩提寺だ。寺の起源は鎌倉幕府の重臣・北条実時さねとき(金沢北条氏初代)が邸宅内に設けた阿弥陀堂で、3代貞顕の時代に大規模な造営が行われた。元亨3年(1323)に完成した伽藍は、苑池を中心に金堂、講堂、仁王門などを備えた、浄土曼荼羅に基づく壮麗な伽藍だったといわれている。 現在残る仁王門や金堂は江戸時代に入ってから再建されたものだが、仁王門の両脇を守る金剛力士立像は元亨3年に造られた貴重な木像。仁王門をくぐり、苑池に架けられた橋を渡って金堂へと至る庭園は、昭和に入ってからの庭園苑池保存整備事業によって復元されたもので、平安時代中期以降に流行した浄土庭園の形態を今に伝えてくれる。

  • 文政元年(1818)に再建された仁王門

  • 仁王門の金剛力士立像は、鎌倉時代の元亨3年(1323)に造立

  • 苑池に架けられた橋を渡って、金堂へ向かう

  • 天和元年(1681)再建の金堂(左)と、文久2年(1862)建立の釈迦堂(右)

  • 苑池を中心に構成された庭園は、平安中期以降に流行した浄土式庭園の系列にある

称名寺に隣接する「県立金沢文庫」にも立ち寄ってみた。
金沢文庫は、北条実時が創設した武家文庫で、政治、文学、歴史など多岐にわたる和書や漢籍が収蔵されていた。文庫は金沢北条氏に代々受け継がれたが、元弘3年(1333)の鎌倉幕府滅亡によって主を失い、蔵書は称名寺が管理することに。しかし、室町幕府、関東管領上杉氏、小田原北条氏、徳川家康など歴代の権力者によって外へ持ち出され、文庫の大半が流出してしまう。
現在の金沢文庫は、実業家の大橋新太郎の助力によって昭和5年(1930)に復興したもので、当初は称名寺境内に建てられたが、平成2年(1990)に現在地に移転。称名寺に伝来する美術工芸品・古書・古文書などおよそ2万点を収蔵する中世歴史博物館として運営されている。
/境内見学自由、金沢文庫観覧料250円

  • 称名寺に伝わる絵画、彫刻、工芸品、古文書などを収蔵する「県立金沢文庫」

旧伊藤博文金沢別邸

別邸入口。茅葺屋根の風情ある造り

国道16号線の瀬戸神社前交差点を左折。野島橋を渡って、野島公園方面へ向かう。「旧伊藤博文金沢別邸」は、公園の北側、東京湾に面した松林の中に建っていた。
この別荘が建てられたのは、明治31年(1898)。当時、金沢近辺は東京近郊の海浜別荘地として注目され、伊藤博文のほか、松方正義や井上馨なども別荘を設けた。その後、大磯・葉山などの湘南地方が別荘地として栄えたため、金沢はその役割を終えるが、旧伊藤博文金沢別邸は往時の面影を今に伝えてくれる貴重な遺構となっている。
建物は、台所棟、客間棟、居間棟の3棟からなり、それぞれの棟を廊下で繋いでいる。中央の客間棟はもっとも良い眺望を得られるように、他棟よりも東側(海側)に出た配置になっているのが特徴だ。別邸には大正天皇や皇族がたびたび来訪していたそうで、招かれた客人たちも客間から松越しに金沢の海岸風景を眺めたのだろう。

ちなみに金沢は、伊藤や井上らが明治憲法の草案を起草した地でもあり、彼らが集まって話し合った料亭東屋の跡近く(国道16号線瀬戸神社前交差点から野島へ向かう途中)には「明治憲法草創記念碑」が建っている。
/金沢別邸 見学無料

  • 客間棟。縁側に出れば、
    庭園と東京湾を見わたすことができる

  • 居間棟から庭と客間棟を眺める

  • 海の向こうには、八景島が望めた

  • 国道16号線から野島方面に向かう途中に立っていた「明治憲法草創記念碑」

瀬戸神社

国道16号線に戻り、通り沿いの「瀬戸神社」を訪れた。
鎌倉時代、金沢は幕府の外港として栄えていた。そんな重要拠点の中心的神社として崇敬されてきたのが、瀬戸神社である。社伝によれば、創建は治承4年(1180)に源頼朝が伊豆三島明神(三島市三嶋大社)を勧請したのが始まりだといわれている。執権北条氏、鎌倉公方足利氏、小田原北条氏などの歴代の権力者にも保護され、江戸時代には百石の朱印地を徳川将軍家より与えられた。現在の社殿は、寛政12年(1800)に建造されたものだ。

  • 神社入口。国道沿いにあり、多くの車や人が行き交っていた

  • 神社境内。正面が社殿で、祭神は大山祇命

国道をはさんだ向かい側には、境内神社の「琵琶島神社」が祀られている。こちらは頼朝の妻・政子が、近江国(滋賀県)の竹生島弁才天を勧請して創建した神社。現在は平潟湾に延びる突堤の先端部に位置しているが、かつてはその名の通り、湾に浮かぶ島だったそう。社殿のそばからは平潟湾を一望にできた。
周辺は駅前ということもあり、かなり開発が進んでいるが、瀬戸神社や琵琶島神社を訪れれば、金沢の歴史の息吹に触れることができるだろう。

  • 琵琶島神社の入口

  • 鳥居をくぐると突堤が延びる

  • 琵琶島神社の社殿

  • 社殿のそばからは平潟湾を一望に。
    右の高架は、金沢シーサイドライン

  • 裏側から神社を眺める。
    かつては湾に浮かぶ小さな島だった

三笠公園

公園の真ん中に立つ、東郷平八郎の像

横須賀市に入って最初に訪れたのは、記念艦「三笠」が保存されている「三笠公園」
三笠は、日露戦争の日本海海戦において、連合艦隊の旗艦として常に先頭に立って戦い、ロシアのバルチック艦隊を撃滅するという歴史的な大勝利に大きく貢献した当時最新鋭の戦艦である。大正15年(1926)に現在の場所に固定保存され、太平洋戦争後には占領軍の命令で大砲やマストが撤去されるなど往時の姿が失われる時期もあったが、昭和30年代に復元されて現在に至っている。
艦内は、上甲板、中甲板などを見学できる。上甲板に装備された30センチ主砲は、間近で見るとその巨大さに圧倒される。階段を登った最上部「最上艦橋」は、連合艦隊司令長官・東郷平八郎や参謀・秋山真之が指揮を執った場所であり、日本海海戦時ここに彼らが立っていたと思うとテンションが上がる。足元には主な士官の立ち位置を示すプレートも設置されていた。
/観覧料600円

  • 艦の側面からは多くの砲身が延びていた

  • 上甲板。30センチ主砲と艦橋部を眺める

  • 最上艦橋。ここで東郷平八郎は指揮を執った

  • 足元には、東郷をはじめ、
    士官らの立ち位置を示すプレートも

  • 中甲板の長官公室

  • 士官たちの集合写真。前列右から3人目が東郷

観音崎公園

海岸線の遊歩道。海水浴や磯遊びをする人たちで賑わっていた

海沿いの「よこすか海岸通り」をひた走り、三浦半島東端の観音崎を目指した。観音崎の一帯は「観音崎公園」として整備されている。訪れたのが夏の休日ということもあり、海岸沿いは海水浴や磯遊び、バーベキューを楽しむ人たちで賑わっていた。
東京湾の入口に位置する観音崎は古くから海運や軍事の重要な拠点とされ、江戸時代の文化9年(1812)には船見番所や台場が設置。明治2年(1869)には日本初の洋式灯台「観音埼灯台」が建てられ、その後は各所にレンガ造砲台が建設された。
園内の森を散策していると、今も随所に砲台跡を見ることができる。高台に建つ灯台は3代目で、完成したのは大正14年(1925)。内部の見学もでき、最上部からは東京湾や対岸の千葉県を一望にできる(入館料200円)。
園内にはほかに「観音崎自然博物館」(入館料400円)や「横須賀美術館」(入館料は展示により異なる)、海沿いのレストラン、アスレチック広場などがあり、思い思いの時間を過ごすことができる。

  • こんもりとした森の向こうに灯台が見えてきた

  • 海沿いにあった洞穴。奈良時代、僧・行基が
    この洞窟に潜む大蛇を退治したという伝説が残る

  • 明治時代に築かれた砲台の跡

  • 観音埼灯台

  • 灯台最上部からの展望

  • 横須賀美術館。建物の前には芝生の広場が広がる

  • 芝生広場の向こうには東京湾の青い海が広がる

  • 美術館屋上。屋上から背後の公園に行くこともできる

ペリー公園

観音崎からは、浦賀を経由して久里浜へと向かった。
久里浜は、江戸末期に浦賀沖に突然姿を現した4隻の“黒船„(アメリカ東インド艦隊)を率いたペリー提督の一行が初めて上陸した地。日本が200年以上続いた鎖国から開国へと大きく舵をきった、まさに歴史の転換点となった場所である。そんな歴史にちなんで久里浜海岸のそばに整備されたのが「ペリー公園」である。
園内に入ると、まず目にとびこんでくるのが、巨大な「ペリー上陸記念碑」。明治34年(1901)に建立されたもので、碑文は伊藤博文の揮毫による。「ペリー記念館」は昭和62年(1987)に建てられた資料館で、館内には黒船来航の様子を再現したジオラマや、ペリー上陸にまつわる歴史的資料を展示していた。
/入園・入館無料

  • ペリー上陸記念碑

  • ペリー記念館。入館は無料

  • ペリー提督の胸像

  • 黒船来航時の様子を再現したジオラマ

  • 黒船やペリーにまつわる資料を展示

  • 記念館の展示室

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記事・写真:谷山宏典 取材:2019年07月

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