冬の瀬戸内。香川を西から東へ(1)

本州から四国へと車で行くには3つのルートがある。西から、尾道〜今治を結ぶ「瀬戸内しまなみ海道」、倉敷〜坂出を結ぶ「瀬戸大橋」、神戸〜淡路島〜鳴門を結ぶ「明石海峡大橋」だ。今回の旅ではJR倉敷駅前の「ニッポンレンタカー倉敷駅前営業所」で車を借りて、瀬戸大橋を渡って香川県に入っていった。
旅の前半では、坂出から西へと車を走らせた。まず向かったのは、石垣の名城として名高く、現存12天守のひとつを有する「丸亀城」。その後は善通寺市や琴平町を巡り、弘法大師空海誕生の地に建つ「善通寺」や"こんぴらさん"の名で親しまれている「金刀比羅宮」など、香川が誇る古社名刹を探訪。瀬戸内海に突き出した荘内半島(三豊市)には浦島太郎の伝説が各所に残っており、「紫雲出山」や「浦島太郎親子の墓」にも足を延ばしてみた。

ドライブルート

倉敷市中心部−(瀬戸中央自動車道)−与島−(瀬戸中央自動車道、国道11号など)−丸亀市−(県道33・212号線など)−善通寺市−(県道47・208号線など)−琴平町−(国道377号線、県道23・220号線)−父母ヶ浜−(県道234・232号線)−紫雲出山−(県道232号線)−詫間町箱地区−(県道232・220号線、高松自動車道、国道11号線、県道180・281号線など)−五色台−(県道281・16号線)−高松市中心部−(県道150号線など)−長崎鼻−(県道150号線、屋島ドライブウェイ)−屋島−(国道11号線)−さぬき市志度−(高松自動車道、神戸淡路鳴門自動車道)−鳴門市−倉敷市中心部

全行程約425km、今回行程約110km

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与島PA

快晴の空の下、瀬戸大橋を渡って四国を目指す

香川を車で旅するには、電車や飛行機で丸亀や高松に入ってからレンタカーを借りる選択肢もあったが、今回はあえて倉敷で車を借りるプランを立てた。その理由は、瀬戸大橋を渡り、瀬戸内海を越えて四国入りをしたかったからだ。 早島ICで瀬戸中央自動車道に乗り、南へ。20キロほど走ると、瀬戸大橋に入る。この日は風速15m/sと風が強く、走行速度は50キロに制限されていた。走っているといつも以上に風にあおられる感じがする。しばらく進むと海上で唯一のパーキングエリア「与島PA」の看板が見えてきた。
瀬戸大橋を走るのであれば、与島PAはぜひ立ち寄っておきたいスポットである。なぜなら、与島は瀬戸大橋のほぼ中央部に位置しており、海にぐるりと囲まれた島ならではの絶景を望めるビューポイントとなっているからだ。実際、天気がよかったこともあり、第一駐車場そばの築山や与島プラザの展望台からは瀬戸大橋を間近に眺められたほか、多くの島々が浮かぶ瀬戸内海の壮大な景観を一望にできた。

  • フードコートや売店が入っている与島プラザ

  • 屋上展望台。宇多津・丸亀方面の眺望

  • 与島プラザの屋上展望台から瀬戸大橋を眺める

丸亀城

丸亀市街の市営駐車場に車を停めて「丸亀城」へ向かって歩いていくと、大手門やお堀のまわりに何やら凄まじい人垣が!? 近づいて見てみると、内堀の水がすっかり抜かれ、堀の中で大勢の人が作業をしていた。何事かと思ったら、なんと某人気テレビ番組の撮影をしているとのことであった。「珍しいものが見られた」とちょっと得した気分になりながら、丸亀城の城内へと入っていく。

  • 丸亀城に近づいていくと、大手門やお堀のあたりに人垣が!?
    正面のそそり立つ石垣上に建つのが天守

  • 池やお堀の水を抜く某テレビ番組のロケの真っ最中だった

丸亀城は、生駒氏が西讃岐の支配のために慶長2年(1597)から5年をかけて築城したが、江戸時代の一国一城令によって廃城に。その後、讃岐は東西に二分されて、西讃岐の拠点として山崎氏が元の城跡に城郭を再建。山崎氏絶家後は京極氏が入封して、天守などを完成させた。
丸亀城を下から見上げたとき、何よりもその石垣の見事さに圧倒される。標高66メートルの自然の岩山である亀山を利用し、それを取り囲むように四方に3段の石垣を巡らせた景観を眺めれば、この城が「石の城」という異名を持つのも頷ける。
大手門をくぐり、急な坂道を登っていくと三の丸、二の丸を経て、本丸へと至る。丸亀城の天守は、全国で12城にしか残されていない創建以来の姿をとどめる現存天守のひとつで、内部の見学もできる。3層3階構造で、約15メートルという高さは、現存天守の中でもっとも小さい。3階の窓からは、丸亀市街はもちろん、瀬戸内海まで望むことができた。

  • 三の丸北側の石垣。城内でも最も高く、
    20メートル以上の石垣が続く。上部で反り返る曲線が美しい

  • 本丸から天守を眺める。眼下には丸亀の町並みが一望に

  • 天守内部。
    丸亀城の天守は現存12天守の中でもっとも小さく、内部はこじんまりしている

  • 天守3階からの眺め。瀬戸内海まで見渡せる

  • 城内の観光案内所に隣接する「うちわ工房『竹』」では、
    丸亀の伝統工芸品である「丸亀うちわ」の実演販売や製作体験ができる

善通寺

四国といえば、弘法大師空海ゆかりの八十八箇所の霊場を巡拝する「お遍路」が有名だ。「善通寺」も四国八十八箇所のひとつ(第七十五番札所)だが、この寺院にはもうひとつ重要な歴史がある。それは寺が建つ場所が、弘法大師の誕生の地だということ。そのため本寺は、和歌山・高野山、京都・東寺とともに弘法大師三大霊跡のひとつに数えられている。
境内は「誕生院(西院)」と「伽藍(東院)」に分かれている。駐車場に近い誕生院(西院)には、弘法大師が生まれた佐伯家の邸宅跡に建つ「御影堂」を中心に、護摩堂、聖霊殿などの諸堂が並ぶ。創建は、鎌倉時代の建長元年(1249)。現在の御影堂は天保2年(1831)に建立されたもので、お堂地下の暗闇の中を巡る「戒壇めぐり」のほか、産湯の井戸、寺宝を展示する宝物館もあわせて拝観できる。

  • 弘法大師が生まれた佐伯家の邸宅跡に建つ「御影堂」

  • 弘法大師の像

伽藍(東院)は、中国・唐から帰国した弘法大師が、佐伯家菩提のために大同2年(807)から6年の歳月をかけて建立。現在、本尊・薬師如来坐像を安置する「金堂」のほか、「五重塔」「釈迦堂」などの堂塔が建ち、樹齢千数百年と推定される2本の大楠が枝葉を広げてそそり立っていた。
なお、善通寺という寺号は、弘法大師の父親である佐伯善通よしみちの名に由来しているそうだ。
/戒壇めぐり・宝物館拝観料500円

  • 善通寺の本堂である「金堂」

  • 釈迦如来坐像などを安置する「釈迦堂」

  • 五重大塔。現在の塔は4代目で、明治35年(1902)に完成

  • 済世橋から香色山(手前・左)と筆ノ山(奥・右)を眺める

金刀比羅宮

香川に来たならば、やはり"こんぴら参り"は外せないだろう。
「金刀比羅宮」の本宮に参拝するには、表参道のなが〜い石段を登っていかなければならない。みやげもの屋や旅館が軒を連ねる門前通りを登っていくと、まず見えてくるのが瓦葺の「大門」。ここからが金刀比羅宮の境内となる。本宮への道すがら、万治年間(1658〜1660)の建築と伝わる「表書院」にも立ち寄った。建物の内部では、江戸時代に活躍した名絵師・円山応挙の「遊虎図」「遊鶴図」「山水図」など一級品の障壁画を堪能できた(表書院の拝観料800円)。表書院からさらに登ったところに建つ「旭社」(天保8/1837年建築)は金毘羅大権現時代の金堂で、完成までに約40年の歳月を要し、天保建築の粋を集めた豪壮な建物は見ごたえ十分であった。

  • 表参道は延々と石段が続く

  • 「大門」の手前から振り返る。
    かなり登ってきた感じもするが、本宮までまだ半分も来ていない

  • 「表書院」の玄関

  • 完成までに約40年もの歳月を要した「旭社」

「本宮」は、785段の石段を登り切ったところ、象頭山の中腹に鎮座する。祭神は大物主神と崇徳天皇で、海上守護、農業、殖産、医療などの神徳があるといわれている。現在の建物は明治11年(1878)の改築だが、神社自体の創建は遥か昔、大化の改新以前にまでさかのぼると伝わる。

  • 本宮手前の石段。あともう少し!

  • 「本宮」。大物主神と崇徳天皇を祀る

  • 標高251メートル。本宮北東側の展望台からの眺め。
    この日は雨模様で、展望はあまりよくなかった

  • 海上守護のご利益があるため、
    本宮そばの「絵馬堂」には船舶の写真が数多く奉納されていた

本宮からはさらに山の上の奥社を目指した。木々が鬱蒼と茂る静かな参道の途中には常盤神社、白峰神社、菅原神社などが点在していた。そして本宮から583段、参道入口から数えれば1,368段もの石段を登った先に鎮座していたのが、金刀比羅宮の奥社「厳魂神社」である。祭神は、金刀比羅本教の教祖・厳魂彦命。社の西側は、まるで削り取られたような荒々しい岩壁となっており、山の自然と一体になった森厳な雰囲気を感じることができた。

  • 奥社への道のり。この案内板から先、最後の石段がきつかった

  • 奥社「厳魂神社」の看板。
    1,368段の石段を登り切り、達成感もあった

  • 奥社の社殿。西側には切り立った岩壁がそそり立つ

琴平表参道

金刀比羅宮の表参道には、みやげもの屋や飲食店が建ち並び、今も昔も変わらない門前町の賑わいを見せてくれる。時間があれば、参道をぶらりとそぞろ歩くのもいいだろう。
立ち寄りスポットとしておすすめなのが、参道入口付近の「金陵の郷」。金陵とは、江戸時代からこの地で造られてきた銘酒で、200年以上にわたってお神酒として金刀比羅宮に奉納されてきた。「金陵の郷」は金陵の蔵元が創設したお酒に関する博物館で、酒蔵を改装した館内では、昔の酒造りの様子を酒造道具とともに紹介したり、お酒の文化に関するパネルなどを展示していた。

  • 隣接する売店ではお酒の販売もしていた。
    せっかくなので蔵元限定商品を購入

  • 当時の酒造道具や人形を使って、江戸時代の酒造りの様子を再現

香川に来たならば、やはり"うどん"を食べなければと、昼食には参道沿いの讃岐うどん店に入った。築100年以上の古い建物を利用しているお店も何軒かあり、こしの強い美味しいうどんとともに歴史ある町ならではの風情も味わうことができた。
参道やその周辺には「こんぴら温泉郷」として14軒の温泉旅館やホテルが営業しているので、参拝のあとそのまま琴平で一泊することもできる。

  • 築100年以上の古い建物を利用したうどん店

  • だしではなく、特製しょうゆをかけて食べる「しょうゆうどん」

  • 店先で煎餅を焼く、香ばしいかおりに誘われる

  • 船の帆のかたちをした「船々煎餅」も琴平の名物

  • 「こんぴら温泉郷」では、14軒の温泉旅館やホテルが営業。
    写真は、表参道の入口に建つ、創業200年余りの老舗「つるや旅館」

旧金毘羅大芝居「金丸座」

表参道の石段を少し登り、琴平公園方面へ200メートルほど歩くと、「旧金毘羅大芝居『金丸座』」の建物が見えてくる。旧金毘羅大芝居は、天保6年(1835)に建てられた現存する日本最古の芝居小屋で、もともと県道208号線のそば(現在、歴史民俗資料館がある場所)に建っていたが、昭和47年(1972)から4年の歳月をかけて現在地に移築復元された。
狭い木戸をくぐって建物の中に足を踏み入れると、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような気分に。花道や舞台、舞台裏の楽屋や床下の奈落など小屋内を隈なく見学できるため、昔の芝居小屋の雰囲気を詳しく知ることができる。天井の「ブドウ棚」(竹で編んだ格子状の天井)や花道上の「かけすじ」(役者を宙吊りにする装置)など江戸時代の芝居小屋ならではの仕掛けも興味深かった。
この小屋は国の重要文化財である一方、現役の芝居小屋としても使われており、昭和60年(1985)から毎年「四国こんぴら歌舞伎大芝居」が開催され、全国から大勢の観客を集めている。平成31年(2019)は第35回目を数え、今では琴平に春を告げる風物詩となっているそうだ。
/入場料500円

  • 旧金毘羅大芝居「金丸座」の外観。
    建物の両脇には、役者の名前が染め抜かれた色とりどりの幟が立つ

  • 役者気分で花道を歩く

  • 舞台から観客席を眺める。両側には桟敷席。正面奥には2階席もある

  • 舞台や花道の床下の奈落。廻り舞台などを動かす仕掛けも見ることができる

父母ヶ浜

南米ボリビアのウユニ塩湖のような写真が撮れることで今話題となっているスポットが、香川県の西端、三豊市の「父母ヶ浜」である。
父母ヶ浜は約1キロのロングビーチを有する海水浴場で、毎年夏には多くの海水浴客が訪れる。ウユニ塩湖のような絶景写真を撮るにはいくつかの条件があり、ひとつは干潮時であること。潮が引いた遠浅の砂浜にはいくつもの潮だまり(水たまり)ができ、それが鏡のようになるのだ。また、風がなく、水面が波立っていないことも必須。さらに夕方の日の入り前後であれば、オレンジ色に染まる空が水面に映し出され、ドラマチックな光景を見ることができる。
訪れたときも、砂浜には多くの観光客がいて、みなそれぞれに潮だまりのそばで写真撮影をしていた。空はあいにくの曇り空だったため、事前にインターネットで見ていたような絶景は望めなかったが、それでもこの砂浜の美しさは十分に堪能できた。

  • 干潮時、遠浅の砂浜にはいくつもの潮だまりができる

  • 潮だまりは鏡のように、そばを歩く人やまわりの景色を映し出す

紫雲出山

紫雲出山を目指し、海岸沿いの県道234号線を走る

香川県の北西部、瀬戸内海に突き出した荘内半島には浦島太郎の伝説が残っており、太郎が生まれたとされる「生里」、乙姫からもらった宝物を積んで帰ってきた「積」、玉手箱から出てきた煙で老人になった場所とされる「箱」など、昔話にまつわる地名が点在している。標高352メートルの「紫雲出山」もそんな太郎ゆかりのスポットのひとつで、山名は玉手箱から出てきた煙が紫の雲になってかかったことに由来するそうだ。
車で山頂近くまで登っていくことができ、駐車場から10分ほど歩くと山頂広場へと到着する。展望台からは瀬戸内海の雄大な眺めを一望にでき、南から西にかけては愛媛県の北岸や観音寺沖にある伊吹島を、東から北にかけては瀬戸大橋や詫間沖に浮かぶ志々島、岡山県までの多島美を見渡すことができた。紫雲出山は花の名所としても知られ、アジサイやスイセンのほか、春になるとサクラで山頂一帯がピンク色に染まるそうだ。

  • 駐車場そばの展望台からもこの絶景。
    時間がなければ、山頂まで行かずとも景色は楽しめる

  • 駐車場から山頂広場までは歩いて約10分の距離

  • 山頂からは弥生時代の遺跡が見つかっており、
    竪穴住居や高床倉庫が再現されていた。
    そばには出土品を展示した「遺跡館」も建つ

  • 山頂展望台からの眺め

浦島太郎親子の墓

紫雲出山を下りたあとは県道232号線を走り、生里へ。そこから箱峠を越えて、箱集落へと入っていった。向かったのは、箱浦漁港のそばに立つ「浦島太郎親子の墓」だ。
墓には、墓碑と3つの小さな五輪塔が残っており、そばにあった石碑によれば弘化4年(1847)に箱の人々が乙姫と太郎を崇敬し、海上安全と商売繁盛を祈願して建立したものだという。
ちなみに近くの箱崎には「どん亀石」と呼ばれる石があり、そこから太郎は亀に乗って竜宮城に向かったといわれている。

  • 浦島太郎の墓碑(左)と太郎親子の墓とされる3基の五輪塔(右奥)

ニッポンレンタカーの車種・料金

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香川県内のニッポンレンタカー営業所

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記事・写真:谷山宏典 取材:2018年12月

  • ※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。