冬こそ、南福島・いわきへ(2)

老舗旅館「松柏館」。江戸時代、大名が宿泊する本陣として使われた いわきを旅するドライブは、太平洋沿いのエリアを離れ、内陸部へ。日本三古泉のひとつに数えられる「いわき湯本温泉」に泊まった翌日は、かつてこの地域の主要産業であった常磐炭田の歴史を学べる「いわき市石炭・化石館 ほるる」や、映画『フラガール』(2006年公開)のモデルとなった「スパリゾートハワイアンズ」、いわきではじめて石炭が発見された弥勒沢の「みろく沢炭砿資料館」などを訪れた。
その後は磐越自動車道を走り、阿武隈高地へ。ここまで旅してきた浜通り地方は、阿武隈高地を境として西の中通り地方と隔てられている。その高原地帯のほぼ中央部に位置する鍾乳洞「あぶくま洞」では、幻想的にライトアップされた地下空間の散歩を楽しんだ。

ドライブルート

北茨城IC−(国道6号線など)−五浦海岸−(県道354号線、国道6号線など)−勿来−(国道6号線など)−小名浜−(国道6号線など)−いわき湯本温泉−内郷白水町−いわき湯本IC‐(磐越自動車道)−小野IC−(国道349号線、県道36号線など)−あぶくま洞

全行程 約125km、今回 約85km

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いわき湯本温泉

江戸末期の建築様式を再現した公衆浴場「さはこの湯」。

江戸末期の建築様式を再現した公衆浴場「さはこの湯」。

「いわき湯本温泉」の歴史は古く、開湯は奈良時代にさかのぼる。延長5年(927)の延喜式神名帳にこの地に鎮座する「温泉神社」の名が記載されていることから、愛媛の道後温泉、兵庫の有馬温泉とともに日本三古泉のひとつに数えられるようになった。ちなみに日本書紀に由来する日本三古湯は、道後、有馬のほか、南紀・白浜温泉を指す。
江戸時代になると江戸と仙台を結ぶ陸前浜街道唯一の温泉宿場町として大いに栄えて、年間2万人ほどの湯治客で賑わったという。明治期に入ると常磐地方で大規模な石炭産業が興り、採掘時に坑内に湧き出す温泉を排出し続けたため、温泉源が枯渇して一時温泉街としての機能を失ってしまう。しかし、昭和50年代の炭鉱の閉山と新しい源泉の開発により、再び温泉地としての活気を取り戻し、現在に至っている。
泉質は全国的にも珍しい混合泉で、「美人の湯」「心臓の湯」として知られる。一帯には20軒ほどの温泉旅館やホテルが点在し、「さはこの湯」などドライブ途中でも気軽に立ち寄れる公衆浴場もあった。

  • 老舗旅館「松柏館」。江戸時代、大名が宿泊する本陣として使われた

    老舗旅館「松柏館」。江戸時代、大名が宿泊する本陣として使われた

  • 温泉街の散策途中に気軽に立ち寄れる「鶴の足湯」。あつ湯とぬる湯の2つのお湯がある

    温泉街の散策途中に気軽に立ち寄れる「鶴の足湯」。
    あつ湯とぬる湯の2つのお湯がある

  • 平安時代の延喜式神名帳にもその名が記載されている「温泉神社」

    平安時代の延喜式神名帳にも
    その名が記載されている「温泉神社」

  • 温泉街の一画に建つ「野口雨情記念 湯本温泉 童謡館」。「赤い靴」などの童謡で知られる雨情は大正時代に湯本温泉で暮らした

    温泉街の一画に建つ「野口雨情記念 湯本温泉 童謡館」。
    「赤い靴」などの童謡で知られる雨情は大正時代に湯本温泉で暮らした

いわき市石炭・化石館 ほるる

「いわき市石炭・化石館 ほるる」は、いわき湯本の温泉街の東側、国道6号線と湯本川を渡った対岸に建つ。館内は、その館名の通り、大きく2つのエリアに分けられる。
化石展示室では、かつて地球上に生息した巨大な恐竜たちの全身骨格化石の実物やレプリカを展示。音と光で演出され、その迫力に圧倒される。また、エントランスを入ってすぐのところに展示されている首長竜「フタバサウルス・スズキイ」の化石は、昭和43年(1968)にいわき市内で発見されたもので、発見から38年目で新属新種として認められた貴重なものだ。

  • 建物の入口近くには、炭鉱夫の像が立っていた

    建物の入口近くには、炭鉱夫の像が立っていた

  • 化石展示室

    化石展示室

  • 大型のナマケモノの仲間、エレモテリウムの複製化石。ライトアップされて迫力がある

    大型のナマケモノの仲間、エレモテリウムの複製化石。
    ライトアップされて迫力がある

  • 首長竜の仲間、プリオサウルスの化石。全体の8割が実物。ロシアで発見された

    首長竜の仲間、プリオサウルスの化石。
    全体の8割が実物。ロシアで発見された

模擬坑道では、江戸から明治〜昭和にかけてのさまざまな時代の採掘の様子を再現。炭坑内の雰囲気をリアルに追体験することができる。昭和10年頃の炭鉱町の様子を復元した生活館では、鉱山で働く人々やその家族の仕事や生活に関する資料を展示していた。
常磐炭田は、北は福島県双葉郡、南は茨城県日立市まで、南北約95キロ、東西は阿武隈山地東側の5〜25キロの範囲で広がり、その総面積は約780平方キロメートルにも及んでいた。江戸時代に開発され、明治期以降は生産を拡大し、最盛期には約130の炭鉱が稼働し、年間400万トンの石炭を産出する日本有数の大炭田であった。しかし、昭和40年代に入ると閉山が相次ぎ、昭和60年(1985)ついに常磐炭田での採炭が完全終止することになる。
同館の展示を見ていくことで、湯本地区を中心とした常磐炭田の「石炭」と「人々」が日本の近代化や戦後復興を支えてきた歴史を知ることができた。
/入館料 650円

  • 炭坑内の様子を再現した、模擬坑道

    炭坑内の様子を再現した、模擬坑道

  • 昭和初期ごろの様子。圧縮空気を動力とする「削岩機」が採用され、穿孔の作業効率があがった

    昭和初期ごろの様子。
    圧縮空気を動力とする「削岩機」が採用され、穿孔の作業効率があがった

  • 炭坑内で事故があったときに出動した鉱山救護隊。全員ガスマスクを装着し、ロープでつなぎ合っている

    炭坑内で事故があったときに出動した鉱山救護隊。
    全員ガスマスクを装着し、ロープでつなぎ合っている

  • 昭和10年頃の炭鉱町の様子を再現

    昭和10年頃の炭鉱町の様子を再現

白水阿弥陀堂

浄土式庭園の池に架かる橋を渡って、阿弥陀堂へと向かう

浄土式庭園の池に架かる橋を渡って、阿弥陀堂へと向かう

平安時代後期の11〜12世紀ごろ、日本には仏教の末法思想が広まり、各地の貴族たちは極楽浄土に往生することを願って相次いで阿弥陀堂を建立した。これまでのドライブでも京都宇治の平等院鳳凰堂、岩手平泉の中尊寺金色堂、大分の富貴寺大堂などを訪ねてきたが、いわきにある「白水阿弥陀堂」もそんな平安後期の阿弥陀堂建築の代表作のひとつである。
建立は永暦元年(1160)。奥州藤原氏の初代当主・藤原清衡の娘で、岩城の国守・岩城則道の夫人であった徳姫が、夫の没後にその冥福を祈るために創建した。堂内には、本尊の阿弥陀如来像を中心に、脇侍として勢至菩薩、観世音菩薩、持国天、多聞天の立像を安置。かつては本尊背後の壁板、内陣の柱、周囲の壁板、天井などには仏画や文様が極彩色で描かれ、堂そのものが極楽浄土を表していたというが、今は一部にそのかすかな面影を残すのみとなっている。
阿弥陀堂の前面には、広大な池を有する浄土式庭園が広がっていた。経典では極楽浄土には蓮の花が咲く七宝の池があるとされ、そんな仏教の世界観を具現化した庭園だという。なお、「白水」という地名は、徳姫の故郷・奥州平泉の「泉」を分字して名付けたと伝わっている。
/拝観料 500円

  • 端正なたたずまいの阿弥陀堂。堂内の見学もできる

    端正なたたずまいの阿弥陀堂。
    堂内の見学もできる

  • 現在の園池は昭和47年(1972)から復元。極楽浄土を具現化した庭園

    現在の園池は昭和47年(1972)から復元。
    極楽浄土を具現化した庭園

みろく沢炭砿資料館

白水阿弥陀堂を出て、新川沿いを西へと走っていたとき、「石炭発見の地 弥勒沢」と書かれた案内看板が目に入ってきた。がぜん興味が湧いてきて、立ち寄ってみることにした。
沢沿いの細い道を登っていくと、道路脇には「磐城炭業祖先 加納作平翁碑」や、石炭発見の地を示す看板などが立っていた。江戸時代の安政3年(1856)、片寄平蔵がここ弥勒沢で石炭の露頭を発見したことが、常磐炭田開発の端緒となったという。

  • 道路脇のこの案内看板に誘われ、弥勒沢へ

    道路脇のこの案内看板に誘われ、弥勒沢へ

  • 石炭発見者・片寄平蔵の碑。弥勒沢の入口近くに建つ

    石炭発見者・片寄平蔵の碑。弥勒沢の入口近くに建つ

  • 「磐城炭業祖先 加納作平翁碑」。加納作平は、片寄平蔵のあとを引き継ぎ、炭鉱業の発展に貢献した人物

    「磐城炭業祖先 加納作平翁碑」。
    加納作平は、片寄平蔵のあとを引き継ぎ、炭鉱業の発展に貢献した人物

  • 石炭発見の地を示す看板。うっかりすると見逃してしまう

    石炭発見の地を示す看板。うっかりすると見逃してしまう

さらに奥へと進んでいくと、最奥部に「みろく沢炭砿資料館」があった。建物の中には、ヘルメット、カンテラ(ランプ)、電話機、マスク、削岩機、滑車といった炭鉱で使用していた用具類や、写真、炭鉱地形図、ポスターなどの資料が所狭しと並べられていた。この資料館は、かつて炭鉱で働いていた地元の方が自力で展示物を収集して開館した個人施設で、たしかに公的な施設とは違った手作り感があふれていたが、そこがまた魅力となっていた。
/見学自由

  • 「みろく沢炭砿資料館」の外観

    「みろく沢炭砿資料館」の外観

  • 実際に炭鉱で使われていたヘルメットなどの用具類

    実際に炭鉱で使われていたヘルメットなどの用具類

  • かつての炭鉱や町の様子を写し出した<br>貴重な写真の数々

    かつての炭鉱や町の様子を写し出した
    貴重な写真の数々

  • 鉱員募集のポスター。昭和31年(1956)のもの

    鉱員募集のポスター。昭和31年(1956)のもの

  • 常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)のオープンを告げるポスター。昭和41年(1966)のもの

    常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)の
    オープンを告げるポスター。昭和41年(1966)のもの

スパリゾートハワイアンズ

ゲートをくぐり、スパリゾートハワイアンズの敷地内へと向かう

ゲートをくぐり、スパリゾートハワイアンズの敷地内へと向かう

昭和40年代、主要なエネルギー源が石炭から石油へと移り変わる中、経営縮小や失業という厳しい現実に直面する炭鉱町の再起をかけて、ハワイをテーマにしたレジャー施設の立ち上げに奮闘する人々を描いた映画『フラガール』。そのモデルとなったのが、いわき湯本温泉の中心部から西へ10分ほどのところにある「スパリゾートハワイアンズ」だ。
年間を通じて28℃に保たれた常夏のドーム内には「ウォーターパーク」「スプリングパーク」「江戸情話 与市」などの5つのテーマパークがあり、プールで思いっきり遊んだり、スパでのんびり寛いだりと、思い思いのスタイルで過ごすことができる。フラガールやファイヤーナイフダンスチームによる人気のポリネシアンショーは毎日開催されている。日帰りもできるが、各テーマパークを時間をかけて満喫したければ、隣接するホテルに宿泊するのがおすすめだ。
/入場料 3,500円。館内で使用する水着、タオル、ガウンなどのレンタルもあり

  • スパリゾートハワイアンズのエントランス

    スパリゾートハワイアンズのエントランス

  • 周辺にはオフィシャルホテルがある

    周辺にはオフィシャルホテルがある

あぶくま洞

磐越自動車道を小野ICで下り、国道349号線から県道36号線を東へ。ゆうゆうあぶくまラインを横切ると徐々に山あいへと入っていき、しばらく走るとあぶくま洞の広々とした駐車場へと到着した。
「あぶくま洞」は、昭和44年(1969)に石灰石の採石中に発見された洞窟で、その後の調査を経て昭和48年(1973)に一般公開された。現時点で3,000メートル以上の長さがあることがわかっており、うち600メートルを見学することができる。
最大の見どころは高さ29メートルもある巨大ホール「滝根御殿」。さまざまなかたちの鍾乳石によって飾られ、ライトアップされたその巨大空間は、まるで神殿のように荘厳かつ幻想的であり、その美しさやスケール感を言葉で言い表すのは難しい。舞台用の調光照明が設置された「月の世界」では、さまざまな色に移り変わる光のライティングによって石筍や石柱、つらら石を照らし出し、まさに宇宙空間の惑星にいるかのような錯覚を味わうことができる。ほかにも、「妖怪の塔」「クリスマスツリー」「きのこ岩」などユニークな形状の鍾乳石が目を楽しませてくれる。
見学時間の目安はおよそ40分。一般コースとは別に、丸太の橋を渡ったり、天井の低い通路をかがんで通過したりと冒険気分が味わえる探検コースもある。
/入場料 1,200円、探検コースは追加料金200円

  • エントランス付近はイルミネーションで派手めにライトアップされていた

    エントランス付近はイルミネーションで派手めにライトアップされていた

  • 滝根御殿。悠久の歳月をかけて自然によって創り出された荘厳な空間

    滝根御殿。悠久の歳月をかけて自然によって創り出された荘厳な空間

  • 月の世界。光の演出によって、鍾乳石がさまざまな表情を見せてくれる

    月の世界。光の演出によって、鍾乳石がさまざまな表情を見せてくれる

  • 妖怪の塔

    妖怪の塔

  • 樹氷とクリスマスツリー

    樹氷とクリスマスツリー

  • あぶくま洞の駐車場付近からの展望

    あぶくま洞の駐車場付近からの展望

星の村天文台

右の建物の半円ドームが観測室。左のTAKINE浪漫館の1階には展示室や体験スペース、売店などがある

右の建物の半円ドームが観測室。
左のTAKINE浪漫館の1階には展示室や体験スペース、売店などがある

あぶくま洞のすぐそば、小高くなった台地上に建つ半円ドームの建物が「星の村天文台」だ。
阿武隈高原の一帯は福島県内でもとりわけ空が澄みきって美しいといわれ、天文家たちからは「天文観測の宝庫」と呼ばれている。星の村天文台は、1階は展示ルーム、3階は直径6.5メートルの半円ドーム型の観測室に。観測室には県内最大規模の口径650ミリの反射式天体望遠鏡を備え、見学も可(有料)。毎週土曜日の夜には夜間公開も行っている。
プラネタリウム館も併設しており、オリジナルのプログラムを投影。隣接するTAKINE浪漫館の1階には、宇宙にまつわるグッズを取り扱う売店もある。
/プラネタリウム 400円、日中の反射望遠鏡見学 500円、夜間公開 500円

  • TAKINE浪漫館に展示されていた、ロケットの部品

    TAKINE浪漫館に展示されていた、ロケットの部品

  • プラネタリウム館では、オリジナルプログラムを上映。約30分

    プラネタリウム館では、オリジナルプログラムを上映。約30分

ニッポンレンタカーの車種・料金

詳しくは車種・料金一覧表をご覧ください。

福島県内のニッポンレンタカー営業所

ニッポンレンタカー ホームページの営業所検索で、福島県の営業所リストをご覧いただけます。

いわき市観光情報サイト
いわき市の観光や宿泊などの施設情報報のほか、観光モデルコースを紹介。

記事・写真:谷山宏典 取材:2017年12月

  • ※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。