ニッポンレンタカーHOME > 旅のお役立ちガイド > ドライブガイド > 北国街道と真田一族発祥地

北国街道と真田一族発祥地

ドライブライン

上田城 古代、北国街道は現在の北陸地方へ向かう街道の総称だったが、江戸時代には浅間山麓の信濃追分で中山道と分かれ、小諸、上田、長野を経て北陸道に合流する。
金沢までの北陸道を含めて北国街道といわれ、加賀の金沢藩、越後の高田藩などが参勤交代に利用したほか、佐渡金山の金銀の輸送路としても使われた街道である。
小諸と上田の間に残る「海野宿」と上田市内柳町にかつての街道・宿場町の面影を残す。この街道近くに真田氏の発祥の舞台が点在する。

真田氏が歴史に登場するのは天文13年(1544)、武田信玄の家臣となってからといわれている。講談や小説に語られた「真田十勇士」を率いた真田幸村は真田氏三代目の物語だ。現在も真田幸村だけが有名で、上田城を築城した父昌幸、兄信之などの影は薄いが、真田の町には真田氏三代の軌跡をいまに残す。


サムネイル1 サムネイル3 サムネイル2 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
(関越自動車道)−(上信越自動車道)−小諸−海野宿−真田町−角間渓谷−上田市
全行程 約400km、1泊2日

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

<ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください>



●海野宿

昭和62年に重要伝統的建造物保存地区として文部省(文部科学省)に指定された北国街道の宿場町。中山道と北陸道を結ぶこの街道は、寛永2年(1625)に宿駅として本陣一軒、脇本陣二軒が設けられ、佐渡の金の輸送や、参勤交代の道であるとともに、善光寺詣での道として栄えた。
明治時代にはその機能も失われたが、かつての広い旅籠の建物はそのまま養蚕を営むようになった。そのため建物が今日まで残った。

海野宿
海野宿
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)

2階建ての商家
2階建ての商家

柳並木や街路灯の並ぶ街道は、今も清水の流れる用水路をはさんで、日の当たる広い道は人、日陰の狭い方は馬が通った道だ。
両側に元は防火壁の役目で、次第に装飾的となった「うだつ」を上げた家や、格子戸の家並が続く。格子は「海野格子」と呼ばれ、短長二本の組み合わせた洒落た模様もある。また「気抜き」とという大屋根の上の小屋根は、養蚕が盛んになった明治時代に、作られた換気口だ。
いまも人が生活する町は古い家並みをそのままに川魚専門店、蕎麦屋、染め物、骨董、小物、土産店などの店が並ぶ。

新しく作られた街道表示
新しく作られた街道表示
馬に塩を舐めさせた臼のような石
馬に塩を舐めさせた臼のような石

●海野宿資料館

1800年ころ建てられたという旅籠で、館内には、鎌倉時代この地域を支配していた豪族「海野氏」の歴史に関する資料、海野宿で使っていた生活道具などが展示されている。
/入館料 200円、TEL 0268-64-1000

●白鳥神社

海野宿の白鳥神社
海野宿の白鳥神社
海野氏の氏神、境内には数本のケヤキの大樹があるが、ご神木となっているケヤキは樹齢700年の巨木だ。
この神社の前を流れる千曲川の白鳥河原は、治承5年(1181)木曽義仲が海野氏を中心に挙兵、平家討伐の旗を揚げ京都へと攻め入るため、旗揚げをしたところと伝えられている。

●雷電生家

雷電為右衛門(1767〜1825)は信濃国小県郡大石村に生まれた。現在の海野宿から西へ約5kmの畑に囲まれたところにその生家はあった。
本名は関太郎吉といい、江戸後期の力士。身長197cm、体重約170kg、豪快な攻めを得意に45歳で引退するまで無敵の強さを誇った力士として名高い。
家の中は自由に見学できるが、中には最近、作られたと思われる土俵や雷電使用の足袋や持ち物などが、ケースに入って納められている。

その他雷電にまつわる資料や手形などパネルで解説するのは、上信越自動車道をはさんだ県道79号線沿いにある「道の駅・雷電くるみの里」の一画にある。
また、雷電の墓は生家に近い畑の中にあった。

雷電生家(近年、移築されたもの)
雷電生家(近年、移築されたもの)
雷電の墓所。下部には手形も
雷電の墓所。下部には手形も

●真田町

上田市より国道144号線、通称上州街道沿いの真田町は、真田氏発祥の地だ。真田本城跡や、真田昌幸が上田城を築城するまでの代々の館跡や墓所があり、復元された館は歴史館となっている。

国道とほぼ平行に走る旧街道から少し山を上った「長谷寺」は真田幸村の祖父幸隆が開基し、祖父幸隆と父昌幸の墓所でもある。かつては山深いところだったと思われたが、いまは駐車場も完備し、よく手入れされた境内を散策することができる。

長谷寺(真田町)
長谷寺(真田町)
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)

長谷寺には真田家の墓所がある
長谷寺には真田家の墓所がある

長谷寺の下には真田幸村の紋章といわれる“六文銭”を掲げた鬼瓦を保存した「山家神社」がある。社殿は平成の大改修で屋根を銅板に切り替えたときのもの。
この六文銭の由来は、三途の川を渡るときに必要といわれた銭ということから、三途の川を渡ることを恐れない、という意味があるとか。

真田の山里
真田の山里
山家神社の鬼瓦
山家神社の鬼瓦

真田本城跡は、三方が急峻な谷と山を背負った緩やかな尾根の上から砥石城、米山城(ともに城跡)が望めた場所であることから、後の研究者が推理したものらしく確かな証拠はないようだ。国道を真下に上田市方面への広がりが眺められるのどかな公園となっている。
真田本城跡とされる場所もある
真田本城跡とされる場所もある

真田本城跡からの展望
真田本城跡からの展望
真田本城近くの道祖神
真田本城近くの道祖神

●真田氏歴史館(真田氏館跡)

真田家は古代からの豪族であった海野氏の分家として、真田の土地に住んでいた。真田氏に海野棟綱の娘が嫁ぎ、生まれたのが真田幸隆で初代の主だ。当時、お屋敷と呼ばれていた。天文13年(1544)の戦国時代に幸隆は武田の家臣となり、その子の昌幸に受け継がれ、上上州(群馬県)一帯を治める領主となった。
真田氏といえば、「真田十勇士」だ。関ヶ原の戦いで秀吉側についた真田氏が、のちに講談や小説の中で架空の人物などと共に活躍するのは昌幸の次男である幸村。物語は周知の通りだ。
真田氏歴史館
真田氏歴史館

●岩屋観音

長谷寺の奥3kmほど角間川を遡ったところには狭く急な200段の石段を登ったところに巨大な岩がたちはだかり、その下にへばりつくように「岩屋観音」が建つ。角間川の谷を挟んだ岩山には「猿飛佐助」修行の岩なるものもある。
国道144号線の鳥居峠にも「猿飛佐助」修行の地というところもある。


真田家ゆかりの角間渓谷
真田家ゆかりの角間渓谷
岩屋観音への階段
岩屋観音への階段

角間渓谷の岩峰
角間渓谷の岩峰
岩屋観音(角間渓谷)
岩屋観音(角間渓谷)

●上田城

天正11年(1583)真田昌幸が築いた城。いまは千曲川からは随分離れた位置にあるが、かつては城の下を堀のように千曲川が流れていたため別名「尼ヶ淵城」とも呼ばれていた。天正13年(1585)徳川軍八千に対し、真田勢二千余の奇襲作戦で打ち破ったり、慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦に赴く徳川秀忠の軍勢を足止め、秀忠軍が合戦に間に合わなかったことは有名。
平城の形式の城だが、こうした平城の多くはシンボルとして建てられたが、上田城のように実戦に使われた城は珍しい。
徳川方についた長男真田信之が松代藩(現在の長野市松代)の藩主となった後、仙石忠政公が城主となり、城下町と北国街道の宿場町としての整備に力を入れ、現在の上田の町の基本となった。その後は明治まで松平氏の居城となった。

上田城
上田城
上田城で最も古い櫓
上田城で最も古い櫓
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)


石垣沿いに残る3つの櫓は仙石氏の時代に築かれたものだが、正門は平成6年に復元されたもの。正門脇の城壁には直径3mもの大石がはめこまれている。“真田石”といわれ、真田信之が松代移封のとき、真田の宝として持っていこうとしたが、不動だったという伝説がある。
正門と対峙するように真田神社があり、その境内には大井戸がある。この井戸には抜け穴があって城外へ通じていたとの伝説もある。城内は本丸を中心に広い公園となっていて、公園内には上田城の歴史資料などが展示されている市立博物館がある。
/入館料 250円、TEL 0268-22-1274

上田城門の真田石
上田城門の真田石
抜け穴を兼ねたとされる真田井戸
抜け穴を兼ねたとされる真田井戸

上田城内の真田神社
上田城内の真田神社
上田博物館。真田の資料などがある
上田博物館。真田の資料などがある

●北国街道・柳町

上田柳町。北国街道で栄えた
上田柳町。北国街道で栄えた
江戸時代には善光寺信仰が広まり、善光寺詣での人で賑わったという江戸時代の風情を残す町並みだ。この町のほか、かつては茶屋、鋳物師が鍋釜を作り商いをしていたという町並み「常田の通り」や大名行列が上下した立派な家並みの残る「塩尻の通り」など、城下町や街道風景を残すいくつかの通りがある。
また上田市は本場信州蕎麦を食べさせる店が沢山ある。だが、多くは昼時が過ぎるころには、店じまいするそうだ。

そんななかで地元の人に尋ねたら、柳町にあるかつての生糸問屋の建物をそのまま利用したという蕎麦屋「おお西」を紹介してくれた。
更科そば、水捏更科(みずごね)、発芽切りそば、と店主考案そばがある。三種類の盛り合わせが1600円。ちょっと料金が高すぎると思ったが、味と香りのよさで納得。
/手打百芸・おお西 TEL 0268-24-5381

柳町の蕎麦はおいしかった
柳町の蕎麦はおいしかった
町内の看板
町内の看板
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)




○関連記事

晩秋の志賀高原(2004/10)



○ニッポンレンタカーの車種・料金

詳しくは車種・料金一覧表をご覧ください。

○長野県のニッポンレンタカー営業所

ニッポンレンタカー ホームページの営業所検索で、長野県の営業所リストをご覧いただけます。


真田町公式ホームページ
真田氏ゆかりの場所をはじめ真田町の観光情報が充実。目的に合わせた観光コースも紹介している。
東御市観光協会
海野宿のある東御市の観光情報を紹介。道の駅「雷電くるみの里」の案内もある。

取材:2005年5月