ニッポンレンタカーHOME > 旅のお役立ちガイド > ドライブガイド > 東海道400年(1)日本橋から岡部宿へ

東海道400年(1)
日本橋から岡部宿へ



徳川幕府は治世のはじめから、軍勢の移動と経済活動の動脈として江戸を中心とした五街道(東海道、中山道、甲州道、日光街道、奥州街道)の整備を急いだ。
その昔、奈良・平安時代から駅馬、伝馬の制度を受け継ぎ、幕府の管轄として五街道が整備された。中でも東海道は一番早く今年でちょうど施行400年を迎える。現在その多くは国道となっているが、並行して旧街道もかなりの部分残しており、昔の宿場町や街道の面影を随所に見ることができる。
また、こうした宿場町では今年は施行400年とあって古い建物などが復元・修理されたり各地でさまざまなイベントが開催されている。

東海道では道幅六間(約11メートル)に砂利や小石を畳の厚さに敷き詰めることからはじまり、関所、川越、宿場、常夜灯、街路樹の整備などさまざまな制度が敷かれていった。
はじめは整備の主目的も幕府のためのもので庶民が旅することは大変だったが、やがて料金制度から治安対策まで行き届くと、一般の旅人の数も飛躍的に伸びた。とくにお伊勢参りや湯治目的の旅が流行った。これらの旅は多くが団体旅行であった。
風光明媚を讃え、それぞれの土地の名物のうまいものを食べる。当時も現代も日本人の旅の本質は変わらない。ただ違う点は交通機関の発達と人々に時間の余裕がなくなったこと。
今回は車(レンタカー)で昔の人の歩いた道をできるだけ忠実に辿ってみた。街道全体が長いので東京から京都までを4回に分け紹介します。





東京・日本橋−(国道1号線)−品川−小田原−箱根−三島−由比−丸子−岡部
約200km、1泊2日




<ルート付近のリンクポイントの地名をクリックしてみてください>



●日本橋から東海道の旅へ

“お江戸日本橋”には明治44年に完成した立派な橋がある。だが現在はその上を高速道路が覆い、注意して見ないと気がつかないほどひっそりと佇んでいる。橋の下にはいまでも日本橋川が流れているが、その橋の脇には獅子の像を従えた欄干と東京を起点とした道路元標の銅版の道標と、歴史を伝える説明版があるだけだ。
日本橋から国道15号線で品川へ。泉岳寺近くにいまもわずかに石垣の残る大木戸跡を過ぎると本格的な旅の始まりだ。京橋の橋の一部などが移転された品川八ッ山橋たもとは、現在は道路拡張工事のため立ち入りできない。15号線と分かれて京浜急行の踏切を越え旧街道へ入る。

東海道53次の最初の宿場品川宿は道幅六間の狭い道の両側いっぱい店が並ぶ。
大型スーパーの陰で地元商店が苦戦する時代にさまざまな食料品や日常雑貨店などが続く。また多くの寺や神社も残る。
昔は旅籠が100軒も連らね、旅へ出る人の見送りや川崎大師への参詣客、江ノ島観光へ出かける人、それに江戸市中から物見遊山に来た人で賑わったという。
商店街には東海道400年ののぼりを立て、かつての地名の由来や所在地などの表示板も新しく設置されていた。車は品川から大森方面への一方通行だ。

品川宿の商店街を過ぎると、国道15号線と合流するところに八百屋お七が火あぶりになった“鈴ヶ森刑場跡”がある。数十年前までは樹木に囲まれてた刑場も国道沿いにこぢんまりとまとめられ暗いイメージはない。
平和島の交差点を越えると再び旧道に入るが、きれいに舗装され昔の面影はない。
短い旧道を出るとここから六郷橋を渡って鶴見、川崎から小田原まで一気に国道を走る。

●小田原、箱根から三島へ

ここ小田原から箱根を越えて三島へと抜ける箱根八里は“天下の険”と歌われ東海道のなかでも最も危険だったところだ。この難儀な箱根を越える人、越えて来た人で賑わった小田原宿はまた城下町でもあった。

小田原城は秀吉の来攻に備えて築かれた北条氏の城で、北条滅亡の後は徳川の譜代大名大久保氏の居城となった。現在の天守閣は昭和35年に再建されたもので歴史資料などが展示されている。

ここからいよいよ箱根を越える。湯本で国道1号線と箱根新道とに分かれるが、旧道はその手前の信号を左折し早川を渡る。
旧道は車は途中までしか進めないが、せっかくなので車で行ける寺を訪ねてみよう。今、放映されているNHK大河ドラマの“北条時宗”一族北条五代の墓のある寺「早雲時」をはじめ由緒ある寺がある。(早雲時と北条時宗については「小田原城とその周辺」及び「鎌倉に北条時宗を訪ねる」を参照)
「紹大寺」は将軍家光の乳母春日局の墓所で、境内には林や清流それに苔むした巨石がある。また仇討ちで有名な曽我兄弟を祀る「正眼寺」もある。ここは鎌倉時代の地蔵信仰から興った寺で、江戸時代も旅人が箱根越えの無事を地蔵の慈悲にすがって祈ったという。ここから先はカーブの連続と交通量の多いところでもあり、長いドライブの安全を祈って手を合わせ頭を下げる。

●旧街道杉並木と箱根関所跡

箱根町芦ノ湖畔を出たところから関所跡まで約800mにわたって、“昼なお暗き杉の並木”が続く。杉の数415本、樹齢360年を越える。この長い歳月をこの杉の木は人々の往来を見てきたかと思うとやはり感慨深い。
もしこの杉の木と話ができるのなら聴きたいことがたくさんあるよ、と話しかけたくなる。江戸時代にはこの並木のはずれに旅籠やがあった。手形を紛失した旅人が、再発行の手続きを待って逗留したりしたそうだ。

復元された関所には資料館もあって当時の様子を伝えている。
東海道ではここ箱根と浜名湖畔の新居の関が、中山道の碓井、木曽の福島と並んで厳しい取り締まりで名高い。いわゆる「出女と入り鉄砲」といわれ、とくに江戸に人質としておかれた大名、武家の女房たちへの監視が厳しかった。町女や男に変装してはいないかと目が光り、一般の女性たちにも厳しい取り調べが行われた。
また関所破りもあったが、小説や映画の世界のような処刑を受けたものは案外少なかった。その他、関所手形や日誌など興味ある品々も展示されている。

箱根を越えると三島宿へと辿り着くのだが、三島、沼津と国道1号線の車の流れに乗って車の旅は一気に由比まで来てしまった。
新蒲原から旧街道へ入るとすぐ黒の板塀の本陣跡があったが、現在は私邸となっていて見学はできない。

●由比宿

最初に出会うのはかつての本陣跡で、今は「東海道広重美術館」だ。今年は街道400年とあって入館者も倍増したとか。
江戸時代の代表的浮世絵師・安藤広重の作品を中心にコレクションされた美術館で、約1200点もの版画が展示されている。東海道といえばこの広重の浮世絵が頭に浮かぶが、これだけの本物の版画を一度にみる機会は少ない。実際に昔の街道を辿ろうとする者にとっては必見だ。また、売店では絵はがきや本も手に入るので、求めておくとこれから訪れようする街道の景色や宿場町を現在と見比べてみるのも楽しい。
/入館料 500円、TEL 0543-75-4454

「東海道由比宿おもしろ宿場館」を併せて見学するのもおすすめだ。
当時の町並みを鍛冶屋、桶屋旅館など職業別の小屋で再現している。入り口には等身大の弥次喜多のユーモラスな人形があり笑いを誘う。
/入館料 400円、TEL 0543-77-0023

●薩捶峠(さったとうげ)

由比宿は小さな宿場町だったが、難所である 薩捶峠を控えていたため結構賑わっていたようだ。一里塚やお地蔵様もあり、町の中のいくつもの橋は新しく修復されなかなか昔の宿場町の面影を残している。

薩捶峠への道は一段と狭く急な上り坂で、峠へと歩いて登る旅行者もいるので運転には気をつけたい。
峠からの眺めは広重の描いた「由比」の図柄と大きな変わりがなく、少し霞みがかっていたが、堂々たる富士の姿ももちろん駿河湾の眺めもそのままだ。昔は海であったところに高速道路が走るが、それはそれで現代の絵として満足のいく風景だ。
今は展望台と駐車場があるが、かつては山肌伝いの狭い道は難儀であっただろうし、実際転落した旅人もいたという危険なところでもあった。
広重の絵に見るかつての断崖はすっかり整備され、峠への道の両急斜面には夏みかんなどの柑橘類と枇杷が栽培されている。

江戸時代はこの薩捶峠を通らず波打ち際を行く道もあった。
今は国道1号線が通るが、断崖の下、高波の間を縫って走り抜けた道を“親不知らず子知らず”の道といった。親子であっても相手を思いやる余裕のないことからついた名前という。どちらも難所であったところだ。

興津の一里塚を過ぎると、戦国時代の武将秀吉や家康のゆかりある「清見寺」の五百羅漢や梵鐘を見学して、江尻、府中(静岡市)を抜けて鞠子宿へ。

●鞠子宿

丸子宿ともいう。国道1号線で阿部川を渡るとまもなく左折し1kmほど走ると道は2つに分かれるが、左が旧道でとろろ汁で有名な「丁子屋」がある。広い駐車場もある。
広重の絵にも描かれた店だが、昔はこうしたとろろ汁を食べさせる店がたくさんあった。
「うめ若菜丸子の宿のとろろ汁」という芭蕉の一句もあり、東海道中膝栗毛にも登場する街道の名物である。
下足札のある当時の古い店構えのまま営業しているので観光客には大人気だ。地物の自然薯を使い白みそで溶いたとろろ汁は麦ご飯にかけて食べる。ご飯はお代わりのおひつまでついて1,000円だ。
/TEL 054-258-1066

隣にもう一軒「一松園」という店がある。こちらは創業40年という。
/TEL 045-259-5454

●岡部宿へ

鞠子宿を出て国道1号線を辿ると間もなく宇津ノ谷トンネルが見える。その手前を右折、古い道を行くと岡部宿に着く。
このあたりは人喰いの鬼が出るという伝説が生まれるほど、樹木や蔦に覆われた難所であった。旧街道は車は通れないが、車で行ける古い道も大正トンネルといわれるレンガ造りの暗いトンネルを抜ける。峠を下るとそこは岡部宿だ。
この峠の下には、ほかに明治、昭和、平成とそれぞれの時代の道路の開通に伴って計4つのトンネルがある。

○大旅籠柏屋

旧街道をそのまま拡張した国道1号線沿いに大旅籠がある。天保7年(1836)に創建された柏屋は、平成12年に東海道や岡部宿の歴史資料館として改築復元された。
旅籠屋と質屋を兼業していたといわれ、岡部でも屈指の裕福な名家であった。数年前までその末裔である老婦人が、30年前夫を亡くしてから90歳まで一人でかつての大旅籠の家屋敷を守っていたとか。その後、町が買い取り元の大旅籠として修復された。
当時の旅籠に宿をとる様子を等身大の人形で再現したり、弥次・喜多シアターなる部屋には二人がくつろぐ姿を人形でみせてくれる。
とくに興味深いのは、当時の旅人に東海道の各宿場で出された食事のメニューの記録が残っていることだ。ちなみに、ここでは夕食が大根の吸い物、蒲鉾、芋、にんじん、揚げ豆腐、大根、しいたけ と盛り沢山。料理方法はないが、高級宿だったことがわかる。
記念撮影用の道中衣装も無料で貸してくれる。
/入館料 300円、TEL-054-667-0018

岡部は品川から数えて21番目の宿、ここまで歩いてくるのは苦難の道もあっただろうが道に迷うこともほとんどなく風景も良かったはず。
しかし、現代は旧道を探してウロウロしながらの旅である。車という便利な“足”であっても結構時間がかかる。日本橋を出発してから約200km。訪ね歩く旅もまた楽し。島田で宿をとる。



○ニッポンレンタカーの車種・料金

詳しくは車種・料金一覧表をご覧ください。

○東京都・神奈川県・静岡県内のニッポンレンタカー営業所

ニッポンレンタカー ホームページの営業所検索で、東京都内神奈川県内静岡県内の営業所リストをご覧いただけます。


バーチャル東海道五十三次
神奈川県内にある9つの宿場の歴史や名産品などを紹介。バーチャルショッピングも可能。
東海道400年祭
静岡県内の22宿場のみどころやイベントなど。麺(そば・うどん・ラーメン)どころ案内も見られる。
東海道五十三次をゆく
各宿場の歴史やデータ、江戸時代の旅に関する知識などを紹介している。クイズもある。

取材:2001年4月