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蔵の街栃木と歴史の街足利(1)

ドライブライン

巴波川に沿う蔵屋敷 江戸時代から明治時代にかけて、例幣使街道の宿場町として、また巴波(うずま)川舟運の商人の町として栄えた栃木市。鎌倉時代の藤原秀郷の子孫、佐野氏が築いた城下町であった佐野市。そして足利氏発祥の地であり、日本最古の大学「足利学校」を残す足利市と、それぞれの町は異なる時代の歴史を教えてくれる。

首都圏から100km足らずの距離にあるが、みどころも多いこともあって2回にわけて紹介したいと思う。


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ドライブライン

<コース>
東京−(東北自動車道)−栃木IC−栃木市−佐野市−足利市−(国道50号線)−佐野藤岡IC−(東北自動車道)−東京
全行程 300km、1泊2日

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●栃木市

栃木県の南部、東に筑波山、西に太平山、北は日光連山に囲まれ、市内中央には巴波川が流れる人口約8万3,000の静かな街だ。かつての日光例幣使街道の宿場町でもあるとともに巴波川の舟運での江戸との交易で繁栄した。
江戸からは日光御用達の荷や塩などが運ばれ、ここからは特産の麻や鬼瓦をはじめ木材や農産物などが運ばれ、商人の町として北関東有数の商都であった。
舟運は江戸時代の終わりのころには商人たちは隆盛を極め、その豪商たちが白壁土蔵を巴波川沿いに競うように建てたものが、今日の「蔵の街」として多くの観光客を集めている。
例幣使街道の表示
例幣使街道の表示

昔を偲ばせる家並みも
昔を偲ばせる家並みも
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昔懐かしい荒物屋
昔懐かしい荒物屋

修復や改築された蔵の他、まだ町には手入れの行き届かない蔵や、朽ち果てんばかりの蔵も多く残す。
「蔵」には土蔵、石蔵、板蔵があるが、栃木に残る蔵の多くは土蔵だ。また用途は財産や食料などを保管するものと「見世蔵」といわれる店舗としての“店蔵”がある。

カー用品を扱う蔵造りの店
カー用品を扱う蔵造りの店
せんべいを焼く
せんべいを焼く

JR両毛線と東武電鉄とが同じ栃木駅から真っ直ぐ北へ延びる通りは、通称「蔵の街大通り」と呼ばれている。通りの両側には、古い蔵や見世蔵を修復改装した商店、土蔵を利用した美術館、それに観光案内所などが並ぶ。
また、新しく造られた白壁の瓦屋根の土蔵風の交番や郵便局まであって、まるで時代劇のセットの中を歩いているような気分になる。まず最初に観光案内所脇の駐車場へ車を入れ、街の観光地図を手に入れてから歩こう。

郵便局も蔵造り
郵便局も蔵造り
交番も蔵造りでユニーク
交番も蔵造りでユニーク

●山本有三ふるさと記念館

案内所の北隣りにある「好古館」は江戸末期から明治中期に建てられた呉服商の蔵を改修した美術館だ。この呉服問屋の初代安達幸七が収集した浮世絵や錦絵などの美術品が陳列展示されている。
/「好古館」入館料 400円、TEL 0282-22-0149

山本有三ふるさと記念館。生誕地でもある
山本有三ふるさと記念館。生誕地でもある
「好古館」と並んである間口の広い見世蔵造りの建物は、「真実一路」「路傍の石」「女の一生」など学生時代に誰もが一度は目にしたことのある大正・昭和の文豪、山本有三ふるさと記念館だ。蔵には山本有三生誕地と書かれているが、実際には隣りの小さな蔵の家だ。
平成9年に開館した施設だが、名作「路傍の石」の直筆原稿や晩年を過ごした神奈川県湯河原町の住まいの応接セットなどが展示されている。
/入館料 200円、TEL 0282-22-8805

●近龍寺と神明宮

山本有三生誕の土蔵家の裏にある近龍寺は、山本有三の墓がある。またこの寺の境内には、栃木最初に開設された小学校、師範学校があった。

近くにある神明宮は栃木の総鎮守で、栃木の名の由来は神社の屋根ぐしの十本の千木(ちぎ)から出たといわれている。
土屋文明の筆になる山本有三の碑(墓所にある)
土屋文明の筆になる山本有三の碑
(墓所にある)


●善野家土蔵(通称おたすけ蔵)

善野家土蔵。修復されて「とちぎ蔵の街美術館」となっている
善野家土蔵。修復されて
「とちぎ蔵の街美術館」となっている
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現在は「とちぎ蔵の美術館」として、栃木ゆかりの美術工芸作家の作品を中心に収蔵展示しているが、栃木市に現存する数多い蔵造りの建物の中では最古の土蔵である。
善野氏は先祖が近江の出身で、延享年間(1744〜1748)、米を扱う他、大名などを相手に質商を営んで、豪商となった。
善野氏は江戸時代の末期に困窮人救済のため、多くの銭や米を放出したり、失業対策事業に蔵を増築を行ったことから「おたすけ蔵」と呼ばれるようになったそうだ。物語にでもなりそうな立派な話である。

東蔵、中蔵、西蔵の3棟が並ぶ。いずれも二階建ての切り妻・妻入りで、屋根は瓦葺き、外壁は土蔵造りで黒漆喰で仕上げられている。実に重厚感のある建物だ。
屋敷内には店舗の他に文庫蔵、住居、土蔵群があり、こうした建物の構成は栃木の伝統的な商家の造りだ。
/入館料 300円、TEL 0282-20-8228

●山車会館

山車会館
山車会館
おたすけ蔵と隣接する、蔵の街には不釣り合いな近代的建物が目を引く。5年に一度開催される「とちぎ秋まつり」の主役である山車が飾られている建物だ。
今年の秋は5年目の開催の年となる。各町内が競う絢爛豪華な山車の6台が収蔵されているが、内3台を常設展示している。
/入館料 500円、TEL 0282-25-3100

●岡田記念館

京の朝廷から日光東照宮に毎年御幣を捧げるために開かれた例幣使街道、その道沿いにある岡田家は500年の歴史を持つ栃木屈指の旧家だ。かつては畠山氏の本陣となり、代官職も代行したという代官屋敷の建物もある。現在、当主は26代目を数えるという。
屋敷内にある3つの蔵には、陣羽織から、例幣使が使用したといわれる蒔絵の漆器や陶器、江戸時代の着物などを陳列展示している。明治時代には画家富岡鉄齊とに親交があったことから鉄齊筆『韓信堪忍図』、陶芸家の板谷波山など芸術作品も見逃せない。
また同じ屋敷内には、麻の工場の後、酒造所となった建物や昭和初期の床屋も残されている。

岡田家記念館。代官屋敷でもあった
岡田家記念館。代官屋敷でもあった
岡田家の敷地で営業していた床屋。子供用のには馬の椅子
岡田家の敷地で営業していた床屋。
子供用のには馬の椅子


かつての例幣使街道をはさんで、明治時代の22代当主が建てた別邸「翁島」がある。
外見は贅沢そうには見えない木造二階の建物だが、こだわりの用材をふんだんに使用した贅を尽くしたものである。檜はすべて木曽産、杉は秋田の巨木からの美しい正目の板や遠い南の島の屋久杉までが使われている。とくに長さ六間半(約12m)幅3尺(約1m)厚さ1寸(3.3cm)の欅の一枚板の廊下は練達の工匠が技を競い合って造ったという立派なものだ。
/入館料 600円、TEL 0282-22-0001

岡田家の翁島別邸。変哲もない2階屋だが…
岡田家の翁島別邸。
変哲もない2階屋だが…

翁島別邸。欅の1枚板は10mも続く。贅を尽くした造りだ
翁島別邸。欅の1枚板は10mも続く。
贅を尽くした造りだ


●県庁堀

栃木市は明治16年までは県庁所在地だったところ。現在はその敷地に巡らせた堀だけが残っている。堀には鯉が放たれ、周囲は市民の憩い場になっている。県庁舎跡に建つ洋館の建物は大正10年建造の栃木町役場。いまは市役所別館となっている。

水運に使われた掘り割りと荷揚げ所
水運に使われた掘り割りと荷揚げ所
旧市庁舎
旧市庁舎
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●横山郷土館

巴波川沿いに、かつては栃木でも有数の麻問屋として知られた豪商の家。店舗は北半分が麻問屋、南半分は明治32年に設立された栃木共立銀行として造られている。2つの蔵は土蔵ではなく、当時大谷石の10倍もの値のあった品質の良い鹿沼産の深岩石を積んで造られたものだ。
蔵の中には江戸から〜大正時代の陶器や書画、調度品などが展示され、庭園内には大正7年の洋館が建つ。また麻問屋時代の帳場や昔の銀行の事務所などが残されている。
/入館料 500円、TEL 0282-22-0159
商家の帳場
商家の帳場

●綱手道
巴波川に沿う蔵屋敷
巴波川に沿う蔵屋敷
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江戸との交易が盛んだったころの巴波川は湧水もあり、流れも速かったため、江戸からの帰りは、麻綱で舟を曳いてきたという。この川沿いの曳道が綱手道だ。

柳の植えられた川岸には、船積問屋や豪商の倉庫が並び、巴波川には鯉が泳ぐ。

うずま川とはなかなか読めない
うずま川とはなかなか読めない
巴波川に沿う散歩道
巴波川に沿う散歩道

●塚田歴史伝説館

巴波川沿い約120m、甍の屋根に白の漆喰の壁、そして黒塀が続く塚田家は江戸時代末期の木材回漕問屋。綱手道と、この重厚な建物は「蔵の街・栃木」の代表的な景観でもある。
屋敷内の3つの土蔵を利用した展示館には、塚田家に伝わる陶器や調度品などが200点余もある。

展示館に入ると、三味線で弾き語りをする老婆と、それに耳を傾ける人の人形があり、また13分間の全自動人形劇『人柱伝説うずま川秘話』が上演されるというハイテク人体型ロボットのユニークな出し物がある。
昔、巴波川は、嵐のときなどは怒濤のごとく流れ、瞬時に橋を押し流すこともしばしばあったという。暴れる川の流れを鎮めようと、若い娘を人柱に新しい橋を架けたという話の劇だが、田舎芝居を観ているようでなかなか面白い。
/入館料 700円、TEL 0282-24-2145
悲劇の伝説の橋も今はコンクリート造り
悲劇の伝説の橋も今はコンクリート造り

●太平山

太平山山門
太平山山門
太平山本殿
太平山本殿

栃木市と大平町の間にある標高345mの山の頂に太平神社がある。
参道の階段は1,000段にも及ぶ。神社境内までは大きく迂回して車で上れるが、途中の随神門まで車で行きそこから階段を上ったが、200段近くもあった。
平安初期に慈覚大師によって開かれた寺と伝えられている。
享保8年(1723)徳川吉宗公時代の建築でかつては神仏混淆の信仰を集めていた。元は仁王門だった随神門だが、表は左・右大臣が裏側に仁王の守護神が配された珍しいものとなっている。
参道の階段沿いは、あじさい坂と呼ばれ5〜6月には色とりどりのあじさいの花が楽しめる。
太平山は急で長い階段が続く
太平山は急で長い階段が続く

太平神社随神門の左大臣
太平神社随神門の左大臣
山側には仁王様
山側には仁王様

太平神社へ上る道路は、右回りを“遊覧道路・さくらのトンネル”といわれ、文字通り春には桜の花のトンネルだ。また樹齢350年のしだれ桜で名高い太平寺がある。左回りは、京都の六角堂を模擬したという連祥院六角や、上杉謙信が、南の方の空まで広がった平原を見渡して、改めて関東平野の広さに目を見張り「謙信平」と名付けたという、関東を見下ろす展望台がある。
そして、この丘陵地帯には、境内正面の階段を上ると禍を招くという七不思議の話を持つ「大中寺」や下野坂東26番札所の「清水寺」がある。ハイキングのコースもある。

六角堂
六角堂
油泥棒が転げ落ち、通行止めの階段(大中寺)
油泥棒が転げ落ち、通行止めの
階段(大中寺)




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栃木市観光協会
栃木市のみどころ、宿泊施設や名物などを紹介。観光ボランティアのおすすめコース案内もある。
栃木市の観光
栃木市ホームページ内。「蔵の街遊歩道」や「太平山」などの観光スポットを紹介している。

取材:2006年3月