はじめての台湾の旅(2)

映画のロケ地となった九份の賑わい 台北市を離れて北へレンタカーで約20km、台湾を代表する港町、基隆(ジーロォン)を経てさらに10km、19世紀に鉱脈が発見されゴールドラッシュに湧いた面影を今に残し、台北郊外の人気ナンバーワンの観光地といわれるレトロな風情あふれる町、九份(ジャウフェン)へ。
さらに、波の浸食によりキノコのような奇岩が海沿いに林立し、不思議な光景を魅せてくれる野柳(イェーリョー)などを観光。ここより一気に南下、台北市より約180km、台湾中部の都市台中(タイヂォン)で孔子廟や黄金の大仏で有名な寺などを訪れながらさらに南下、嘉義(ジャーイ)を訪れた。いまでも日本と関わりが深く、特に日本統治時代野球大会で初出場ながら準優勝した台湾の中学校が、最近、映画化され人気を博し、語り継がれた嘉義農林学校野球部があった町だ。現在は国立嘉義大学となっているが、校内には甲子園準優勝の記念碑や当時の資料などが残されている。
台湾と言えばグルメや、美容・健康の施設を気軽に楽しめるところというイメージが大きい。その上、親日的で人々が優しく日本語も通じることも安心の一つ、と観光案内は伝える。
しかし、有名なホテルや観光地、みやげ物屋などでは当然でも、一般的には世代が代わったいま、日本語はもちろんのこと英語もなかなか通じ難く、独自の文化の中での近代化が根を張っていく様を垣間見ることができた。

ドライブルート

台北市内(タイペイ)-基隆(ジーロォン)-九份(ジャウフェン)-(台湾新幹線)-台北-台中(タイヂオン)-嘉義(ジャーイ)-台北-猫空(マオコォン)

全行程 約500km、今回行程 約450km

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基隆(ジーロォン)・和平島浜海公園(ハヲピィンダオビンハイゴォンユィエン)

さまざまな海蝕の岩

さまざまな海蝕の岩

台北市中心部から東北へ約20km、南の第二都市高雄(ガオシォン)と並び、台湾を代表する港町。17世紀にスペイン人が上陸、この地に城を築いたが、その後オランダ軍に攻め落とされ、日本統治時代には、石炭の積み出し港として栄えた。周囲は天然のリアス式海岸で漁港としても発展。
港より数キロ北には地殻変動や波の浸食でできた奇岩が立ち並ぶ野柳地質公園がある。奇岩には「女王頭(エジプトの女王ネフェルティティと思われる)」などさまざまな名がつけられ、想像力を掻き立てられながら大自然が作り出す造形を楽しむことができる。(女王頭は地震や浸食により細い首は折れるだろうと、レプリカが用意されている)

  • 野柳地質公園の奇岩群

    野柳地質公園の奇岩群

  • 小島を繋ぐ岩礁

    小島を繋ぐ岩礁

  • 人気の“女王の頭”は警備員が付き、記念写真は順番

    人気の“女王の頭”は警備員が付き、記念写真は順番

  • 公園内のレプリカ。本物は地震があると首が折れそうだとあった

    公園内のレプリカ。本物は地震があると首が折れそうだとあった

九份(ジャウフェン)

基隆港から南へ約10kmの山間にかつて金鉱の町として栄えた。海を望む山の斜面に石段や石畳の小道が続き、両側には古い家並みが続く。いまは屋台風食堂や土産物屋が並び、観光客で賑わっているが、もとはたった9戸だけの小さな集落でしかなかった。また交通が不便だったため、村人が買い出しに山を下る度に9戸分をセットで買ったことから「九份」といわれるようになったという。情緒豊かでノスタルジックな風景は、台湾を代表する一大観光地となった。さらにベネチア映画祭でグランプリに輝いた名作映画『非情城市』の舞台となり、いま再び脚光を浴び人気を集めている。

  • 映画のロケ地となった九份の賑わい

    映画のロケ地となった九份の賑わい

  • 洒落た茶店

    洒落た茶店

  • 坂道は食べ物屋が並ぶ

    坂道は食べ物屋が並ぶ

台中・宮原眼科(ゴンユィエンィンカヲ)

台北から約180km南、台湾第三の都市台中(タイヂォン)にあり、その名のとおり、日本統治時代病院として使われていた赤レンガの建物だ。現在は地元台中の人気菓子店が、内部を現代風に改造しスイーツの店として営業している。今、台湾ではかつての歴史ある建築物を外観はそのままに、内部は現代風にアレンジしながら、ショップやギャラリーなどとして改造されることが多く行われている。とくに台中では古いレンガ造の建物が多く、1930年代創業ハヤシ百貨店が、2014年、『林百貨(リンバイオフ)』として82年ぶりに再オープンされた。この他、当時銀行だった建物はアイスクリームバーやカフェとなり、年配の人には懐かしさを感じる町である。

  • 日本統治時代の建物、宮原眼科

    日本統治時代の建物、宮原眼科

  • 昔の表示デザインを今も使用

    昔の表示デザインを今も使用

孔子廟、正門からの橋

孔子廟、正門からの橋

孔子廟(コォンズィミャオ)・
宝覚寺(パオジュエスィ)

1976年に建立されたという宋代様式の中国風宮殿建築。白い大きな門をくぐると石灯が並ぶ参道があり、その先には大成門、さらに広い境内の正面に幅27m、奥行き19m、高さ約18mの巨大な大成殿が建つ。複雑で変化に富んだ構造と繊細な装飾は一見の価値がある。主祀として祭られているのは孔子の神棚で、金箔で守護九龍の位牌が置かれ、その弟子72人の位牌と共に祀られている。

  • この建物に孔子が祀られている

    この建物に孔子が祀られている

嘉義で唯一の大仏

嘉義で唯一の大仏

孔子廟の近くには、台中市のみどころとして黄金に輝く高さ30mの大きな大仏が有名な宝覚寺がある。大仏の大きな鼻の下に鳥がよく巣を作ることから「鼻くそ大仏」などと呼ばれているともいう。台中では少ない仏教寺院であることから、日本統治時代には、台湾中部で亡くなった日本人の遺骨安置所でもあり、今もそのまま祀られている。

嘉義(ジャーイ)市

2,000m級の山々が連なる阿里山(アーリーシャン)への登山鉄道への基地として知られる町。ヒノキの原生林が広がる阿里山への森林鉄道は全長約72km。1905年から6年の歳月を費やして完成したもの。阿里山森林鉄道と富山県の宇奈月から黒部川沿いに走るトロッコ鉄道とは同じ762mmの軌道で登山鉄道に属し、阿里山は林業資源開発、黒部は水力発電のため建設された。このことから2013年に共に観光鉄道として「姉妹鉄道」となった。今も木材や阿里山の中腹に広がる高山茶の産地であり、製糖なども盛んな産業都市だ。
とくに日本人に親しみがあるのは、日本統治時代の昭和6年(1931)第17回全国中等学校優勝野球大会(現在の全国高等学校野球選手権大会)で初出場ながら、準優勝した台湾の中学校のことだ。嘉義農林学校野球部のこの快挙を描いた「KANO 1931海の向こうの甲子園」は平成26年(2014)の台湾映画で、大阪アジアン映画祭のオープニングとして日本で上映され大ヒット。こうした映画にまつわる名所も多くある。

  • 阿里山鉄道の切符売り場

    阿里山鉄道の切符売り場

  • 懐かしい雰囲気の北駅の待合室

    懐かしい雰囲気の北駅の待合室

  • 日本の駅を思わせる雰囲気

    日本の駅を思わせる雰囲気

  • 北門駅。昔の駅が保存されている

    北門駅。昔の駅が保存されている

  • 昔のトロッコ列車の軌道

    昔のトロッコ列車の軌道

  • 阿里山鉄道の車両

    阿里山鉄道の車両

  • 黒部と姉妹鉄道の碑

    黒部と姉妹鉄道の碑

  • 嘉義市立球場

    嘉義市立球場

嘉義駅周辺(ジャーイジャン)

嘉義には駅前から続く2つの大道路が市街地を貫いている。そこにはブティック・カフェ・レストランから美容院まで、さまざまな人気店が並び、途上の噴水池があるロータリーを起点としてさらに放射状に商店街が延びている。この中心部のロータリーには、嘉義農林学校の野球部ピッチャーの大きな像が建っている。
当時、日本人、漢人、台湾原住民で組織された「嘉義農林学校野球部」は日本人のみのチームに勝ち台湾代表として甲子園に遠征。最後まで強い精神力をもって戦い抜いた感動は「KANO精神」といい、いまも台湾の人々に語り継がれている。
嘉義市の観光に欠かせないエピソードとともに、その歴史を語る史跡も多く残されている。

  • 嘉義駅

    嘉義駅

  • 台鉄の昔のままの嘉義駅

    台鉄の昔のままの嘉義駅

  • 嘉義の繁華街

    嘉義の繁華街

  • 嘉義の中心、ロータリーに甲子園で活躍した投手像

    嘉義の中心、ロータリーに甲子園で活躍した投手像

阿里山林業村(アリーシャン・リンイェツン)と檜意森活村(フィイセンソウツン)

檜意森活叢の日本家屋

檜意森活叢の日本家屋

阿里山森林鉄道の拠点駅「北駅(ベイジャン)」を中心にかつての営林関係の人々の宿舎が集まったところ。当時は檜で造られた浴室や事務所、クラブなどもあり、台湾ではじめてという平地に設けられた「林業村」だ。歴史的木造建築を保存するため、昔のままの原木を使い、日本の伝統工法によって復元したもの。現在は再整備され博物館、文化局、音楽ホールなど展示公演のスペースもある。北駅前にはレトロな雰囲気のカフェがあり、その前からかつての黒瓦に板張りの日本家屋が並ぶ集落へと続く。
これらの建物は映画の中では、選手達の宿舎や監督の住居などとして使われた。その他、日本高級官僚の官舎だった建物は、当時の台湾や日本で発行された新聞記事や野球部の活躍、またユニフォームやグローブ、ボールなどが展示されている「KANO故事館」となっている。

  • 近藤兵太郎監督の家(映画のセット復元)

    近藤兵太郎監督の家(映画のセット復元)

  • 部屋内部は甲子園一色

    部屋内部は甲子園一色

  • 日本の高校野球にもこの言葉は現役だ

    日本の高校野球にもこの言葉は現役だ

  • 展示室には甲子園の思い出がいっぱい

    展示室には甲子園の思い出がいっぱい

国立嘉義大学(グォリィジャダーシュエ)

キャンパスは、昆虫館、陶器絵付け工房、植物園、動物試験場、模範農業場などがあり博物館ともいえる存在だという。大学の前身である嘉義農林学校の野球部が築いた栄光の歴史を受け継ぎ台湾野球の故郷と自負する。校内には巨大な白球が掲げられ、甲子園遠征へ導いた近藤兵太郎監督と準優勝のヒーローのブロンズ像が鮮やかな緑の芝の上に立つ。
校内には教師と生徒が共同開発したさまざまな食品が並ぶ売店もある。

  • 嘉義大学(旧嘉義農林学校)構内には大きなボール

    嘉義大学(旧嘉義農林学校)構内には大きなボール

  • 生徒を指導する近藤監督像

    生徒を指導する近藤監督像

北回帰線標塔(ベイフィグィシャン・ビャオタゥ)

北回帰線の表示。移り変わりが示されている

北回帰線の表示。移り変わりが示されている

嘉義市内中心部より北西に約4km。国道1号線沿いにあり、道路を跨いで北回帰線の印がアーチを描いて架かる。
台湾には3ヶ所の北回帰線の記念碑があるが、嘉義にあるのもその一つ。北緯23度26分22秒に位置するモニュメントが建つ。地球の軌道系に伴って毎年僅かながらの誤差があり、回帰線を示す位置のモニュメントも少しずつずれながら年代別にいくつもある。展望台を備えた塔もある。これより南は熱帯であり北は亜熱帯だ。回帰線を跨いで、片脚は亜熱帯、片脚は熱帯ということで写真を撮る観光客も多い。

  • 北回帰線のアーチが跨ぐ道路

    北回帰線のアーチが跨ぐ道路

猫空(マオコォン)

台中から台北へと戻り、帰国までに残った1日で南郊外の丘陵地帯に広がる茶畑で有名な猫空へ行ってみた。市内から約15km、さらに全長4,003mにも及ぶ長いゴンドラに乗って約20分。途中いくつかの駅があり動物園やハイキングコースなどに向かうことができる。約4分の1のキャビンは床面全面透明のクリスタルで、足元が透けて見える。丘陵を縫うように行くゴンドラの足下に谷間や茶畑が見えるので、高所恐怖症の人はパスし、普通の床が張ってあるキャビンに乗ることを薦める。窓の外には台北市街も眺められる。終点猫空は標高300m。これよりハイキングや観光茶園を訪ねるいくつかのコースもある。巡回バスもあるので利用するのもよしだ。

  • 台北・猫空へのロープウェイ

    台北・猫空へのロープウェイ

  • ロープウェイから見える寺

    ロープウェイから見える寺

  • 茶畑を見下ろす

    茶畑を見下ろす

猫空は台湾の中でもお茶の栽培が古くからはじまったところ。その9割が中国の鉄観音茶だ。多くが中国福建省の出身だからという。現在の生産者は5代目くらいだそうだ。しかし、飲み物の多様化で茶畑も衰退。ところが1980年代に「観光茶園」として紹介されてからお茶農家も復活、また「茶芸館」と呼ばれる茶屋が狭い道の沿道や山の斜面などに点在し、暑い台湾の夏には涼み客でいっぱいになるそうだ。とくに週末には多くの店が深夜営業となり、台北の人たちはドライブがてらに涼を求め、あるいは夜空の星や、遠く見下ろせる台北の夜景を楽しむためにこの丘陵地帯にやってくるとか。

  • ロープウェイの猫空駅

    ロープウェイの猫空駅

  • 茶畑内に散策路がある

    茶畑内に散策路がある

  • 開拓民は原住民の襲撃をこの木筒をたたいて知らせたとある

    開拓民は原住民の襲撃をこの木筒を
    たたいて知らせたとある

  • お茶の研究所。展示室もある

    お茶の研究所。展示室もある

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取材:2016年5月

  • ※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。