はじめての台湾の旅(1)

中華民国総統府活気があってカラフルな町並みと、グルメ・エステ・観光と魅力的な誘いが紙面一杯に広がる「台湾」の雑誌が目に飛び込んできた。気軽にレンタカーで巡りにくいアジアへの旅は、このドライブガイドでは取り上げてこなかったが、「行けば必ずリピーターとなるよ」という勧めも受けて、はじめての台湾へと飛び立った。
台北松山空港は、密集する民家の中にある。滑走路のすぐ脇には洗濯物が干されたアパートの窓があり、食べ物屋や市場の派手な看板を間近に見ながらの着陸という、最近では珍しい空港に降り立った。そしてホテルまでの車窓からは、まるで昭和の日本を思わせるような懐かしい町の風景が広がっていた。「これは面白そうなところへ来た」と胸が躍った。

ドライブルート

台北市内(タイペイ)−基隆(ジーロォン)−九份(ジャウフェン)−(台湾新幹線)−台北−台中(タイヂオン)−嘉義(ジャーイ)−台北−猫空(マオコォン)

全行程 約500km、今回行程 約50km

<赤いドライブルート付近のマーカーをクリックするとその項目にジャンプします>

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レンタカー事情

台湾では、日本の運転免許証でレンタカーが利用できる。
ただ、庶民の足である多くのオートバイやスクーター、無秩序に道路を渡る歩行者、信号無視、割り込みがある他、歩道がオートバイの駐輪場となっていたり、商店の商品が路上へ溢れていたりと、運転の妨げが多いので注意が必要だ。また、レンタカー会社によって、年齢制限を設けている場合もある。
台湾での交通は、レンタカーの他にも鉄道やバス、タクシーなどを利用できる。

台北市内のみどころ

17世紀まで原住民族が暮らしていた台湾は、スペインやオランダをはじめ大陸からは鄭氏、中国(清王朝)と統治者が変わり、17世紀後半には多数の漢民族がやってきて、原住民族を山岳地帯などに追いやった。その後日本統治時代を経て第二次世界大戦後、蒋介石率いる中国国民党により、彼らの伝統や文化は大きく影響を受けた。そして今日、台湾はめざましい発展をとげ、本土との統一を掲げる中国とは一線を保ち、現在は市民の多くは、その経済的発展と政治的自由を享受している。
首都である台北市は、先史時代は大きな湖の盆地で、いくつかの原住民族が住んでいたが、18世紀に漢民族により豊富な水を利用して、稲作農地として開拓された。1847年、清はここに台北城を築いた。そのことから1885年台湾が中国の台湾省となったと同時に、行政の中心地が台南からここ台北に移った。その後、日本統治に代わり、中国共産党との内戦で敗北した国民党政権が台湾に逃れ、台北を首都とした。

  • 台北松山空港

    台北松山空港

  • 信号が変わるとスクーターは一斉に猛ダッシュ

    信号が変わるとスクーターは一斉に猛ダッシュ

台北101(タイペイイーリンイー)

台北101。508mのランドマークタワー

台北101。508mのランドマークタワー

台北市の南東、開発が進む一画に聳える高さ508m、台北のランドマークタワー。低層階はフードコートや世界のトップブランドのブティックが並ぶ。展望台があり、世界最速といわれるエレベーター(日本製)で上ることができる。この日は生憎天気が悪くエレベータは89階止まりだったが、さらに天候に恵まれれば屋外展望台の91階まで上ることができる。展望台からは台北の町並みを360度見渡せる大パノラマが楽しめる。

  • 101の売店には中国人が大好きな珊瑚がぞろりと並ぶ

    101の売店には中国人が大好きな珊瑚がぞろりと並ぶ

  • 101から台北市内

    101から台北市内

台北駅<台北車站(タイペイチヲージャン)>

町の中心部にある駅ビルで地下4階、地上2階建ての台湾国鉄(台鉄)の駅舎だ。この駅舎は台湾高速鉄道(高鉄)の駅でもある。日本の技術援助で2007年に開通した高速鉄道で、日本の新幹線をベースにした700T型電車を採用している。台北と高雄間の345kmを最短1時間36分で結んでおり、その他台北から国内各地を結ぶ鉄道の発着駅でもある。地下は商店街となっている。
この駅周辺は、日本統治時代の官庁街として発展したところ。現在も交通、政治の中心地として賑わっている。

  • 台北駅。台鉄、高鉄などが発着。台北の中心

    台北駅。台鉄、高鉄などが発着。台北の中心

  • 台湾高速鉄道。日本の新幹線をベースにした700T型電車を採用

    台湾高速鉄道。日本の新幹線をベースにした700T型電車を採用

  • 台北駅の切符売り場

    台北駅の切符売り場

  • 駅弁売り場。日本の駅弁と似ている

    駅弁売り場。日本の駅弁と似ている

総統府(ゾントォンフウ)

1919年に建造された日本統治時代の台湾府のビル。ルネッサンス洋式の歴史的建築物。第二次世界大戦末期にアメリカ軍により爆撃を受け、内部が破損したが、国民党政権が内部を改装し、現在も総統府として使用されている。一部は一般公開されており見学もできる。この周辺は官庁街で道路幅が広く、近隣の建物との距離もありゆったりとしている。

  • 中華民国総統府

    中華民国総統府

台北賓館(タイペイビングアン)

台湾総督官邸として1901年、日本統治時代に建てられたもの。その後も国内外の賓客をもてなす迎賓館として使用されている。バロック建築の洋館だ。ここは戦後の1952年、台湾と澎湖諸島の帰属を日本から中華人民国へ移行させた日華平和条約が調印された場所。現在は休日のみ一般公開している。

  • 台北賓館の門

    台北賓館の門

  • 迎賓館。あいにく公開日ではなかった

    迎賓館。あいにく公開日ではなかった

二・二八和平公園(ヲールヲールバヲービンゴォンユィエン)

1899年、日本統治時代に造られた洋風公園。二・二八事件は戦後の台湾で起こった最大の悲劇として、記念碑にも残されている。その発端は1947年、国民党により禁止されていたヤミ煙草を売っていた女性が、摘発に逃げ遅れ殴られたことからはじまった。その後、報復に集まった先住の台湾人等と警備陣の争いとなり、警備陣の発砲で多数の死者を出した。先住台湾人が結集し反乱を起こしたが、結局、蒋介石により武力で鎮圧され、台湾人エリート層数万人(正確数は不明)が葬り去られた。これにより本省人(台湾人)と外省人(中国人)との対立が生まれたという。しかし、現在はいろいろな矛盾を抱えながらも、経済は発展し、高僧ビルの林立するオフィス街や庶民の集う旧市街などは活気に満ち溢れている。

  • 二・二八和平公園

    二・二八和平公園

  • 二・二八記念館

    二・二八記念館

  • 公園に隣接する国立博物館。日本統治時代のバロック風建築

    公園に隣接する国立博物館。日本統治時代のバロック風建築

  • 公園内の中国庭園

    公園内の中国庭園

龍山寺(ロォンシャンスィ)

台北で最古の寺、龍山寺

台北で最古の寺、龍山寺

1738年に建立されたという台北で最古の寺。世界大戦でアメリカ軍の攻撃を受け本堂以外の大部分を焼失したが、その後復元された。本堂には観音菩薩を中心に文殊・普賢菩薩などが祀られている。その他の堂には媽祖、関聖帝(関羽)、註生娘々(子宝の神)が祀られ、境内は観光客や参拝客でごった返していたが、妊婦、その母親や姑と思われる女性たちが単調で力強いメロディに乗せた経文を大きな声で唱えていた。
龍の乗る赤い瓦屋根や極彩色に彩られた本殿と読経の合唱に、目を見張るばかりだった。

  • 境内は読経の声と線香の煙に満ちていた

    境内は読経の声と線香の煙に満ちていた

  • 本堂横でも熱心に経が唱えられていた

    本堂横でも熱心に経が唱えられていた

  • 龍山寺へ通ずる街路には戦前からの建物が多い

    龍山寺へ通ずる街路には戦前からの建物が多い

  • 寺の側には薬草専門の横町があった

    寺の側には薬草専門の横町があった

  • 何でも商品。こんな露店が集まるのも寺院の側だからか

    何でも商品。こんな露店が集まるのも
    寺院の側だからか

  • 龍山寺は夜も観光客が絶えない

    龍山寺は夜も観光客が絶えない

西門町(シーメンティン)と西門紅楼(シーメンホンロウ)

台北の原宿ともいわれている西門通りは、週末には歩行者天国となる。この町の特徴は、哈日族という日本が大好きな若者たちが多く集まることで知られている。日本アニメのヒーローたちの看板も目立つ。通りの裏に建つ八角形の赤レンガの建物は、日本統治時代の演芸場で、現在も劇場として使用されている。1階はカフェとなっている。

  • 賑わう西門町

    賑わう西門町

  • この町はアニメも人気

    この町はアニメも人気

  • 西門紅楼。日本統治時代から続く

    西門紅楼。日本統治時代から続く

  • 内部には懐かしい名称の数々

    内部には懐かしい名称の数々

国父紀念館(グオフゥジィニィエングアン)

建国の父、孫文の誕生100年を記念して1972年に建てられた。高さ30mという巨大な中国の宮殿風建造物で、中にはこれまた巨大な孫文像とその偉業を称える文献写真の数々が展示されている。紀念館の前に広がる公園はダンスや太極拳、気功など、庶民の健康維持の場としていつも賑わっている。

  • 国父紀念館

    国父紀念館

  • 孫文像

    孫文像

  • 紀念館内部のホールには、国民政府建国大綱が書かれている

    紀念館内部のホールには、国民政府建国大綱が書かれている

迪化街(デイホアジエ)と夜市(イェシィ)

9世紀から20世紀初頭にかけて栄えたという商業地域。とくに清時代の末期に繁栄し、当時の建築物がそのまま残るレトロな雰囲気と活気に満ちた問屋街で、乾物や漢方、お茶、からすみ、老舗菓子などが並ぶ。騎楼と呼ばれた昔ながらのアーケードは、通りごとに専門店が並んでいるため、買い物がしやすい。
しかし、歩道に溢れた商品や段差のある道路にオートバイやスクーターが入り乱れているので、足元には十分に気を付けること。
市内では夜になると車の乗り入れを禁止して、市が多く開かれる。観光客相手の食べ物屋が並ぶ市から、庶民の食卓ともいえる市まである。これらは夜市と呼ばれ、台湾料理から中国、日式といわれる日本風とさまざまな料理が安く食べられる。看板の文字を見るだけで食材がわかり躊躇しそうなものもある。

  • 迪化街

    迪化街

  • 夜の町は賑わう

    夜の町は賑わう

  • 夜市の賑わい

    夜市の賑わい

  • 素晴らしい髪型になりそう

    素晴らしい髪型になりそう

  • 日英語教室

    日英語教室

  • 有名店は行列が切れない

    有名店は行列が切れない

  • 肉類はあらゆる部位を料理している

    肉類はあらゆる部位を料理している

  • 並んだ屋台はどこも元気がいい

    並んだ屋台はどこも元気がいい

  • サラリーマンから主婦まで、屋台の常連のようだ

    サラリーマンから主婦まで、屋台の常連のようだ

国立故宮博物院(グオリィーグウゴンボオウユィエン)

歴代中国皇帝のコレクションを収蔵、世界四大博物館のひとつともいわれる。中国文化を誇る、約68万点もの収蔵品があると言われているが、展示されている物はその一部で、すべてを見るには8〜10年もの時間が必要という。
主な展示品は約4,000年前からはじまったという青銅器や陶磁器、書、絵画、彫刻など。
長い歴史とあまりにも膨大なコレクションに、内部を紹介することはできないが、台湾観光の最高にして最大の場所である。ぜひ見学したいところだ。

  • 国立故宮博物館

    国立故宮博物館

  • 入り口は満員の人。人の列は午後まで続いていた

    入り口は満員の人。人の列は午後まで続いていた

  • 孫文像前ので記念写真。ツアー会社が順番を整理していた

    孫文像前ので記念写真。ツアー会社が順番を整理していた

台湾旅行の次回は台中へとつづく。

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取材:2016年5月

  • ※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。