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伊豆の国と修善寺から西伊豆へ(1)

ドライブライン

沼津・旧御陵邸(左)と海岸線 平成17年(2005)、伊豆長岡、大仁町、韮山町の3町が合併「伊豆の国市」が誕生した。以前はそれぞれの温泉町や、歴史の町、そしていちご、みかんやランの栽培などの観光資源を誇っていたが、3町合併で、すべてが伊豆の国市となり、新しく生まれ変わった施設も多く、なにより観光案内地図もわかりやすくなった。
伊豆の国市は温泉町としても有名な長岡、北条政子の生誕地である韮山、そのほか北条氏歴代の菩提寺や源頼朝の流刑地などみどころがいっぱい。
一方、今年で開湯1200年という伊豆で最も古いといわれる修善寺温泉は、弘法大師が独鈷(仏具)でついたら湯が噴き出したという「どっこの湯」の移転に揺れていた。修善寺の温泉のシンボルの場所が移り変わるというのだから大変だ。
また修善寺には源頼朝に追いつめられて果てた範頼、頼家二人の兄弟の墓が祀られ、明治・大正昭和と多くの文人墨客に愛され、名作の舞台ともなった歴史ある温泉町である。

達磨峠を越え戸田から西伊豆へのドライブは、コース(2)でお届けします。


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
(東名高速道路)−沼津−柿田川湧水群−(国道414号線)−内浦−(国道136号線)−伊豆の国市−修善寺−(県道18号線)−達磨峠−戸田−(県道17号線)−土肥−(国道136号線)−宇久須−堂ヶ島−松崎−石部−雲見−戸田−三津−沼津−(東名高速道路)
全行程 約450km、2泊3日

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●沼津・柿田川湧水群

東名高速・足柄パーキングからの富士山
東名高速・足柄パーキングからの富士山
東名高速沼津ICから伊豆方面へ国道1号線へと出ると間もなく、この国道沿いに「柿田川」公園の大きな看板がある。清水町を流れる一級河川。日量100万トンの湧水が狩野川に合流して駿河湾に注ぐ日本一とも言われる清流川だ。
富士山や箱根の山々などに降った雨や雪が地下水となって流れ下る。湧水の最上流から狩野川に合流するまで約1,200mの間に大小十数ヵ所から湧き、年間を通じて水温約15度を保っている。

この清流を守るために「柿田川みどりのトラスト」という財団が努力をしているが、観光客や釣り人が大勢訪れゴミの量が増えたばかりか、富士山麓工業地帯での地下水くみ上げなどで湧出量が30年で約50万トンも減ったという。
コンコンと湧く清水では、柿田川だけにしか見られないキンポウゲ科のミシマバイカモや藻などの、水質汚染に敏感な水草やアユやウグイ、アマゴなどの魚が棲息する。砂礫地の中から湧く豊富な澄んだ水は、まさに「日本の名水」である。

富士山の湧き水で知られる柿田川公園
富士山の湧き水で知られる柿田川公園
柿田川公園の湧き水
柿田川公園の湧き水
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沼津御用邸公園(「冬の西伊豆」参照)に続く砂浜は、いつの間にか、コンクリートで護岸工事が行われ、遊歩道ができていた。広々とした自然の砂浜も、猫の額ほどの幅になっていた。

沼津・旧御陵邸(左)と海岸線
沼津・旧御陵邸(左)と海岸線
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西伊豆の漁港(中央は淡島)
西伊豆の漁港(中央は淡島)

沼津御用邸公園で海辺、牛臥海岸を覗いた。広かった砂浜に、コンクリートの護岸が造られ、立派な遊歩道までができ、弧を描いて広がっていた浜は随分狭くなっていた。
これより対岸に淡島を望みながら県道17号線を走り内浦から県道130号線を長岡へ。

●韮山反射炉

幕末期、江戸湾防備のため、品川の台場に設置された大砲が造られた炉だ。
伊豆代官・江川太郎左衛門英龍(坦庵公)は国防の重要性を幕府に建議、その結果、許可を得て大砲鋳造のための反射炉を築造した。反射炉は佐賀藩に次いで造られたもの。
安政元年(1854)から4年の歳月をかけて完成したが、その間に坦庵公が他界したため、長子英敏が父の遺業を継いだ。
反射炉で作られた大砲。東京・お台場へと運ばれた
反射炉で作られた大砲。
東京・お台場へと運ばれた


炉の高さ16mの良質な耐火レンガ造りで、その精巧さは今日の溶鉱炉にも劣らないといわれている。元治元年(1864)までの間、大小の砲が鋳造された。完全な形で現存するこの反射炉は、日本では唯一のもの。国の指定遺跡である。
/見学料 100円(駐車場に面したみやげ物屋の人が、案内説明してくれた)
  TEL 055-949-3450

韮山の反射炉
韮山の反射炉
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江川担庵はパンも作った
江川担庵はパンも作った

韮山・江川邸
韮山・江川邸
江川邸の台所
江川邸の台所

●蛭ヶ小島

永暦元年(1160)、平治の乱に敗れた源氏の嫡子、源頼朝が14歳で蛭ヶ島に流されたところ。現在は伊豆箱根鉄道韮山駅に近く、国道136号線をはさんで遠くに狩野川を望む小さな公園にある。
往時はこのあたりは大小の中州が点在し、その一つがこの蛭ヶ島ではないかと考えられている。頼朝が旗揚げするまでの約20年間をここで過ごした。この間、頼朝は北条政子と結婚している。
蛭ヶ小島の頼朝・政子像
蛭ヶ小島の頼朝・政子像

公園には、源氏が天下支配の大業を果たした歴史の原点を後世に伝承しようと、寛政2年(1790)に江川家家臣によって建立された古碑「蛭島碑記」がある。近くには最近作られた若き日の頼朝と政子の像が立っていた。

●韮山城跡

韮山城跡
韮山城跡

韮山高校の裏手の山が城跡だ。山の下にある城池のまわりは公園化され市民の憩いの場所になっているが、やっと登った山には城跡の面影を残す土塁や堀割跡があるというが、ひとつの説明版もないので、一般の人にはここが城跡であることすらわからない。山の上から韮山の町が一望できる。

城の築城ははっきりしないが「北条五代記」によると文明年間(1469〜1486)とある。
その後、北条氏の領有となり北条早雲によって北条の本拠となり、戦国時代、北条の時代の終わりとともに韮山城も廃城となった。

●成福寺

狩野川沿いには北条家由来の寺や北条政子産湯の井戸などがある。この寺は北条氏歴代の墓が祀られている。時宗の死後、正宗は鎌倉を離れ、北条氏の故郷、伊豆北北条村に成福寺を建て、両親の遺骨の一部を鎌倉より持ち帰り、ここに北条の菩提を弔っている。

北条氏菩提寺・成福寺
北条氏菩提寺・成福寺
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北条正宗、時宗の墓所
北条正宗、時宗の墓所

●北条政子産湯の井戸

成福寺より徒歩約3分の距離、周辺には民家が建ち、かつては屋敷があったと思われる石垣の下に、井戸跡だけが残されている。北条時政の娘にして源の頼朝の正室であった生誕地も宅地造成や井戸の敷地ギリギリまで民家に埋まるのを見ると、残念な気持ちになる。
産湯の井戸の表示
産湯の井戸の表示
北条政子産湯の井戸
北条政子産湯の井戸

●大願成就院

文治5年(1185)頼朝が奥州の陣の戦勝を祈願して、義父北条時政が建立した寺院。後、豊臣秀吉が韮山城を攻めたとき、兵火にかかり焼失。現在の寺は江戸時代に建造されたものだ。
大御堂本尊阿弥陀如来坐像など7点が重要文化財に指定されている。
大願成就院
大願成就院

●北条寺

成福寺などの寺とは狩野川を隔てたところにあり、この寺には北条義時夫妻の墓がある。これより、長岡の温泉街には北条時頼の墓もある。

北条寺(長岡)
北条寺(長岡)
北条義時夫妻の墓
北条義時夫妻の墓

●長岡町の湯

湯の町長岡町には誰でも楽しめる新しく作られた足湯「姫の湯」と「湯らっくす」の2ヶ所ある。どちらも無料。
長岡の足湯。もちろん無料
長岡の足湯。もちろん無料

吊し雛は長岡周辺に多い
吊し雛は長岡周辺に多い
篭を編む老人。長岡周辺ではもう1人になったという
篭を編む老人。長岡周辺では
もう1人になったという




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伊豆の国観光協会
伊豆長岡温泉・韮山温泉・大仁温泉の最新情報を紹介するほか、各地域の観光情報案内にもリンクしている。
柿田川みどりのトラスト
柿田川みどりのトラスト公式ホームページ。柿田川の紹介やフォトギャラリー、活動内容などが見られる。

取材:2007年3月