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春を待つ御前崎・遠州灘

ドライブライン

まもなく一番茶の茶畑 駿河湾の西の岬、御前崎の冬は荒波で名高く、休日にはサーファーたちで賑わうが海岸沿いの民宿や食堂、みやげもの屋の多くは店を閉めて春を待つ。
だが、来年(2004年)の夏に行われる静岡国体のヨットレースの会場となる港の準備や公園整備も進む。例年6〜8月にかけて遠い海から産卵にやってくるウミガメのふ化と9月にはふ化した子ガメが海に帰って行くシーンを観ることができることもある。

ウミガメが産卵にやってくる御前崎の砂浜はことのほか美しい。江戸時代から航行する船の安全を見守り続ける灯台、海の幸を豊富に商う市場もみどころだが、ドライブ途中に出会う戦国や江戸の歴史を偲ぶ城や家屋など、あまり知られていない場所もある。


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ドライブライン

<コース>
東名高速道路 吉田IC−(国道150号線)−相良町−御前崎−浜岡砂丘−大須賀町−東名高速道路 袋井IC−東京

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●展望台小山城

小山城
小山城
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東名高速 吉田ICより国道150号線へ向かう手前に小高い山の上にそびえる天守閣が見える。現在の天守閣はコンクリート造りの展望台だが、戦国時代は武田、徳川氏が領有した堅固な城であった。後、武田信玄からその息子勝頼に引き継がれたが、長篠の合戦(1573)を機に徳川の勢力が増し、勝頼自ら小山城に火を放ち故郷甲州へと落ち延びたあと、武田氏は天目山で自害し滅びた。

戦国末期の歴史を語る城跡や周辺にはしだれ桜、ソメイヨシノ桜が植えられ春には花見客で賑わう。天守閣の上からは富士山から駿河湾まで360度見渡せる。入場料 200円。
問い合わせ/吉田町役場産業課 TEL 0548-33-2122

●能満寺のソテツ

小山城のふもとにあるこの寺が開かれたのは1262年だが、境内にはそれ以前の995年に安倍晴明によって植えられたという樹齢約一千年といわれるソテツの木が数本ある。(国指定天然記念物)
大きいものは長さ約10m、幹の太さが5mもあり、それぞれの木から枝分かれした枝の数が90本もあるという珍しいもの。もとは中国から運ばれたとも伝えられている。まっすぐな幹から伸びる曲がりくねった無数の枝はひとつのオブジェとして鑑賞できる。

能満寺
能満寺
能満寺の大ソテツ(天然記念物)
能満寺の大ソテツ(天然記念物)

この近くには長藤で名高い「林泉寺」がある。境内の紫の長い藤を楽しむのは4月下旬から5月上旬だ。また通りを一本隔てたところには樹高2.5m、直径9m、周囲29mという大サツキがある。樹齢は不明だが毎年5月末から6月上旬にかけて濃いピンクの花を咲かせる。満開のころはまるで花の塚のようになり、見事なものだ。

●大鐘家住宅

国道150号線を相良町へ。途中、国道より少し山側に入ったところに国の重要文化財に指定された大型屋敷がある。
もとは戦国時代に柴田勝家の家臣だった大鐘氏からこの家屋の歴史がはじまる。そして江戸時代中期より末期までの長い間、この地方の大庄屋となり、また豪農として三千石以上の格式を持っていた。

大鐘家の門構え
大鐘家の門構え
大鐘家、土間の梁は見事
大鐘家、土間の梁は見事

主屋内の柱と梁は江戸時代初期の様式。手斧でけずった太い梁と太い男大黒柱と女大黒柱の2本が大鐘家を支えている。これらの柱は黒松の一本の通し柱でできている。また、昔大勢の使用人の食をまかなった大かまどもある。
建築は江戸時代の中期で昭和48年(1973)この主屋と長屋門の2棟が重要文化財に指定された。屋敷とその周辺にはあじさいが植えられ、5月下旬から6月にかけてあじさいの花が彩りを添える。
/入場料 あじさいの季節は700円、その他は400円
/TEL 0548-53-2622

●御前崎へ

相良の海岸線は弧を描いて美しく延びる。駿河湾の広々とした青い海は眺めもよく良好な海水浴場でもある。だが残念なことに砂浜と国道150号線の間には高い防波堤で仕切られていて、海をみながらのドライブは楽しめない。相良サンビーチや須々木海岸などは公園入り口から浜へ入れば駿河湾の海に触れることができる。

国道150号線と分かれ、御前崎の岬への道を辿るとまもなく御前崎港に出会う。しかし、港も高い防波堤に阻まれ街道からはみることができない。
港への入り口から入ると来年(2004年)の静岡国体のヨットレースの会場となる真新しい公園があった。広い駐車場やできたての立派なトイレなどがあるが、まだ人影もない。この防波堤の外には遊園地などもあり、夏は若者や家族連れで賑わうとか。
御前崎港
御前崎港

○なぶら市場

「なぶら」とはこの地方の言葉で“魚の群れ”という。主に御前崎の漁師が捕ったばかりの新鮮な魚介類を売っている市場だ。
このような市場は多くの港や海沿いの街道ではよく見かけるが、最近は地ものは少なく値段も決して安くないところが多い。だが、この市場は規模は小さいが、地ものを多く扱い値段も安い。冬から春るにかけては生シラスやみる貝、サザエ、あさり、それに磯の香りがいっぱいのわかめなどが採れる。これから4月になれば「目に青葉・・・・・・」の初ガツオのシーズンだ。
市場と並んで、旬の魚介類を食べさせてくれる食堂も数軒ある。

なぶら市場
なぶら市場
新鮮な魚が安かった
新鮮な魚が安かった

●御前崎灯台

御前崎灯台
御前崎灯台
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ウミガメのふ化場というところを探してみたら、市場から数メートル、御前崎海岸海水浴場と防波堤を挟んだ道路脇にあった。
産卵された卵を集めて砂に戻し自然ふ化を待つというところ。金網に囲まれたその場所は普段はただの物置にすぎないというところだったが、6〜8月に産卵に訪れたカメたちのタマゴをふ化させ8月下旬から9月中旬には子ガメたちをふ化場から海へと放流する。

御前崎灯台は岬を越え、遠州灘に面した高台に建つ。海側から歩いて登るコースと山側から車で行くコースとがある。
静岡県の最南端に位置する岬に建つ白亜の灯台は明治7年、イギリス人技師によって完成したもの。そのすぐ脇には江戸時代の灯台ともいえる行燈小屋がある。

寛永12年(1635)に建てられた、高さ八尺五寸(約2.50m)一辺が2間(約3m)四方のお堂で、屋根は大板葺き。床下には強風で飛ばされないように石がつめられている。
村民が毎夜2人、行燈の灯を絶やさぬよう番をしていたという。明治4年にカンテラ灯台となるまで、実に240余戦もの間、御前崎沖を航行する船の安全を見守ってきたのだ。 灯油を燃やした行燈が航行する船から見えたとは驚きだが、他に光のなかった時代のこと、僅かな明かりも人々に安堵の気持ちを与えただろう。
灯台の下、遠州灘に面した白羽海岸は朝焼け、夕焼けをみることのできる砂浜海岸でもある。
江戸時代の灯台を建て直したもの
江戸時代の灯台を建て直したもの

●浜岡砂丘

再び国道150号線に戻り西へと向かうと「浜岡砂丘入り口」が見えてくる。砂山に深い松林が続きその向こうの遠州灘の荒波が白いうねりとなって広がっていた。その波に戯れるサーファーたちの姿があった。
これより浜名湖まで約30km続く遠州灘大砂丘、中田島砂丘は、“暴れん坊”の異名を持つ天竜川の砂が作り出した海岸線だ。砂丘には車は直接乗り入れることはできないが、松林の中には遊歩道があり波打ちぎわの砂浜を歩いて楽しめるところもある。
砂丘の大きさ、広さ、その距離を眺めていると自然の驚異を改めて思ってしまう。

浜岡砂丘
浜岡砂丘
浜岡砂丘、波小僧の像
浜岡砂丘、波小僧の像

浜岡砂丘の入り口には、真新しい“波小僧”の像が立ち、このあたりの波小僧の伝説が刻まれていた。
「昔、ある時、漁師の網に波小僧がかかってしまった。波小僧は命乞いして『私を助けてくれれば、雨風をあらかじめ知らせる』と約束した。それからは天気の変わる時には波の音が聞こえるようになった」という。

●横須賀城跡

横須賀城跡
横須賀城跡

遠州大砂丘から袋井に抜ける途中に、徳川家康が武田側の攻略のため築いた城。国の史跡に指定されている。
現在はなにも残ってはいないが、公園として整備され、植林された紅梅、白梅がいまが盛りと咲き誇る。天守閣跡から城下町だった旧道が見える。
道筋に僅かに残る古い家並みがかつての栄華を偲ばせる。
横須賀城趾の梅
横須賀城趾の梅



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御前崎町
町の行政情報のほか、みどころ案内では「なぶら館」や「なぶら市場」も紹介。ウミガメ情報もある。
相良町
町の紹介、観光・イベント情報、イラストマップなどが見られる。

取材:2003年2月