ニッポンレンタカーHOME > 旅のお役立ちガイド > ドライブガイド > 近江の古社寺・湖東三山(紅葉写真集)

近江の古社寺・湖東三山(紅葉写真集)

ドライブライン

国宝の金剛輪寺本堂 近江(滋賀県)は琵琶湖の豊かな自然とともに、国宝、重要文化財など多くの歴史資産が残されている。遠く比叡山までも望む、その鈴鹿の山懐に抱かれ紅葉の名所として名高い百済寺、金剛輪寺、西明寺の三つの古刹を訪ねた。
いま盛りの紅葉の見事さは筆舌に尽くし難く、国宝や重文の古刹の魅力とともに、ここに写真で紹介しよう。

大阪方面からは名神高速道路八日市IC、名古屋方面からは名神高速の彦根ICで降り、国道307号線をほぼ高速道路に平行して走る。この両IC間約30kmの道筋、中央付近に百済寺、金剛輪寺、西明寺などが表示版で示されているので、各寺への道は迷うことはない。


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

<ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください>



●百済寺(ひゃくさいじ)

今から約1400年の推古14年(606)に百済人(現朝鮮半島)のために聖徳太子が創建した近江最古刹である。御堂は百済の「龍雲寺」を模して建てられ、本尊は像高2.6mの十一面観音。
時代は移り、比叡山に天台宗が開創されると、やがて百済寺も天台の寺院となり1,300人もの僧が居住する巨大寺院となった。その間、自火による火災や戦火で2度焼失したがその都度再建されてきた。だが、天正元年(1573)織田信長の兵火により焼き討ちに遭い寺は衰亡。本堂など建物は失われたが、ご本尊数体の主な仏像と重要な経巻類など難を逃れた。
その後、天正12年(1584)堀秀政により仮本堂が建てられ、やがて土井利勝、酒井忠勝、春日局などの喜捨を得て、本堂・仁王門・山門等が竣工された。現在の建築物は当時のものだが、「石垣参道」や棚田のような「坊跡遺構」や「千年菩提樹」をはじめ樹齢数百年の巨杉、山桜、椿などから古の百済寺を偲ぶことができる。参道は坂道と長い階段が続く。

大ワラジが下げられた仁王門への階段
大ワラジが下げられた仁王門への階段
本堂への中間には仁王門
本堂への中間には仁王門

百済寺本堂への参道
百済寺本堂への参道
百済寺本堂
百済寺本堂
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)


境内には「天下遠望の名園」という国指定の池泉廻遊式庭園がある。
谷川から運んだ巨石を組み合わせた庭は、書院正面中央の池畔に置かれた平らな石を「拝石」とし、渓流の源にある巨石が「不動石」という。この石の間から流出る水は渓流となって池に落ちる。
この池を廻って、高台の「遠望台」へ上ると、比叡山に連なる山並みが眺望できる。遠い昔の渡来人たちは、比叡山の向こうに母国「百済国」を偲んだという。

庭園への入り口も紅葉のトンネル
庭園への入り口も紅葉のトンネル
池と自然の地形を生かした築山が見事です
池と自然の地形を生かした築山が見事です

百済寺の展望。中央は比叡山。琵琶湖の水面もわずかに見える
百済寺の展望。中央は比叡山。琵琶湖の水面もわずかに見える

●金剛輪寺(こんごうりんじ)

天平13年(741)聖武天皇の祈祷寺として行基菩薩が開山した寺。本尊聖観音菩薩は行基菩薩の作といわれている。
天下太平の祈祷寺として栄え、学問僧が多く集まり、嘉祥年間(850)には延暦寺の慈覚大師が訪れ天台の大寺となった。百済寺同様、織田信長によって火を放たれたが、本堂、三重塔、二天門などは幸運にも火災から免れ現在に至っている。
寛元4年(1246)に創建された三重塔は昭和53年(1978)に復元大修理をされ、また実に700年もの歴史を持つ本堂は、鎌倉期和様建造物の代表的なものとして、どちらも国宝に指定されている。この本堂は昭和39年(1964)文部省(文部科学省)によって10分の1の模型が作られ、東京オリンピックには日本の建造物の代表として、東京国立博物館に展示され、世界に紹介された。

金剛輪寺の参道
金剛輪寺の参道
国宝の金剛輪寺本堂
国宝の金剛輪寺本堂
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)


お堂を囲む紅葉
お堂を囲む紅葉
携帯電話のカメラも大活躍です
携帯電話のカメラも大活躍です

本堂への参道には千余のお地蔵様が並び、本堂へは約200段以上の長い石段を上る。春は山桜、つつじ、石楠花、あじさいが咲き、秋はもみじが池の水に映えて美しい国指定の名園「名園池」は詣でる人々の心にしみる。

紅葉と杉の緑。本堂は悠然としています
紅葉と杉の緑。本堂は悠然としています
池に紅葉が映り込み声をのむ庭です
池に紅葉が映り込み声をのむ庭です

じっと見ているだけで幸せを感じます
じっと見ているだけで幸せを感じます
庭園の紅葉が座敷越しに映える
庭園の紅葉が座敷越しに映える
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)


●西明寺(さいみょうじ)

平安時代の承和元年(834)三修上人が、仁明天皇の勅願によって開創された寺院。平安、鎌倉、室町時代を通して祈願、修行道場として栄えた。源頼朝が戦勝祈願をされたとも伝えられている。
戦国時代信長により焼き討ちされたが、幸いにも金剛輪寺同様に本堂、三重塔、二天門が火難を免れ現存している。

本堂への長い道。階段と坂が続く
本堂への長い道。階段と坂が続く
二天門。重文指定されている
二天門。重文指定されている
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)


二天門の仁王像(阿=向かって左)
二天門の仁王像(阿=向かって左)
二天門の仁王像(吽=右)
二天門の仁王像(吽=右)

本堂(国宝)は鎌倉時代の初期飛騨の匠が建立した純和様建築で釘を使用していない。屋根は桧皮葺きである。
三重塔(国宝)は塔の高さが23.7m、同じ初期飛騨の匠による釘を使用しない純和様で、総桧建築だ。重厚で荘厳な建物の初層内部には巨勢派の画家による壁画が堂内一面に描かれている。
法華経の図解、大日如来の脇侍仏三十二菩薩などが極彩色に画かれて、鎌倉時代の壁画としては国内唯一のものといわれている。三重塔とともに内部の壁画も国宝である。
三重の塔は国宝
三重の塔は国宝

西明寺本堂
西明寺本堂
石を配した庭園
石を配した庭園

●多賀大社

紅葉の盛りの湖東三山詣でのあとは、歴史を思いっきり遡りイザナギ・イザナミが天下ったという伝説のある多賀神社に立ち寄ってみた。
名神高速道路彦根ICへ向かう国道307号線沿いを少し入ったところにある。

多賀神社
多賀神社

『古事記』では「伊邪那伎大神は淡海(あわみ)の多賀に坐するなり」とある。天照大神の親神様であるイザナギ・イザナミの夫婦を祭ったこの神社は、全国に200余りの社があるが、ここ滋賀県犬山多賀にある多賀神社は総本社だ。古くから“お多賀さん”と呼ばれ縁結びの神、長寿の神として信仰されてきた。江戸時代には「お伊勢参らばお多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる」とまでいわれた。
境内には寿命石の史跡があり、門前町のみやげ屋には延命のご利益があるというお多賀杓子が売られていた。



○ニッポンレンタカーの車種・料金

詳しくは車種・料金一覧表をご覧ください。

○滋賀県内のニッポンレンタカー営業所

ニッポンレンタカー ホームページの営業所検索で、滋賀県内の営業所リストをご覧いただけます。


滋賀県観光情報
滋賀県の観光スポットや宿泊施設、温泉などの案内のほか、エリア別モデルルートも見られる。

取材:2006年11月