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琵琶湖と若狭湾(2)
彦根城とその周辺

ドライブライン

湖畔の町彦根から日本海の町敦賀

都久夫須麻神社。秀吉が寄進した国宝建築物 琵琶湖の東北には井伊家の居城であった国宝「彦根城」をはじめ、秀吉がまだ羽柴を名乗っていたころ築いた「長浜城」、織田信長の姉、お市とその三人の姫が住んだ「小谷城」と戦国時代の舞台が多いところ。
そして彦根港から琵琶湖に浮かぶ信仰の島「竹生島」への船着き場でもある。
さらには信州を抜けて北陸へと向かった「北国街道」の宿場町へも出合うみどころいっぱいのドライブコースだ。


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ドライブライン

<コース>
(国道8号線)−彦根−(県道2号線)−米原−長浜−高月−木之本−(北陸自動車道)−敦賀
全行程 約70km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●彦根城

琵琶湖を眼下に構えた彦根城は姫路城、犬山城、松本城と国宝四城の一つである。元和8年(1622)約20年の歳月をかけて完成された城であり、彦根藩三十五万石、260年間 にわたり治めた井伊家の居城である。

彦根城
彦根城
内壕と外壕その石垣の上には三重三層の天守閣がそびえ、築城当時そのままの姿で残されている。また天秤櫓や太鼓門なども重要文化財 であり「月明彦根の古城」として堂々たる遺構は、訪れる人の心を打つ。
琵琶湖八景にも選ばれた城の風景は、天守閣からは琵琶湖を一望し、琵琶湖上からはその優美な天守閣を仰ぎ見る。大手門より博物館見学の後、天秤櫓、太鼓門などを経て徒歩約10分で天守閣へ。

彦根城の太鼓門櫓
彦根城の太鼓門櫓
彦根城の堀
彦根城の堀

●玄宮園

彦根城の北東、天守閣から10分ほど徒歩で下り内壕の橋をわたったところにある広大な池泉回遊式庭園だ。4代藩主であった井伊直興が延宝5年(1677)に中国の唐、玄宗皇帝の離宮を模して造園した庭園といわれている。琵琶湖に見立てた池に石垣などで近江八景が表現され、池に臨んで建つ鳳翔台では天守閣を眺めながら抹茶を楽しむこともできる。
園の外には、桜田門で倒れた井伊大老の像がある。
/入園料 500円(彦根城共通)
  彦根城・玄宮園・博物館の共通は900円
  彦根城 TEL 0749-22-2742
楽々園に続く玄宮園は綺麗な庭園だ
楽々園に続く玄宮園は綺麗な庭園だ
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楽々園。右の建物は地震の間
楽々園。右の建物は地震の間
井伊大老の像
井伊大老の像

●「夢京橋・キャッスルロード」

彦根城入り口から外壕にかかる京橋から南西にまっすぐ延びる一本の道には、かつての城下町に江戸時代の町並みを再現した通りがある。古い建物を修理保存したものではなくまったく新しい町である。
しかし、白壁に黒い格子の城下町風景が再現され、広い道をはさんで両側に約400mほど続く町並みは観光客を江戸時代へとタイムスリップさせてくれる。
縁台を並べ、のれんやのぼりを掛けた店は老舗の和菓子屋、地元の近江牛専門レストラン、豚カツ屋、そば屋、カフェから物産店、小間物屋と店をのぞいて歩くのも面白い。これほど思い切って新しく古い町づくりをしているのは珍しい。
/問い合わせ 彦根観光協会 TEL 0749-23-0001

キャッスルロードの肉屋さん
キャッスルロードの肉屋さん

●竹生島(ちくぶしま)

琵琶湖には沖島、多景島、竹生島の3つの島がある。その一つ竹生島へは彦根港から船で約40分、遠ざかる彦根の名城や鈴鹿の山々を眺めながら、琵琶湖の大きさを実感させられる船旅だ。

竹生島への観光船乗り場
竹生島への観光船乗り場
竹生島は信仰の島。今は観光の島でもある
竹生島は信仰の島。今は観光の島でもある

弁財天を祭る本堂
弁財天を祭る本堂
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竹生島は急な階段が続く
竹生島は急な階段が続く

神の島として古くから厚い信仰を集めてきたところ。島内には神亀元年(724)聖武天皇が神のお告げで建立したという宝厳寺がある。宝厳寺の本堂(弁財天堂)には、本尊の弁財天が安置されている。この弁財天は広島県の厳島、神奈川県の江ノ島に並ぶ日本三大弁財天だ。60年に一回開帳される。次の開帳は平成49年だそうだ。

宝巌寺の屋根も重文
宝巌寺の屋根も重文
舟回廊。宝巌寺の観音堂と都久夫須麻神社をつなぐ
舟回廊。宝巌寺の観音堂と
都久夫須麻神社をつなぐ


都久夫須麻神社。秀吉が寄進した国宝建築物
都久夫須麻神社。秀吉が
寄進した国宝建築物
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宝厳寺本堂より少し下ったところには観音堂があり、千手観世観音菩薩が安置されている。西国三十三観音霊場の第三十番札所でもある。
その下には本堂そのものが国宝という都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)が立つ。豊臣秀吉が伏見城の勅使殿を神殿として寄進したものだ。
本殿内部には土佐光信の筆といわれる天井絵や襖絵のほか、殿内のいたるところに花鳥文様の絵が施されている。桃山時代の建築文化を今に伝える。

舟回廊の下部
舟回廊の下部
寺と寺院の島には重文・国宝が多い
寺と寺院の島には重文・国宝が多い

島へ上がるには400円の入島料が必要。都久夫麻神社本堂は拝観料 500円。
/彦根港−竹生島往復運賃 3,300円。
  問い合わせ オーミマリン彦根港営業所 TEL 0749-22-0619

●長浜城

彦根城から北へ、通称“さざなみ街道”と呼ばれる琵琶湖畔に面した観光道路を長浜まで約13km。
長浜城は秀吉が天正年間(1573〜92)まだ羽柴だった時代はじめて築いた城だが、大阪夏の陣の後には廃墟となった。現在は昭和58年(1983)に3層5階建ての天守閣を再興し「市立長浜歴史博物館」として公開されている。館内は秀吉と長浜の歴史に関する資料などが展示されている。

羽柴時代に秀吉の築いた長浜城跡
羽柴時代に秀吉の築いた長浜城跡
記念館として建てられた長浜城
記念館として建てられた長浜城

一帯は豊公園となり綺麗に整備されている。園内には「太閤の井戸」という表示板があったが見あたらず、散歩中の地元の人に尋ねた。井戸は琵琶湖の水中にあった。
「琵琶湖の湖岸にあるが、水位が高いときはこうして水の中にある」とのこと。 5階の展望台からは琵琶湖が一望できる。
/入館料 400円、TEL 0749-63-4611
長浜城の太閤井戸への道標
長浜城の太閤井戸への道標

彦根・宋安寺には長浜御殿の鬼瓦が保存されている
彦根・宋安寺には長浜御殿の
鬼瓦が保存されている

秀吉の時代の井戸跡。琵琶湖の水位が変わると水没
秀吉の時代の井戸跡。
琵琶湖の水位が変わると水没


●「黒壁スクエア」と北国街道

信州小諸、上田、長野を通り北陸へと向かう北国街道はここ長浜を抜けて現在の国道365号線となって北陸街道に合流しながら小松、福井、金沢へと通じている。
JR長浜駅前通りの交差点3つ目の角には「北国街道」のみちしるべと、長浜を代表する貴重な和風建築「安藤家」がある。ここから南北に走る道がかつての街道で、いまは古い家並みを残そうと、現代のガラス工房などを誘致し観光客を呼び込んでいる。

長浜の黒壁ガラス館
長浜の黒壁ガラス館
その中心となっているのは、1階は一輪ざしの花器やガラス食器などを、2階はヨーロッパの伝統ガラス製品を展示販売している明治33年に建てられた国立第百三十銀行長浜支店の重厚な黒壁の建物だ。また30館からなるガラスやオルゴール、カフェ、レストランなど古い建物を利用した一画を称して「黒壁スクエア」という。
「黒壁スクエア」のことならおまかせというインフォメーションセンターもある。
/TEL 0749-65-8055

琵琶湖畔には葦が多い
琵琶湖畔には葦が多い
長浜近くの街道は長閑だ
長浜近くの街道は長閑だ

●安藤家

長浜の自治を任された十人衆の一軒。十人衆のおこりは羽柴秀吉が今浜町を長浜町と改め四十九町、十組に分け、組を代表する町年寄役をつくった。その役十人衆がはじまり。現在残ったのが安藤家だ。明治38年(1905)に建てられた住宅は北大路魯山人が描いた襖や看板などもある。
/入館料 200円、TEL 0749-62-0742

長浜の安藤家。北国街道の宿場町だった
長浜の安藤家。北国街道の宿場町だった

●大通寺

長浜城の追手門を移築したといわれる脇門や伏見城の遺構とされる本堂など、広い境内にいくつもの文化財のある真宗大谷派本願寺別院だ。
また近くには秀吉も保護したといわれる千年の歴史を持つ古社、長浜八幡宮がある。どちらも黒壁スクエアから徒歩で行ける。
/大通寺 拝観料 300円、TEL 0749-62-0054

大通寺の広い境内
大通寺の広い境内
大通寺への参道は土産物店が並ぶ
大通寺への参道は土産物店が並ぶ

●小谷城跡

湖北町と浅井町にまたがる小谷山(標高約500m)にあり、浅井家の三代の居城。築城は1524年ごろといわれている。
永禄4年(1562)、浅井長政は織田信長の妹で、戦国の美女といわれたお市の方を妻に迎え、織田家と親戚関係を結んだ。だが信長に反旗を翻し、天正元年(1573)信長に敗れ長政は自刃し浅井家は滅びた。お市の方と三人の姫は、信長の命を受けた秀吉によって助け出された、その舞台となったのが小谷城である。戦い後12万石をあたえられた羽柴秀吉は山の上の小谷城を廃して、長浜城を築城した。
自然の地形を利用して、東西の尾根づたいに各郭が配置され、現在も本丸、大広間跡などには石垣や土塁跡が残る。伊部の集落より大手道を登るのだが、城の真下の土塁跡あたりまでは車で行ける。
ただし、駐車場は狭く乗用車では5台ほどだ。ここからは自分の足で登る。
番所、御茶屋、御馬屋、桜の馬場、大広間、本丸跡と、約1.7kmの登山となる。

小谷城への道
小谷城への道
小谷城の番所跡。山の中にある
小谷城の番所跡。山の中にある

●小谷寺

小谷山の麓のうっそうと茂る木々の中に建つ真言宗豊山派寺。もとは奈良時代の仏教の霊場。後に花園天皇から如意輪山の勅願を賜り、戦国時代には三代にわたる浅井家の祈願所であった。だが、浅井家滅亡と共に焼失したが、かつての寺から400m南に秀吉が再建した。
本尊の聖如意観世音をはじめお市の方の持念仏・愛染明王、藤原道真の両界曼荼羅双幅、雪舟の釈迦如来像、国の重要文化財の孔雀磬などの宝物がある。
小谷寺に豪華だった往時の姿はない
小谷寺に豪華だった往時の姿はない

●渡岸寺観音堂

高月町の国道8号線沿いを少し東に入ったところにある寺。このあたりは優れた観音像が多く残る「観音の里」として知られているが、この寺の十一面観音像は特に有名である。奈良時代都に病がはやり、多くの人々が苦しんでいたため聖武天皇の勅願により、観音堂を建立。戦国時代の戦火で寺院が焼失したが、村人の手によって地中に埋められ守られた。
面長でふくよかなお顔にやわらかい曲線、わずかに腰をひねった流麗な立ち姿は、一本の檜から作られた木造観音像として日本彫刻の最高傑作の一つに数えられている。国宝指定を受けている。そのほか、重要文化財の大日如来坐像なども安置されている。
/拝観料 300円、TEL 0749-85-2632

高月町の渡岸寺
高月町の渡岸寺



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彦根観光協会
彦根城や周辺の観光情報を提供。彦根城散策コースや琵琶湖クルージングなども紹介。
湖北観光案内
湖北エリアの観光スポット、体験施設や湖北観光モデルコースなどが見られる。

取材:2005年6月