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越後・大蛇伝説の関川と城下町村上(2)

ドライブライン

荒波に穴を穿たれた岩もある 新潟県の北部、日本海側にある城下町村上。慶長3年(1598)上杉景勝が豊臣秀吉の令で会津に移封されたあと、村上頼勝が加賀国小松より9万石でこの地に入ったのが村上藩のはじまり。市内に流れる川、三面川には秋には沢山の鮭が銀鱗を踊らせて上ってくる。江戸時代、鮭は村上藩の重要な財源であった。
この鮭漁をもっと盛んにしたのは、藩の下級武士が鮭の回帰性に着眼し、産卵とふ化を助ける「種川制」を考案、世界初の自然ふ化増殖を成功させたからだ。村上は海岸線に湧く温泉と、豊かな漁場、北には天然記念物の岩礁が連なる「笹川流れ」といわれる国の名勝が続く。
さらに平成になって全国に村上の名を知らしめたのは、雅子妃殿下のご成婚までの本籍地であり、小和田家ゆかりの地でもあったことだ。


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ドライブライン

<コース>
新潟市−(磐越自動車道)−新津IC−(国道460号線)−阿賀野−新潟空港IC−(日本海東北自動車道)−荒川胎内IC−(国道113号線)−関川−越後大島−(国道290号線)−村上−(国道345号線)−今川−村上−岩船−今宿−(日本海東北自動車道)−新潟市
行程 約80km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●町屋造り

城下町村上の伝統的な家屋が見られるところは町の中心部だ。古い町は道幅も狭いばかりか、駐車場も少ない。そこで市役所の駐車場を利用して徒歩で見どころを歩こう。
「町屋造り」と呼ばれる建物は、間口が狭く奥行きが長く通り土間がある。囲炉裏のある茶の間は必ず仏壇、神棚があり、吹き抜けの高い天井には、明かり取りの窓がある。太い梁や柱など独特の建築様式である。
町屋には酒屋、茶屋、菓子屋、民芸品、料理屋などの店も多く、とくに昔から商売を続ける老舗も少なくない。こうした町屋は常時数十軒が内部を公開している。

JR村上駅
JR村上駅
村上駅に隣接してニッポンレンタカーの営業所がある
村上駅に隣接してニッポンレンタカーの
営業所がある


●井筒屋

通り名が小町といい、昔は旅籠の町として宿屋が多かったが、現在は数も少ない。その中の一つ、井筒屋は、一日一組しか客をとらないという風情ある宿だ。
元禄2年(1689)6月、芭蕉と曽良が「奥の細道」行脚の途中、この村上城下に2泊した折りに宿泊した宿「久左衛門」の場所でもあることもあって、人気の宿だ。宿泊はかなわなくても、一階が喫茶店になっていてコーヒーや甘味が楽しめる。
/TEL 0254-53-3020

名は井筒屋に変わっているが芭蕉の泊まった宿、久佐衛門が残る
名は井筒屋に変わっているが
芭蕉の泊まった宿、久佐衛門が残る

芭蕉宿泊宿の標示
芭蕉宿泊宿の標示

●寺町と黒塀通り(安善小路)

昔の花街の名残の町でいまでも歴史のある黒塀に囲まれた料亭や割烹が連なる。紺染めののれん、格調ある門構えの料亭などからは三味線の音色が聞こえてくるようだ。特に目立つのは、天守閣みたい、といわれる高い建物、国の重要登録文化財の「浪漫亭」で、昭和初期の名建築と謳われ、板張りに格子が時代を感じさせる。
この寺町と町人町に続く通りは、住民が中心となって、ブロック塀から昔ながらの板張りの黒塀へと景観再生した。二つの町を合わせると黒塀が500mにもなる。
寺町通りには、細い道沿いに国の重要文化財の浄念寺をはじめ5つの寺が並び、周辺には3つの寺がある。なかには江戸時代からの山門を残す寺もある。

寺が建ち並ぶ寺町
寺が建ち並ぶ寺町
安善小路の民家
安善小路の民家

●浄念寺

浄土宗の寺院。6代将軍徳川家宜と7代将軍家継に仕え、幕閣の中心であった間部栓房が享保2年(1717)村上城主として、高崎から移り菩提寺とした。本堂は文化15年(1818)に建てられたもの。
寺のイメージとは少し違った白壁土蔵造りの珍しい建物である。江戸で建築案が練られていたことが所蔵の文書で判明している。当時は泰叟寺だったというこの寺に芭蕉も曽良とともに参詣していた。
浄念寺の本堂。蔵造りは珍しい
浄念寺の本堂。蔵造りは珍しい

●喜っ川の町屋

村上の風土が生んだ味の芸術品ともいわれる「鮭の酒びたし」の老舗。茶の間や吹き抜けになった天井、大黒柱に太い梁は明治の建築で築120年だ。奥の土蔵は180年前の建築で国の登録文化財になっている。
店舗は昔の販売スタイルであった“座売り”という土間から板張りに客が腰掛けて買い物ができる構えだが、いまは商品棚となっている。
店に入って、まず驚かされるものは、裏通りまで長い土間が続く天井の梁からいっぱいに吊してある鮭だ。その数約1,000匹という。吊してある鮭のため一年中裏も表も開けっ放しで、鮭が美味しく発酵するように、住んでいる人間が鮭に合わせた環境の中で暮らしているのだと社長である吉川哲艪ウんが説明してくれた。
見学者の頭上には約1,000匹の鮭が下がっている
見学者の頭上には約1,000匹の
鮭が下がっている


鮭加工の老舗、喜っ川
鮭加工の老舗、喜っ川
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喜っ川の吉川哲艨E社長は鮭を面白く語る
喜っ川の吉川哲艨E社長は鮭を面白く語る

さらに「鮭の酒びたしは、丁寧にまんべんなく塩を手加減でなでつけた鮭を一年がかりで乾燥発酵させる。冬の寒さで乾きが進み、春風で旨みが醸成され、梅雨を越し、初夏を待って完熟する」、また塩引き鮭は「4日から一週間塩漬けにして真水で洗う。その後、風にあてて3週間陰干しで吊す。こうした過程を経ることで、鮭の持つ旨みが出る」のだと熱っぽく語る。

●若林家住宅(武家屋敷)

江戸時代に入って整備された城下町で標高135mの臥牛山に建つ城(跡)を中心に、町人町、武家町に分かれていた。現在も築城時の都市構造がほとんどそのままの形で残る珍しい町である。武家町は城を守るように広がっている。城は石垣を残すのみで、山の麓から徒歩20分の距離にある。
武士の生活は質素とされ、住宅についても華美な造りは禁じられ、また身分に応じて敷地の広さから建物の大きさまで決められていた。若林家は代々百五十石の中級でも上位にあった武士だった。
建物は東西に棟を持つ居部屋と、南北に棟を持つ座敷からなり、L字型で、屋根は寄棟造りで茅葺きだ。かなり格式が高い建物で、築200年位だという。国の重要文化財に指定されている。
/入館料は「おしゃぎり会館」「村上歴史文化館」との共通券 500円
  TEL 0254-52-7840

若林家住宅の門
若林家住宅の門
若林家住宅の居間
若林家住宅の居間

庭から見る若林家住宅
庭から見る若林家住宅
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昔も武家はこんな風に鮭を保存したという
昔も武家はこんな風に鮭を保存したという

●おしゃぎり会館

毎年7月7日に行われる村上大祭で曳き回される山車のことを“おしゃぎり”という。この“おしゃぎり”を常時3台展示している会館だ。
村上大祭は村上地方の総鎮守である西奈弥(せなみ)羽黒神社の祭りで、寛永10年(1633)に村上城(臥牛山)の西南麓にあった羽黒神社を現在地(町の南)へ遷宮したとき、城下町の繁栄を願って、町人たちが大八車に太鼓を載せて曳き回したことが、村上大祭のはじまりと伝えられている。
2階には、江戸時代の歴代藩主ゆかりの甲冑や刀剣などが展示されている他、皇太子妃雅子様ご成婚記念の直径75cmもある祝杯などもある。


皇太子殿下、雅子妃殿下のご結婚を祝う「二斗杯」。直径75センチもある
皇太子殿下、雅子妃殿下のご結婚を
祝う「二斗杯」。直径75センチもある

江戸末期のひな人形(歴史文化館)
江戸末期のひな人形(歴史文化館)

隣接する「村上歴史文化館」には、村上・岩船地方の近世から昭和にかけての民俗史料が展示されている。
/TEL 0254-52-1347

●まいづる公園

武家町に点在していた3棟を集め修理復元した武家屋敷をもとに、表門、四阿や見晴らし台などを設えた村上市の公園で、平成10年(1998)に完成したもの。
3軒の武家屋敷は、長屋形式の住宅であったが、安政5年(1858)一戸建ての武家住宅に大改造されたという「旧岩間家住宅」。もともとこの場所にあったという「旧藤井家住宅」は解体調査時に、嘉永3年(1850)の墨書が見つかった、武家屋敷として大きな建物といわれている。
まいづる公園。武家屋敷が移築されている
まいづる公園。武家屋敷が移築されている

旧嵩岡家住宅
旧嵩岡家住宅
旧岩間家住宅
旧岩間家住宅

雅子妃殿下にゆかりのある建物は「旧嵩岡家住宅」だ。雅子様の曽祖父にあたる又四郎氏は村上藩士嵩岡小太郎の四男として生まれ、新潟の師範学校へ進学するまで、この住宅に住んでいた。
/入園料 無料、TEL 0254-53-0013

●イヨボヤ会館

イヨボヤとは、この地方の方言で三面川の鮭のことだ。魚と言えば鮭を指す、というほど村上は鮭とともにあるとさえ言われるほどだ。
江戸時代、鮭は藩の重要な財源だったことから、鮭への思い入れは凄い。当時下級武士であった青砥武平治が世界初の自然ふ化増殖を成功させ、村上の鮭文化に大きく貢献した人物として、同会館には記念コーナーもある。三面河畔に設けられた会館内部は、鮭と原生林との関わり合いから、再び三面川へと戻ってくる自然の不思議さなど、鮭のことならなんでも分かる。
/入館料 600円、TEL 0254-52-7117

鮭公園にはイヨボヤ会館があり、鮭の生態などが分かる
鮭公園にはイヨボヤ会館があり、
鮭の生態などが分かる

村上のイヨボヤ会館水槽には鮭が沢山泳いでいる
村上のイヨボヤ会館水槽には
鮭が沢山泳いでいる


●笹川流れ

国道に沿って美しい岩礁が現れる
国道に沿って美しい岩礁が現れる
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名勝、天然記念物の標示
名勝、天然記念物の標示

北側から見る笹川流れの海岸
北側から見る笹川流れの海岸
荒波に穴を穿たれた岩もある
荒波に穴を穿たれた岩もある
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村上から日本海岸を北上する11kmにも及ぶ景勝地。岩の間を盛り上がるように流れる潮流、その日本海の荒波に浸食された奇岩や洞窟など、自然の見事な造形美を見せてくれる。
「松島は この美麗ありて 此の奇抜なし 男鹿も この奇抜ありて 此の美麗なし」
嘉永元年(1848)文人、頼山陽の子で詩人である頼三樹三郎が、舟から観た笹川流れの美しさを詠んだ。(「海府遊記」より)
「笹川流れ」の名はこのあたりの集落笹川にちなんで付けられたという。4月〜11月初旬の間は遊覧船もある。
/所要時間40分 料金1,000円、TEL 0254-79-2154(笹川流れ観光汽船)

笹川流れ、北の外れには見捨てられた神社
笹川流れ、北の外れには
見捨てられた神社

駅に道の駅ができ、今や無人駅が間借りする形
駅に道の駅ができ、今や
無人駅が間借りする形


JR桑川駅の道の駅が笹川流れの南限
JR桑川駅の道の駅が笹川流れの南限
道の駅に近い漁港には遊覧船乗り場がある
道の駅に近い漁港には遊覧船乗り場がある

●瀬波温泉

越後路の長い海岸線は、どこも「夕日ライン」と銘打った景勝地が続く。とりわけ瀬波は「湯舟に浸かりながら、日本海の雄大な夕陽を観る」が自慢の温泉街だ。
村上から車で10分ほどのところにあり、25軒あるという宿の多くは海辺に面している。空と海の色を変えながら地平線に沈みゆく真っ赤な太陽を、波打ち際まで張り出した露天風呂から、ゆったりとした気持ちで眺め入る。テレビの温泉めぐり番組でよく観るシーンだが、自ら体験すれば、やはり至福の時である。
翌朝は、近くの岩船漁港の市場見物もできる。

露天風呂から見る夕日
露天風呂から見る夕日
岩船漁港
岩船漁港

漁港には売店があり、目の前で干している干物を売っている
漁港には売店があり、目の前で干している
干物を売っている

漁師は「げんぎょ」と呼ぶ深海魚の干物
漁師は「げんぎょ」と呼ぶ
深海魚の干物


漁師さんはたっぷりとオマケしてくれた
漁師さんはたっぷりとオマケしてくれた
岩船漁港の食堂。定食は新鮮な刺身
岩船漁港の食堂。定食は新鮮な刺身



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村上市観光協会
笹川流れをはじめ町のみどころ、瀬波温泉などの宿泊施設、鮭料理を含む食事処などを紹介している。

取材:2010年5月

※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。