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越後・大蛇伝説の関川と城下町村上(1)

ドライブライン

渡邉邸。国の重要文化財 磐梯朝日国立公園の一角に位置する関川村は、米沢(山形県)から日本海に抜ける米沢(小国)街道の宿場町であった。いまも当時の面影を残す豪農や町屋などもあり、地元産の米や野菜を売る、温泉も備えた大きな道の駅もある。
昔は米沢からは十三の峠を越える難所続きであったという。村を流れる荒川は、山形県大朝日岳を源流に日本海へと注ぐ。その大河の氾濫と深い山々を舞台に大蛇にまつわる伝説も生まれている。それは村を流れる大河が起こす大水害を物語にしたものと言われている。
関川の北約20kmにある村上市は、現皇太子妃殿下雅子さまのお祖父様小和田家の里、村上藩の城下町である。また三面川の鮭とともに栄えた町であり、名勝「笹川流」でも名高い。


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
新潟市−(磐越自動車道)−新津IC−(国道460号線)−阿賀野−新潟空港IC−(日本海東北自動車道)−荒川胎内IC−(国道113号線)−関川−越後大島−(国道290号線)−村上−(国道345号線)−今川−村上−岩船−今宿−(日本海東北自動車道)−新潟市
行程 約200km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●瓢湖(ひょうこ)

瓢湖近くの田んぼには白鳥が遊んでいた
瓢湖近くの田んぼには白鳥が遊んでいた

白鳥飛来地瓢湖が新潟市から近いことを知り、少し寄り道することにした。
新潟県阿賀野市(旧水原町)にある人工湖。平成になってからさくら池、あやめ池、東新池の3つの人工池を加え4つの湖沼からなる湿地帯として、ラムサール条約の登録湿地となっている。
瓢湖は寛永2年(1625)の大干ばつで、時の領主・新発田藩主が13年の歳月をかけて造った湖である。昭和29年(1954)白鳥の餌付けに成功してから、天然記念物となった。いまでは毎年10月から3月にかけて5,000〜6,000羽の白鳥がシベリアからやって来る。
湖の周囲にはソメイヨシノが植えられ、3月には、まだ飛び立たずに残った白鳥は、花見客を喜ばす。夏には湿原植物などが楽しめる。
/問い合わせ 阿賀野市商工観光課、TEL 0250-62-2510

瓢湖。白鳥とカモが遊んでいた
瓢湖。白鳥とカモが遊んでいた
瓢湖にはカモが沢山いる
瓢湖にはカモが沢山いる

●市島邸

瓢湖より10kmほど国道460号線を北へ、月岡温泉近くにある。江戸初期から約300年の間、この地に巨大地主、豪農として栄えた。現在の邸宅は明治9年(1876)に建造されたもの。代表的な日本建築といわれている。
当主が風月を楽しみ、時には賓客の接待に充てた数寄屋造りの水月庵、93畳もの広さのある部屋、本座敷と母屋をつなぐ渡り廊下、いまでは再現できないと言われる大正ガラスの建具などもある。また広大な廻遊式庭園とともに近世豪農の佇まいをいまに伝える建物である(県指定文化財)。
/入館料600円、TEL 0254-32-2555

新発田市の市島邸。大名屋敷のようだ
新発田市の市島邸。大名屋敷のようだ
門から玄関へ
門から玄関へ

市島邸の渡り廊下
市島邸の渡り廊下
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市島邸の米蔵。資料館になっている
市島邸の米蔵。資料館になっている

●関川村

内陸と日本海を結ぶ街道の長い山道を越えて行く者、辿り着いた旅人の宿場町でもあったが、海に近い立地を活かした廻船業や、米の産地であったことから酒造業が盛んなところとなった。江戸後期にはかなりの賑わいをみせた関川は、いまも昔の街並みを残す。
村の中心部には国の重要文化財である豪農渡邉邸、佐藤邸や県指定文化財の津野邸などがある。

●渡邉邸

国道113号線と平行して走る旧米沢街道沿いに関川の集落がある。黒い板塀に白壁切妻造りの豪壮な建物が目をひく。先祖は村上藩主松平大和守直矩の家臣で郡奉行を務めていたが、大和守直矩が姫路へ国替えのとき、家督を嗣子に譲り隠居し、後の寛文7年(1667)現在地に移り住んだ。二代目であった三左エ門は廻船業を営み、酒造業もはじめた。
三代目善久は、享保11年(1726)財政難に苦しんでいた米沢藩に融資、その額は幕末までの間に総額10万両以上といわれている。この功により以後、勘定奉行格の待遇から寛永10年(1798)、七代目善映には四百五十石の知行が与えられた。
渡邉邸。国の重要文化財
渡邉邸。国の重要文化財
(現在内部を修復中)
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屋根はたくさんの石で押さえられている
屋根はたくさんの石で
押さえられている

渡邉邸の庭から見る母屋
渡邉邸の庭から見る母屋

切妻造りの母屋は屋根に石が沢山置かれた「石置木羽葺屋根撞木(いしおきこばぶきやねしゅもく)」造りという珍しいもの。現在は修復中で工事現場と外見だけしか見ることができない。3,000坪の敷地内に500坪もある家屋の中には6つの土蔵(米蔵・味噌蔵・金蔵・宝蔵・新土蔵・裏土蔵)も含まれている。
平成7年(1995)、NHKドラマ宮尾登美子原作「蔵」の撮影場所にもなり全国的にも知られるようになった。柱の間隔を狭め厚板や鉄桟を使用し、丈夫ななまこ壁で仕上げている蔵を含め国の重要文化財だ。
/入館料 500円、0254-64-1002

渡邉邸の庭は国の名勝に指定されている
渡邉邸の庭は国の名勝に指定されている
渡邊邸の裏には用途に分け6つの倉が並ぶ。これは金蔵
渡邊邸の裏には用途に分け
6つの倉が並ぶ。これは金蔵


米蔵
米蔵
宝蔵
宝蔵

●歴史とみちの館

渡邉邸をイメージして造られた建物で、石置木羽葺屋根撞木造り。館内は村の先史時代から荒川沿いに伝わってきた石器や土器、仏教や稲作文化から江戸時代と解説展示されている。歴史資料の他、旧米沢街道や18世紀の関川の街並みの紹介などがある。
その他、書や絵画なども展示する企画展も常設されている。
/入館料 300円、TEL 0254-64-1288
歴史とみちの館。渡邉家の宝物などが展示されている
歴史とみちの館。渡邉家の宝物などが
展示されている
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●佐藤邸

明和2年(1765)の建築で、佐藤家は庄屋であり、渡邉家に次ぐ大地主でもあった。茅葺き屋根の豪壮な建物で通りからも見ることができる。
庄屋の面影を残すこの建物も渡邉家と並んで国の重要文化財である。残念ながら非公開のためか、住人のことや家屋の歴史、家の造りなどの資料は少ない。
佐藤邸(国指定重文)=非公開=
佐藤邸(国指定重文)=非公開=

●津野邸

渡邉邸に並んで茅葺き屋根の商家の建物で、屋根の美しさは佐藤邸と同じだが、現在も住居として使用されている。県の文化財だが非公開。
通りを挟んだ向かいには、旧斉藤医院や古い建物のまま開業する佐藤内科がある。
豪邸の佇まいが続く通りは、舗装道路でなかったらまさに江戸時代にタイムスリップしたようなところだ。
津野邸(県指定文化財)=非公開=
津野邸(県指定文化財)=非公開=

●大蛇の話

米沢から日本海岸に出る最短距離の道、米沢(小国)街道は、米沢城主伊達政宗の祖父稙宗(たねむね)により整備されたが、山また山越えで、越後に入ってもまた山が続き、旅人泣かせの道であった。大蛇伝説はうんざりする山中の峠「大里峠」で生まれた。
「禁断の蛇の味噌漬けを食べた若い人妻が、蛇の化身にされ、やがて大蛇に成長した。自分の身体が大きくなると、住む場所をつくるため、荒川を堰き止めて関川村を大湖にしようと考えた。そのことを越後の盲人琵琶法師に話した。しかし、琵琶法師は大蛇から他言すると命がないとも言われたが、自らの命と引き替えに村人にことの次第を知らせ、大蛇は村人に退治された」という物語だ。

アーチの長さ118m。荒川に架かる丸山大橋
アーチの長さ118m。荒川に架かる丸山大橋
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村人に洪水を教えたという伝説の法師像。丸山大橋の近くにある
村人に洪水を教えたという伝説の法師像。
丸山大橋の近くにある


関川村は度々水害に見舞われたが、宝暦7年(1757)5月23日より3日間荒川本支流は前代未聞の大洪水に襲われた。田畑は流出し、多くの死者を出し、復興には50年の歳月がかかったという。近年では昭和42年(1967)の羽後水害がある。多くの犠牲者を出した荒川の氾濫は今も関川村の人々の心に焼き付いている。

関川村を流れる荒川
関川村を流れる荒川
荒川河川敷も少し走れる
荒川河川敷も少し走れる

●大蔵神社

創建されたのは大同年間(806)以前とされている。祭神は出雲の須佐男命、大国主命、櫛稲田姫命で、この地域にはじめて稲作技術が導入され、移住民より奉祀されたと伝えられている。
大蛇の企てを村民に話し、大勢の住民の命を救った琵琶法師が大蔵社頭で不帰の客となったという。その法師の琵琶は神宝として長くここに伝えられた。
大蔵神社には盲目の法師が残した琵琶が保存されているという。新たに座頭宮の石碑も
大蔵神社には盲目の法師が
残した琵琶が保存されていると
いう。新たに座頭宮の石碑も


大蔵神社
大蔵神社
大蔵神社のしめ縄と拝殿
大蔵神社のしめ縄と拝殿

●大したもん蛇まつり

大量の土砂崩れ、渦巻く濁流を大蛇の仕業とし、災害の救世主を待ち望んだ物語といわれている大蛇伝説を村おこしにと、一大イベントが考案され、昭和63年(1988)から長さ82.8m、重さ2トンの大蛇を担いで村内を練り歩くユニークで豪快な大蛇パレードがはじまった。
大蛇は頭部を除き54個に分かれている。材料は竹と藁からなり、村の54集落が分担して制作したもの。長さは昭和42年8月28日(羽越水害発生日)にちなんだものだ。平成13年(2001)6月ギネスに認定された。役場に認定書もある。
大したもん蛇の胴体部分。藁をきっちりとまとめ俵状にしてつなぐ
大したもん蛇の胴体部分。
藁をきっちりとまとめ
俵状にしてつなぐ


大したもん蛇のギネス認定証
大したもん蛇のギネス認定証
大したもん蛇まつり(関川村提供)
大したもん蛇まつり(関川村提供)

「大したもん蛇まつり」は毎年8月の最終金曜日から日曜日の3日間行われる。村民400人が大蛇を担ぎ、村内を練り歩くのは土曜、日曜の2日間だ。
/問い合わせ 新潟県関川村役場、TEL 0254-64-0079

●道の駅・関川

国道113号線沿いの広い敷地に「道の駅エリア」があり、村の名産、特産物を販売する「ちぐら館」、日帰り温泉の「桂の関温泉ゆーむ」、「歴史とみちの館」、「観光情報センター」など、それぞれ独立した建物がある。最近できたという「足湯」もある。大蛇「大したもん蛇」が展示されているのは、このエリアにある「ふれあいどーむ」という体育館内の壁に、とぐろを巻くように長々と展示されている。

ゆーむ(道の駅関川の日帰り温泉)
ゆーむ(道の駅関川の日帰り温泉)
道の駅関川の足湯。もちろん無料
道の駅関川の足湯。もちろん無料

こんにゃく、おでん、もち鶏なども道の駅で売っていた
こんにゃく、おでん、もち鶏なども
道の駅で売っていた

民芸品の猫ちぐら。昔は赤子を寝かせたと聞いた
民芸品の猫ちぐら。昔は赤子を
寝かせたと聞いた


「ちぐら館」の“ちぐら”とはかつて農家で使われていた子守のためのお椀型のゆりかごのこと。現在販売されている民芸品「猫ちぐら」も、歴史は意外に古く明治のころにはあったようだ。材料は100%天然の藁で手作りだ。
大浴場、露天風呂、サウナの他、休憩室などが完備された温泉は有料。
/入浴料 500円、問い合わせ 関川村観光協会、TEL 0254-64-1478

●えちごせきかわ温泉郷

山形県の大朝日岳に源を発し、紅葉で知られる荒川峡谷を経て日本海に注ぐ荒川、その両岸の緑豊かな自然の中に湧く5つの温泉。道の駅の桂の関、荒川の雄大な高瀬、荒川を見下ろし、遠く飯豊・朝日連峰が望まれる雲母(きら)、温泉郷の中で最も上流にあり、荒川峡谷の吊り橋を渡る一軒の宿鷹の巣、最も古い歴史を持つ湯沢温泉だ。その歴史は古く300年前に開湯したといわれている。
泉質はそれぞれ多少異なるが、主な成分はナトリウム塩化物でアルカリ性。効能も慢性消化器病、神経痛、慢性湿疹などとされている。

荒川は時々に大洪水を起こした(温泉橋から)
荒川は時々に大洪水を起こした
(温泉橋から)

高瀬温泉への標示
高瀬温泉への標示



○ニッポンレンタカーの車種・料金

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関川村観光協会
18世紀のまち並みや大石ダム湖畔県民休養地、丸山大橋周辺など村のみどころを紹介している。

取材:2010年5月

※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。