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佐渡島一周ドライブ(2)

ドライブライン

大野亀。サイクリストがいた 佐渡の西北部の海岸は、相川から北端の弾岬まで島一周道路の県道45号線で約45km、潮風をいっぱいに浴びてのドライブコースだ。この辺りを外海府海岸と呼び、佐渡随一の海岸の名所といわれる尖閣湾をはじめ、さまざまな名前がつけられた奇岩、巨岩それに美岩(?)が競う見事な景観をみせてくれる。
弾崎から両津湾に向かう内海府海岸は、静かな海が広がる。外海府と内海府の間には、佐渡最高峰の金北山(1,172m)の他、標高1,000m級の山が連なり、山々を縫って貫く山岳道路がある。途中のドンデン山荘前からは島の半分を見下ろすことができる。
再び両津港へ戻り、佐渡の歴史の原点ともいえる金井地区を訪ねた。


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ドライブライン

<コース>
相川−(県道45号線)−尖閣湾−外海府海岸をたどり弾岬−内海府−両津港−(県道81号線)−ドンデン山−両津−金井
行程 約150km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●尖閣湾

幾万年もの波浪に浸食されてできた断崖や巨岩、奇岩の岩礁からなる海岸線が約2kmにも及ぶ。厳しい冬の荒波に浸食された断崖の岩肌は、ゴシック建築とも表現されているほどだ。反面、湾の一部には、緩やかな円を描いて広がる砂浜もあり、夏は海水浴客で賑わう「達者海水浴場」がある。一帯は海中公園で、海中散策もできる。海中透視船や観光遊覧船が発着し、岩の間を抜けながら、奇怪な岩の連なりや、透明度の高い海の底まで覗くことができる。
/料金 海中遊覧船800円 海中透視船1,000円、TEL 0259-75-2221

尖閣湾
尖閣湾
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昔ながらの衣装で歩く老人(尖閣湾近く)
昔ながらの衣装で歩く老人(尖閣湾近く)

尖閣湾から弾崎までの約40kmの海岸線を「外海府」という。日本海の荒波で形成された断崖や岩礁、岩の島々が続く。険しく複雑な海岸線だったので、かつては佐渡の秘境と呼ばれたところ。歴史の舞台から離れた民話・伝説も多い。

●佐渡の安寿と厨子王

相川を出てすぐの町、大間は江戸時代廻船の入港で栄えたところ。問屋が八軒あり、そのなかの橘屋は良寛の母おのぶの生家であった。現在はタクシーの車庫となっている。
その先、尖閣湾の達者海水浴場から県道45号線をはさんだところに、小さな文字で「目洗い地蔵」と書かれた表示がある。気をつけて見ないと通り過ぎてしまいそうだ。
良寛の母、おのぶ の生家
良寛の母、おのぶ の生家

目洗い地蔵とは、説話「さんせう大夫」をもとにした森鴎外の小説「山椒大夫」に登場する安寿と厨子王の物語である。父を訪ねる旅の途中、越後の国で人買いにより、引き裂かれる母子の悲劇で、姉弟は丹後の長者「山椒大夫」のもとで奴隷となって辛酸をなめる。姉の安寿は弟を助けるために脱走させるが、時間を稼ぐために池で入水自殺する(別の話では山椒大夫の息子により、拷問のはてに殺されてしまう)。
やがて、厨子王は出世し、山椒大夫父子に復讐する。ここまでは森鴎外の小説だが、佐渡に伝わる安寿と厨子王は、安寿も生きて佐渡の母に会う。しかし、盲目となっていた母は子供がからかいに来たと誤解し、安寿を杖で殴り払って殺してしまう。
一方厨子王は母と再会し、お互いの達者を喜んだことから、この浜を「達者海岸」といい、苛酷な労働で失明した母は目をこの湧き水で洗い、治ったことから「目洗い地蔵」という。これより10km北の海辺の草むらの中に安寿の墓と言われる塚があり墓碑が建っている。

目洗い地蔵。安寿の母が目を洗ったという
目洗い地蔵。安寿の母が
目を洗ったという

目洗い地蔵。湧き水がある
目洗い地蔵。湧き水がある

安寿・厨子王の碑
安寿・厨子王の碑
安寿塚。ここに葬られたと聞いた
安寿塚。ここに葬られたと聞いた

●波触甌穴群

平根崎海岸に一千万年にわたる海水の浸食によってできた巨大な岩盤が連なり、渦紋浸食により大小無数の穴ができた。国の天然記念物。波の荒い日には近づけない。この沖合の海中から温泉の湧き出るところとしても有名だ。

波触甌穴のある海岸
波触甌穴のある海岸
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波触甌穴群の表示(平根崎)
波触甌穴群の表示(平根崎)

●夕鶴の里

安寿の墓碑から南片辺トンネルを抜けて間もなくに、まだ新しい「夕鶴の里」という建物があった。分教場を改修したと書かれていた。誰もが知っている民話「鶴の恩返し」の発祥の地という。木下順二による戯曲「夕鶴」の原型は、この地の民話「鶴女房」という。
同じように「鶴の恩返し」の話は山形県にもあり、木下順二、山本安江らの舞台資料、衣装などはそちらにある。

夕鶴の碑案内板
夕鶴の碑案内板
夕鶴の里。碑と資料館
夕鶴の里。碑と資料館

●大野亀

外海府海岸の、弁天岬、一ツ岩、中ノ島、大島などいろいろな名の付いた岩や小さな島を眺めながら、標高167mの切り立った岩壁の大野亀へ着いた。駐車場から急坂を歩き、着いた頂上からは、いま走ってきた外海府の全貌が眺められる。
初夏には黄色いカンゾウの花が咲き乱れ、距離は遠いが、同じ日本海に浮かぶ利尻島を思わせる風景だ。大野亀の道沿いに、見晴らしのよいレストランがあった。
大野亀。サイクリストがいた
大野亀。サイクリストがいた
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藻浦崎の漁船と苫屋
藻浦崎の漁船と苫屋
藻浦崎の龍金岩
藻浦崎の龍金岩

北端に近い海岸
北端に近い海岸
北鵜島2号トンネル
北鵜島2号トンネル

佐渡北端の海と棚田
佐渡北端の海と棚田
大野亀への道
大野亀への道

この先にはコブのように突き出た二つの巨岩がある。細い橋のような地続きで2匹の亀が海上にうずくまったように見えることから「二つ亀」と呼ばれている。このあたりには遊歩道があり、夏は海水浴客で賑わう。

周回道路から見る二つ亀
周回道路から見る二つ亀
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二つ亀
二つ亀

●弾崎灯台

大正4年(1915)弾崎沖で起きた遭難事故がきっかけで建てられた佐渡最北端にある灯台。昭和32年(1957)、灯台守夫婦の日記をもとに作られた木下恵介監督の映画「喜びも悲しみも幾年月」で舞台となった灯台として知られている。
灯台の下には、映画の主人公2人の銅像があり、近づくと映画の主題歌が大音響とともにはじまる。驚いて腰を抜かさないように。もっとも、銅像に近づくには、草をかき分けて行くか、有料のキャンプ場を経なければならないが。
弾崎灯台と灯台守夫婦の像
弾崎灯台と灯台守夫婦の像

●内海府

弾崎灯台から県道45号線は内海府を経て両津へと向かう。断崖や岩礁、小島などと変化に富んだ外海府とは対照的に、緩やかな海岸線が続く。海も穏やかでダイビングポイントにも恵まれている。

静かな内海府と稲田
静かな内海府と稲田
民宿の特別盛り。アワビの刺身まで付く豪華さ(2人前3,000円)
民宿の特別盛り。アワビの刺身まで付く
豪華さ(2人前3,000円)


●ドンデン高原

両津の町外れから外海府へ抜ける山道(県道81号線)を上る。急勾配のヘアピンカーブを上るとドンデン山荘がある。海抜約900mの山荘は宿泊施設もある。ドンデンという珍しい名前の由来はいろいろな説がある。昔、このあたりに製鉄所があり、その精錬所から出る音が、ドンデン、ドンデンと聞こえたことからという。近くにあるタダラ峰はタタラ(ふいご)の意味ともいう。
山荘から標高差約30m登った一帯は、花の名所だ。特にシラネアオイ、ユキワリソウ、ザゼンソウ、シャクナゲなどの高山植物が自生し、「花の百名山」に数えられている。
一般に険しい佐渡の山々では、唯一、穏やかな山容で、天然の牧草や芝生に恵まれ、古くから牧草地として牛が放牧されていた。現在も山の西側のドンデン高原は佐渡牛の放牧地となっている。

ドンデン山から見る両津と加茂湖(右)
ドンデン山から見る両津と加茂湖(右)
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ドンデン山荘
ドンデン山荘

平成17年(2005)にオープンしたドンデン山荘のテラスからの眺めはすばらしい。眼下には両津の町と加茂湖が望め、澄んだ青空の日には、遙か本土、上越の山々や、東北の月山、朝日岳などを山の連なりを観ることができる。村上の沖に浮かぶ淡島も見える。

●本間家能舞台

佐渡はいまもなお能が盛んに舞われるところである。かつては200以上、現在も33もの能舞台がある。初代、大久保石見守長安が奉行所に赴任したときから、能楽がこの地に定着。大半は神社に付属し、庶民の夏の娯楽として広まった。
両津港から加茂湖沿いに走る県道65号線を辿ると「道の駅・芸能とトキの里」の前に本間家能舞台がある。

本間家能舞台
本間家能舞台
本間家能舞台の扇垂木
本間家能舞台の扇垂木

寛永18年(1641)本間家末商秀信は奈良で能楽を修めてこの地へもどり、享保5年(1711)佐渡奉行所より能太夫を委嘱された。
現在の舞台は明治に再建されたもの。禅宗の影響を強く受けた唐様建築の扇垂木手法が用いられている。音響効果を高めるために床下には瀬戸産の瓶が一対埋められている。毎年夏には演能が開かれる。
佐渡は能が盛ん(本間家)
佐渡は能が盛ん(本間家)

●トキの森公園

トキ保護センターに隣接した公園内にトキ展示資料館がある。平成11年(1999)に中国から贈られたトキやその子孫たちの観察ができる(予告なしに一般公開中止のこともあるので注意)。放鳥されたトキが大空を舞う姿を映し出すビデオや剥製なども展示されている。
トキの学名はニッポニアニッポンといい、もともと日本全国に分布していた。昭和56年(1981)最後の野生のトキ5羽を捕獲したが、繁殖に失敗、ニッポニアニッポンは残念なことに絶滅してしまった。現在のトキは中国の留鳥であることから、日本で繁殖させることに賛否両論があるが昨年9月に10羽が放鳥され、1年後のいま、7羽が確認されている。また今年9月にも20羽が放鳥された。

トキの森公園
トキの森公園
飼育されているトキ
飼育されているトキ

●黒木御所跡と本光寺

承久の乱(1221)で敗北、佐渡に24歳の若さで流された順徳上皇が、亡くなるまでの22年間を過ごした御所跡。樹木に囲まれた中に御所であったという碑が建つ。
御所跡の前の本光寺は正和3年(1314)に開祖。順徳上皇が京都から持ち込んだ4体の仏像内、一体の聖観音世菩薩を本尊として祀られている。この本尊は国の重要文化財に指定されている。

黒木御所
黒木御所
黒木御所。上皇の御殿跡
黒木御所。上皇の御殿跡

御所前の本光寺
御所前の本光寺
本光寺国宝殿
本光寺国宝殿

●北條家

黒木御所跡の奥、県道306号線沿いにある18世紀中頃の佐渡の貴重な民家で、主屋は国の重要文化財指定。
佐渡へ流された道益は後、相川で漢方医として自活、赦免になってこの地に移住、代々医者として現在も、この家に子孫が住んでいる。雪の少ない佐渡では越後の民家と比べて木柄が細い。民家なので、敷地内には入れない。
北條家
北條家



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佐渡が島(佐渡汽船)
フェリーの乗り場案内や運賃表、時刻表などのほか、デジタルパンフレット「佐渡さんぽ」が見られる。

取材:2009年9月