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越後平野と豪農建築

ドライブライン

日本海夕日ライン 新潟県は日本を代表するコシヒカリの産地。米どころ越後平野は黄金色に染まっていた。
「今年は幸い台風被害はなかったけれど、雨が多く米の刈り入れが一週間ほど遅い」とつぶやいていた農家も、いま稲刈りの真っ最中だ。新米が市場に出回るのは10月半ばと、人々は明るく語る。
かつて、千町歩(1,000ヘクタール)以上の田畑を持つ地主が全国に9家あった。そのうち5家が新潟という。戦後の農地改革で千町歩地主は解体されたが、その豪華な屋敷は修復、移築されながらも文化遺産として保存されている。信濃川、阿賀野川、その支流と豊な水に恵まれた越後平野を一巡り。日本海に足を延ばせば彼方に佐渡を望む“日本海夕日ライン”と名付けられた海岸線が続く。


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ドライブライン

<コース>
新潟市街−(国道49号線)−沢海・北方文化博物館−(国道460号線)−白根経由−(国道8号線)−味方・笹川邸−(国道460号線)−浦浜−(国道402号線・通称日本海夕日ライン)−新潟市街−(北陸自動車道)−燕三条−(国道8号線)−長岡−(国道403経由117号線)−越後川口
全行程 230km、2泊3日

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●新潟市中心部

県庁所在地新潟市は2005年、新潟市をはじめ周辺14市町村の大規模合併で面積や人口が増大し、日本海側最大規模の市である。

信濃川河口の中心市街地は、古くから川をはさんで西側を新潟町、東を沼垂町と呼び、2つの町を結ぶのが萬代橋だ。河口の万代島(もとは中州だったが埋められて島ではない)には佐渡への定期航路の船が発着する港がある。

現在のJR新潟駅を中心に1950年代後半から開発され、新しい町造りがはじまったころ萬代橋を渡った旧新潟町は堀が巡らされ、それに沿って柳が植えられていたことから「水の都」とも呼ばれていた。残念ながらいまはその面影はないが、生活の場でもある市場や古い民家、移築された豪商の館など、みどころがある。
波とガス灯をあしらった新潟駅前のモニュメント
波とガス灯をあしらった
新潟駅前のモニュメント


●燕喜館(えんきかん)

JR新潟駅より萬代橋を渡った西岸に県民の総鎮守である「白山神社」がある。神社の裏一帯の「白山公園」の中に、港町にあった豪商斉藤家の一部を移築した日本の伝統的建築だ。
かつて北前船の寄港地であった新潟港は、江戸時代に開港した5港の一つであり、港を中心に栄えた商人の町であった。その港町で明治から昭和にかけて活躍した斉藤家三代目の邸宅の一部で、明治40年代の建築。
「燕喜館」とは「宴を催し、楽しみ喜ぶ」という意味で斉藤家が命名したもの。
前座敷、奥座敷、居室、茶室など、長さ十間(18m)にも及ぶ一本ものの桁などを用い、欄間の細工など贅を凝らした造りである。また和室にシャンデリアの取り合わせも、当時では洒落たものであっただろう。四季を彩る庭園も訪れる人の心を和ませる。
現在は、伝統的な文化や芸能活動などに各部屋を貸し出している。
/見学のみは無料、TEL 025-224-6081

燕喜館
燕喜館
燕喜館の大広間
燕喜館の大広間

●県政記念館・新津記念館及び砂丘館

白山公園に隣接する明治16年に完成したという県議会議事堂は、唯一現存する建物で、国の重要文化財に指定されているが、残念ながら取材時(9月)は修理中のため公開されていなかったが、間もなく開館する。
/問い合わせ 新潟県教育庁文化行政文化係 TEL 025-280-5619

公園より北へ車で3分、新津記念館がある。昭和の石油王、新津恒吉が昭和13年外国人向け迎賓館として建てたバロック様式建築。内部はフロアごとに、イギリス、フランス、ドイツ風に仕上げられている。
/入館料 800円、TEL 025-228-5050

新津記念館
新津記念館
(写真提供:新津記念館)

イギリスの間、17世紀のジャコビアン様式
イギリスの間、17世紀のジャコビアン様式
(写真提供:新津記念館)


旧・日銀支店長の砂丘館
旧・日銀支店長の砂丘館
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さらに北へ約3分、かつて日本銀行新潟支店長宅であった和風家屋がある。新潟支店は大正3年(1914)、全国で10番目に開設されたが、建物は昭和8年(1933)の築だ。
外観は和風だが、玄関には洋風応接間などがあり、女中、書生部屋なども揃う。奥座敷、二階の広縁ガラス戸からは市街が望まれる。現存する支店長宅は福島と新潟の2ヶ所だけ。現在は市が購入し、芸術・文化施設として使用している。
/見学無料、TEL 025-222-2670

●本町市場

JR新潟駅から車で6〜7分、町の中心部、デパートやショッピングモールなどがある賑やかな一画にある市場。本町通りに栄えた明治初期からの歴史を持つ市民の台所である。 アーケードの中には近隣の農家からの新鮮な季節の野菜や果物、新潟港に水揚げされたばかりの魚介類から衣料、雑貨までを商う店舗は露天商を含めて約60店が並ぶ。それでも最盛期には330店舗もあったという。市場の人は「郊外に大型店舗が沢山できたので、ここは寂れる一方だよ」と嘆いていたが、あちこちからは売り手と買い手の元気な声がアーケードに響く。

魚屋には行列もできる
魚屋には行列もできる
野菜は安かった
野菜は安かった

この市場は正確には「本町6商店街」といい、本町5〜6番地にある。一方、本町11番には「本町下市場」があり、こちらは米、味噌、豆などや雑貨店などが多い。平屋の続く商店街だ。

●北方文化博物館(伊藤邸)

阿賀野川の西岸にある沢海という集落に、全国的にも有数の規模を誇った越後千町歩地主「伊藤家」がある。江戸中期、農家より身を起こし代を重ねて巨万の富みを得、明治時代の全盛期には1市4郡64ヶ町村にわたり、農地を所有、越後随一の田畑を所有していた。その屋敷は、敷地8,800坪(29,100平方メートル)部屋数65を数える純日本式住居だ。
北方文化博物館(伊藤家)に移築された江戸時代の民家
北方文化博物館(伊藤家)に
移築された江戸時代の民家


戦後の農地改革で田畑は手放したが、豪邸は昭和21年(1946)遺構保存のため『財団法人北方文化博物館』を創設、これをすべて寄附する形で残された。平成12年、国の有形文化財に指定された。
鎌倉・室町式に造られた回遊式庭園には5つの茶室が点在し、大広間の開け放たれた縁からの眺めは、まるで大きな屏風か襖絵のようだ。白壁の蔵は現在、歴代当主の収集した美術品などを展示しているが、当時は2000俵の米俵が積まれていたという。
そして資料館になっている台所の2階の板の間は物置や作業室兼子供の遊び部屋だった。階下の台所は、最盛期には50人もの従業員のために、毎朝1俵(60kg)の米を炊いていたという。その他、敷地内には江戸後期の藁葺き農家が移築されている。
/入館料 800円、TEL 025-385-2001

伊藤邸の広間と庭園
伊藤邸の広間と庭園
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伊藤家の徳利と杯
伊藤家の徳利と杯

●笹川邸

笹川邸
笹川邸
国の重要文化財にもなっている越後・大庄屋の邸宅。新潟市街からは国道8号線を辿り、信濃川の支流中ノ口川沿いの集落・味方にある。
笹川氏は江戸時代、旧村上藩の大庄屋をつとめ、旧味方村など八か村を支配していた。徳川時代、大庄屋は村々の庄屋を統治し、年貢の取り立てはもちろん、命令の伝達、治安、警察、裁判までの権利を与えられていた。明治維新まで九代約220年間にわたって大庄屋を世襲、明治以降も大地主として君臨していた。

この屋敷は天正年間(1570頃)の建築で、茅葺き屋根の表門と石燈籠は当時のままと推定されている。その他の表座敷、住宅、土蔵、文庫など建物総面積約500坪は文政9年(1826)の建築で、屋敷を巡る塀にいたるまで、重要文化財に指定されている。
穀物地帯が広がる豊かな水と田園風景の中の豪勢な屋敷は、当時の支配者とそれを支えた農民たちの生活が映画や小説のシーンと重なって見えてくるようだった。
/入館料 500円、TEL025-372-3006

大庄屋・笹川邸の広間。重厚で貫禄もある
大庄屋・笹川邸の広間。重厚で貫禄もある
笹川邸の六尺棒。不審者に備えた
笹川邸の六尺棒。不審者に備えた

●日本海夕日ライン

糸魚川から北は山形県境の新潟県の日本海沿いを走る国道の愛称。起点終点は明確にされていないが、美しい砂浜や奇岩を眺め、時には佐渡を望む快適なドライブウェイだ。好天に恵まれた夕方には、水平線に沈み行く真っ赤な太陽に染まりながらの旅が楽しめる道なのである。

国道402号から佐渡島を望む
国道402号から佐渡島を望む

笹川邸から国道460号線を辿り、日本海岸浦浜に出た。これより夕日ラインを北上し、一旦新潟市街へ戻ることになった。
浦浜を出て間もなく、角田岬灯台を回り砂浜の続く角田海岸へ。くっきりと佐渡島が見えた。ここから間もなく国道402号線は松の防砂林に入り、海から遠ざかっていった。

日本海夕日ライン
日本海夕日ライン
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角田岬灯台
角田岬灯台

●燕・三条

金物の産地として知られるところ。歴史は古く江戸時代の和釘づくりからはじまった。明治・大正にはキセルが作られ、昭和には輸出産業の花形として、スプーン、フォークなど洋食器用のテーブル用品の製造で栄えた。現在でもは洋食器、三条は刃物といわれ、その加工技術を誇っている。

鯉の鱗はスプーンを利用
鯉の鱗はスプーンを利用

●山本五十六記念館と生家

明治17年(1884)、儒学者、高野家に生まれた五十六は、旧長岡藩家老・山本帯刀家を継ぎ旧会津藩士族の娘と結婚、山本五十六となった。文武両道に長け、早くから航空の重要性を力説していた。そして、アメリカの国民の気性を知る五十六は太平洋戦争開戦にあくまで反対し、早期講和を望んでいた。
しかし、その意に反し連合艦隊指令長官として大戦争の指揮をとった。結果、昭和18年(1943)アメリカ軍に山本長官機の飛行ルートなどの暗号が解読され、待ち受けた米戦闘機群にブーゲンビル島で撃墜され戦死。
撃墜された山本五十六搭乗機の左翼
撃墜された山本五十六搭乗機の左翼

館内には、撃墜された搭乗機の左翼が展示されている。近くには五十六の意外に質素だった生家があり、公園となった庭には胸像がある。
/入館料 500円、TEL 0258-37-8001(生家は無料)。

信濃川の長生橋。花火の名所でもある
信濃川の長生橋。花火の名所でもある

毎年8月2・3日と2日間に及ぶ花火大会は長岡市の大イベントだ。会場となる国道351号線、信濃川にかかる長生橋を渡った関原町に地酒「長岡藩」の酒造元がある。2年前の新潟中越地震で、震度6の激震に3度も襲われたという酒蔵の土蔵がゆがんでいた。

花火の打ち上げ筒(長岡駅前)
花火の打ち上げ筒(長岡駅前)
酒蔵の壁は中越地震でゆがんだ
酒蔵の壁は中越地震でゆがんだ

小千谷から南の信濃川、魚野川周辺の豊かな地帯は“魚沼産コシヒカリ”の一大産地だ。まだ早場米の収穫がはじまったばかりの稲は、見渡す限りの大地を黄金色に染め、重たげに垂れた穂は、ゆさゆさと風に揺れていた。
ハザ木。かつては棒を横に渡し、稲を干した
ハザ木。かつては棒を横に渡し、稲を干した

コシヒカリの刈り入れ
コシヒカリの刈り入れ
刈入機は袋詰めまでしてくれる
刈入機は袋詰めまでしてくれる

信濃川と魚野川が合流する越後川口、その魚野川沿いに「簗場」をみつけた。梁には鮎が勢いよく跳ねていた。
「昔は養殖に頼ることはなかったが、いまは天然の鮎は少なくなったよ」といいながら、「注文するときは“天然もの”といってくれ!」という。メニューの料金には天然ものは“時価”とあった。小ぶりだったが身がしまり、懐かしい川の香りがしてうまかった。
/川口簗場・男山漁場 TEL 0258-89-3104

流れを引き込み鮎を捕るヤナ(魚野川)
流れを引き込み鮎を捕るヤナ(魚野川)
鮎やウナギを炭火で焼く(魚野川のヤナで)
鮎やウナギを炭火で焼く(魚野川のヤナで)

新潟に豊かな実りをもたらす信濃川
新潟に豊かな実りをもたらす信濃川
関越道からの越後三山
関越道からの越後三山



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にいがた観光ガイド−うるおいの新潟
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取材:2006年9月