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古代大和路(奈良県)を行く(4)
橿原から平城京

ドライブライン

朱雀門正面 初代天皇の神武天皇・皇后を祀る橿原神宮を詣で神武天皇陵内の玉砂利を踏む。神通力をなくした久米の仙人伝説が残る久米寺や「東洋のミューズ」と呼ばれる日本唯一の技芸天像が祀られている秋篠寺などを巡りながら、江戸時代の面影をそのままに残した「今井町」を歩いた。
一休みしたあと、藤原京から遷都して来年で1300年を迎える平城京跡へと車を走らせた。いま奈良市は、平城京跡に資料館・遺構展示館・朱雀門や東院庭園などの散策マップ作りや見学コースなどの整備を急ピッチで行っているところであった。とくに朱雀門の北700mに位置する大極殿の大規模復元「遷都1300年祭」は一般公開に合わせて、ただいま工事中であった。


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ドライブライン

<コース>
三重県津市−(国道165号線)−阿保−(国道422号線)−名張−(国道165号線)−室生−(県道28号線)−室生寺−(国道165号線)−長谷寺−萩原−(国道370号線)−大宇陀−(国道370号線)−吉野山−(県道15号線)−明日香村−橿原−奈良−秋篠寺−平城京跡−奈良
行程 約30km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●橿原神宮

神武天皇が即位した地とされる橿原宮跡地に、明治23年(1890)に創建された。重要文化財である本殿は、京都御所賢所が移築されたもの。一の鳥居近くにある宝物殿には、明治天皇下賜の太刀や横山大観の絵画などが展示されている。
広い神域は深田池や橿原森林遊苑の中にあり、踏む玉砂利の音以外は静寂な空気に包まれていた。
/宝物殿入館料 300円
  TEL 0744-22-3271
橿原神宮参道
橿原神宮参道

この門をくぐり拝殿へと向かう
この門をくぐり拝殿へと向かう
橿原神宮拝殿
橿原神宮拝殿
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●神武天皇陵

神武天皇ゆかりの地、大和三山(畝傍山・耳成山・香久山)、その畝傍山の北東の麓にある周囲100m、高さ5.5mの御陵。正式には「畝傍山東北陵」といい、八陵円形で樹木に覆われている。周囲には周濠がめぐらされている。
初代天皇である神武天皇については『古事記』にも記載されているが、実際の歴史上では不明な点も多い。この神武天皇陵も文久3年(1863)に御陵と定められた。
広い植え込みのある神域は、きれいに清められ、玉砂利の敷き詰められた参道を行くと、白木の大鳥居があり、荘厳な雰囲気がある。

神武天皇陵
神武天皇陵
神武天皇陵の神域は荘厳な雰囲気
神武天皇陵の神域は荘厳な雰囲気

●久米寺

畝傍山の麓、かつての久米町の集落の北はずれ、木立の中に金堂・観音堂・多宝塔などがひっそりと建つ古寺。
推古天皇の勅願により久目皇子(くめのみこ)が建立したといわれている。当時は大寺院だった。弘法大師が多宝塔内で初めて真言密教を宣布したことから、真言宗発祥の地ともいわれている。久米寺多宝塔は、万治2年(1659)京都の仁和寺から移築されたもので、現在重要文化財となっている。
この久米寺は、百年以上も寺に住んでいたという仙人伝説でも有名だ。仙人は吉野の龍門山で修行し、神通力を身につけ、空を飛べた。聖武天皇の東大寺建立の時には、吉野山からその仙術で建築材を3日で届けたという。
しかし、会得した神通力で、空中を飛行中、若い女性のすねを見て、せっかくの神通力を失い墜落したという有名なエピソードも残されている。また、つつじやあじさいの寺としても知られている。
/拝観料 無料、ただし花の開花時期は400円、TEL 0744-27-2470

久米寺本堂
久米寺本堂
久米寺本堂には推古天皇勅願所の文字も
久米寺本堂には推古天皇勅願所の文字も

久米寺・多宝塔
久米寺・多宝塔
新しく造られた大日如来像
新しく造られた大日如来像

●今井町

橿原市、JR畝傍駅から飛鳥川を隔てた西に東西600m、南北300mに広がる古い町並み。かつては戸数1,100軒、人口約4,000人で、町屋は切妻造、本瓦葺きで、6町に町割りされ、9つの門から橋を渡り外部の道路につながっていた。
今井の地名は至徳3年(1386)の興福寺一乗院の文書にみることができるが、町の成立は戦国時代になってから。豊臣秀吉の時代には“海の堺”・“陸の今井”と称され、また「大和の金は今井に七分」「今井しんど屋は大金持ち、金の虫干し玄関までも」とまでいわれるほど繁栄していた。
「しんど屋」とは山尾家のこと。この町でもっとも古い町屋は慶応3年(1650)に建築された今西家で惣年寄を務めていた。

今井の古い町並みは見事に保存されている
今井の古い町並みは見事に保存されている
新聞受けも昔造りです
新聞受けも昔造りです

路地も昔ながらの風情
路地も昔ながらの風情
ちょっとお洒落も…
ちょっとお洒落も…

現在は旧環濠内にある600余りの民家のうち、約500軒が江戸時代からの伝統様式を残す。重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。この内、8軒が国の重要文化財の指定を受けている。

●今井町衆博物館

飛鳥川の橋を渡り、古い町並みに入った北尊坊通りの中程にある町屋。ここが「金の虫干し・・・・・・」といわれた山尾家。新堂屋という屋号で両替商や肥料商を営んでいた大商家。
道路に面した広大な敷地には、主屋をはじめ、西側には座敷を接続し、北蔵、東蔵、内蔵それに隠居所などが軒を連ねる、江戸時代後期の代表的建造物である。
/入館料 400円、TEL 0744-23-9478
山尾家
山尾家

●豊田家

御堂筋にある寛文2年(1662)の建築という建物。木材商らしく豪壮な造りで、屋根は入母屋造本瓦葺き、軒は高く二階軒は出桁造り、二階正面の壁には丸に木の字の紋がついている。納戸など各所に古式の手法が残る重厚な家屋だ。
/入館料 200円、TEL 0744-25-0418

●称念寺

この御堂筋を挟んだ向かいにある称念寺は、江戸初期に再建されたもの。畝傍御陵に参拝された明治天皇行在所として知られ、国の重要文化財に指定されているが、いま寺はひと気もなく荒れている。最近、保存修理に向けて動き出したようだが、いつしか世襲化された寺はさまざまな事情をかかえているのだ、と近くの人が教えてくれた。

重文の称念寺は荒れ果てていた
重文の称念寺は荒れ果てていた
称念寺本堂の大屋根も危うし
称念寺本堂の大屋根も危うし

●今西家住宅

今西家は代々今井の惣年寄筆頭を務めた家筋で、司法権、警察権なども委ねられていた。今井町の環濠を出て堺へ向かう西口門近くに建つ今井では最も古い民家だ。『棟上げ慶安参年参月廿参日』の棟札銘により、慶安3年(1650)の建立であることが分かっている。
外壁を白漆喰塗り本瓦葺き入母屋造りの堂々とした城郭風の外見を持つ。内部の土間には柱をたてず広い空間として残している。中の間、納戸、仏間、主屋、台所の他、吹き抜けの土間から見上げる2階は、牢屋になっていて常に数人の犯罪者が投獄されていたという。土間から2階への梯子は外されていたが、家屋に出入りする人々の気配や声が筒抜けだったのではないかと思われるほどのところだ。今西家保存会の人が内部案内をしてくれる。
国の重要文化財。内部公開日は4月14日〜5月14日と10月15日〜11月14日の年2回のみ。
/入館料 無料、TEL 0744-25-3388

今西家は堂々とした構え
今西家は堂々とした構え
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今西家正面は城門を連想させる造り
今西家正面は城門を連想させる造り

今井町にはこの他に酒造業を営んでいた河合家や高木家、米問屋の中橋家、金物問屋の音村家など、重要文化財に指定されている町屋だけでも8軒もある。御堂筋、本町筋、中町筋、大工町筋など整備された道筋に、県や町の指定文化財家屋などを含め、江戸時代そのままの町並みを残している。
/問い合わせ 橿原市観光協会、TEL 0744-20-1123

往時を偲び、ゆっくりと散策できる
往時を偲び、ゆっくりと散策できる
中橋家
中橋家

●平城京跡

今から1300年前、和銅3年(710)に藤原京から平城京に遷都。奈良盆地北端に東西4.3km、南北4.8kmの大きな都、平城京が建設された。都の中心には平城宮を置いた。
平城宮は天皇の住まいをはじめ、最高の政務と国家的儀式を行う大極殿があり、中央南端から南北に朱雀大路が貫き、東側 を左京、西側を右京とし、東西に9筋の条に分割、さらに細分化され碁盤の目のような筋に町割りをした。筋(道)を挟んで、区画化された京内は7〜10万人の人が住んでいたといわれる。

平城宮・朱雀門
平城宮・朱雀門
朱雀門正面
朱雀門正面
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平城宮の本格的な発掘調査は昭和34年(1959)から続けられ、この発掘が完了するにはさらに100年かかるという。いままでの大きな発掘では、藤原仲麻呂の私邸など多数の宅地に及び、4万点近い木簡や、東院庭園などの解明がされている。現在は朱雀門と東院庭園や宮跡から東南へ300mほどのところにある左京三条二坊宮跡庭が当時の姿に復元されている。

朱雀門と大極殿のど真ん中を電車の線路が切り裂く
朱雀門と大極殿のど真ん中を電車の線路が切り裂く

平成22年(2010)は平城京に遷都してちょうど1300年、来年はその長い歴史を祝う祭典が行われる平城京は、いま朱雀門の北700mにある大極殿完成を目指して復元工事が進んでいる。平城宮跡は世界文化遺産でもある。
/問い合わせ 奈良文化財研究所、TEL 0742-30-6753

●西大寺

奈良時代称徳天皇の勅願で建立された寺で、創建時は大仏の東大寺に対する西大寺として薬師堂、弥勒堂、東西五重塔などが並ぶ壮大な伽藍を誇っていた。しかし、平安時代になって火災や台風などによって衰退、その後の復興もあったが興福寺の支配下にはいった。
現在は江戸時代に再建された本堂、愛染堂、宝物殿の他、本堂前に残る東塔跡の礎石などがある。 重要文化財の本堂とともに、愛染明王坐像、四天王立像、十一面観音立像などいくつかの仏像も国の重要文化財に指定されている。
/拝観料 本堂400円、四天堂 300円、TEL 0742-45-4700

西大寺
西大寺
かつては東大寺と対比された西大寺境内
かつては東大寺と対比された西大寺境内
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西大寺・愛染堂
西大寺・愛染堂
鐘楼
鐘楼

●秋篠寺

奈良時代の末期宝亀7年(776)、薬師如来を本尊として開基、後に真言密教道場として隆盛を極めた。ところが保延元年(1135)、講堂の他数棟を残し、火災で焼失してしまった。鎌倉時代に現在の本堂の改修をはじめ各諸尊像の修補などもしたが、明治の廃仏棄釈で大半の諸院、諸坊を失った。
現在は樹木の中に千古の歴史を秘めて佇む本堂(国宝)と寺域の中に点在する数多くの礎石と境内から出土する古瓦に、古の栄華を偲ぶ。

秋篠寺
秋篠寺
講堂
講堂

創建当時は講堂として建立され、鎌倉時代に大修復された本堂の中には帝釈天、不動明王、薬師如来、日光・月光菩薩など仏像が安置されている。なかでも調和の取れた美しさと優しさで、人々の心が癒される「技芸天」は必見だ。いずれも重要文化財である。技芸天はヒンズー教の神シヴァ神の髪から誕生した天女で、器楽や舞踊の創始者といわれている。
奈良の寺院の中では訪れる人の数も少ないようで、静かな雰囲気に包まれていた。
/拝観料 500円、TEL 0742-45-4600

秋篠寺境内は、こぢんまりしているが、静かな森の中
秋篠寺境内は、こぢんまりしているが、
静かな森の中

庭のコケは見事
庭のコケは見事



○ニッポンレンタカーの車種・料金

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○奈良県内のニッポンレンタカー営業所

ニッポンレンタカー ホームページの営業所検索で、奈良県内の営業所リストをご覧いただけます。


橿原市観光協会
橿原神宮、神武天皇陵、久米寺などと並び今井町の重要伝統的建造物群保存地区の観光案内も見られる。
奈良市観光情報センター
奈良市観光協会のサイト。奈良のイベント、社寺・観光スポット、世界遺産情報などを紹介している。
奈良県観光情報 大和路アーカイブ
各月の「秘宝・秘仏特別公開」予定や温泉、観光情報データベース、大和路を見るおすすめコースなどがある。

取材:2009年4月