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秘境秋山郷

ドライブライン

谷間の学校と屋敷集落 秋山郷は新潟県の津南町と長野県栄村にまたがる山深い山村で、中津川沿いに点在する12の集落のことを指す。詳しくは新潟県側を越後秋山郷、長野県側は信州秋山郷と呼ばれている。
急峻な山々に囲まれた集落は、新潟県側からバスが開通した昭和30年代まではほとんどが自給自足の生活をし、冬は豪雪に阻まれ、陸の孤島となった僻地であった。雪のない季節には、秋田からやってきたマタギとともに熊や鹿などを狩り、イワナを釣って草津へ売りに行っていたという。
地図の上では群馬県草津温泉との境(六合村経由)でもあるが、険しい山越えをし、野反湖を経て健脚をもってしても1日がかりの道のりである。
史実は定かではないが、近年「平家落人」説が浮上。秘境ブームと相まって登山、温泉、新緑、紅葉などの大自然とふれあう地として、多くの観光客が訪れるようになった。
また温泉も多く、とくに雑魚川と魚野川の合流点に近い魚野川「河原の露天風呂」が人気だ。今回は信州秋山郷を巡るドライブである。

現在、秋山郷へのアクセスは長野、新潟を千曲川沿いを走る国道117号線を津南(新潟)で国道405号線へ入って、そのまま道なりで行ける。長野県からは、志賀高原あるいは野沢温泉から県道や林道で結ばれている。ただし、長野県側からは冬季はもちろんのこと大雨などのときは道路封鎖されるので注意をしよう。


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
長野市−(上信越自動車道)−中野IC−(国道403号線)−須坂−志賀高原丸池−(奥志賀林道)−清水小屋付近より野沢温泉方面と分かれ秋山郷へ−切明温泉−屋敷温泉−小赤沢(信州秋山郷の村々を訪ねて戻る)−長野市
全行程 約200km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●秋山郷へ

奥志賀林道を下った地点で、野沢温泉と秋山郷への分岐点へ出た。細い道がさらに細くなった道を長野県栄村へと向かう。標識には「秋山郷へ12km」と書かれていたが、越後集落まで加えると20km以上ある。何処を指して12kmなのかわからない。切り立った山肌を削り採って作られた狭い道には、対向車との避難場所もあるが、地図の上でも心許ない曲りくねった林道で、秋山郷は遠い。
日本有数の豪雪地帯、独自の文化と風習が受け継がれている秋山郷は、豊富な温泉と奥深い山々の渓谷美に魅せられて、新緑、紅葉の季節には、この山道も車が渋滞することもあるので、時間も心にも余裕を持って出かけよう。片側は殆どが底が見えないほどの深い谷なのでくれぐれもご用心。
奥志賀から秋山郷へ。冬は道路閉鎖
奥志賀から秋山郷へ。
冬は道路閉鎖


秋山郷への道
秋山郷への道
秋山郷への道には随所に滝が懸かる
秋山郷への道には随所に
滝が懸かる


鳥甲山から落ちて来る谷
鳥甲山から落ちて来る谷
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急峻な山。木はあるがのぞくと谷ヘ一気に落ち込んでいる
急峻な山。木はあるがのぞくと
谷ヘ一気に落ち込んでいる


日本一長い信濃川の源流ともいえる雑魚川に沿って続く道、いま新緑に覆われた山々は高く、切り込んだ谷はどこまでも深い。途中、樹木が途切れ、深い谷がむき出しになった地点からは2,000m級の山々の連なりを望む。
こんなに深い山の奥に人の住む集落などがあるのかと、いささか心細くなるころ、道は二股に分かれ「右 切明温泉・左 秋山郷屋敷」という看板を見る。
まずは中津川を渡らず道なりに、信州秋山郷の最奥の屋敷・小赤沢集落へと向かった。森林の中をくねくねと続く狭い道。時折、中津川をはさんで数件の集落が見え隠れする中を走ること7〜8km、屋敷に着いた。

●信州秋山郷 屋敷

信州秋山郷には越後との境界を挟んだ南半分に屋敷、小赤沢、上野原、和山、切明の5集落がある。屋敷は左岸にある唯一の集落。すべての集落がそうであるように住人の多くは高齢者だという。鳥甲山(標高2,038m)への登山口でもある。

谷川岳を連想させる鳥甲山
谷川岳を連想させる鳥甲山
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秋山郷、唯一左岸にある屋敷集落
秋山郷、唯一左岸にある屋敷集落

屋敷から北へ通じる道路から「大秋山村」の標示柱を見て右へ、かすかな車の轍を1kmほどで秋山郷に最初に人が住み着いたところといわれている大秋山村跡があった。8軒あった村は天明3年(1783)の大飢饉で滅びたという。死に絶えた村落跡には、昭和13年(1938)屋敷の人によってつくられたという墓石や石仏が並んでいた。
冬には雪によって途絶される村、焼き畑農業と狩猟で細々と暮らしていた村人にとっての凶作は、そのまま命取りであった。天明の飢饉で生きながらえた少数の村人も、天保2年(1831)から3年間の凶作で命を落としている。
昭和30年代まで、こうした自給自足の貧しく、ときには悲惨な秋山郷の歴史が、皮肉にも独特の文化と風習を作り出し、現在まで受け継がれ、美しい渓谷美とともに今日の秋山郷の魅力をとどめている。

秋山郷の左岸と右岸をつなぐのは屋敷と切明の2ヵ所の橋だけ
秋山郷の左岸と右岸をつなぐのは
屋敷と切明の2ヵ所の橋だけ

大秋山村跡への道標
大秋山村跡への道標

谷間の学校と屋敷集落
谷間の学校と屋敷集落
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消え去った大秋山村の墓地
消え去った大秋山村の墓地

屋敷集落の地蔵堂(左)と薬師堂
屋敷集落の地蔵堂(左)と薬師堂
薬師様への願掛け。頭が痛ければ帽子、体が弱ければ寝間着などが願掛けに使われる
薬師様への願掛け。頭が痛ければ帽子、体が
弱ければ寝間着などが願掛けに使われる


中津川を見下ろす屋敷集落の外れに、薬師堂が建っていた。御堂の中には祈願の文字が書かれた男性の下帯、女性の下着や帽子、子供の肌着などがびっしりと、壁や柱にかけられていた。村人に尋ねると「身体の悪い部分を下着に託して願掛けした」のだという。病院も医者もいず、薬も買えなかった時代、薬師さまにすがることしかなかった頃の名残だろう。
中津川を隔てたところに信州秋山郷唯一の小学校がある。生徒は隣の小赤沢集落と上野原集落を合わせて7人だけ。教師と職員が8人いるという。先生が生徒たちを送り迎えするという贅沢な学校だ。ちょうど6年生を先頭に7人の子供たちの下校時に出合った。
先生は麦わら帽子をかぶり最後尾を歩いていた。

モダンな秋山小学校
モダンな秋山小学校
秋山小学校は全校生徒7人、教師などが8人だった
秋山小学校は全校生徒7人、
教師などが8人だった


●小赤沢

現在の信州秋山郷の中心ともいえる小赤沢集落には、民俗資料館、秋山総合センター「とねんぼ」がある。「とねんぼ」とは方言で、ひとつにまとまるという意味だそうだ。文字通りこの建物には、役場、郵便局、資料館、観光案内所などがある。

小赤沢の集落。秋山郷の中心地
小赤沢の集落。秋山郷の中心地
小赤沢には野仏が並ぶ
小赤沢には野仏が並ぶ

秋山小学校は谷へ移動。今は観光案内所などがある
秋山小学校は谷へ移動。今は
観光案内所などがある

木にも神が宿る
木にも神が宿る

資料館には豪雪などで、1年の大半を閉ざされた地方の古い生活様式や風俗習慣などが残されている。興味深いのは、秋田からやってきたマタギの人々が、村に定着したといわれるその生活ぶりや狩猟の方法や道具などが展示され解説もあることだった。
総合センター横には標高2,145mの苗場山を祀る「苗場山神社」がある。うっそうとした樹木に囲まれた古い社は、訪れる人を遠い昔、心の故郷へと誘うようだ。

苗場山神社
苗場山神社
かつて猟師が冬にかぶった
かつて猟師が冬にかぶった

熊の落とし穴。深さ約2m。中は広く抉られている
熊の落とし穴。深さ約2m。
中は広く抉られている

熊の落とし穴への道標
熊の落とし穴への道標


●上野原、和山

秋山郷を世に紹介した江戸時代の文人鈴木牧之の泊まったという民家がある上野原。ここには露天風呂から鳥甲山が眺望できる公共の温泉宿「よのさの里」もある。

和山には同じ江戸時代、秋田のマタギによって発見されたという温泉があり、民宿が5軒ある。その和山には山の神、十二様を祀る「十二宮」や庚申塚もある。
烏甲山は岩壁を巡らせている(上野原集落付近から)
烏甲山は岩壁を巡らせている
(上野原集落付近から)


左岸から谷越しに見る和山集落
左岸から谷越しに見る和山集落
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和山の十二宮(山の神)
和山の十二宮(山の神)

●切明

中津川上流、雑魚川、魚野川が合流する切明は、人の住む集落でなく、温泉宿だけがある。河原に湧く温泉としても名高い。群馬県の野反湖に源を発する魚野川、志賀高原周辺の沢が集まって流れ下る雑魚川が合流して中津川となる。
2つの渓流は、イワナやヤマメの宝庫として渓流釣りを楽しむ人々にはよく知られている。その渓谷への道は険しく、山や沢登りになれた人でないと入るのは難しいとされる。この2つの川が合流するあたりが切明で、深い谷を流れる魚野川の河原から湯が湧く。

切明温泉の露天風呂。すぐ下を中津川が流れる
切明温泉の露天風呂。すぐ下を
中津川が流れる

中津川の川原に湧く温泉。好きなように掘り、水と湯を混ぜる
中津川の川原に湧く温泉。
好きなように掘り、水と湯を混ぜる


吊り橋と川沿いの宿
吊り橋と川沿いの宿
雄川閣。村の第3セクターが経営
雄川閣。村の第3セクターが経営

江戸時代末期に発見された温泉で、最初は山小屋のようなところに客を泊めていたことからはじまった温泉宿も、昭和47年(1972)雄川閣(村営)が温泉宿として本格営業となった。他に2軒の宿があるが、なんといってもこの温泉の醍醐味は、河原を自分の手堀で湯加減をしながら入る自然の野天風呂である。 河原を掘るシャベルは雄川閣で借りられる。自然の中で生まれたままの姿になって河原湯に浸かるのが最高だが、水着でもよい。雄川閣にも川を見下ろす形の露天風呂がある。
料理はイワナと山菜で、天井の高い木造作りの部屋は、いかにも山の中という風情があって落ち着く。冬も営業しているが、長野県側からは通行できない。

川は全室から眺められる
川は全室から眺められる
イワナ、タケノコ、ヤマブドウの葉、山ニンジン…。山の幸の夕食
イワナ、タケノコ、ヤマブドウの葉、
山ニンジン…。山の幸の夕食
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この他、秋山郷には各集落に温泉宿(多くは民宿)があるが、これらは栃川(上野原と和山の間を流れる湯の沢)付近を近年500mボーリングし湧出した湯を引いたもの。しかし、どこも天然掛け流し湯だ。

●幻の国道405号線

新潟県津南から秋山郷を結ぶ国道405号線は切明温泉近くでプッツリと切れて終わっている。これより魚野川に沿うように、地図上には点線で示された道が群馬県吾妻郡六合村野反湖畔へと続く。幻の国道405号線と言われている道だ。この405号線は再び野反湖から六合村へ。ここから国道292号線となって草津温泉へ通じているのだ。
つい40年ほど前までは、健脚をもってしても丸一日かかる秋山郷−草津温泉間を獣肉や毛皮などを持って往来した人の道なのである。時には米を牛の背に乗せて急坂を移動したという。馬は歩けないほどの山道なのだ。
切明の昔の道へ通ずる「中津川林道」の入り口は、閉鎖の鎖が張られていた。

国道405号線は切明で途絶える。徒歩の難路、谷を遡り群馬・六合村で復活する
国道405号線は切明で途絶える。徒歩の
難路、谷を遡り群馬・六合村で復活する

中津川林道は一般車通行禁止
中津川林道は一般車通行禁止

国道は途絶え、通行禁止の林道となり、それも数キロで消える
国道は途絶え、通行禁止の林道となり、
それも数キロで消える

二十三夜塔
二十三夜塔

一時期は「秘境」として人気を集めた秋山郷も、今では携帯電話が通じ、インターネットもでき、道路も改善され、暮らしぶりは全国の山村と同じ。だが山深いため自然が多く残されている。 秘境ブームも去り民宿も期間営業のところもある。再び静けさを戻したかつての“秘境”をゆっくり訪ねることができる。生きることに一所懸命だった暮らしの一端を知ることは、老人には懐かしく、若い人にはこれからの生き方を学べるのではないかと思う。

毎年、道路事情も改善されているが、奥志賀林道からの道は豪雨や土砂崩れなどで突然閉鎖されることがあるし、冬季には完全閉鎖となる。新潟県津南から秋山郷に通じる国道405号線は年中通行ができるが、どちらも紅葉時は渋滞にも注意。またこの地は特別豪雪地帯で、一度降り出した雪は10日以上も降り続くこともあることを忘れずに。車は4WD、タイヤはスタッドレスに滑り止めのチェーンを携行するのが理想だ。
大雨や大雪、路面状態などは、出かける前にチェックしよう。また燃料にも注意しよう。スタンドは夕方には閉店するところが多く、休日は休みということもある。
/問い合わせ 栄村役場産業建設課商工観光係、TEL 0269-87-3333



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取材:2008年7月