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信濃山里の古刹と真田城下町松代(2)

ドライブライン

前山寺本堂 上田市の西に位置する別所温泉とその周辺を塩田平といい、今から1300〜1400年の昔、九州の阿蘇山の麓から多くの氏族がこの地にやってきた。そして大和朝廷から信濃国造に任命された阿蘇氏がこの塩田平に定着したことから歴史がはじまった。後の鎌倉時代には北条氏が治め、塩田北条氏と呼ばれていた。
中部日本で最古の建築の「薬師堂」(国宝)をはじめ、奈良や京都にある三重塔に匹敵する名作と言われる三重塔など国宝の建造物や仏像が多く残り「信州の鎌倉」と言われている。
一方、別所温泉は古代から、庶民の安息療養の場所と同時に、温泉信仰が生まれ、やがて仏教の霊場としての観音堂なども建てられたところである。江戸時代には上田藩主所有の時もあったが、今も昔も名湯は共同浴場として土地の人や観光客に親しまれている。


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ドライブライン

<コース>
長野市−(国道18号線)−上田市−JR上田駅前−(国道143号線)−別所温泉と山里古刹群−JR上田駅−(上信越自動車道)−長野市
行程 約120km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●別所温泉

夫神岳(標高1,250m)と女神岳(標高926m)の麓にあって信州でも最も古い歴史を持つ温泉の一つ。古代からのこの温泉の効能は広く知られていた。その効能が神仏の霊験として観音さまがつくられた。温泉街にある「北向観音」がそれである。この観音さまを中心に長楽・安楽・常楽という三つの寺ができた。
別所温泉のある塩田平は「信州の学海」と呼ばれ、信濃文化の中心地でもあった。
中世には、木曽義仲・塩田北条氏・真田氏などの豪族や、一般庶民たちがこの出湯を愛し、守ってきた。

別所神社から別所温泉を展望
別所神社から別所温泉を展望

●北向観音

別所温泉のシンボルともいえる観音堂は、長野市の善光寺に向けて北向きに建てられていることから北向観音という。

北向き観音のお堂(左)と境内
北向き観音のお堂(左)と境内
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清めの水は温泉が引かれている
清めの水は温泉が引かれている

本尊は千手観音菩薩。善光寺と向き合っていることから、北向観音のご利益は善光寺と一体のものといい、一方が欠ければ“片詣で”とされてきた。観音堂の地を「院内」といい、ここから鎌倉時代から室町時代にかけての石塔群が発見され、歴史が裏付けられた。現在の観音堂は正徳3年(1713)に焼失し、8年後に再建された後に、何度か改修されたもの。
御堂の右側には、海抜650mのこの地には珍しい桂の大木がある。樹齢1200年の老木で、観音菩薩が影向した霊木と言われている。境内の東隅にある「愛染明王堂」とこの桂の木にちなんで、川口松太郎氏が「愛染かつら」を書いた。年配の人には馴染みある小説ドラマだが、若い人達からは縁結びの霊木として親しまれているそうだ。
樹齢1000年のカツラの木。愛染かつらの題名にもなった
樹齢1000年のカツラの木。
愛染かつらの題名にもなった


北向き観音への参道
北向き観音への参道
北向き観音に隣接する薬師堂
北向き観音に隣接する薬師堂

観音堂の西方崖の上に建つのは「医王尊瑠璃殿」という薬師堂で「瑠璃殿」とは薬師如来を瑠璃光如来と呼んだことからこの名がついた。現在の建物は温泉薬師信仰の深い人々によって文化6年(1809)再建されたもの。

●別所神社

温泉街を望む高台にある社で、18世紀の神社本殿としては規模が大きく、建築作品として優秀なもの。保存状態も当時の様式をよく残している。本殿内には、享保9年(1724)から天明8年(1788)にかけての棟札が20枚もある。それによると神殿建築の棟梁は末野庄兵衛安定となっている。末野家は、この地方随一の江戸時代からの棟梁であった。
上田市の指定文化財。

別所神社本殿
別所神社本殿
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別所神社の舞台。梁は自然の気を生かし力強い
別所神社の舞台。梁は自然の
気を生かし力強い


●共同浴場

温泉街には「石湯」「大師湯」「大湯」「あいそめの湯」の4ヶ所がある。いずれも温泉街の中心地にある。
「石湯」は真田幸村の隠し湯と言われている。内部には大きな自然石を配した岩風呂になっている。「大師湯」は北向観音の手前にあり、比叡山延暦寺の高僧、慈覚大師のゆかりの湯として親しまれている。「大湯」は伝説では、木曽義仲が葵御前と逗留したと伝えられている。別名「葵湯」ともいう。室内湯と露天風呂がある。「あいそめの湯」は新しく上田市が健康と福祉を目的とした共同浴場。休憩所としての部屋もある。
入浴料は共に150円。泉質 単純硫黄泉 無職透明 温度51度。

別所温泉の石湯
別所温泉の石湯
お洒落な足湯もあった
お洒落な足湯もあった

●安楽寺・八角三重塔(国宝)

別所温泉街のはずれ、夫神岳の山裾を登った山腹にある国宝・八角三重塔を持つ寺。八角の塔は日本では珍しく、奈良の西大寺や京都の法勝寺の塔が古代ならば、中世に中国から渡ってきた禅宗の八角塔はこの安楽寺だけ。
中国から入ってきた禅宗の安楽寺は開山当時は中国と深い関わりがあり、二世の幼牛恵仁は中国生まれであったことからこの八角三重塔が建てられたのは正應2年(1290)鎌倉時代の終わりごろと言われている。我が国最古の禅宗様建築であり、いま日本に残っている禅宗寺院の七つの塔のうち、禅宗様式は、この安楽寺しかないという。
/拝観料 300円、TEL 0268-38-2062

安楽寺への参道
安楽寺への参道
樵谷惟仙禅師(右)と幼牛恵仁禅師(重要文化財)
樵谷惟仙禅師(右)と幼牛恵仁禅師
(重要文化財)


安楽寺・八角三重の塔。内部が三階なので三重と呼ぶという
安楽寺・八角三重の塔。内部が
三階なので三重と呼ぶという

三重の塔の屋根は綺麗な曲線
三重の塔の屋根は綺麗な曲線

●常楽寺・多宝塔(重要文化財)

別所温泉を開いた慈覚大師の開山と伝えられている古刹。北向観音の本坊でもある。どっしりとした見事な茅葺きの本堂は、長野県内では有数の古い木造様式。鬱蒼とした木立の茂る裏山には国の重要文化財に指定されている石造多宝塔がある。

常楽寺本堂。かやぶき屋根が美しい
常楽寺本堂。かやぶき屋根が美しい
常楽寺・石造多宝塔
常楽寺・石造多宝塔

●大法寺・三重塔(国宝)

温泉街から北へ直線距離では2kmほどだが、車道は大きく迂回して約6km、国道143号線へ出て間もないところにある。
大法寺の三重塔は、別名「見返りの塔」とも言われている。この塔の姿があまりにも美しいので、思わず振り返る、ということから名がついた。たしかに三重の屋根の曲線は、さながら大空に舞う鳥の翼のように、のびのびとして実に軽やかである。それは、初重がとくに大きいのが特色という。
二重、三重で組物を三手先という正確な組み方としていることに対して、初重だけが、少し簡単な二手先にしたので、その分だけ平面が大きくなっているので平凡になりがちなものに、形に変化をつけてバランスをとっている。屋根は「檜皮葺」で京都御所の屋根などと同じで、最高級の葺き方だ。上品な反りとともに、いっそう塔の格調を高いものにしている。この塔の他には奈良興福寺の三重塔があるだけ。

大法寺三重塔。見返りの塔とも呼ばれる
大法寺三重塔。見返りの塔とも呼ばれる
鋭角と曲線。見返りの塔は見事
鋭角と曲線。見返りの塔は見事

塔が建てられたのは墨書によると正慶2年(1333)で、時代は鎌倉から南北朝に移る過度期である。
境内にある観音堂内には木造十一面観音立像、木造普賢菩薩立像並びに大法寺厨子などいずれも重要文化財を拝顔(別料金)することができる。
入山料は100円で、これほど美しい建造物が堪能できたことに感激。その100円も払わず入り込む御仁がいると住職は悲しげにつぶやいていた。
/TEL 0268-49-2256

●中禅寺

空海によって開かれたという真言宗の古刹。創建は、再度の火災のため多くの記録も焼失したため不明だが、現在の建物は享保19年(1734)に建立された。この寺での見所は国指定重要文化財に指定されている「薬師堂」と同じ重要文化財の「薬師如来座像」だ。
薬師堂は藤原時代の阿弥陀堂形式で建造されたもので、鎌倉時代初期に建立されたと推定されている。重厚な茅葺き屋根は寄せ棟で、堂内の中央には四天柱があり、本尊が安置されている。この古い形式による建物は、長野県はもちろん、中部地方でも最古の御堂である。また薬師如来座像はカツラ材・寄木造りの仏像。四天王にかこまれた古式に台座に座っている平安末期の作品という。

中禅寺薬師堂(重文)
中禅寺薬師堂(重文)
薬師如来座像(重文=中禅寺)
薬師如来座像(重文)

この他、木造金剛力士立像もある。高さが205cmとやや小振りだが、平安後期の金剛力士像は全国的にも数が少なく、貴重なものだ。
/入山料 100円、TEL 0268-38-4538

中禅寺の木造金剛力士像(吽型)
中禅寺の木造金剛力士像(吽型)
中禅寺・木造力士像(阿型)
中禅寺・木造力士像(阿型)

●前山寺(ぜんさんじ)

塩田平を囲む夫神岳、女神岳、そして南に位置する独鈷山(標高1,266m)の山麓に佇む寺院。弘仁年間(812)ころ、空海上人が護摩修行の霊場として開いたと伝えられている。重要文化財に指定されている三重塔は、室町時代に当時の戦国武将たちの信仰するところとなった。
塔は未完成の完成と言われ、その完成されない姿の美しさは、芸術的とも言われている。端正な造形美は見る者に深い感銘を与える。境内には江戸時代の建立という庫裡があり、お茶や菓子を楽しむこともできる。
/入山料 100円、TEL 0268-38-2855
前山寺本堂
前山寺本堂
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前山寺参道から見る上田の町
前山寺参道から見る上田の町
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三重の塔。2階、3階の窓が未完成のまま
三重の塔。2階、3階の窓が未完成のまま

●塩田城跡

中禅寺から前山寺へと辿る道に「塩田城跡」と書かれた碑があった。
建治3年(1277)、北条義政が、鎌倉を出て信濃の塩田へ移り、居館を構えたことから塩田北条氏と呼ばれた。北条氏は3代56年にわたりこの地方に大きな勢力を持ち、塩田城をここに築いたところ。
この塩田城の城下町から山裾を縫うようにして、東へ佐久高原、碓氷峠を越えて鎌倉へと向かったという。この「鎌倉街道」は群馬県や埼玉県に「鎌倉道」とも「信州道」とも言われ、いまもその痕跡が残っている。
塩田城跡
塩田城跡

●生島足島神社

日本の総鎮守と称され、長野県では諏訪大社と並ぶ古社。万物を成育させる生島神と、万物に満足を与える足島神が祀られている。池に囲まれた神島に鎮座する本殿の内殿には床板がなく、土間と大地そのものが御神体なのだ。
境内には古い木造の歌舞伎舞台があり、地下にある回り舞台のからくりを見ることができる。舞台内は資料館となっていて、戦国の武将(武田家)たちの起請文(重要文化財)や武田信玄が生島足島神社に勝利祈願をした直筆と言われている願文がある。それが奉納されたのは、有名な川中島合戦の2年前、永禄2年(1559)とある。
生島足島神社の舞台。内部には信玄の戦勝願状などが展示されている
生島足島神社の舞台。内部には信玄の
戦勝願状などが展示されている
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生島足島神社本殿
生島足島神社本殿
生島足島神社
生島足島神社

冬空に柿が残る
冬空に柿が残る
今回、訪れた塩田地方には、このような保存状態のよい貴重な文化財が多く残されているのに正直驚いた。重要度の高い建造物や仏塔、仏像など10指を超え、歴史を伝えるすばらしいものが、奈良や京都周辺ではなく、信濃にあるということに…。
その上、これらの国宝や重文の見学料が100円、200円という安い料金で一般公開されているのである。感謝、感激でした。



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別所温泉観光協会
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信州上田観光情報
上田市役所サイト内。別所温泉を含め市内の温泉の紹介、真田氏など史跡・歴史探索、観光パンフレットの配布など。

取材:2008年1月