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木曽路を抜けて飛騨高山へ

ドライブライン

白樺の高原に放牧されている木曽馬 中山道(木曾路)の宿場町、贄川、奈良井を抜け、木曽福島から地蔵峠を越え、木曽馬の生産地だった開田村。さらに高山へ向かう国道361号線を辿った。江戸時代には飛騨街道(木曾街道)と呼ばれ、途中、分かれて野麦峠を越える道を江戸街道といった。高山から江戸へ行くには最も近い道だったという。
落差100mもある滝の上、標高1,370mの地蔵峠をはじめ1,000m級の峠を越えて辿り着いた村も、いまは国道361号線のトンネル(新地蔵峠)の開通で、木曽福島の町から約17km、20分ほどの距離だ。
平成17年、福島町、開田村、日義村、三岳村の4町村合併で、現在は木曽町となった。その木曽町の多くは御嶽山の裾野にあり「♪夏でも寒いよ ヨイヨイヨイ〜」と歌われたところ。昔は蕎麦しかできないと言われたかつての開田村は、いまは自然を生かした観光開発に力を入れている。また2つのダム湖をながめながら、高山へと向かうかつての街道は、これから迎える新緑の季節には絶好のドライブウェイだ。


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ドライブライン

<コース>
首都圏−(中央自動車道)−塩尻IC−(国道19号線)−木曽福島−(国道361号線)−開田村−朝日村−美女峠−(国道41号線)−高山
全行程 約340km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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甲府盆地・一宮の桃の花
甲府盆地・一宮の桃の花
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いつも取材旅行は天気予報を参考に出かける日を決める。その上、週末をなるべく省くことにしている。3日ほど好天が続くという予報に中央自動車道を急いだ。

八王子を過ぎると人家が途絶え、芽吹き始めた山々が迫る。長い笹子トンネルを抜けると、いまが盛りの桃の花が一面に咲く、広い甲府盆地だ。やがて八ヶ岳や南アルプスの雪の峰を眺めながら、諏訪を過ぎ塩尻ICを出た。

●贄川(にえかわ)宿関所跡

中山道は江戸時代の五街道の一つ(東海道、甲州街道、日光街道、奥州街道)で、江戸から京都まで129里(510km)が69ヶ所の宿場で結ばれた主要道であった。
塩尻から中津川へと続く中山道(国道19号線)は木曽川に沿って下る。山間部の道だが、東海道に比べ川止めが少ないことから女性が多く利用した。贄川は福島関所の補佐的な関所だが、婦女の通行と杉や檜の搬出を厳しく取り締まった。
贄川関所跡
贄川関所跡

明治2年、福島関所とともに閉鎖され、原型はとどめていない。復元された建物の下にある「木曽考古舘」には村内簗場跡などで出土した土器石器類が展示されている。
/入館料 200円

●深澤家住宅

国・重要文化財、深澤家住宅
国・重要文化財、深澤家住宅
贄川宿屈指の商家。街道に面して主屋が建ち、その裏には中庭を挟んで北蔵と南蔵が並ぶ。主屋は、嘉永7年(1854)、北蔵は文政4年(1821)、南蔵は文久2年(1862)に建築されたもの。
この3棟の建築年代があきらかで、保存状態もよく、江戸時代末期の木曽地方における商家の姿を忠実に留めているため価値も高く、国の重要文化財に指定されている。

●奈良井宿

中山道最大の難所と言われた鳥居峠をひかえ、峠越えに備えて宿をとる人が多く「奈良井千軒」と呼ばれるほどの賑わいをみせていた。街道の両側に建ち並ぶ建物はほとんどが低い2階建てで、南北に約1km続き、町はずれには神社がある。
この町並みの背後、山裾には5つの寺院が配され、街道に沿って北から下町、中町、上町に分かれている。中町には本陣、脇本陣などが置かれていた。
現在も当時の町並みを残している。もちろん国指定重要伝統的建造物群保存地区である。
奈良井の家並み
奈良井の家並み
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この旧道、中山道は住人や関係者以外の車は乗り入れはできない。町の入り口には駐車場がある。車を降りて歩けば、江戸時代にタイムスリップだ。
(贄川宿から奈良井宿までは2000年4月「中山道(木曽路)を行く」を参照)

街道に沿う奈良井の家並み
街道に沿う奈良井の家並み
奈良井・中村家住宅
奈良井・中村家住宅

奈良井宿の大橋
奈良井宿の大橋
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旅人を和ませる奈良井の水場
旅人を和ませる奈良井の水場

奈良井宿の水場
奈良井宿の水場
奈良井宿の水場
奈良井宿の水場

●国道361号線

飛騨街道、または木曾街道とも呼ばれている。中山道・宮ノ越宿を過ぎ、福島宿の手前木曽大橋を渡ると中山道と別れ、これより国道361号線を飛騨高山まで約60km、時折、木曽御嶽山の雄姿を眺め、道祖神や馬頭観音に導かれながらのドライブだ。
旧・飛騨街道(木曽街道)の標識
旧・飛騨街道(木曽街道)の標識

●二本木の湯と唐沢の滝

木曽福島中心部から黒川沿いを約10分、国道361号線と分かれ旧道(飛騨街道)に入って間もなく「二本木の湯」に着いた。昔から街道を行く旅人や御嶽修験者などの憩いの場として親しまれていた温泉。炭酸水素塩冷泉だ。山々に囲まれた静かな温泉で、晴れた日には湯に浸かりながら木曽駒ヶ岳を眺められると、地域の人々に評判が高い。
幸運にも雪の木曽駒ヶ岳(2,956m)や三沢岳(2,846m)の頂を見ることができた。
/日帰り温泉施設 入浴料600円、TEL 0264-27-6150

地蔵峠への道には二本木の湯がある
地蔵峠への道には二本木の湯がある
二本木の湯から見る木曽駒
二本木の湯から見る木曽駒

唐沢の滝。落差100m。昔は130mあったという
唐沢の滝。落差100m。昔は130mあったという
温泉から約1kmのところで出会う滝は「唐沢の滝」で飛騨街道の名勝の一つだ。

高さは75間(135m)、四段の滝で旧道はこの滝の右斜面を登り、滝の上に出たというが、かなりきつい登りであったと思われた。道は度々改修されたため、現在の滝の高さは約100mという。年間通して水量は変わらないそうだ。

●地蔵峠

地蔵峠(1,335m)は木曽福島より開田への玄関口にあたる。昔は「唐沢の滝」の上に出る険しい道を避けて遠回りする道筋だったが、安政6年(1859)に現在の旧道が新道として開発された。峠の石地蔵は享保13年(1728)に建てられたが、台座だけを残して盗難に遭い昭和44年(1972)に再建されたもの。お地蔵さんを盗むとは酷い人もいるものだ。
地蔵の脇から遠く乗鞍岳の頂が見える。
峠を開田側に少し下ると展望台がある。ここからは木曽御嶽山が、その全容を惜しげもなく見せてくれる。
地蔵峠のお地蔵さん。台座(江戸時代)を残し、地蔵さんは盗まれて新しく作った
地蔵峠のお地蔵さん。台座(江戸時代)を残し、
地蔵さんは盗まれて新しく作った


地蔵峠から見る旧・開田村
地蔵峠から見る旧・開田村
地蔵峠展望台からの御岳
地蔵峠展望台からの御岳
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●開田高原

御嶽山の東山麓に広がる高原で、標高1,100〜1,300mのところにあり、目の前には御嶽山を望み、真夏でも平均気温18度ほどしかないという。
「昔は蕎麦しか作れない土地だった」と観光案内所の女性は、かつての寒村の話をしてくれたが、今は木曽馬の繁殖及び保存地として、広い牧場や温泉開発、キャンプ場、保養休養地、またブルーベリー栽培など自然を生かした施設がつくられ、貧しかった村の面影はない。

●稗田の碑と石仏群

地蔵峠から下った末川村(開田)の入り口に、念仏構などの民俗行事の聖地として大切に保全されてきたというところがある。稗田の碑をはじめ双体の道祖神、庚申塔、二十三夜塔及び沢山の馬頭観音が並ぶ。馬と共に生きた開田の人々の心を映した馬頭観音は、道祖神よりその数が多いという。
開田にある1,900体石仏の内、1,492体が馬頭観音だと、案内所の女性が教えてくれた。近くには馬頭観音と並んで魚族慰霊塔もあり、生き物に対する尊厳の念と感謝の気持ちが伝わってくるようだった。
脇にある木造の古い堂内には西国三十三札所の石仏と供養塔が納められている。
唐沢の滝、地蔵峠を越える旧道は11月から4月までは通行止めのため、冬季は国道より旧道に入る。

馬頭観音
馬頭観音
たくさんの野仏
たくさんの野仏

峠道には路傍の紙が祭られていた
峠道には路傍の紙が祭られていた
ヤマメ、イワナも供養した
ヤマメ、イワナも供養した

●木曽馬の里

白樺の林をくり抜くように広い牧場と馬厩舎があり、小振りでやや太めの栗毛の馬が放牧されていたり、厩舎につながれた馬だけがいた。観光シーズンではないいま、飼育者の姿もなかった。そこで馬と案内板だけが頼りの取材だ。
木曽馬は、北海道の道産子や宮崎県の御崎馬とおなじように、日本に昔から飼われていた馬で「日本在来馬」といわれる。それは1200年にも及ぶ長い歴史を、人々と共に生きてきた馬だ。木曽義仲(1180)挙兵のころには、木曽馬は優れた馬として各武将に愛された。
その後、山間農耕馬として活躍したが、軍馬には小柄で不適応であり、戦後は農業の機械化で木曽馬は激減した。一時は50頭以下まで減ったため、木曽馬保存会によって、わずかながらも増やされ、現在木曽地域に80頭、全国で150頭までになり、保護育成されている。牧場内には乗馬体験コースがある。

白樺の高原に放牧されている木曽馬
白樺の高原に放牧されている木曽馬
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木曽馬
木曽馬

●とうじ蕎麦

米栽培ができなかった高地寒冷地の開田では、蕎麦は主食のようなものだったという。いまは健康志向も手伝ってか蕎麦は、なかなかの贅沢品であり、こだわった愛好家の多い食べ物になっている。しかし、蕎麦はあくまでも蕎麦、美味さを引き立てるのはだしの旨みの効いたつゆだと思う。
地蔵峠から下った麓にある「ふもとや」という蕎麦屋では、とうじ蕎麦という珍しい蕎麦の食べ方だった。
とうじそば。ざるに蕎麦を入れ、汁につけて暖める
とうじそば。ざるに蕎麦を入れ、汁につけて暖める

鉄なべの中のだし醤油の汁に刻んだ油揚げとネギを入れ、これをガスコンロにかけて煮る。一枚のざるに小分けにされたもり蕎麦を竹で編んだこしに入れ、熱く煮えた鍋の中にくぐらせて、中の具と一緒に食べる。これがまた蕎麦の味を引き出してくれて旨いし、体が暖まる。「投汁」と書いて「とうじ」という。思わずうなずく。まさに寒い土地に生きる人々の知恵といえよう。
/問い合わせ TEL 0268-42-3012

●山下家住宅

開田は昔の飛騨街道の西野峠(1,370m)を越えたところにも集落がある。現在は観光案内所のある集落から国道で九蔵峠を通って約10kmの道のりだ。ここに木曽馬の大馬主の住宅が残る。慶応元年(1865)〜2年ころの建築であり、県宝指定になっている。
「馬小作」といって馬を貸し付け、仔馬を育て売却した。小作人は4本の馬の脚の1本分を受け取る仕組みだったが、これでは哀れと昭和に入ってからは2本分に改められたという。間口11間、奥行き8間の堂々とした住宅には、馬小作の貸付台帳や馬医書、漢方薬調合器具、そして立派な馬小屋なども残されている。山下家は跡取りが絶えたため、県に遺贈された。
/入館料 400円、TEL 0264-44-2007

山本家住宅。木曽馬を貸し出す元締めだった
山本家住宅。木曽馬を貸し出す元締めだった
山本家住宅内部
山本家住宅内部

馬小作に貸し出した記録
馬小作に貸し出した記録
馬小作の名も残る
馬小作の名も残る
これより国道361号線は、高根ダム、秋神ダム湖を通り美女峠へと向かった。「峠には古くは木曾街道と呼ばれ飛騨高山から美女峠を越えて朝日村に入り高根村を経て木曽の福島に至る重要な官道であった」と書かれた説明版があった。また昭和50年(1975)には国道361号線に昇格されたともあった。
高山まではこれより14〜5kmだが、国道は通行止めになっていた。約2km戻った地点には「高山方面」への標識があり、新しい道が通じていた。

九蔵峠からの御岳
九蔵峠からの御岳
美女が池
美女が池



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塩尻市総合観光案内
贄川宿や奈良井宿がある塩尻市の公式観光案内。名所旧跡や地酒、そばなどの特産品、宿泊案内などが見られる。
奈良井宿観光協会
奈良井宿のみどころ、宿場の味とおみやげなどを掲載。「宿場MAP」でメインストリートの様子が詳しく分かる。
木曽町観光協会
開田高原をはじめ花めぐりや絶景ビューポイントの紹介、そば打ちや乗馬、木工など体験施設の案内がある。

取材:2007年4月