ニッポンレンタカーHOME > 旅のお役立ちガイド > ドライブガイド > 毛利元就と大内氏ゆかりの地、安芸の国を走る

毛利元就に会いたい

平成9年(1997)毛利元就生誕500年

NHK大河ドラマ「毛利元就」がはじまってもうすぐ半年。中国地方の山の中にわずか所領三千貫、郡山城を本拠とする安芸の一領主にすぎなかった元就。やがて有田城合戦を経て、いよいよドラマは、元就の波瀾に満ちた人生の佳境にはいっていく。
山口の大内氏と山陰の尼子氏の間で領国を守ることに終始しながらも、その勢力範囲を広げていく。テレビドラマとともに元就が生きたその時代とその地を訪ねる旅に出よう。



ニッポンレンタカー オリジナル ドライブコース
「毛利元就に会いたい」

ドラマの舞台は中国地方の山深い懐に抱かれた小さい町、吉田からはじまるが、ドライブ旅行のはじまりは広島市から。
元就生誕地であり墓石も残る吉田町を中心に山陰の尼子氏と元就の三人の息子、それに大内氏ゆかりの地を3コースに分けて訪ねる。それぞれを約200km、1泊2日のドライブコースとした。

なお、道路標識が旅行者用には出来ていないので注意すること。俄かに脚光をあびた人物、毛利元就の地元では、観光施設や受入体制もほとんど整わないという現状だ。地元の人にさえ無名に等しい寺や山城であることも珍しくない。また、そこへ行くまでの道路事情も決して良いところばかりではない。ただ、いまでも重畳と連なる中国山地の奥深く眠る山寺や朽ち果てんばかりの墓標などを見るとき、当時の人々の、すさまじいまでの生き方に感動すら覚えるに違いない。

折りしも、いまは新緑の季節、あえて川沿いの狭い道や、まだ芽吹いたばかりの木々がおおう静かな山道をドライブするのもよし。車を休めれば聞こえてくるのは川の流れの音とうぐいすの声。やっと辿りついた山城跡は駐車場から徒歩10〜30分というところもあることも知っておきたい。
では、いざ出発!


安芸の国を走る

広島市(広島城跡・銀山城跡・不動院)-廿日市市(洞雲寺・桜尾城址)-宮島町(厳島神社)-湯来温泉(泊)-豊平町(吉川元春館跡)-千代田町(有田城跡)-大朝町(小倉山城跡)-吉田町(郡山城跡・毛利元就の墓・猿掛城跡)-広島市
距離 約190km



●広島城

毛利元就で沸く広島城は、元就の孫にあたる毛利輝元が築いた城だ。輝元は元就のあとを継いで中国地方9か国(現在の広島、島根、山口の全県と鳥取、岡山県の一部)を支配する戦国の大名となった。その後、福島則正、浅野長晟とおよそ250年間続いた城である。そして、昭和20年8月6日原子爆弾で倒壊、現在の天守閣は昭和33年(1958)に復元されたもの。内部は武家文化を中心とした歴史資料館になっている。

◎NHK大河ドラマ 毛利元就博

・第一会場
ドラマ制作や出演者を中心にエピソードや衣装、小道具などをそろえた会場城内公園に「大河ドラマの世界」を開設。

・第二会場
「毛利元就とその時代」を広島城二の丸で。

・第三会場
「戦国歴史資料特別展}を広島城天守閣で。

平成9年12月14日まで。入場料 大人1,000円(3会場共通)

・駐車場
城内の駐車場は大型バス専用。 普通一般車は、近くの市営地下駐車場へ。

●銀山城跡(かなやまじょうし)

大永4年(1524)武田光和が守るこの城が大内氏の軍勢に包囲されたとき、元就は尼子氏の連合軍に加わり銀山城を守った。その後天文10年(1541)大内氏方についた元就らの攻撃で落城、武田氏は滅んだ。
広島市安佐南区祇園町/JR可部線下祇園駅付近より徒歩約1時間10分

●不動院(ふどういん)

田川の河口の三角州のところにある。対岸が武田氏の居城郡山城で、武田氏の子孫といわれる安国寺恵けい氏が再建した。安国寺は毛利氏の外交僧として活躍した人物。
国道54号線県庁前から5kmぐらい北、「不動院前」の標識に従って右折。細い道を国道と沿うように500mほど行った突き当たり。
広島市牛田新町/ 駐車場あり

[廿日市市]

●洞雲寺

厳島合戦で敗れた陶晴賢(すえ はるかた)は寺の近くの桜尾城で元就によって首実検、ここに埋葬された。元就の四男穂田元清夫妻の墓もある。
JR廿日市駅より線路沿い200mほど広島寄りの山の下にある。
廿日市市佐方 /駐車場あり

●桜尾城跡(さくらおじょうし)(桂公園)

鎌倉時代藤原氏の城主だったが、天文10年(1541)大内氏によって滅ぼされた。その後元就の重臣桂元澄、そして元就の四男穂田元清が城主となった。また厳島合戦の拠点となったところでもある。
国道2号線廿日市で左折。
廿日市市桜尾本町 /駐車場なし

[宮島町]

●厳島神社(いつくしまじんじゃ)

赤い鳥居で知られる日本三景の一つ安芸の宮島。美しい海上の神殿厳島神社は平清盛が建てたもの。弘治元年(1555)大内義隆亡き後、元就は命運を賭けて陶晴賢との大勝負に出たところが、ここ宮島である。元就の上陸地点の包ケ浦、晴賢の上陸地点の大元浦をはじめ多くの関連史跡がある。

●宮尾城跡(みやおじょうし)

元就は宮島に決戦場を求めて宮尾城を築いた。フェリー発着場のほぼ前、みやげもの屋の側の本当に狭い石段を十数段登ったところ。今は何もない小さな山、昔は瀬戸内海の海と島々が見渡せたのだろう。

●あなごめし

宮島名物といえば「あなご」。そして一度は食べてみたい「あなごめし」。

・「うえの」
地元のあなごを創業90年の先代より受け継いだダシとタレが旨さの秘伝。あなごで取ったダシで炊いたしょうゆご飯にタレで焼いたあなごをのせるだけ。冷えても旨いようにご飯にはもち米を混ぜてある。
広島電鉄宮島口駅前。昼どきは込み合う。
TEL0829−56−0006

●湯来温泉(ゆきおんせん)

緑に包まれた山峡の名湯。打尾谷川渓流に沿ってひっそりと佇む歴史の古い温泉。
新緑の爽やかなこれからの季節、旅館の一角にあるひなびた露天風呂に身を沈めれば満天の星空のもと、カジカの鳴き声やホタルの舞う川面から心地よいせせらぎの音。

・藤の家旅館 TEL0829−85−0411

・かじか荘 TEL0829−85−0311

お問い合わせ/湯来町役場企画観光室 TEL0829−83−0111

[豊平町]

●吉川元春館跡(きっかわ もとはる)

目下発掘調査中で建物やトイレ跡などが発見され、また陶器をはじめおおくの生活用品も出土し、当時の生活の様子があきらかになったという。が残念なことに、まだそれらは一般公開されていない。館跡と隣接した丘の上には吉川氏の菩提寺、海応寺跡があるここには元春と長男元長の墓がある。
湯来温泉を出て10kmほどで中国自動車道とほぼ平行して走る国道186号線へ出る。間もなく「道の駅、来夢とごうち」へ。豊平町には国道433号線が近そうだが、ここは一車線のひどい山道だ。中国自動車道で千代田ICから行くことを勧めたい。
広島県山県郡豊平町海翁寺字土井が原 /駐車場あり

[千代田町]

●有田城跡(ありたじょうし)

「西の桶狭間」といわれた武田元繁の戦いの跡。元就にとっての初陣の場でもある。千代田ICすぐ。
広島県山県郡千代田町有田 /駐車場あり

[大朝町]

●小倉山城跡(おぐらやまじょうし)

元就の正室、ドラマでは美伊の方、(実際には名前はよくわかっていない。法号を妙玖と言う)の生まれ育った吉川氏の本城の跡。大朝ICを出ると国道261号線に派手な観光案内板がある。車を降りて徒歩15分。
広島県山県郡大朝町新庄/駐車場あり

[吉田町]

●郡山城跡(こうりやまじょうし)

元就が生を受けたという説が有力な郡山城は建部3年(1336)毛利時親が築城。元就の孫の輝元が広島城へ移るまで250年間毛利氏の居城であった。標高400mの山頂に本丸、二の丸、三の丸を構えた山城である。
麓の駐車場より本丸跡まで徒歩40分。城内の一角には元就の墓、毛利氏歴代の墓、百万一心碑がある。

●猿掛城跡(さるがけじょうし)

郡山城より約4km西元就が4歳の時、父弘元に連れられて郡山城からこの城へと移った。元就は27歳で家督を継ぐまで過ごした城。麓には父弘元とその妻の墓がある。

●元就村(もとなりむら)

元就生誕500年記念とドラマにあやかってのテーマパーク。中世吉田の街並みを再現したほか、物産バザールなどがある。
期間/11月30日まで/お問い合わせ TEL0826−42−1997


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