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三陸リアス式海岸を行く(2)

ドライブライン

黄金神社(金華山) 北上川流域の北上町、雄勝町は川から運ばれた豊かな自然の恵みをいっぱいに受けたホタテ貝やアワビ、ホヤなどの養殖の盛んなところ。北上川の広い河口から上流にかけては茂ったヨシは、秋には岸辺を黄金色に染める。
また雄勝町は硯の原料である玄昌石の産地であり、硯の生産地として知られている。リアス式海岸の美しさを存分に見せてくれる。その入り江の奥にある女川港からはウミネコ、ウトウの繁殖地である江島や金華山への船が出ている。
三陸海岸最南端の牡鹿半島はかつての捕鯨基地だったところ。その南には信仰の地金華山が浮かぶ。


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ドライブライン

<コース>
大船渡−気仙沼−志津川町−志津川町−北上町−女川−牡鹿町−石巻市
行程 約200km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●北上町

志津川湾で国道45号線と分かれ、海食により巨岩が二つに割れたように見える神割崎やウミネコの繁殖地、白浜海水浴場など変化に富んだ海岸沿いを走る国道398号線を辿る。
小さな漁港に寄り道しながらのドライブはなかなか先へと進まないが、ホタテ貝、ホヤ、ワカメなどの養殖場の風景を眺め、そこで働く人たちから“海”の話を聞く楽しさもある。
「北上川が運ぶ山からの自然な栄養のおかげで、このあたりの養殖場は餌をまかない」という。「貝の育ちもよく、海も汚れない」と自然の恵みを語り、魚介類のアジの良さを自慢する。
45号線沿いには尖った岩の小島が多い
45号線沿いには尖った岩の小島が多い
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中国船は1796年この港近くに漂着した
中国船は1796年この港近くに漂着した
北上川河口に広がる追波湾内の大室浜に「中国広東船漂着の地」という立て看板があった。
江戸時代半ばの寛政8年(1796)、船員14人を乗せた総トン数50〜70トンくらいの船が漂着した。当時は鎖国だったこともあり、異国船の来航は大変な騒ぎで江戸幕府まで早馬を出して指示を仰いだという。
その5ヶ月後仙台藩の保護のもと長崎まで送還され、長崎から中国に帰国したとされていた。しかし、平成5年訪中して現地調査されたが、全員帰国していないことが判明したという。もちろん消息はいまもわかっていない。
大室浜
大室浜

北上川の広い河口の中州にはヨシなどの植物が茂り、川船が浮かぶ風景は遠い昔を見ているように懐かしい。

北上川沿いの道
北上川沿いの道
北上川河口
北上川河口

●雄勝(おがつ)町

やがて新北上大橋を渡ると雄勝町に入る。ここは約600年も前から硯石やスレートの玄昌石の産地として知られ、歴代の工人たちが作った硯の名品やスレート屋根の家などもみることができる。また玄昌石を削ったものに色を混ぜて固めカラーストーンやクラフトなど現代風にアレンジしたアート作品もある。
これらを展示しているのは「雄勝硯伝統産業会館」(TEL 0225-57-3211)だ。なかでも目をひくものは、長さ156.5cm、幅76cm、重さ500kgもある日本一の硯だ。硯の他、スレート屋根の葺き方の展示もある。最近新築されたという新館4、5階には雄勝湾の豊かな生き物を写した写真や近海で行われるカツオの一本釣りの様子などが展示されている。

雄勝町は硯の名産地(硯堂の屋根は硯と同じ石)
雄勝町は硯の名産地
(硯堂の屋根は硯と同じ石)

硯を掘る職人
硯を掘る職人

牡鹿半島の付け根、深い入り江の女川はリアス式海岸が作り上げた天然の良港で、ウニ、ホタテ、ホヤなどの他に秋にはサンマの水揚げで港は活気にあふれる。女川港の12km沖に浮かぶ小さな島、江島はリアス式海岸特有の断崖に囲まれた美しい島への観光船の発着場でもある。

女川から牡鹿半島を縦断する牡鹿コバルトラインはリアス式海岸の半島の絶景を存分に堪能することができるドライブウェイだ。だが残念なことに、今夏に宮城を襲った地震で道路崩壊が数ヵ所あるとかで通行禁止になっていた。そのため県道41号線を辿った。
海岸線通りにくねくねと曲がる道が続く。途中には東北電力女川原子力発電所があり、原子力PRセンターもある。女川町から牡鹿町鮎川までは約30kmだ。

●牡鹿町

半島南端の牡鹿町は鮎川港を中心に漁業が盛んだが、かつてはここは捕鯨基地だったところ。港の前にはいまでは使われなくなった大きな捕鯨船が観光用に展示されている。

鮎川の港
鮎川の港
鯨博物館と実物の捕鯨船
鯨博物館と実物の捕鯨船

小さな漁村風景には不釣り合いとも思えるコンクリートの建物は「おしかホエールランド」だ。高い吹き抜けの入り口ホールには実物大のザトウクジラの親子の模型が空中に浮かび、内部は捕鯨の歴史から鯨のすべてを学べるというミュージアムになっている。
女川方面から乗り入れる観光船や金華山へ観光客を運ぶ船が発着する港は鯨のアーチで飾られ、周辺には民宿や食堂、みやげ物屋が並ぶ。
民宿や食堂では新鮮な魚介類の料理を当然自慢し合うが、調査捕鯨用の鯨料理を出すところも少なくない。

餌をねだる海猫
餌をねだる海猫
牡鹿半島・鮎川のウニどんぶり
牡鹿半島・鮎川のウニどんぶり

●金華山

牡鹿半島の東南約1kmの沖合に浮かぶ周囲25kmの島。青森下北半島の「恐山」、山形の「出羽三山」と並んで奥州三霊場といわれている。標高445mの金華山の中腹には「金華山黄金山神社」が鎮座し、全体がご神体という信仰の島だ。
金を産出したことから黄金神社の名がついたが明治以前は漁業と航海の守護神だった。
島全体は原生林に覆われ、鹿や猿などの野生動物も多く生息している。

本殿への階段
本殿への階段
黄金神社(金華山)
黄金神社(金華山)

鮎川港から船で15分、金華山の船着き場には神社が経営するという土産物屋と船の待合所兼食堂と土産物屋の建物が2軒ある。大きな鳥居をくぐると急な登り坂だ。奥社までは急な階段を含めて約20分の距離だ。観光客によって餌付けされた鹿を伴いながら頑張って登る。
社務所までは神社のバスが往復し、料金は心付けということで決まっていない。神社へは3年続けてお参りすれば一生お金には困らないとか。また「パチンコ・パチスロ最大最高攻略神」なるお守りが売られているのには恐れいった。
島内には遊歩道があり、千枚もの畳を敷き詰めたように岩が累々と連なる千畳敷などを見て回ることができる。
毎年10月第一、二日曜には神の使いといわれる鹿の角切りの神事が行われる。
/問い合わせ 牡鹿町観光協会 TEL 0225-45-3456

金華山
金華山
金華山の海と鹿
金華山の海と鹿

●南蛮井戸と南蛮小屋

牡鹿半島の付け根に近い石巻湾、県道2号線沿いの月浦海岸は、伊達政宗公のローマ法王宛の親書を携えた支倉常長(はせくらつねなが)一行がローマに向けて出航したところ。その名はサン・ファン・バウティスタ号。イスパニア(スペイン)の宣教師に技術を求め、国内で建造された帆船としては初めて太平洋を2往復した船だ。

支倉がスペイン人と船出した月浦
支倉がスペイン人と船出した月浦
支倉常長はじめ180人の乗組員は 慶長18年(1613)にこの月浦の港を出港、一行は苦難の末太平洋、大西洋を渡りローマに到着、ローマ法王に謁見、直接洗礼を受けた。7年後の元和6年(1620)帰国を果たしたが、彼らを待ち受けていたのは、幕府によるキリスト教禁止令と厳しいキリスト教の弾圧だった。支倉常長は報われない境遇のまま2年後にこの世を去った。

現在の月浦港はそんな大型船が出航していったとはとても思えない小さな港と漁村風景の中、井戸だけが残されていた。
いまも水の湧く井戸は船の飲料水として使われたといい、この一帯は南京人が住んだ小屋が建てられたところという。そんな立て看板だけが立つ静かな浜だ。

支倉常長の像
支倉常長の像
サン・ファン・バウティスタ号のイメージ
サン・ファン・バウティスタ号のイメージ

●慶長使節船ミュージアム

支倉常長一行を乗せてローマへと向かった船、サン・ファン・バウティスタ号の出航380周年を記念して、平成5年復元された船を展示。
この復元船に乗船できるほか、当時の航海をバーチャル体験できたり、コンピュータ、映像、グラフィックパネルなどいろいろな手法で帆船の知識や歴史を学ぶことができる。10月には帆を張ってリニューアルオープンする。
/入館料 1,000円、TEL 0225-24-2210
石巻に復元された伊達の外洋船、サンファン・バチスタ号
石巻に復元された伊達の外洋船、
サンファン・バチスタ号
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北上町
町の概要のほか、観光案内、歴史・文化の紹介などが掲載されている。
雄勝町
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kappa clubの北上川ガイド
北上川とその流域を紹介。宮沢賢治が名づけた「イギリス海岸」や流域画像も豊富。

取材:2003年8月