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神と仏の鎮座する宇佐国東半島(2)

ドライブライン

並石耶馬渓谷。奇岩が続く 宇佐が神の里なら国東はまさに仏の里だ。ともに千年の歴史が刻まれた古社・古仏・古刹は世界に誇れる文化財の宝庫である。平安時代、九州の中心的な存在であった宇佐神宮は、その財政と宗教勢力で国東半島の仏教文化とともに、神仏混合の一大霊地を生んだ。瀬戸内海に向かって突きだした半島の大部分は山岳地のため、鬱蒼たる大樹の木立の中に無数の寺や石仏、仏塔が長い歳月を今に残している。

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ドライブライン

<コース>
宇佐市−(国道213号線)−豊後高田市−国見−姫島往復(フェリー)−(県道31号線)−寺巡り−(県道655号線)−立石−(国道10号線)−別府市
全行程 約140km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●豊後高田

宇佐をあとに豊後高田へは約10km。この町は江戸時代から昭和30年代にかけて、半島では一番栄えた町だったが、時代の波に取り残され、町は寂しくなった。そこで町興しとして「昭和の町」を再現、年間20万人も訪れる観光地として復活。
/興味がある人は TEL 0978-23-1860へ。

豊後高田で別府へ向かう国道10号線と分かれ、国東半島をぐるりと廻る国道213号線を辿る。間もなく周坊灘を望む海岸線へ。
日本夕日百景選の真玉海岸を過ぎ、2つのトンネルを抜けると姫島へ向かうフェリー乗り場の伊美港に着く。島までは約20分だ。

姫島へのフェリー乗り場(右端が姫島)
姫島へのフェリー乗り場(右端が姫島)
海は荒れ気味。漁船が波に揉まれていた
海は荒れ気味。漁船が波に揉まれていた

●姫島

『古事記』によるとイザナギ命、イザナミ命の二柱の神が「国生み」に際し、大島を生み、次に女島を生むとあり、女島が姫島で、またの名を「天一根」という。
奇岩断崖の海岸線を持つ周囲17km、人口3,000人弱の小さな島でありながら、姫島七不思議や瀬戸内海国立公園の一環をなす美しい風景と伝説に包まれた島である。
また、かつての塩田を利用した車えびの養殖は「姫島車えび」として全国的に知られている。

姫島東端の岸壁。洞窟が幾つもある
姫島東端の岸壁。洞窟が幾つもある
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姫島灯台
姫島灯台

港から、ひめじまブルーラインと名付けられた島の南東海岸を走り、東端の姫島灯台を皮切りに島観光をした。
57mの断崖の上に建つ灯台は明治37年(1904)に初点灯された。花崗岩造の堅固なもの。ここからの眺望は絶景で、本州や四国はもとより、国東半島の山々を間近にみることかできる。
灯台の下には海蝕洞窟があり、その洞窟の中の海水より2mものところには「牡蠣」が群棲しているという。海水に浸かることない牡蠣は、阿弥陀三尊の形に似ていることから「阿弥陀牡蠣」という名が付けられている。この牡蠣を食べると腹痛を起こすという。
その洞窟には船でしか行くことができないというので、確かめることはできなかったけれど、この牡蠣は「姫島七不思議」の一つである。

姫島から国東半島(右側の尖った山は千灯岳、中央は両子山)
姫島から国東半島(右側の尖った山は千灯岳、中央は両子山)

●比売語曽社(ひみごそしゃ)

『日本書記』によると垂仁天皇の御代、意富加羅国(現韓国南部)の王子が白い石から生まれた姫と結婚しようとしたが、姫はそれを逃れて姫島にたどり着き、比売語曽の神となった、と記載されている。
この社の裏には冷泉が湧いている。拍子水とは、姫がおはぐろをつけたあと、口をゆすごうとしたが水がなく、手拍子を打って祈って出た水だという。褐色の湧き水に手を入れるとブツブツと泡がつく。泉質は炭酸水水素塩だ。現在は、この冷泉を沸かし拍子水温泉となっている。拍子水も七不思議の一つになっている。

比売語曽社
比売語曽社
拍子水。こんこんとわき出ている
拍子水。こんこんとわき出ている

貧しかった島でも庄屋が堂々としている(古庄家)
貧しかった島でも庄屋が堂々としている
町の中心部には、姫島庄屋古庄家という敷地550坪一部二階建ての寄棟造りの旧庄屋の格式を伝える貴重な建物も残されている。

●六郷満山(ろくごうまんざん)

国東六郷満山の仏教は古代の宇佐で生まれた八幡信仰が、やがて古代仏教と融合し「神仏習合」が生まれた。神と仏の二つの顔を持ちながら、長い歴史を辿ってきた。昔国東は安伎(あき)・武蔵(むさし)・国前(くにさき)・伊美(いみ)・田染(たしぶ)・来縄(くなわ)と六つに分けていた。「六郷」とはこの六つの郷をいう。「満山」とは全山を仏の領域と考える山岳仏教寺院の言葉。山全体が寺院ということだ。

国東半島のほぼ中央にそびえる両子山(標高721m)から放射状に海へ向かって伸びる幾筋の支脈に点在する寺院は、33番霊場もある。その他、石仏やかつての寺院跡などを訪ね歩くには何日あっても足りないだろう。
そこで伊美から県道31号線を両子山へ、そこから国宝である富貴寺から、六郷満山を代表する鬼が一夜にして築いたと伝えられている石段の上の岩盤に彫られた磨崖仏を拝するコースを選んだ。
並石耶馬渓谷。奇岩が続く
並石耶馬渓谷。奇岩が続く
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●旧千燈寺

最初に出合った寺は、8世紀奈良時代に国東六郷満山を開いた仁聞菩薩が開基した寺といい、六郷満山の中山本寺として栄えた名寺の跡だった。静まり返った山の中に、半ば風化した石段や石垣、山門跡に残る一対の仁王像や無数の五輪塔群が、古の華麗な仏教文化をいまに伝えている。
県道31号線沿いに「千灯石仏」の案内版が目にはいった。車をとめて狭い石段を少し登ると、そこには、自然石の全面に、高さ1m、幅2mの石仏を彫ったものがあった。「廿五菩薩来迎図」である。正面に阿弥陀仏右下に念仏行者往来、観音菩薩が蓮花を捧げ、種々の楽器を奏で、満面微笑でにぎにぎしく菩薩を来迎する様子が彫刻されている。鎌倉時代のものといわれている。
旧千燈寺の参道
旧千燈寺の参道

旧千燈寺の仁王
旧千燈寺の仁王
千燈石仏。廿五菩薩来迎図。高さ1m、幅2m。鎌倉時代の作
千燈石仏。廿五菩薩来迎図。
高さ1m、幅2m。鎌倉時代の作


●両子(ふたご)寺

養老2年(718)年六郷満山の開祖である仁聞菩薩によって開かれ、平安から鎌倉時代にかけて修行道場の本寺として栄えた古刹。全国の石造仁王像の約8割が国東半島にあるといわれている中で、最も大きいという仁王像がある。
片手に金剛杵を持ち仏法を守護する一対の仁王像は、向かって右側の口を開けているのは阿形(あぎょう)、左の口を閉じている方が吽形(うんぎょう)という。表情はさまざまでユーモラスなものから、筋骨隆々逞しいものまである。両子寺の仁王は満身の力を蓄え力強く睨みを効かせた像で、見事な造形美を誇っている。
昔は長い坂道や石段が続いていたであろう参道はさびれ、本堂近くまで車の道が通り数点は広い駐車場になっている。山門も堂を守るはずの仁王様も駐車場の下に静かに立っていた。
/本堂拝観料 200円、TEL 0978-65-0253

両子寺
両子寺
両子寺の参道と仁王
両子寺の参道と仁王

両子寺の仁王像(阿)
両子寺の仁王像(阿)
両子寺の仁王像(吽)
両子寺の仁王像(吽)

●富貴寺

蓮華山富貴寺は日本三阿弥陀堂の一つといわれている。また九州最古の木造和様建築として知られ、国宝に指定されている。簡素な形、優美な屋根の線、そしてどっしりとした安定感のある建物は、平安後期のもので総素木(カヤ)造り。寺伝によると、養老2年、両子寺と同じく仁聞菩薩の開基で、この地方にあったカヤの巨木一本で堂と本尊が造られたといわれている。
内部には本尊阿弥陀如来坐像が安置され、浄土変相図、五十仏、阿弥陀浄土など三千仏などが描かれた平安期の壁画がある。これらは重要文化財である。この他、境内には石殿、笠塔婆、国東塔、仁王像などの石像が多く残されている。
/拝観料 200円、TEL 0978-26-3189

ひっそりと国宝の富貴寺大堂
ひっそりと国宝の富貴寺大堂
富貴寺の薬師岩屋
富貴寺の薬師岩屋

富貴寺と真木大堂との間、県道655号線沿いにある元宮八幡の境内北側の岩壁に彫られた「元宮磨崖仏」は高さ3m、幅6mもある。毘沙門天、不動明王、地獄菩薩などの仏像が安置されている。室町時代と推定されている。
元宮磨崖仏
元宮磨崖仏

●真木大堂

真木大堂。仏像を安置する建物は防火造りで、今は大堂の面影はない
真木大堂。仏像を安置する建物は防火造りで
今は大堂の面影はない

かつては六郷満山には寺が六十ヶ所あり、本山本寺として三十六坊の霊場を有した最大の寺院があった。当時は馬城山伝乗寺といった。開基は多くの寺院同様、養老年間の仁聞菩薩であると伝えられているが、現存する仏像の作風から平安時代に建立されたものといわれている。
広大な境内の中には七堂伽藍を備えた大寺院であった。しかし、約700年前に火災のため焼失したが、現存する九体の仏像が難を逃れた。

日本一大きいといわれる大威徳明像(高さ1.3m)、四天王を従えた阿弥陀如来坐像、不動明王と二童子など九体すべての仏像は国宝に指定されている。これら本尊はコンクリートの堂の中に納められ、一般公開している。堂の裏山に古く長い石段から隆盛を誇った大寺院が見えて来るようだ。
/拝観料 200円、TEL 0978-26-2057

●熊野磨崖仏

六郷三山への拠点の一つであった胎蔵寺から山頂へ約300mほど登ると、鬼が一夜にして築いたという乱積石段を登る。石段は百段とあるが、実際にはもっとある。登り終えた先に巨岩壁に刻まれた大日如来と不動明王が現れる。
大日如来像は高さ6.8m、不動明王像は約8mもある。どちらも半立像だ。慈悲の相と厳格なお顔立ちの大日如来と、眼球が突出し鼻が広く結んだ唇から牙が覗くが、不動明王にしては、やさしくユーモラスな感じさえする。その他、周囲には同じく岩に彫られた小さい仏像は沢山ある。
これらの石仏の造立年代は鎌倉時代と推定されている。国指定の重要文化財である。
/拝観料 200円、お問い合わせは 胎蔵寺 TEL 0978-26-2070
鬼が作ったと伝えられる石段。荒く急だ
鬼が作ったと伝えられる
石段。荒く急だ


熊野磨崖仏への登り口
熊野磨崖仏への登り口
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熊野磨崖仏の不動明王像
熊野磨崖仏の不動明王像

岩壁に刻まれた大日如来像(熊野磨崖仏)
岩壁に刻まれた大日如来像(熊野磨崖仏)
夕暮れの国道10号線を別府へと向かう
夕暮れの国道10号線を別府へと向かう



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取材:2006年12月