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甲府盆地と武田信玄

ドライブライン

仙俄滝 一昔前には甲府盆地を形成する山々への登山口でもあり、新緑、紅葉で有名な昇仙峡や盆地の真ん中にある石和温泉などを訪れる人々で賑わった。その甲府駅周辺もすっかり都市開発され、日本のどこの地方都市とも同様この街の特徴は失われてしまった。
しかし甲府は武田信玄公一族のふるさとである。広い盆地には信玄公ゆかりの由緒ある神社仏閣が数多くあり、一族の栄華の夢の跡を今に伝え後世に残すところであることはいまも変わらない。

暑い盆地の夏の観光は敬遠されがちだが、鬱蒼とした木立に蝉時雨の中、仏教を深く信仰し宗旨のいかんを問わず寺院・僧侶を崇敬し保護した戦国武将信玄公のこころに触れてみよう。
「心頭滅却すれば火もまたおのずから涼し」の言葉を残して山門楼上で信長によって焼き討ちされた快川国師の逸話を残すのも、信玄の菩提寺恵林寺である。


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
(東名高速道路)−甲府南IC−武田神社−円光寺−長禅寺−善光寺−(昇仙峡ライン)−昇仙峡−信玄堤−(国道140号線)−乾徳山恵林寺−(国道411号線)−雲峰寺−(国道20号線)−景徳院
全行程 約150km、1泊2日

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●武田神社

甲斐の名将武田信玄を奉る神社。信虎、信玄、勝頼の三代63年間にわるつつじが崎館跡に大正8年(1919)に建造されたもの。
館は永正16年(1519)信玄の父、信虎が造ったもので「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」といった信玄には城も石垣も要らぬと城を造らず、わずかな堀と石垣だけをを残す「つつじが崎館跡」だけがいまに残り、国の史跡に指定されている。

武田信玄も使ったという井戸
武田信玄も使ったという井戸
信玄の命日にあたる4月12日には例祭がおこなわれる。
4km離れた遊亀公園まで神輿が巡幸し、武田24将の騎馬武者が従うという盛大な祭りが行われる。
社務所には簡単な案内書があるので境内の広く深い木立の中での、にわか勉強も楽しいものだ。

ただ一つ気になるのは、宝物殿前の目立つところに赤いリボンをつけた大きめの人気ネコキャラクターが置かれていることだった。ある会社からの奉納物で、石で造られている。奉納もいろいろあるが、場所柄もあると思えるのだが。
/TEL 055-252-2609

●円光寺

武田神社から徒歩で10分ほど、甲府市の東北にあり、春は花、秋は紅葉の美しさと展望に恵まれた山の中腹にある。信玄公は樹木の山に囲まれ眺めの良いこの環境を好んだというが、現在は新しい本堂に広い駐車場を持つ、イメージとは少し異なった雰囲気だ。
建物は新しくてもここは信玄の正室三条夫人の菩提寺であるとともに甲府五山の一つでもある。甲府五山とは信玄が京都や鎌倉五山にならい、甲府とその周辺に長禅寺、東光寺、能成寺、法泉寺と円光寺を“甲府五山”と定めた寺である。
元亀元年(1570)に没した三条夫人をこの寺に葬り、保護してきた。境内には三条夫人の墓所があり、寺には信玄の寄進状なども残されている。
/TEL 055-253-8144

三条夫人のために信玄が建立した円光院
三条夫人のために信玄が建立した円光院
信玄の三条夫人の墓所
信玄の三条夫人の墓所

円光寺を少し下ったところに「信玄墓」というのがある。名将武田信玄の墓にしては小さく貧しい屋根の下に墓石があるだけで、気をつけて探さないと見失いそうだ。
だが、信玄の墓は、このほか大泉寺、恵林寺から遠く、和歌山、愛知、京都など全国にある。(写真は岩窪の信玄墓地)

遺言により3年間喪を伏せていたことや、外敵を恐れて埋葬地を秘密にしていた結果だという。ここにある墓は信玄を荼毘に付したところだと、地元の人が教えてくれた。
岩窪の信玄墓地。地元ではそう言っているが…
岩窪の信玄墓地。地元では
そう言っているが…


●長禅寺

天文20年(1551)信玄の帰依僧岐秀和尚が開いた臨済宗妙心寺の名刹。信玄が儒学、修禅、治国の基本を学んだところである、母大井夫人の墓がある。また重要文化財の信玄の弟、信綱の筆による武田信虎夫人像がある。甲府五山の寺としても有名だ。
/TEL 055-252-2471

円光寺と長禅寺の間には信玄の父、信虎の菩提寺である「大泉寺」がある。大永元年(1521)信虎自身が建てた寺で、天正2年(1574)信州で没した遺骸をここ国元に運んで埋葬した。寺や法堂などは焼失したが、総門のほか武田三代の霊廟、宝蔵が幾多の戦火をまぬがれ、信虎、信玄、勝頼と武田三代の肖像が安置されている。
この寺にも信虎、信玄、勝頼三代の墓がある。
いまにも瓦が崩れ落ちそうな総門などが昔をいまに語りかけるようだが、なぜか訪れる人も少ない。
/TEL 055-253-2518

●甲斐善光寺

甲斐善光寺
甲斐善光寺

参道の奥に東日本最大の木造建築物と言われる本堂がある。信玄が川中島の戦いで信州の善光寺が戦火にあうのを心配し、本尊の阿弥陀如来をはじめ数々の寺宝を移すために創建した寺。
だが、宝暦4年(1754)に焼失、現在の本堂は30年の歳月をかけて寛政8年に再建完成したもの。楼門とともに重要文化財である。また「銅造阿弥陀三尊像」「木造阿弥陀三尊像」とも重要文化財だ。
本来は木立の中の長い参道を歩いてこそ御利益のある寺参りも、楼門近くの参道を横切っての駐車場がある。
/TEL 055-233-7570

このほかJR甲府駅近く(西口)には甲府五山の中の能成寺、東光寺が徒歩圏にある。

●昇仙峡

山梨県観光のハイライトとも言うべきところ。
奥秩父連峰の金峰山から流れ出る荒川渓谷沿いの巨岩・奇岩と大小の滝や緑、とくに秋の紅葉と、自然の織りなす造形美を堪能させてくれる景勝地である。
JR甲府駅から昇仙峡の標識に従って走ると荒川渓谷の昇仙峡ラインに入って行く。間もなく天神パーキングに着く。シーズン中は一般車は入れ禁止なので、渓谷沿いは徒歩となる。
昇仙峡
昇仙峡
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)


みどころは清流の中、あるいは川岸に猿岩、五月雨岩、石門、天狗岩などと名前がつけられた巨岩や奇岩がある。自然石の形の美しさやおもしろさをそれぞれが連想または想像しながら眺める楽しみもある。
圧巻は高さ180mもある白い岩肌をさらしてそそり立つ巨岩、覚円峰と昇仙峡の最大のみどころともいえる名瀑、仙娥滝だ。滝の落差約60m、周囲を樹木に覆われた巨石の間から吹き出るように落ちる滝は見事なもので、とくに紅葉に彩られる秋は素晴らしい。

覚円峰
覚円峰
仙俄滝
仙俄滝
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巨大な岩を抉り、遊歩道がある
巨大な岩を抉り、遊歩道がある

滝の上からはパノラマ台へ上るロープウェイがあり、そこから徒歩で15分ほど登った弥三郎岳からは南アルプスや秩父連山が望まれる。

○山梨名産

かつて特産の水晶だが、今はほとんど産出しない
かつて特産の水晶だが、今はほとんど産出しない
名物・ほうとう
名物・ほうとう

●信玄堤

昇仙峡の帰路にちょっと立ち寄ってみたいのは、「信玄堤」だ。国道52号線から八田村へ向かう釜無川にかかる信玄橋のたもとにある堤。
釜無川や御勅川の洪水に悩んだ信玄は、自然の石を利用したり、石積みをしたりして荒れる川の流れをたくみにコントロール、洪水を防いだところ。いまでもこの堤は立派に役を果たしている。

信玄堤の彼方に南アルプスが霞む
信玄堤の彼方に南アルプスが霞む
釜無川の信玄堤。広い土手は洪水を防ぎ今だに健在
釜無川の信玄堤。広い土手は
洪水を防ぎ今だに健在


●乾徳山恵林寺

武田信玄の菩提寺。甲府から国道140号線を約20km、塩山市街から北へ約4km、笛吹川の近くにある臨済宗妙心寺派を代表する甲斐国の名刹。元徳2年(1330)時の名僧夢窓国師によって開山された。

恵林寺山門(重文)
恵林寺山門(重文)
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恵林寺のウグイス張り廊下
恵林寺のウグイス張り廊下

信玄の公訓(恵林寺)
信玄の公訓(恵林寺)
山門に火の中で快川国師の唱えた言葉がある
山門に火の中で快川国師の
唱えた言葉がある


武田家滅亡の直後の天正10年(1582)4月3日、織田信長の焼き打ちの火に包まれた山門で、快川国師は100余名の僧とともに「滅却心頭火自涼」(心頭滅却すれば火もまたおのずから涼し)の言葉を残し炎の中に身を投じたという有名なところ。全山焼失したが、徳川家康によって再建され、今日その面影をとどめている。
また恵林寺の見事な庭園は夢窓国師によって築庭、鎌倉時代の禅宗様式を伝える名園で「心池庭」という。本堂の回廊から庭園を眺め、渡り廊下を過ぎるとうぐいす張りの廊下に出る。きゅっ・きゅっと足を運ぶごとに鳴る板廊下の音は静寂な境内に響く。
本堂の裏には武田勝頼がつつが崎から信玄公の遺骨をここ恵林寺に納骨したという「武田信玄」の墓があり、その後方に武将たちの墓石が並ぶ。
/庭園拝観料 300円、信玄宝物館 500円、TEL 0553-33-3011

信玄の墓所
信玄の墓所
信玄の墓所の後ろに家臣団の墓が従うように並ぶ
信玄の墓所の後ろに家臣団の墓が従うように並ぶ

●雲峰寺

国道411号線、青梅街道に通じる大菩薩峠への登山口方面へ。その登山口を少し入った道筋の山の中に、静かなたたずまいの裂石山・雲峰寺が建つ。鬱蒼とした杉の木立の奥に仁王門をくぐり本堂、書院、庫裏と室町時代の貴重な文化財建築がひっそりと建つ。
聖武天皇の時代にまで遡るという古刹で、一度焼失したものの、武田信虎によって再建された。昭和24年(1949)重要文化財に指定され、昭和29年(1954)から4年の歳月をかけて大修理解体が行われ大切に保存されている。
本堂は四面に縁をめぐらし総円柱で流れるような美しい曲線を描いた屋根、その先端の優雅な美は室町時代の建築の特徴だ。

雲峰寺。日本最古の日の丸、風林火山などの旗印がある
雲峰寺。日本最古の日の丸、風林火山などの旗印がある

武田勝頼が天目山へ逃れる途中で自刀の後、家臣に託した家宝で日本最古の「日の丸の御旗」(国宝)や戦場で用いられた軍旗(紺地に金字で書かれた風林火山)などが雲峰寺に奉納された。
近年まではこうした武田家のゆかりの品々は本堂に保管されていたが、幾度となく盗まれ平成8年に宝物殿を新設し管理するようになったそうだ。菩薩の霊地として長い歴史を歩んできた寺もいまは訪れる人も少なく、静かに山の中に佇む。
住職の説教は面白可笑しく手短に人生の末路を説く。次回はぜひ時間をとってじっくり住職のお話に耳を傾けたいと思う。
/宝物殿、入館料 200円、TEL 0553-33-3172

●景徳院

雲峰寺から国道411号線を約20km勝沼へ。勝沼はぶどうとワインの産地だ。大小さまざまなワイナリーがあり、見学や試飲などが行われている。ワイン好きのドライバーにとっては鬼門だ。横目でみながら国道20号線を約10km走る。笹子トンネルの手前の信号を左折、日川渓谷沿いの県道215号線に入る。
間もなく左におおきな駐車場に出会う。この駐車場を隔てた山の上が景徳院だ。
勝沼のブドウ畑の中にワイン工場。見学もできる
勝沼のブドウ畑の中にワイン工場。見学もできる

長篠の戦いで敗れ静岡の吉田城から天目山へと逃げ延びようとしたが、織田信長の追っ手に負け、現在の山梨県大和村にある景徳院で力つき、勝頼はじめ子、信勝(16歳)と夫人が自刀。天正10年(1582)まだ春浅い3月のこと。

樹木に覆われた昼なお暗い寺の境内で勝頼とその妻が自刀した場所と、一旦埋葬された場所、また墓石の他、現在の駐車場から日川渓谷に身を投げたという侍女たちの碑もある。山の中、いまなお暗い木立の茂る寺の境内で、その悲劇の痕跡をみていると、華やかな歴史の舞台裏の残酷さが生々しく甦る。

手前が勝頼、その先は夫人の自刃した石がある
手前が勝頼、その先は夫人の自刃した石がある
自刃した勝頼、夫人、長男の墓所
自刃した勝頼、夫人、長男の墓所

自害した武田勝頼一家3人を一時葬ったとされる
自害した武田勝頼一家3人を一時葬ったとされる
甲府盆地から夕暮れの富士山
甲府盆地から夕暮れの富士山



○ニッポンレンタカーの車種・料金

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○山梨県内のニッポンレンタカー営業所

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山梨観光情報
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昇仙峡観光協会
昇仙峡のみどころ紹介、観光マップなどが掲載されている。
山梨情報発信サイト『なびまる』
山梨県の人と街のコミュニケーションをつなぐ情報サイト。

取材:2003年6月