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川越街道を行く



川越街道から小江戸・川越へ

戦国時代から約400年の歴史をもつ城下町川越は、江戸、鎌倉、上州を結ぶ交通の要塞として栄えた町。
江戸時代には、町を流れる新河岸川に農作物を乗せた船が行き交い、いつしか“小江戸”とも呼ばれるほどの隆盛をきわめた。当時の蔵造りの町並みは昭和40年(1965)頃から保存活動に力を注がれ、現在は東京から最も近い“蔵の町”として知られる。
また、関東大震災後に盛んになった駄菓子の生産地“菓子屋横丁”なども人気が高い。名物の芋を使った菓子から料理まで、なかなかユニークな町づくりで観光客を楽しませてくれる。




池袋−(国道254号線 川越街道)−川越−日高市(高麗川)−青梅−八王子IC−(中央自動車道)−新宿
約160km 日帰り




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●川越街道

池袋からはじまる国道254号線川越街道は、江戸時代には遠く上州まで延びていたというが、現在は川越までの約30km。
それも池袋から先約20kmは片道2〜3車線の広い道路で、かつての街道の面影はなく、どこにでもある普通の産業道路といった感じだ。
ところが川越市の10kmほど手前から突然道幅が狭くなり、両側と中央に見事なけやき並木の続く古い道に入る。入り口には「川越街道」の大きな石碑が立ち、いかにもこれより“街道”といった趣のある道だ。

●小江戸・川越

関東管領の扇谷上杉持朝が、長録元年(1457)に家臣太田道真・道灌父子に命じて築城させたのが川越城。その後江戸時代には代々重職の地位にある大名の領地となった。
だが、城のほとんどは明治維新後解体され、わずかに残されているのは本丸御殿の玄関と大広間。嘉永元年(1848)に建造されたものだが、往時を偲ぶことができる。
江戸への食料補給地として栄えた川越は、「鍵の手」、「丁字路」、「七曲がり」と狭い路地の町並みの中に度重なる大火に耐える蔵造りの町並みを今日に残す。
/本丸御殿 入場料 100円

町中を流れる新河岸川を船で下れば、江戸浅草まで半日の距離といわれていた。夕方の4時に川越を出て翌朝に浅草という夜行定期便船まであったという。
江戸の北における守りの要でもあった川越は、農産物の供給基地であったばかりでなく、江戸の大火のおり徳川三代将軍家光の姥春日局などの避難場所でもあった「喜多院」がある。
また、家康の遺骸を久能山から日光へ移葬する途中留まり大法要が行われた因縁で寛永10年(1633)に創建されたという「東照宮」など、重要文化財指定を受けたものもある。
/喜多院 拝観料 400円/駐車場 1時間200円

●川越市

国道254号線は、JR東武東上線の川越駅手前で国道16号線と合流し5叉路へと通じるが、2つの国道と分れて直進する道が川越街道で、信号を4つほど越えるとオールドタウンがはじまる。
川越は西武新宿線の本川越駅を含めて3社の鉄道路線が走る大きな町で、市制施行は大正11年と古い。
人口約33万を数える(平成10年現在)近年東京のベットタウンとして発展してきた古くもあり新しくもある町だ。都心に通じるこれら3路線3つの駅前には、デパートやショッピング街、それにホテルなどが建ち並ぶ。
駐車場は駅周辺と本川越駅前から続く中央通り(蔵造り家並み通り)に市営のものが2つある(1時間200円)。
ここからは 川越名物 を味わいながら徒歩でゆっくり町探索に出よう。

●蔵造り家並み通り

中央通りから北へ続く約500m、往復2車線ほどの道幅の両側には重厚な蔵造りの家並みが続く。
寛政4年(1792)に建築されたという大沢家住宅は関東地方の町屋としても古く、国の重要文化財にも指定されている。
そのほか、大火などで建て直されたものなど建築年数はまちまちだが保存状態の良い黒瓦の家々が並び、紺や茶、えんじ色ののれんを下げた古美術店、また古文書や刀などを扱う店を眺めていると、まるで時代劇の世界にいるようだ。
とくに、近年は無粋な電柱を地下に埋設したとあって、いっそう江戸の佇まいを彷彿とさせてくれる。
/大沢家住宅 入館料 200円

●蔵造り資料館

通りのほぼ中央にあり、かつて煙草卸商を営んでいた小川家の蔵をそのまま資料館にしているこの蔵は、明治26年(1893)の川越大火直後の建てられたもの。
比較的新しい建物だが、母屋、文庫蔵、煙草蔵などがあり、各蔵には蔵造りに関する資料や民具、大火当時の資料などが展示されている。
また、店そのものも蔵造りで、二階では江戸時代川越・浅草を往来した川船の模型を見ることができる。
二階の窓から見える櫓は、約400年前から城下町川越に時を告げてきた昔の時計台のような存在で、現在のものは4代目。今も1日4回(午前6時、正午、午後3時、午後6時)時を知らせる鐘の音が響く。白壁の蔵の上に木造の櫓とは、なかなか風情がある。
/入館料 100円

●菓子屋横丁

小売りのアメ玉、せんべい、ふ菓子など、昔懐かしい駄菓子がずらりと並ぶ菓子屋横丁。
関東大震災以降、駄菓子の生産地は江戸からこの地に移り、戦後の最盛期には工場も含めて70以上もの店が軒を連ねていたという。
一時は消えてしまいそうになった駄菓子屋も、最近は子供より大人に人気とか。種類も品数も多く、ほとんどが1つ10円、20円で買えるので、あっちの店、こっちの店と覗いては、口をもぐもぐさせながら歩く楽しさは、年齢を問わない。

●川越市立博物館

関東の代表的な城下町川越の歴史や文化を紹介している。縄文時代から近代までの生活、文化を年代別に展示し、とくに江戸時代の町並みを復元した模型や職人と祭りなどを表現したコーナーはぜひ観ておきたい。現在の町の昔の様子がよく伺えて面白い。
「蔵造り家並み通り」から徒歩15分。博物館には無料の駐車場がある。
/入館料 200円

●高麗郷

川越から西は、通称日高川越線。それに辿って18kmほど走ると、高麗川をまたいだ巾着田(きんちゃくだ)に出る。
巾着田という名の由来は、高麗川が大きく蛇行して袋状になった土地の形が巾着に似ていることによるという。
また、高麗(こま)とは、その昔、唐と新羅の連合軍に滅ぼされた高句麗国の王が多くの高句麗人を連れて日本に逃れてきてこの地で生活をはじめたことによると伝えられる。
巾着田は、1200年ほど前にここへ入植した高句麗人によって開拓された水田跡。川辺は深い緑と澄んだ水の流れる広い河原となっており、夏は水遊び、春、秋はバーベーキューを楽しむ家族連れで賑わう。

●聖天院(勝楽寺)と高麗神社

聖天院は、高句麗一族の王若光と帰化僧の冥福を祈るために天平勝宝年間(749〜757)に創建されたといわれている。
現存している本堂、阿弥陀堂、鐘楼は、徳川時代の初期の建築とか。中でも、梵鐘は国の重要文化財でもある。
わずかに離れた木立の中高麗神社は、若光の霊を祭る古い神社で、別名を白髭神社とも呼ばれている。

●高麗家住宅

高麗神社の奥にある入り母屋造り茅葺き屋根の建物は高麗神社の宮司を努めた家で、現在のものは59代目、300年ほど前のものと推定されている。
土間と5つからなる部屋は国の重要文化財の指定を受けており、中には入れないが開け放たれた入り口から中を観ることはできる。無料。
いずれも高麗川に面する森の中にある。

時間に余裕のある人は、秋には紅葉の美しい名栗村方面へ足をのばしてみるのもよい。帰路は青梅から国道411号線を八王子インターへ。中央自動車道経由すれば、新宿へは30分ほどだ。



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「川越まつり」に関するページ
毎年10月に行われる「川越まつり」。まつりの模様や情報を写真とともに紹介。

取材:1999年8月