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中欧の旅(3)チェコ・プラハ

ドライブライン

川沿いのどこからも王宮は際だっている プラハはボヘミア地方から流れ下るモルダウ(ヴルタヴァ)川沿いのほぼ中央に位置するチェコの首都である。雄大に流れるモルダウ川の両岸に広がる中世そのままの町、林立する塔は“百塔の町”と呼ばれ、狭い石畳の通りには、さまざまな時代の建物が並ぶ。
ロマネスク、ゴシック、ルネッサンス、バロックからアールヌーヴォー、キュビズム、近代建築に至までありとあらゆる建築様式がみられるこの町は「建築博物館」とさえいわれている。この町の旧市街全体を歴史地区と呼び、ユネスコの世界遺産にも登録されている。


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ドライブライン

<コース>
チェコの首都プラハ(Praha)

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●旧市街広場(Staroměstské náměstí)

数々の歴史的事件の舞台となってきた広場の周辺にはゴシック、ルネッサンス、バロック様式など時代の異なった建物群がある。広場の北にはチェコの英雄ヤン・フスの大きな像がある。ヤン・フスは敬虔なキリスト教徒だったが、堕落したローマ教会を厳しく批判したため、異端として1415年に火あぶりの刑に処せられた。
フスの死はチェコのフス信奉者に衝撃を与え、以後カトリック教会と激しく戦うこととなった。この像はフスの没後500年を記念して1915年に建造された。

旧市街広場とティーン教会
旧市街広場とティーン教会
宗教改革の先駆者、フスの像
宗教改革の先駆者、フスの像

●聖ミクラーシュ教会(Kostel sv. Mikulase)

ヤン・フス像に隣接する白壁のバロック様式の教会。設計者はボヘミア・バロックを代表する建築課のひとりといわれているキリアーン・イグナーツ・ディーンツェンホファー(1689〜1751)。
内部は聖ミクラーシュの生涯と聖書に題材をとった天井画やバロック様式の彫刻で飾られている。教会の前は観光馬車の発着場になっている。
聖ミクラーシュ教会
聖ミクラーシュ教会
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聖ミクラーシュ教会とは対角にあたるところに鋭尖塔をいくつも持ち、ゴシック様式の2本の塔のある「ティーン教会」がある。1135年の創建だが、現在の塔は1365年に改築されたもの。塔の高さはどちらも80mもある。広場には、オ−プンカフェやレストラン、みやげもの屋があり、観光客でいつも賑わっている。

●旧市庁舎(Staromestska Radnice)

プラハのシンボル的存在の塔には天文時計のあるユニークな建物。現在の建物は第二次世界大戦で破壊されたあとに修復されたものだが、もともと数世紀かけて増改築を行いながら完成した建物で、その時々で装飾や異なる大きさの建物が連なる複合建築。プラハの紋章装飾のある中央のピンク色の建物の一階には観光案内所がある。
またルネッサンス時代に施された黒地の壁いっぱいに人物や馬などが描かれたスグラフィット装飾(16世紀半ばボヘミア全土に広がった装飾技術で黒い漆喰の上に白い塗料を塗る。乾いたら白い塗料を削り下の黒の漆喰をだし、人物などは白く残す)のある建物も旧市庁舎だ。15世紀のゴシック様式のフレスコ画が残る王の部屋などがある内部もガイド付きツアー見学できる。
プラハで一番の人気、カラクリ時計前に集まった人々
プラハで一番の人気、カラクリ
時計前に集まった人々


●天文時計(Orloj)

塔の下にある時計は15世紀に作られたもので、プラハで最も重要な文化財の一つといわれる時計だ。いまも当時のままの姿で動いている。縦に2つの円板があり、当時の宇宙観(天動説)に基づいた天体の動きと時間を表している。
上の円板はプラネタリウムといい、地球を中心に回る太陽と月、そして天体の動きを表し、年月日と時間を刻みながら1年をかけて一周する。
下の円板はカレンダリウムと呼ばれ、獣の12宮と四季の農作業が描かれた暦になっている。これはからくり時計で、毎正時、仕掛け人形たちが窓から姿を現す。死神が鐘を鳴らすと、音とともに塔の上の窓からキリストの12使徒が文字盤の上に現れては塔の中へと消えていく。最後に、一番上で鶏が鳴いて終了となる。
時間になると上の窓から人形が姿を見せます
時間になると上の窓から
人形が姿を見せます


この塔は上ることができる。その途中には歴代プラハ市長の肖像画がかけられた執務室と礼拝堂がある。礼拝堂の出窓にあるステンドグラスは、ナチスドイツに破壊されたため、現在は1987年に再建されたもの。塔の内部からは、12使徒のからくり人形を裏側からみることもできる。

●火薬門と市民会館(Prašná brána & Obecni dum)

もとは旧市街をめぐる城壁にあった門の一つだったが、17世紀に火薬庫として使われていたのでこの名が付いた。現在の塔は19世紀末に修復されたもの。ゴシック様式の建物で、黒くくすんでいて、火薬庫のイメージが合う。塔の高さは65mあり、内部はギャラリーとして利用されている。
塔に隣接する建物は「市民会館」である。豪華な装飾を施した建物は1911年に完成されたもので、内部はチェコの芸術家たちによるアール・ヌーヴォー様式の装飾が施されている。また、音楽祭「プラハの春」の会場となるスメタナ・ホールもある。

火薬塔は旧市街の入り口にある
火薬塔は旧市街の入り口にある
市民会館。プラハを代表するアール・ヌーヴォー建築
市民会館。プラハを代表する
アール・ヌーヴォー建築


●カレル橋(Karlův most)

モルダウ川は観光ポイントでもある
モルダウ川は観光ポイントでもある

カレル4世によって1357年に着工、60年近くの歳月をかけて完成させたモルダウ川にかかる最古の石橋である。全長約520m、幅10mもあるゴシック様式の大きな橋で、重厚なゴシック様式の両側の欄干には30体の聖人像が据えられている。
この30体の像は聖書からの題材であったり、偉大であった聖人やチェコの英雄がモデルだ。聖人のモデルのなかには、日本でも馴染み深い聖フランシスコ・ザビエルの像もある。完成時にはなかった聖人像は17〜19世紀にかけて造られたものである。後にこの橋は、ローマのサンタンジェロ城に架かる橋のモデルになったともいわれている。

カレル橋の旧市街橋塔
カレル橋の旧市街橋塔
カレル橋へ動く観光客(丘の上は王宮)
カレル橋へ動く観光客
(丘の上は王宮)


橋には彫刻が並び、観光名所となっている
橋には彫刻が並び、観光名所となっている
カレル橋には絵や土産物の露店が並ぶ
カレル橋には絵や土産物の露店が並ぶ

カレル橋は王宮への道でもある
カレル橋は王宮への道でもある
橋のたもとから見上げる王宮
橋のたもとから見上げる王宮

観光船が行き交うモルダウ川
観光船が行き交うモルダウ川
川沿いのどこからも王宮は際だっている
川沿いのどこからも王宮は際だっている
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●旧新シナゴーグ(Synagoga)

ヨゼフォフと呼ばれるユダヤ人街にあるシナゴーグ(ユダヤ人教会)。1270年代に建てられたヨーロッパ最古のシナゴーグだ。特殊なゴシック建築で、1389年に起こった反ユダヤ暴動で殺されたユダヤ人の血痕を残しておくため、内部の壁は創建当時のままにしてあるという。内部にはラビ(ユダヤ教司祭)のイスや紋章旗などがある。内部はかなり暗く、太陽の光に馴れた目では、これらをよくみることができなかった。
このシナゴーグの通りを隔てたところにある石積みに赤い屋根の建物は「儀式の家」だ。
1912年に建てられた儀式のためのホールでもあったが、死体置き場でもあったところ。

旧・ユダヤ人街
旧・ユダヤ人街
ヨーロッパ最古のシナゴーグ
ヨーロッパ最古のシナゴーグ

ユダヤ人居住区を代表するビル
ユダヤ人居住区を代表するビル
儀式の家
儀式の家

●ピンカスシナゴーグ(Pinkasova)

旧ユダヤ人墓地に隣接する、プラハで2番目に古いシナゴーグだ。15世紀後半ラビのピンカスによって建てられた教会。内部の壁には、ナチスによって殺害された8万人の名前と死亡年月日がびっしりと刻まれている。
ピンカスシナゴーグを出るとすぐに旧ユダヤ人墓地への入り口に続く。狭い墓地内にはおおよそ1万2000基もの墓石があるといわれているが、墓石の下にも幾重にも埋葬されているそうだ。決められた狭いゲットー(ユダヤ人居住区)の中で生きたユダヤ人は、これ以上墓地を広げることができなかったのだ。ここに眠る最古の埋葬者は1439年で、この墓地はその後廃止され、以後の埋葬者はいない。

旧ユダヤ人居住区には、この他、クラウシスシナゴーグ、マイゼルシナゴーグ、スペインシナゴーグなどがある。いずれも内部にはユダヤ人の伝統や生活習慣、ユダヤの歴史や民族に関するものが展示されている。

ユダヤ人居住区は厚い壁の奧に部屋がまとまっている
ユダヤ人居住区は厚い壁の奧に
部屋がまとまっている

通りに面したドアは頑丈
通りに面したドアは頑丈

●プラハ城(Pražský hrad)

モルダウ(ヴェルタヴァ)川西岸、カレル橋を渡ると、フラッチャニの小高い丘があり、その上に歴代王の居城がある。プラハの町を一望に見下ろす城は9世紀半ばには建設されていたが、以後幾多の変遷を経て、14世紀カレル4世の下に現在の偉容が整えられた。
高い建物そのものが城壁になった広大な敷地には、旧王宮、宮殿、教会や修道院などが建ち、建物の一部は博物館や美術館になっている。

王宮の正門
王宮の正門

城の正面は城の西南のフラッチャニ広場からで、ここが城内への入り口である。この門の脇には直立不動の衛兵が立っていて、毎正時には交替が行われる。正午は特別で音楽隊をともなった交替式が行われる。
城内には、宮殿や教会などのほか、郵便局、案内所から、カフェ、レストラン、土産ショップなどもある。

王宮の丘の坂道
王宮の丘の坂道
対岸の公園から見る王宮
対岸の公園から見る王宮

●聖ヴィート大聖堂(Katedralá sv.Víta)

第2の中庭から第3の中庭に抜けると城内でひときわ高くそびえる大聖堂に出合う。見上げる尖塔の高さは約97m、内部の幅は60m、奥行き124mもある。プラハのゴシック建築の代表ともいえる圧倒的な迫力だ。もとは930年に建造されて円形型のシンプルな教会だったが、幾度か改築され現在の堂々たるゴシック様式になった。
内部は見事なステンドグラスがいくつも見られる。なかでも入り口から3番目の左側のステンドグラスはアールヌーヴォーを代表するチェコの芸術家アルフォンス・ムハ(ミュシャ)の作品として有名だ。

王宮内の教会
王宮内の教会
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教会の内部
教会の内部

●旧王宮(Starý Královský Palác)

第3の中庭中から正面に見える旧王宮は、歴代の王宮として16世紀まで使われていた。入り口を入った左側の部屋は「緑の部屋」と呼ばれているが、現在は書籍や土産物などの売店となっている。その奥にあるのがヴェラディスラホールだ。
花びらのような幾何学模様を描く天井と長さ62m、幅13mという、当時ヨーロッパでは最大級のホールであった。ここでは戴冠式などとともに騎士の馬上競技などの国家行事が行われた。
ヴェラディスラホールに続くバルコニーからは「百塔の町」プラハの美しい町並が一望できる。
王宮の丘から見るプラハの街
王宮の丘から見るプラハの街
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●黄金小路(Zlatá Ulička)

大聖堂と旧王宮との間の坂道の途中にある細い路地には、色とりどりの小さな家々が並ぶ。1597年にできたもので、どれも小さな建物で入り口も狭い。当時城に仕える召使いなどが住んでいたところだ。いつしかこの一角に練金術師たちが住むようになったことから黄金小路という名がついた。現在はみやげ物店になっていて、観光客で賑わっている。

怖そうな鷲?の看板
怖そうな鷲?の看板
ボヘミアン・グラスを売る店
ボヘミアン・グラスを売る店

オモチャ屋
オモチャ屋
レストラン前の人形
レストラン前の人形

プラハ城には、この他にも921年に完成した2本の白い尖塔と、ロマネクス様式の城内最古の「聖イジー教会(Bazilika sv.jiri)」や城の弾薬庫だった火薬塔や軍事的な目的だった白塔、黒塔もあり、普段は牢獄として使われた建物がある。
プラハのシンボルであるプラハ城を見学するだけでも、たっぷり1日を要する。さまざまな時代の建築様式の建物でいっぱいの美しい建築博物館ともいわれる世界遺産のプラハを堪能するには、もう数日滞在したいと思った。

川辺のレストラン
川辺のレストラン
何の劇場でしょうか
何の劇場でしょうか


チェコ共和国オフィシャル観光案内
子供と一緒、若者向けなどシ目的別にチェコの魅力を紹介しているほか、「実用情報」「おもしろ情報」も見られる。

取材:2006年9月