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南ウェールズの古城めぐり

ドライブライン

オイスターマウスの城からの展望 すでに「イングランド東部からウェールズへの旅」は掲載中だが、昨年に続き今年もまたウェールズ地方を訪ねた。
今回は晩秋の南ウェールズの自然とローマ時代の砦から中世にかけて栄華を誇った城を中心に古城めぐりだ。
ウェールズの首都カーディフから東へ約40マイル(約65km)のスウォンジーを起点に2日がかりで訪れた。


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
1日目:スウォンジー(Swansea)−ムンブレス(Mumbles)−ポートエイノン(Port Eynon)
約50マイル(80km)

2日目:スウォンジー(Swansea)−テンビィ(Tenby)−マノビェール(Manorbier)−ペンブローク(Pembroke)
約80マイル(約130km)


ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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1日目

●スウォンジー(Swansea)から

良港に恵まれたスウォンジーは古くから港湾産業が盛んだったが、ウェールズは産業革命後は良質の石炭鉱山が次々と発見されるとともに、銅の精錬所でおおいに潤った。
だが、無数の煙突から吐き出される煤煙で人々の健康を害するほど汚れた街でもあった。

スウォンジーの城跡
スウォンジーの城跡
現在はウェールズ最大といわれる市場や新しいショッピングモールなどが建ち、活気に満ちあふれている。中心地にはスウォンジー城跡もある。
スウォンジーの西に位置する全長55kmのガワー半島(Tha Gower Peninsula)は長く美しい砂浜と入り組んだ岩礁の海岸線を持ち、海水浴客からサーファーまた景観を楽しみにやってくる観光客とさまざまな人々を惹きつける南ウェールズの景勝地だ。

ガワー半島にはスウォンジーから海岸線を走る国道(A4067)を辿る。半島の突端にある街ムンブレス(Tha Mumbles)まで約10km。よく手入れされた芝生の公園の向こうに波の音を聞くだけの海も、やがて潮の引いた干潟を眺めながらの快適なドライブウェイだ。
このあたりは干満の差が激しく、潮の満ち引きのスピードが速い。干潟の遠くに煌めいていた波も、数時間後の同じ場所は道路の間近で荒波を立てていた。海水浴シーズンには急速に満ちる潮に毎年おぼれる人がいるという。

ムンブレスの街は小さな家々が並びまるでおもちゃの家のように愛らしく、またきれいだ。海を見下ろす高台にはオイスターマウス城跡と古い教会があり、狭い路地には小さな家がびっしりと建つ。
イギリスはどこでも一日中晴れ上がる日は少ないが、冬に向かってはほとんど毎日が霧と雨。この日も冷たい海風が音をたてて吹きあれ、大西洋からの荒波は白く大きく岩礁に砕け散っていた。寒く厳しい長い冬、寄り添いながら生きてきた歴史が、この小さな街からもよく見えてくるようだ。
ムンブレスの街
ムンブレスの街
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ムンブレス・ヘッドは荒々しい岩の海岸だ
ムンブレス・ヘッドは
荒々しい岩の海岸だ
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キャスウェル湾のサーファー
キャスウェル湾のサーファー

○ガワー半島の古城

オイスター・マウス城(Oystermouth)
12世紀初期にガワーの貴族であったヘンリー・ボモントの館として建てられ、1284年に大改築が行われたが、その3年後の1287年の戦いで焼失したままになっていた。その後1900年になって貴族の手からスウォンジー市の管理下に置かれ1989年に市の保存会が設立した。

オイスターマウス城
オイスターマウス城
オイスターマウスの城からの展望
オイスターマウスの城からの展望

オックスウィッチ城(Oxwich)
この城へ行くのは半島を縦断する一本の国道以外、多くは丘陵地帯に続く羊牧場の中、車が一台やっと通れるような狭い道を迷いながらだった。
城の基は14世紀だが、現在の城跡は16世紀中期にスウォンジーの貴族ライズマンセル卿が造ったもの。ライズマンセル卿はオックスウィッチ湾に難破する船の財産を略奪する権利を持っていた。16世紀後半にフランスの豪華線が難破、その財宝の多さにスウォンジーのセント・ジョージ・ハーバートなる貴族が欲に目がくらんで、この城主と争ったというエピソードがある。
初冬のウェールズ。牧場を縫う旅でもあった
初冬のウェールズ。牧場を縫う旅でもあった

ウェールズの資料では、難破船を襲ったと書いてあるが、湾を行き交う船の難破を待っているばかりではなかったようだ。戦利品?の多かった城は外部からも狙われやすく、高い城壁をめぐらせていたという。

オクスウィッチの城
オクスウィッチの城
オクスウィッチの城にはこんな紋章があった
オクスウィッチの城にはこんな紋章があった

半島にはこのほかウェオブレイ城(Weobley)、ペナルド城(Pennard)と4つの城跡があるが、ペナルド城は車では行けず、徒歩1時間ということだった。

公開されていない広大な城跡には羊の群
公開されていない広大な城跡には羊の群
フランス・ノルマンジー地方を思わせる古い民家
フランス・ノルマンジー地方を
思わせる古い民家



2日目

スウォンジーから西へ約30数マイル(60km)モーターウェイ(M4)から国道(A4)を経てテンビィ(Tenby)まで一気に走った。

●テンビィ(Tenby)

重くどんよりと垂れた雲、時折雨も混じる。こうなったら青空を見る日も先のこと。冬間近のウェールズで天気予報を気にしていてはどこへも行けない。それでもテンビィに着くと雨は上がっていた。
弧を描いて続く海岸線の先、岬に突きだした断崖の上にブルー、ピンク、黄色などのパステルカラーの小さな家がびっしりと並ぶ。断崖の下には褐色の砂浜が広がっていた。

テンビィの町は城壁の上におもちゃのように並ぶ
テンビィの町は城壁の上に
おもちゃのように並ぶ
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観光案内所の看板
観光案内所の看板

街の入り口、海風をいっぱいに浴びる通りにあるインフォメーションへ。無料であるのは街の簡単なイラスト入りの地図だけで、知りたい情報はあまりみつからなかった。
パステルカラーの家並はプチホテル、みやげ物屋、ティーサロン、ブティックや花屋など、夏には賑わいを見せていたはずの店も二重ガラスの窓やドアが堅く閉ざされていた。

海岸通りの路地を入ると古い教会を中心に狭い道をはさんで住居や商店があり、街の人々の日常生活があった。
教会の脇を抜けると12世紀にノルマン人が建造したという城跡があった。街全体が城壁に囲まれ城には堀がめぐらされている。
このテンビィの城と街は中世の面影をよく残していたため、ビクトリア時代(1837〜1901)にはすでに観光客が訪れていたという。
岬の城跡(テンビィ)
岬の城跡(テンビィ)

●マノビェール城(Manorbier)

マノビェール城
マノビェール城
テンビィから西へ国道(A4139)を約8マイル(約13km)、国道から海岸沿いに2マイル(約3km)砂浜と岩礁の入り江に建つ城は、いまから800年ほど前、ノルマン人の有力者が建造したもの。17世紀に起きた市民戦争で崩壊し廃墟となった。
夏には観光客の姿もあるが、公の交通機関はなく旅行者には行きにくいところ。重く沈んだ冬空の下、もう訪ねる人もない。

●ペンブローク城

マノビェールからさらに西へ10マイルほど(16km)、大西洋へと流れるペンブローク河の奥深くに位置する城。広い河口をもちながら入り組んだ河は城に自然の堀をめぐらせ、外敵を拒む。この自然の堀には200艘もの船が停泊できたという。16世紀エリザベス一世の居城でもあったことも知られている。
また城の地下からローマ時代の遺跡も発見され、現在発掘中だ。
外洋と繋がる河の背後には丘陵地帯内陸へと続き、豊富な食料も供給された。海を支配した当時の代表的な城ともいえる。シーズンには多くの観光客が訪れるという。

ペンブロークの町と城
ペンブロークの町と城
エリザベス1世も居城としたペンブローク城
エリザベス1世も居城としたペンブローク城

海からペンブローク川を遡り、この橋の向こうまで交易船が来た
海からペンブローク川を遡り、
この橋の向こうまで交易船が来た

ペンブローク国立公園は岩礁、岬、砂浜が美しい城
ペンブローク国立公園は
岩礁、岬、砂浜が美しい
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こうしたウェールズの古城や景勝地、ハイキングやスポーツ施設の多くは11月〜4月の間は閉鎖される。古城も内部を見学したい人は5月〜10月をめどに訪れたい。



○関連記事

[イングランド東部からウェールズへの旅(1)]
[イングランド東部からウェールズへの旅(2)]
[イングランド東部からウェールズへの旅(3)]
[イングランド東部からウェールズへの旅(4)]



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Miniで行く 英国カントリードライブ
個人によるイギリスでのドライブ体験記。レンタカーやモバイル事情も紹介されている。

取材:2003年11月