ニッポンレンタカーHOME > 旅のお役立ちガイド > ドライブガイド > トルコの旅(3)エーゲ海沿岸

トルコの旅(3)エーゲ海沿岸

ドライブライン

20万冊もの蔵書。エフェソスの図書館の威容 いまから2500年前ごろからエーゲ海地方ではギリシャ人の植民化がはじまった。多くの自然科学や哲学者を輩出したミレトスやもっとも繁栄した都市といわれ数々の芸術家が生まれ人々が人生を謳歌したというエフェソス、またアレキサンドロス王のあと、その遺産を継いだシリマコスが築いたベルガモン王国の都ベルガマなど多くの歴史遺産とともに、エーゲ海に浮かぶギリシャの島々を望む景勝地や温泉保養地もあり、レストランには魚料理も並ぶ魅力にあふれたドライブコースだ。
イズミールからチェシメ、ベルガモ、トロイなどエーゲ海岸沿いはトルコの旅(4)にまわして、ここではエフェス(エフェソス)、ミレト(ミレトス)の古代大都市を紹介しよう。


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
クシャダシ(Kusadasi)−エフェス=エフェソス(Efes)−プリエネ(Priene)−ミレト=ミレトス(Milet)
全行程 約200km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

<ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください>



●クシャダシ(Kusadasi)

トルコのエーゲ海では有数のリゾート地、ホテルやレストランの立ち並ぶ海岸通りと湾に突きだした小さな埠頭に中世の城がある。トルコやギリシャでは中世は歴史の片隅に置かれている。

クシャダシの港
クシャダシの港
この街にはこれといったみどころはないが、周囲にはプリエネ、ミレト、エフェスなど紀元前の遺跡がいくつもあり、これらの遺跡巡りの拠点としての利点がある。
遺跡周辺にはホテルの数も少ないばかりか、設備の整ったホテルはない。
できることならこの街の快適なホテルに宿をとり、夏の暑い盛りには午前中に遺跡見学をして、午後からマリンスポーツなどを楽しむとよい。

●エフェス(Efes)

以前はエフェソスといったが、現在はエフェスという。紀元前4世紀、絶大な権力を誇ったペルシャもマケドニアの王アレクサンドロスの支配に入った。
ギリシャ、エジプトからアジアへまたがる大帝国を建設、古代ギリシャのイオニアの12の都市の一つとして栄えていたエフェソスは、このころじわじわと勢力をつけてきたローマにより前133年に支配された。
その後、西暦55年に聖パウロがこの地を訪れキリシト教会を創り、初期キリスト教会の重要な拠点となった。その後もさまざまな民族の襲来があったが、ビサンチン時代に衰退した。
キリストが処刑された後、マリアが「住んだ可能性も否定できない」と書いてある山上の教会
キリストが処刑された後、マリアが
「住んだ可能性も否定できない」と
書いてある山上の教会


市場の跡。ゲート、石柱が見事
市場の跡。ゲート、石柱が見事
神々の“宅急便”エルメスの像
神々の“宅急便”エルメスの像

クシャダシから約15km。遺跡の入り口は北側と南側の2ヶ所ある。北側の入り口の駐車場に車を入れる。
土産物屋が並ぶ中、遺跡の地図や絵はがきなどを売り歩く男たちが執拗につきまとうが、彼らから日本語の案内地図を手に入れる。都市跡の絵入り地図だから、いま自分のいる場所や、目の前で見ている建物跡などがよく分かる。
また勾配のある都市を下りながら見学する南側ゲートへとタクシー運転手が群がってくる。暑い最中のこと、上り下りを往復するより下りながら見学できる南ゲートへとタクシーを利用した。

20万冊もの蔵書。エフェソスの図書館の威容
20万冊もの蔵書。エフェソスの図書館の威容
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)

売春宿の跡
売春宿の跡

売春宿の案内を記した石
売春宿の案内を記した石
トイレは並んで用を足し、議論も行われたという。下は水が流れ、水洗式だった
トイレは並んで用を足し、議論も行われたという。
下は水が流れ、水洗式だった


集会や宗教行事また商取引のされた上のアゴラ、ヘラクレスの門、トヤヤヌスの泉、ハドリアヌスの神殿と20万冊を超える蔵書があったというケルスス図書館はこの遺跡のクライマックスともいえる。
興味深いのは図書館の隣には公然の娼婦宿があり、その近くにはこの娼婦宿への道しるべと看板がある。足形もあり、「これより小さな足の人は禁止」ともいわれている。要するに“こどもはダメですよ”ということか。
また娼婦宿の裏には公衆トイレがある。当時の人々はおおらかだったのか、議論好きのローマ人たちは用を足しながらも互いに論じあっていたとか。

エフェソスの劇場
エフェソスの劇場
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)

クレオパトラも歩いたといわれるエフェソスの石畳
クレオパトラも歩いたといわれる
エフェソスの石畳


街は見事な石畳の道が続いていた
街は見事な石畳の道が続いていた

館丘の上の住宅に残るモザイク画は、あいにく修復中で観ることはできなかったが、市民にとって大切な場所であった大劇場や、クレオパトラも歩いたといわれる港から延びた大理石の道路アルカディアン通りを歩く。幅11m、長さ500mの道路沿いには商店が並び、街路灯も灯されていたという。
北側ゲート近くには体育場、競技場、聖母マリア教会と続く。体育場はローマ時代に資産家によって建造されたものや、体育館の南となりにあるU字型競技場の観客席の石は聖ヨハネス教会の建設に使われてしまったという競技場跡がある。

転落注意の標識。劇場の角にあった
転落注意の標識。劇場の角にあった
落石注意!見上げると怖い
落石注意!見上げると怖い

古代都市の構造を知る上にはぜひ時間をかけて歩きたいところだ。半日かけてもまだ、見たりないようだったが、見学できる部分はこの都市跡のなんと17〜18パーセント程度だそうだ。大規模な都市遺跡の発掘や復元は先の長いことだ。

●ミレト(Milet)

クシャダシから南へ約40km、わずかな道標を頼りに狭い田舎道をたどる。イオニア人の12の都市のひとつプリエネ(Priene)の遺跡がある。東西南北に揃った碁盤の目のような整然とした町並みは最古の都市計画といわれている。
プリエネよりさらに20kmほど南にはミレトの遺跡がある。古くはミレトスと呼ばれていた。ヘレニズム時代からローマ時代の初めまでは、イオニアの文化の中心地としてこの地方では最も栄えた都市だ。

劇場跡。中央の石柱は王座。樹木の先、水の見えるあたりは古代、海だった
劇場跡。中央の石柱は王座。樹木の先、水の見えるあたりは古代、海だった

「万物の根源は水である」と言ったターレスのように有名な自然哲学者や科学者、詩人などが多く輩出したのが、ここミレトである。
都市は港湾都市として貿易が中心だったが、その人口を支えたのはマイアンドロス川(現在のビュユックメンデレス川)流域の豊かな土地だった。
川は人々の恵みでもある反面、ときには氾濫や蛇行を繰り返し、都市機能を失わせる。その代表的な都市がプリエネで、川の度重なる氾濫で移転したものの、数年後には土石流で海から約7kmも後退し、貿易都市としての役割が果たせず衰退していった。
ミレトも同じ運命を辿ったが、前四世紀最初の劇場が造られ、また二世紀にトラヤヌス帝が手を加えて2万5,000人以上もの観客を収容できる大劇場となった時代に、最もミレトが繁栄期を迎えた。

劇場入り口付近は深い池になっていた
劇場入り口付近は深い池になっていた
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)

劇場の観客席
劇場の観客席

このミレトスの遺跡は交通の便が悪いせいか、マイクロバスなどに乗ったツアー客が一日数台しか訪れないとか。入り口付近の土産物屋も3軒だけ。
入り口を入ると、最大のみどころの劇場がある。再び川の水位があがったのか劇場の入り口は水没していた。水深はかなりのものでびっしりと藻が水底に根を下ろし、かえるが藻の間でゲロゲロと鳴いていた。近年造ったという博物館も、日本流に言えば床上浸水で閉館されたまま。飛び石伝いのように劇場跡の入り口を入ると、巨石を積み上げたトンネル状の階段を上る。

港の回廊跡には折れた石柱が続く
港の回廊跡には折れた石柱が続く
港に隣接した市場跡
港に隣接した市場跡

劇場の真下には港があったというが、最上階へ上っても海らしきものさえ見ることができない。劇場から港へと続く道はまだ土の中だったが、港にはかつて一対のライオンの石像があった。その一つはいま大英博物館にある。港跡から見渡す都市遺跡はアゴラに残る4本の石柱も半分は水の中、神殿へと延びる石畳の道も水の底だ。澄んだ水を透して見る住居跡や倒れた石柱は幻想的だ。

市場跡の広場は水の中だった
市場跡の広場は水の中だった
住居跡(手前)と市場の建物
住居跡(手前)と市場の建物

沈んでしまった神殿は屋根の部分だけが見えた
沈んでしまった神殿は屋根の部分だけが見えた
水に没した石畳には水苔がへばりついていた
水に没した石畳には水苔がへばりついていた

ファウセティーナ浴場も保存状態がよく、いまにもライオンの口から湯があふれ出るかのようだ。
広いミレトスの都市遺跡は見える範囲で1.5km四方ほどもある。遺跡の中には羊が放牧され、他に人といえば羊を追う男だけだった。見てまわるだけでも1日はかかる。
またガイドブックなどはミレトスの写真は、乾ききった大地の中の遺跡なので一見見間違いそうだ。

浴場の入り口
浴場の入り口
浴場のライオン。口から水が流れ出る
浴場のライオン。口から水が流れ出る

遺跡の前でオレンジを搾る老人
遺跡の前でオレンジを搾る老人
櫂を持った男の描かれた港跡の巨石
櫂を持った男の描かれた港跡の巨石

ミレトよりさらに約20km南にギリシャのデルフィと並ぶ神託のアポロン神殿跡が残るディディム(Didm/Didyma)の遺跡があるが、ミレトで時間をとりすぎて訪ねることができなかったことはいまでも残念に思う。

(トルコ文字は特殊なスペルがあるため、ここではアルファベットで表示した)


在日トルコ共和国大使館・トルコ政府観光局
トルコの基本情報や地域別の観光案内、ホテルやトルコ料理の紹介など、ひととおり知ることができる。
The Historic City
トルコをはじめギリシャ、チュニジア、シリアなど地中海沿岸諸国の遺跡や生活情報が掲載されている。

取材:2003年4月