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トルコの旅(2)中央部

ドライブライン

劇場は切り立った崖の上にあった 夏には気温摂氏40近くにもなるという内陸も3月はまだ山々は雪に覆われていた。
地中海沿岸のペルゲ(Perge)、アスペンドス(Aspendos)、シィデ(Side)を訪ねた後、再びアンタルヤ(Antalya)へ戻った。
トルコの地中海随一のリゾート地であり大都会であるアンタルヤはまだオフ・シーズンでホテルの多くは休業中か、半分営業というところが多い。だが道路はかなり交通量があり、旧市街の路地には昔ながらのアラブ式スークがある。そこには貴金属や仕立て屋、金物、古物の家電を売る店などがあったりで結構賑わっていた。
これより北西に国道350号線を辿りながらいくつかの遺跡とトルコの代表的な観光地であるパムッカレ(Pamukkale)を訪ねながらのドライブだ。


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ドライブライン

<コース>
アンタルヤ(Antalya)−テルメッソス(Termessos)−デニズリ(Denizli)−パムッカレ(Pamukkale)−ニッサ(Nyssa)−クシャダス(Kusadasi)
全行程 約450km、1泊2日

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●テルメッソス(Termessos)

アンタルヤから北へ向かう国道650号線を10km走ると分岐点に出る。
左のデニズリ(Denizli)方面へ国道350号線を辿る。分岐点から約15kmで左折テルメッソスへの標識に従って松林の中へ。まもなくゲートがある。ここはグーリュック・ダギ・ミリ国立公園の中にあり公園入園料の料金を払う。9,800,000トルコリラ(約700円)

松やそのほかの針葉樹を主にうねうねと続く山々を覆う森林は緑の少ないトルコには貴重なところ。夏はハイキングなど地元の人々で賑わうそうだ。いくつかの山を伝いながら道は続く。遙か眼下に広い畑や集落が見えたが、標高を上げると山の中は霧に包まれていた。こんな山道を約10km、「こんな山の中になにがあるのか」といぶかしく思うころ、広場に出た。
ここが標高1,650mの山に囲まれたローマ時代の城塞跡テルメッソスの入り口だ。しかし、遺跡の多くはこれより徒歩で約20分も山道を登る。ほとんど修復されていない遺跡は足下に崩れた石がごろごろころがっているので滑りやすい。スニーカーなど歩きやすい靴を用意したい。

遺跡は山の上部を埋め尽くしている
遺跡は山の上部を埋め尽くしている
水路の橋、神殿へのゲート、手つかずの遺跡
水路の橋、神殿へのゲート、手つかずの遺跡

自然を生かした強固な守りで知られた城塞はアレキサンダー大王でさえ、攻撃をためらったといわれている。
紀元前4世紀ごろ最古のアナトリア民族キリア人が築いたというが定かではないらしい。最盛期はローマ時代の前一世紀、ミトラダデス戦争でローマに味方したということでローマから自治権を認められたころという。
いつごろどうしてこの城塞都市が終わりを迎えたのかわからないが、幾度となくこの地域を襲った大地震で崩れたのだそうだ。

テルメッソス浴場跡
テルメッソス浴場跡
山上の遺跡にも競技場が…
山上の遺跡にも競技場が…

森の中雨と霧で足場の悪い山道を上る途中にも崩れかけているとはいえ、堅固な城壁が見え隠れする。やがて霧の中に浴場跡がぼんやりと見えた。近づくとアーチ門や彫刻が並んでいたと思われる壁、浴槽などがあった。
浴場の前には競技場の跡と、谷から続いてきたのであろうメインロードのような石畳の道など次々と古代の町の様相を見せてくれる。山腹や谷沿いに神殿やアゴラなどの建物があり、規模は小さいが古代ギリシャ・ローマ時代の整備された都市構造を見せてくれる。
ここでのみどころは深さ10mにもなる石造りの貯水槽だ。水のない山の上であるため遠くから引いた水を貯水槽に貯めて地下で都市全体に水を供給したものだ。

石畳は2000年以上もここに…
石畳は2000年以上もここに…
水場の跡。地下を水路が走っている
水場の跡。地下を水路が走っている

標高の一番高いところには半径33m、27段の客席で約4,000人を収容したという劇場がある。この劇場の背後は切り立った岩の斜面であった。
このような古代の遺跡をみるたびに、巨大な石を積み重ねる精巧で力強く美的な建築技術、それに増す労力などにいつも驚かされる。技術的な説明や巨石の運搬方法、人との関係など書かれた書物などを読んでも、その実物の前ではなかなか納得しないものだ。こんな山の急斜面などに作られた建造物にはとくに驚異としかいいようがない。

劇場は切り立った崖の上にあった
劇場は切り立った崖の上にあった
劇場跡
劇場跡
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ところどころに建物などの標識があるが、人が踏みかためた細い道を頼りに歩く。帰路は谷を挟んだ反対側の山腹を下ると無数の石棺があるネクロポリス。その全部の石棺はふたを開けられて空だった。苔むしたものや巨木や岩に引っかかるようにして転がる石棺の“群”の中を雨に打たれて歩くのは、不気味な感じでもあった。

集会所。アレクサンドロス大王の襲来を語り合ったかもしれない
集会所。アレクサンドロス大王の
襲来を語り合ったかもしれない

北側の斜面には支配者の石棺も。蓋は墓荒らしにこじ開けられていた
北側の斜面には支配者の石棺も。
蓋は墓荒らしにこじ開けられていた


●デニズリ(Denizli)へ

トルコの国土は広い。点在する遺跡や観光地を結ぶ公共の交通機関はあまり発達していない。国民の移動手段の多くは民営のドルムッシュ(いっぱい詰めるという意味がある)と呼ばれる乗り合いのミニバス、またはタクシーだ。
個人の旅行者は鉄道の最寄りの駅からこのドルムッシュを利用するかタクシーだ。だが、遺跡の多くは鉄道駅からの距離が遠いばかりか、行き先別のドルムッシュに乗り換えながらやっと辿り着く、という場所も少なくない。そのほかはツアーに参加すること。そしてもう一つ、レンタカーを借りることだ。これが一番自由な旅ができる。ただし、広いトルコはそれぞれの“足”を選んでも距離があり移動の時間はかかる。

デニズリの町の北には温泉で有名なパムッカレ(Pamukkale)がある。アンタルヤから約250km、峠をいくつも越え、町や村を抜けて走る。2日前に降ったという雪が峠に残り、白い山々がどこまでも続いていた。
デニズリの町はそんな盆地の中にあり、ここはパムッカレへの中継地だ。

●パムッカレ(Pamukkale)

石灰棚はかつて石灰を含むお湯が流れていた
石灰棚はかつて石灰を含むお湯が流れていた
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デニズリより北に約20km、トルコ語で「綿の城」という意味の温泉保養地だ。温泉水は二酸化炭素とカルシウムが化合して炭酸カルシウムとなり台地を流れ落ちる。真っ白な石灰棚は長い年月をかけてできたもの。真っ白な石灰棚に薄い乳白色の湯が流れ、太陽の光をうけて青、緑、白とさまざまにその表情を変える。
温泉水が溜まった石灰棚に入って遊ぶこともできたが、付近に立ち並ぶ温泉宿の乱開発で温泉が涸れはじめたため、現在は棚に湯を流すのは夏期の昼間だけということになってしまった。

世界遺産に登録されてからは景観保護のためからも石灰棚へ入ることまで禁止された。代わりに遊歩道ができ、入場料が必要となった。(4,000,000リラ 約280円)

●ヒエラポリス(Hierapolis)

パムッカレの背後に広がるヒエラポリスは紀元前2世紀ごろに始まった都市の遺跡。バルガモン王エウメネス2世によって建造されたものでこの時代では最も内陸にある。
この遺跡の高台に“プルトニューム”といわれる洞穴があり、洞穴内には高い濃度の二酸化炭素が噴きだしている。この有毒ガスは人を死に至らせるが、このガスを僅かに吸って自らをトランス状態におき、神託を人々に与えた司祭がいた。そのためにヒエラポリスとは聖なる都市という意味もある。
1万5,000人も収容した劇場、2世紀に建造されたという大浴場跡は博物館となっていて出土した彫刻などが展示されている。

博物館は古代の浴場跡をそのまま利用している
博物館は古代の浴場跡を
そのまま利用している

ヒエラポリス博物館の展示品
ヒエラポリス博物館の展示品

この遺跡には1,000を超すという石棺があり古代共同墓地としては最大級の規模だ。墓の様式も、ヘレニズムからビサンチンまで続いた都市を示すようにさまざまな時代のものだ。このネクロポリスを通して見るアーチ門と石畳は町の南北を貫いた大通りの北門で、1世紀ドミティアヌス皇帝の名からつけられた「ドミティアン門」だ。

ヒエラポリスの墓地は壮大、豪華な石棺が反映を偲ばせる
ヒエラポリスの墓地は壮大、
豪華な石棺が反映を偲ばせる

ヒエラポリスの南北を貫く大通りの北門
ヒエラポリスの南北を貫く大通りの北門
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遺跡内にあるパムッカレ・モーテルは大理石の石柱などがころがる池のような温泉で、深いところは3mもある。日本流にいえば千人風呂ともいうのだろうか。水着をつけた観光客で賑わっている。水中メガネをつけて温泉の底に沈む古代遺跡を楽しんでいる人もいた。宿泊施設はない。ロッカーのついた脱衣所がある。

ヒエラポリスの温泉ホテル
ヒエラポリスの温泉ホテル
遺跡の中の温泉プール。石柱や石畳がプール内にある
遺跡の中の温泉プール。
石柱や石畳がプール内にある


●カラハユット(Karahayit)

石灰棚から5kmほどのところにある温泉保養地。鉄分を多く含んだ褐色の温泉が噴きだしている。
湯量もかなり多く、周辺にはスパ・リゾートホテルからトルコ人向けの民宿風宿までが建ち並び、町にはみやげもの屋もある。

リゾートホテルでは日帰り入浴もできるが、水着は持参。ホテルでも売っているが割高だ。
カラハユットのお湯は豊富だ
カラハユットのお湯は豊富だ

●ニッサ(Nyssa)

ニッサの劇場跡。近くに未発掘の競技場もある
ニッサの劇場跡。近くに
未発掘の競技場もある

パムッカレからデニズリを経由して国道320号線を西へ約90km、国道より少し入った山の中にあった。劇場跡の前の広場が駐車場になっているが、そのほかはほとんど発掘もされていない古代遺跡である。一応料金は4,000,000リラ(約280円)を徴収する小屋があってひとりの番人がいた。
畑の中に競技場の跡はあると教えられたが、その競技場の石積みの壁がはたけの囲いとして使われていた。またアゴラの跡には太いオリーブの木がたくさん植えられていた。

これよりエーゲ海のリゾート地クシャダシ(Kusadasi)まで約80km。
ここはトルコに多く残る古代遺跡の中でも最大級であり、最も有名なエフェス観光の起点でもある。
また、エーゲ海沿岸は古代遺跡の宝庫でもある。
クシャダシの港
クシャダシの港


在日トルコ共和国大使館・トルコ政府観光局
トルコの基本情報や地域別の観光案内、ホテルやトルコ料理の紹介など、ひととおり知ることができる。
The Historic City
トルコをはじめギリシャ、チュニジア、シリアなど地中海沿岸諸国の遺跡や生活情報が掲載されている。

取材:2003年3月