ニッポンレンタカーHOME > 旅のお役立ちガイド > ドライブガイド > イングランド東部からウェールズへの旅(1)

イングランド東部から
ウェールズへの旅(1)



ホームページでははじめてのイギリス紹介だ。筆者にとっても久しぶりのイギリス訪問である。ロンドン見物をしながらイングランドの中央部から南部方面への田舎道を辿り南ウェールズの古城や自然の風景を訪ねてみた。
ローマ時代に作られたバースの浴場
ローマ時代に作られたバースの浴場
夕暮れのストーンヘンジ
夕暮れのストーンヘンジ
オックスフォードやシェークスピアの生家のあるストラトフォード・アポン・エイヴォン、また古代ローマ風呂のあるバース、ミステリアスなストーンヘンジなどの有名な観光地も見逃せないが、ストラトフォード・アポン・エイヴォンから、南のバースまで約160kmも続くコッツウォルズ丘陵は快適なドライブコースとしてお薦めだ。
ゆるやかな起伏の中に羊が群れ、点在する小さな村には茅葺きの古い民家が残り、イギリスのカントリーを代表する風景である。
ウェールズの丘陵地帯
ウェールズの丘陵地帯
ウェールズのカーフリー城
ウェールズのカーフリー城
また古城が点在し、自然林と緑の牧場に羊の遊ぶ中に小径がどこまでも続くウェールズのブレコン・ビーコンズ国立公園をWRC(世界選手権)のラリー・カーのコースを辿ってみた。
イギリスは日本と同様、右ハンドル左側通行の国だ。交通法規もほぼ同じ。ただし、距離はマイル(1マイル=1.6km)、またスピードは速く一般道路でも60マイル(約90km)以上で走り抜けていく。注意したい。

長距離コースのためイングランド地方を2回に、またウェールズ地方を1回と、計3回に分けて紹介しよう。





<コース>
ロンドン(London)−オックスフォード(Oxford)−ストラトフォード・アポン・エイヴォン(Stratford Upon Avon)−コッツウォルズ(Cotswolds)丘陵を経て−バース(Bath)−ストーンヘンジ(Stonehenge)−ウィンザー(Windsor)−ロンドン
全行程 約1,000M(マイル)=約1,600km、7泊8日
道路の種類: Mは高速道路、Aは国道。Bは日本でいう県道にあたる。これらの道路標示の数字が小さいほど重要道路だ。

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

<ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください>



日本で一般に使われている「イギリス」という国名はイングランドを語源としているが、正式には「グレート・ブリテンと北アイルランド連合国」(The United Kingdom of Great Britain & Northern Ireland)という。イングランドとウェールズとアイルランドそれに北アイルランドの連合国だが、国民それぞれ4つの国という意識が強い。
ここでは長い国名を割愛し、便宜上「イギリス」と呼ぶ。ただし、今回の旅はイングランド地方とウェールズ地方である。

●ロンドン(London)

ロンドン塔内のホワイトタワー
ロンドン塔内のホワイトタワー
古代ローマの伝統にはじまり、かつては「七つの海」を支配した大英帝国の首都であった。もちろん今もイギリスの首都としてこの大都会には大英帝国の華やかな歴史を誇る風格ある建築物が多く残る。
また大英博物館や数多いギャラリー、ロンドン塔などに納められた金銀財宝、絵画彫刻、美術工芸品の数々が過ぎし日の栄華の歴史を存分に魅せてくれる。

また、ここはミニスカートやパンクの発祥の地であり常に最新のファッションを生み出すところでもある。
だが、白人の国イギリスのつもりがロンドンを歩く限りは白人国家にあらず、まさに人種のるつぼである。大英帝国は偉大なる遺産とともに旧植民地から大勢の移民を抱えたコスモポリスだなのだ。
ロンドンのみどころを見物しようとすれば、いくら時間があっても足りないだろう。
ロンドンのバー
ロンドンのバー

みどころのすべてを知りたい人はガイドブックにお任せして、ここではロンドン市内を抜けて、世界で最も古いといわれている学園都市オックスフォードを皮切りにイングランドからウェールズへ向けて旅へと出た。
雨でも観光名所ピカデリーサーカスは人が絶えない
雨でも観光名所ピカデリー
サーカスは人が絶えない
大英博物館の内部
大英博物館の内部

●オックスフォード(Oxford)へ

市内からはA40号線を辿るとそのまま高速道路M40号線に続く。ロンドンから西北西に60マイル(約100km)、テムズ河の上流沿いにある世界最古といわれる学園都市オックスフォードへ。
イギリスは日本と同じ左側通行、というより日本がイギリス式左通行を取り入れたのだ。高速道路(Mで示されたMotorway)の最高速度は道路上には明示されていないが、高速道路は70マイル(112km)。インターチェンジは地名と同時に番号で表示されているので見知らぬ地名を覚えるより、あらかじめ番号をマークしよう。
また高速道路はウェールズとの境界であるセバーン川(River Severn)に架かる一部の橋やトンネルを除くと基本的には通行料は無料。一般道路も指示がない限り同じ70マイルで、村や町の中や見通しの利かないところでは最低30マイル(48km)とある。ただし、何事にも規則には厳しい国、くれぐれも安全運転を…。

学部と教会、民家の混じる街でもある
学部と教会、民家の混じる街でもある
オックスフォードはロンドンを出てはじめての大きな町だ。
バーミンガム(Birmingham)方面に向かうM40との分岐点近くでオックスフォード(Oxford)への標識にしたがって走ると、そのまま町へと入っていく。新興住宅街を抜け暫く行くとゴシック建築の尖塔を持つ建物が木立の向こうに見えてくる。
町の中にはいくつかの駐車場はあるが、古い町なのでシーズンには駐車場さがしは苦労しそうだ。

●オックスフォード(Oxford)

現在、15万人の人口の町に内1万3,000人が学生というオックスフォードは40あまりのカレッジがあり、このカレッジの総称がオックスフォード大学といい、これらのカレッジに学生が在学している。
もとは羊毛の集散地だったこの地に13世紀に修道士が集まり、次第にカレッジが形成されていった。修道士の多くは伝道士であると同時に哲学者でもあった。こうした人々が約1世紀後1,500人の学者からなるオックスフォード大学として発展していった。
多くの政治家、科学者などを生んだことで有名なこの大学の起源ともいわれるクライスト・チャーチの礼拝堂は12世紀まで遡る歴史を持つ。
グレート・トム(Great Tom)の名で知られている古い大きな鐘は、かつてカレッジの門限を知らせていたもの。いまも当時の午後9時5分に鳴らしている。
1264年に創立した最も古いカレッジの一つマートン・カレッジ(Marton College)には日本の現皇太子殿下が留学されていたことでも有名だ。
またこのカレッジの図書館の蔵書が多く充実していることでも名高い。
世界最古の図書館ボドリアン(The Bodleian Libraly)はイギリスで出版されるすべての本が収められている。
カレッジの多くと図書館は無料または有料で見学や利用することができる。
市内全体が歴史ある建物で、裏道の小さなティルームやレストランにも古いイギリスの民家などが利用されたりしていて中世の雰囲気を残している。とくに驚いたのは石畳の狭い路地の奥に1600年代のホテルがあったこと。日本風にいえば旅籠といった感じだが、現在も営業中の看板があり、数人の客が蔦の絡まる小さな庭のベンチでティータイムを楽しんでいた。
1600年代の宿
1600年代の宿
宿の看板
宿の看板

●シェークスピアの故郷
  ストラトフォード・アポン・エイヴォン(Stratford Upon Avon)


文豪シェークスピアの生誕地として知られる町でイギリスの代表的な観光地である。
オックスフォードからほぼ北へ45マイル(約70km)M40号線の高速道路をインター11のバンベリー(Banbury)で出て県道の狭い田舎道を走る。緑の牧草地に羊の群をみながら15マイル(約20km)も行ったところに石造りに茅葺きの屋根の古い民家に出会った。村に入ると古い小さな教会を中心に茅葺き屋根の民家が並んでいた。
そのはずであった。このあたりより南へ下る一帯は、中世の庶民の文化遺跡がそのまま残る村々の点在する、もっともイングランドらしい田舎の風景の続く街道なのである。
このコースについては次回に回して先を急ぐ。
エイヴォン川の流れる公園や4月〜11月まで『ロミオとジュリエット』『真夏の夜の夢』『マクベス』などシェークスピアの作品が毎日上演される「ロイヤル・シェークスピア劇場」もあり大駐車場には大型観光バスがいっぱいだ。

●シェークスピアの生家

偉大な劇作家シェークスピアの生まれた家は意外に質素だ。
皮の手袋職人をしていた両親のもと1564年ここで彼は産声を上げ、18歳で8歳年上のアンと結婚し、2人の子供を残してロンドンへ。劇作家の助手をしていたが26歳ごろから作家活動をはじめた。
シェークスピアの生家
シェークスピアの生家

『ヘンリー6世』、『リチャード3世』、『じゃじゃ馬ならし』など歴史劇や喜劇を多く手がけ『ハムレット』、『オセロ』、『リア王』、『マクベス』の四大悲劇を発表後、生まれ故郷に帰り6年を過ごした1616年、52歳でこの世を去った。

現在は生家の周辺は土産屋やレストランがひしめくように建ち並び、保存された生家も観光の町の中に埋もれていた。面白かったことは今もなお偉大なるシェークスピアの実家(生家)では、父親が営んでいたように売店で“皮手袋”を売っていたことだ。もちろん現代の商魂逞しい観光業界のことだが、シェークスピアはあの世でいまだに皮手袋を売っている我が家に苦笑しているかも。

ロンドンから200km弱の距離だが、昔は都から遠く離れた片田舎であっただろうということが容易に想像できるほど、町を一歩出れば隣の村までは羊しかいない丘陵地帯が続くだけだった。





UK NOW
在日イギリス大使館、ブリティッシュ・カウンシル、英国政府観光庁、在日英国商業会議所が共同で英国トラベル情報などを提供。
Miniで行く 英国カントリードライブ
個人によるイギリスでのドライブ体験記。レンタカーやモバイル事情も紹介されている。

取材:2002年11月