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特別編・ヴェネチア写真集



サン・マルコ広場の塔から見る総督宮殿と街 イタリア屈指の観光地ヴェネチアは、いまから約1500年前ローマ帝国が衰亡しはじめたころ、それまで北東イタリアが中心だった人々がこの安全な中州のような潟地帯に住み着いたのがはじまり。
そして6世紀後半東ローマ帝国がラヴェンナの総督を創設すると、潟地帯の住民は塩の供給地として発展、商人としての旺盛な活動で貿易圏を広げていった。828年、エジプトのアレキサンドリアから聖マルコの遺骸を運び、それ以来ヴェネチアは聖マルコの守護のもとに繁栄していった。11世紀初頭に建立されたヴェネチアの中心聖マルコの墓廟を納めたサン・マルコ寺院と大理石を敷き詰めたサン・マルコ広場を巡る回廊は、いま有名なカフェやブティックが軒を並べる。





マップ



水に浮かぶ・・・の表現がぴったりのヴェネチア
水に浮かぶ・・・の表現がぴったりのヴェネチア

9世紀から13世紀にかけてはアドリア海に本拠を置くスラヴ人海賊やイスラーム教徒のサラセン人などとの苦難が続いたが、十字軍の支援を受けてコンスタンチノーブルを征服、その膨大な勝利品(略奪品)が流れ込み、一方では高価な物産の取引が盛んになった。その上、マルコ・ポーロMarco・Polo(1254〜1324)が中国から巨万の富を持って帰ってきた。
お馴染みの風景。観光地ではしゃぐ若い女性グループ
お馴染みの風景。
観光地ではしゃぐ若い女性グループ
ガラス細工の店。女性が品定め中だった
ガラス細工の店。
女性が品定め中だった

15世紀前半、ヴェネチアが最も強大な時代を迎え建築・絵画・彫刻など見事な美術が華やかに花開いていった。
ビサンチン風(12〜13世紀)とルネッサンス様式(16世紀)の建築は大理石をふんだんに使いモザイク画が壁面を飾る。また輪郭をぼかした色で表現された官能美はヴィネチア絵画の特徴ともいわれている。
サン・マルコ広場と塔
サン・マルコ広場と塔
ヴェネチアの町は117の島々からなり150の運河を400の橋が結ぶ。通りは狭く、車は乗り入れることはできないが、島に渡る手前には大駐車場がある。島々への交通は船で、大運河(Kanal・Grande)には水上バスが頻繁に運行され、水上タクシーもある。
狭い運河には観光用のゴンドラが行き交う。
ヴェネチア駅のホーム
ヴェネチア駅のホーム
駅前広場の大運河にはモーターボートのタクシー乗り場もある
駅前広場の大運河にはモーター
ボートのタクシー乗り場もある

ヴェネチアの人たちはバスと同じに運河を行く船を使う
ヴェネチアの人たちはバスと同じに運河を行く船を使う
イタリア男、ゴンドラの船頭は粋な姿で客を呼ぶ
イタリア男、ゴンドラの
船頭は粋な姿で客を呼ぶ
大運河に係留されるゴンドラ
大運河に係留されるゴンドラ
ゴンドラは時間単位でその料金は異なる。1時間かけて運河から名所を案内してもらうと約2万円。6名まで乗れるのでひとり4,000円弱だから時間と仲間があったらぜひゴンドラに乗ってみたい。映画などで見る美声のカンツォーネ付きはもちろん別料金だ。

運河とゴンドラ
運河とゴンドラ
アカデミア美術館前の大運河を行くゴンドラ(背後はサンタマリア・デラ・サルーテ教会)
アカデミア美術館前の
大運河を行くゴンドラ
(背後はサンタマリア・
デラ・サルーテ教会)

ゴンドラは日常の交通手段としても生き残っている
ゴンドラは日常の
交通手段としても
生き残っている

ベニスでしか見られないゴンドラだけ通行可の標識
ベニスでしか見られない
ゴンドラだけ通行可の標識

右折禁止。道路標識と同じだ
右折禁止。道路標識と同じだ
観光ゴンドラは約800艘とか。その客の8割は日本人というから驚きだ。
「雨の日も風の日も、また雪の日も日本人はゴンドラに乗る」と船頭はいった。
縦横に走る小運河。ゴンドラの船頭が客を待つ
縦横に走る小運河。
ゴンドラの船頭が客を待つ
運河沿いのマーケット。客の多くは船で来て、船で帰る
運河沿いのマーケット。
客の多くは船で来て、船で帰る

“画伯”を気取るお年寄り。得意そうに描き続けていた
“画伯”を気取るお年寄り。
得意そうに描き続けていた
ムラノ島の運河。小さい島で交通は運河の船
ムラノ島の運河。
小さい島で交通は運河の船

かつては世界の富を集め経済の中心として栄華を欲しいままにした商業都市も1453年トルコ人によるコンスタンチノーブル占領から衰退がはじまり、コロンブスのアメリカ大陸発見の後は通商路も変わり痛手を受ける。そして18世紀ナポレオンが侵入し、10世紀にわたる伝統ある政体が廃止された。
ベニスでは露天などでさまざまなお面が売られている
ベニスでは露天などで
さまざまなお面が売られている
ヴェネチア・グラスの工場。職人さんが馬を作っていた(ムラノで)
ヴェネチア・グラスの工場。
職人さんが馬を作っていた
(ムラノで)

“ため息の橋”には頑丈な鉄の格子があった
“ため息の橋”には
頑丈な鉄の格子があった

“ため息の橋”からサン・ジョルジョ島。橋を渡った囚人は2度と見られない世界だった
“ため息の橋”からサン・ジョルジョ島。
橋を渡った囚人には
2度と見られない世界だった

そして、いまこの潟地帯は20年ほど前から急激な地盤沈下が起こっている。

長い歴史の上に築かれたヴェネチアの貴重な遺産は「世界遺産」に指定され、後世に残そうとユネスコが中心になって地盤沈下をくい止めようと努力しているが一度崩壊がはじまった自然の力に、現代の土木工事技術がはたして追いつくのか、傾いたいくつもの教会の尖塔を見ながら世界中の人が心配している。
“ため息の橋”下はゴンドラのメインルートだ
“ため息の橋”下は
ゴンドラのメインルートだ
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晴れた日、サンマルコ広場のレストランから
晴れた日、サン・マルコ
広場のレストランから
宮殿の裏には古い家々があった
宮殿の裏には古い家々があった
夕暮れの大運河とサンタ・マリア・デラ・サルーテ教会
夕暮れの大運河とサンタ・マリア・デラ・サルーテ教会


ジャパン・イタリア トラベルオンライン
イタリア旅行に関する情報が充実。地域別検索で「ヴェネト州」を見ればヴェネチア周辺の情報がある。

取材:2002年8月