ニッポンレンタカーHOME > 旅のお役立ちガイド > ドライブガイド > ナポレオン街道(後編)

ナポレオン街道(後編)



ナポレオンの生誕地「コルシカ」へ

断崖上のボニファシオの旧市街 コルシカはイタリアの西イベリア海岸ジェノヴァ(Genova)より約150km、ピサ(Pisa)より約80kmの地中海にあり、面積は四国の半分ほどの島である。地形は最高峰チントゥ山(2,710m)をはじめ2,000m級の急峻な岩の山々が連なり、平地はごくわずかしかない山岳の島だ。フランス領でありながら日本人には馴染みの薄い島でもある。
訪れたのは10月の下旬であったが日中は海岸では日光浴や水泳を楽しむ人もいるほど、夏のシーズンは長い。
太陽に恵まれたコルシカ島の長い夏は、ヨーロッパ各地からリゾート客がやってくる。

ナポレオン皇帝像 1765年8月15日、ここコルシカの西アジャクシオでナポレオンは生まれた。そのころのコルシカはジェノヴァ領からの独立戦争が終わりフランス領に変わったばかりであった。イタリア人であったはずのナポレオンは生まれたときはフランス人となった。
独立戦争で戦死した叔父の名をとってつけられた名前は、“荒野のライオン”を意味するともいわれるナポレオンと命名。本名ナポレオン・ボナパルド。その生家はアジャクシオの海岸通り近くにある旧市街の狭い路地に残っていた。

またコルシカは「星の王子様」「夜間飛行」などの作者サン・テクジュベリが最後に飛び立った飛行場のあるところでもあり、「レ・ミゼラブル」などの著者ビクトル・ユーゴが2年間過ごした別荘もある。





<コース>
ニース(Nice)−(飛行機で45分)−アジャクシオ(Ajaccio)−コルテ(Corte)−バスティア(Bastia)−アジャクシオ−ボニファシオ(Bonifacio)−アジャクシオ
コルシカ島へはニース(Nice)、マルセイユ(Marseille)などからフェリーもあるが今回はニースより飛行機を利用した。
全行程 約700km、アジャクシオ起点に4泊5日

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

<ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください>



●アジャクシオ(ajaccio)

四国の約半分という面積のコルシカは南北2県に分かれていて、北はバスティア、南はアジャクシオが首府だ。そのほか中心部のコルテ、最南端のボニファシオなどの町があるが、人口26万の島にはそれほど大きな町はない。
ローマ時代には都市も築かれいてた島はイスラム勢力に破壊され、中世に入ってからピサとジェノヴァの都市国家による植民地となったが、アジャクシオには古い歴史を感じさせる建物などは少ない。どちらかというと リゾート地 だ。
しかし、高級ホテルが並ぶコート・ダジュールのような派手さはない。
(市街より約20km南の海岸線にいくつかの高級ホテルがあるが数は少ない)

コルシカは島全体山岳地ともいえるところ。そのため海に注ぐ川も多いせいか、地中海の島の中でも魚が美味しい。
ただ、フランス領でありながらアジャクシオなどの町の中のレストランでは、せっかくの魚も生かされないものばかりだ。 高級魚 は高級レストランのあるリゾートエリアがおすすめ。

アジャクシオの港
アジャクシオの港
海岸には数軒のレストランが外にテーブルを並べているが、その前の浜は漁網が積まれ、静かな湾には小型漁船がつながれる小さな港である。
海岸通りと平行するメイン道路沿いがこの町の繁華街で、西はずれにわずかに残る旧市街がある。

ナポレオンの生家はこのアジャクシオの観光地図には載っていない。これは驚きだった。
尋ねて見つけた生家は洗濯物がぶら下がる狭く汚い路地にあった。4階建てアパート風の家には「ナポレオンの家」と表示されていた。その前庭には「ナポレオンが15歳までここで過ごした」と書かれたものがあり、少年のころの胸像が立っていた。
建物の隣のドアは「博物館」となっていたが今は閉鎖中だった。
しばらくすると、団体観光客がガイド嬢につれられてやってきた。やはりここは“名所”なのだ、しかもフランス史に残るかつての皇帝なのだ、とガイドの説明でやっと思えたのだった。
ナポレオンの生まれた家。左が入り口
ナポレオンの生まれた家。左が入り口

生家の向かいにあるナポレオン少年時代の像
生家の向かいにある
ナポレオン少年時代の像


若き日のナポレオン騎馬像
若き日のナポレオン騎馬像
ナポレオン皇帝像
ナポレオン皇帝像

アジャクシオにはこの他にナポレオン像が2つある。騎乗のナポレオンと、天を突くような高い台に乗った雄姿である。だがどちらにも観光客の姿はなく、たった一軒の小さなみやげもの屋しかない。

●バスティア(Bastia)への道

アジャクシオからバスティアまで鉄道とほぼ平行するように国道(N196)が通る。約150kmだが2,000m級の山々を縫って走る道はヘ峠や谷をこえるへアピンカーブの多いところ。
その上、海岸沿いには明るい太陽が輝いていても山は天候も変わりやすく、突然の雨や濃霧に襲われることも少なくない。

コルシカ中央部の山村
コルシカ中央部の山村
行く手にはいくつもの切り立った岩山が続く景色のよいところでもある。途中、古都コルテをはじめ小さな町や村にも出会う。
どの町や村も教会の尖塔を中心に石造りの家々が肩を寄せ合い絵になるような風景だ。

●コルテ(Corte)

島のほぼ中央部にあるコルテの町は、岩山にへばりつくように古い石造りの家が並ぶ。斜面を登り狭い路地に民家が密集し山の上には堅固な城壁が残る。

ジェノヴァやピサの植民地だったコルシカの住民は山岳地帯に逃れ、そこでひっそりと生き延びてきた。
やがて衰退したジェノヴァに替わってフランス領となったコルシカは18世紀にフランスからの独立戦争の旗を揚げたころ、ここコルテが彼らの中心地だった。そのころの独立闘争はいまも尾を引いている。

現在はコルシカ唯一の大学があり、島の他の町ではあまりみかけなかった若者の姿が多く活気がある。
コルテ近く、コルシカ中央部の岩山
コルテ近く、コルシカ中央部の岩山

コルテの城跡。今は大学がある
コルテの城跡。今は大学がある

●バスティア(Bastia)

バスティアの港と教会
バスティアの港と教会
ゴロ(Golo)川沿いを20kmほど下ると青い海が視界に飛び込んできた。そして遠くにエルバ島が浮かんで見えた。ナポレオンがロシアとの戦いで敗れ、流された島であり、ここから脱出してカンヌへと向かった島だ。
写真におさめたつもりだったが、残念ながら75ミリの望遠しかないデジカメでは、遠くに霞むエルバ島の姿は捉えられなかった。

○飛行場とサン・テグジュベリ

国道から3kmほど入ったところに、リニューアルしたばかりの飛行場があり、ここからパリやニースなどへの発着便がある。この新しい空港の表玄関にサン・テジュベリがここから最後の偵察飛行に飛び立ったことを記念する碑が立っていた。
ターミナルから300メートルほど離れたところに新空港と同じ滑走路を使っているフランス空挺部隊の駐屯地があり、古い兵舎はサンテックがここにいたのか、と想像させるような建物だった。すぐ近くには「サン・テクジュペリ」と名付けた飛行学校があり、薄暗い格納庫には小型機が並び、小説の世界を連想させた。

サン・テグジュベリには「夜間飛行」「南方郵便機」「戦う操縦士」「星の王子様」などの著作がある。フランスの50フラン紙幣に顔写真が印刷されているが、ユーロの採用で間もなくこの紙幣は姿を消す。
最近マルセイユ沖でサンテックが操縦していたと見られる飛行機の残骸が発見されたと聞いた。
新バスティア空港のサンテクジュペリ記念碑
新バスティア空港の
サンテクジュペリ記念碑


サン・テクジュペリの飛び立った兵舎には空挺部隊がいる
サン・テクジュペリの飛び立った
兵舎には空挺部隊がいる


○ヴィクトル・ユーゴの住んだ家

旧市街ゲートに近いヴィクトル・ユーゴの滞在した家
旧市街ゲートに近い
ヴィクトル・ユーゴの
滞在した家

バスティアの高台の旧市街を取り囲む城壁のゲートをくぐると教会があり、そのはす向かいに「レ・ミゼラブル」を書いたヴィクトル・ユーゴが2年間住んだ家がある。
今は数家族がアパートとして使っているがドアの上には「メゾン・デ・ヴィクトル・ユーゴ」と記された石版が埋め込まれている。
通りかかった女子学生に尋ねたら、やはり大作家、ユーゴが暮らした所だった。新しい自動車道路はこの下をトンネルで北へ抜けている。海側が大きく開け地中海が美しい。
どちらも現地の観光ガイド地図には載っていないし、知る人も少ない。

●ボニファシオ(Bonifacio)

アジャクシオに戻った翌日最南端の岬の町ボニファシオを訪れた。国道を離れ海岸線の美しい県道を走る。
プロプリアノ(Propriano)の海岸から国道(N196)へ出るとまた山道に入る。
アジャクシオから岬までは約160km。
岩山にへばりつくようなサルティネの街
岩山にへばりつくようなサルティネの街

岬の灯台まで観光客は車で行くことはできないが、歩いても1kmほど。灯台の向こうにはイタリア領の島、サルディニアが間近に見える。ボニファシオ海峡を挟んでサルディニアへは約20kmの距離だ。双眼鏡で覗くと入り江に密集するいくつかの町も望め教会の尖塔までもはっきりと見ることができる。
深く入り込んだ湾の南に張り出したこの岬には第二次大戦当時のトーチカなどもある。

断崖上のボニファシオの旧市街
断崖上のボニファシオの旧市街
ボニファシオ旧市街の中は狭い迷路
ボニファシオ旧市街の中は
狭い迷路


この岬の最大の見どころは垂直に切り立った岸壁だ。岬に沿って垂直に立つ白い岸壁は一見氷河の断面のようだ。この岸壁の上には小型車がやっと通れる道や城門のある古い町がある。

○コルシカのシンボル

頭に白いバンダナを巻く黒人の青年の横顔(写真)は空港、ホテル、道路脇などあらゆるところで目にする。これはコルシカのシンボルという。
由来ははっきりしないが、伝説と史実がいりまじって独立運動の象徴となっているミステリアスな人物だ。
ナポレオンの生まれた島コルシカの主人公は、いまは白いバンダナの青年なのである。
コルシカで目につくムーアズ・ヘッド
コルシカで目につく
ムーアズ・ヘッド




フランス政府観光局
フランスの地域別観光情報や宿泊、イベント、交通情報など。「旅の基本情報」では日本語の通じる病院も紹介。
「ナポレオンとヴェルサイユ展」(日本経済新聞社主催)
皇帝戴冠から200周年を記念して、ヴェルサイユ宮殿美術館のコレクションを中心にナポレオン関係の絵画、彫刻、家具、工芸品などを展示。
コルシカ協会ホームページ
コルシカの地理と歴史、コルシカ島観光案内、島内での観光スポットと移動方法などを紹介。

取材:2001年10月