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ナポレオン街道(前編)
ナポレオン街道(前編)
ナポレオン一世といえばフランス革命を清算し、ブルジョアジー支配体制を安定させる役割を果たし、フランスの国民的英雄として後世のナポレオン伝説まで残した人物である。
1815年いったん失脚し幽閉された地中海のエルバ島を脱出し、コートダジュールはカンヌに上陸、「百日天下」といわれる再度の皇帝へと向かったナポレオンが400人余の兵士を伴ってパリへと向かった。その道は1932年に整備され、現在はカンヌからグルノーブルへの約350kmが「ナポレオン街道」(N85号線、Nは国道)と名づけられ観光道路となっている。
今回はこの偉大なるナポレオンの足跡の一端を追って、グルノーブルからカンヌまでの約350kmを逆コースではあったが辿ってみた。そして、後半はさらにナポレオンの生まれ故郷コルシカ島へ。ここで現存する彼の生家も訪ねる6泊7日ののんびりドライブ旅行だった。
<コース>
パリ(Paris)−グルノーブル(Grenoble)−ヴェゼル(Vizille)−ラフレー(Laffrey)−ガップ(Gap)−ディネレバイン(Digne・Les・Bains)−グラス(Grasse)−カンヌ(Cannes)
全行程 約350km、1泊2日
<ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください>
●パリよりグルノーブルへ
グルノーブルへの道
早朝パリの
ドゴール空港
へ着いたその足でレンタカーを借りる。予約さえしてあれば4時30分という早朝にもかかわらず営業所員は笑顔で迎えてくれる。
日の出には少し時間のある高速道路をリヨン(Lyon)方面に向かうA6号線へ。
まだ眠りから覚めないパリの街をめぐるオートルート(高速道路)も車の数は少ない。とはいえ環状線でも時速100km以上で流れている上、慣れない道路で行き先ルートを探しながらの走行はやはり注意が必要だ。
空港から市内を半周する形でA6号線に入ると、もうリヨンまでは一本道。リヨンでグルノーブルまでパリより約550km。
グルノーブルから南へ下る国道85号線が目指す「ナポレオン街道」のはじまりだ。
●ヴェゼル(Vizille)
ヴェゼル近くの街道の村
グルノーブルの南、約29kmのヴェゼルへパリから一気に走り宿を探した。
ここは小さな町だが、アルプスの麓の豊かな自然に恵まれ、夏は川遊びやハイキングの基地として賑わうところ。観光案内所で紹介された宿は町外れの小高い山の中にある昔の館を利用した
シックなホテル
だった。蔦の絡まる古い建物に広い庭園、木立の中には小さいながらもプールまである。シーズン中は予約なしでは泊まれないといったが、初秋を迎えたいまは他に宿泊客の姿はない。
ホテルのランキングは3つ星だが、その昔この館に仕えた執事のような上品な支配人は片言の英語で丁寧に迎えてくれた。格調高い調度品、天井にはシャンデリアの下がる素敵なレストランは見た目も味も申し分のないフランス料理のフルコース。夜になると地元の人たちが着飾ってやって来てテーブルはいっぱいになった。
レストランでは様々な
チーズが選べる
ヴェゼルのシャトー
ヴェゼルには城壁に囲まれた小さな城があって、内部にはフランス革命当時のこのあたりの模様を描いた絵画や鉄砲などが展示されている。その中にナポレオンとその兵士などの状況が描かれた一枚の絵もあった。
ナポレオンはここヴェゼルの谷から数キロ上ったラフレーの台地で敵の大隊と対峙、この谷を通ってグルノーブルへと向かったのである。
●ラフレー(Laffrey)
ヴェゼルから峠へと向かう分岐点にはN85号線の表示とともに“Route NAPOLEON”と書かれた文字もある。
町外れから一気に2kmほど上ったところ、山間部の中に高原の用な台地があり、その中央に騎乗にまたがり遠くパリを見つめるような凛々しい姿のナポレオンの像があった。
ナポレオン街道と
記念碑債との標識
ともすれば見逃してしまいそうなナポレオン像を示す表示板と草むした駐車場がある。目的を持たないドライバーは見落としてしまいそうだ。
ナポレオン乗馬像(ラフレーで)
1815年3月7日午後3時、この銅像の立つラフレーの原で王政軍の大隊に遭遇し、行く手を阻まれた。大隊の中尉が命じた「撃て!」に対してナポレオンは「撃つなら撃て!」とあのフロックコートの前を開いて立ち向かったという。その勇敢な態度に誰一人撃つ者はなく、数秒の沈黙の後大隊の中から「皇帝万歳」の声とともに兵士たちはナポレオンのもとに駆け寄ったのだった。
数千にふくれ上がったナポレオン軍はグルノーブルに凱旋入場する。そして「グルノーブルまでの余は山賊であったが、グルノーブルでは君主である」と再び皇帝への野心と自信に満ちてパリへと向かった。
これより山間部に開けた町
ガップ(Gap)
までは標高1246mのバヤール峠を越えての山道だ。途中コール(Corps)でナポレオンは宿泊しているが、記録はあってもその宿泊地を見つけることはできなかった。ガップはアルプスの中でも最も恵まれた肥沃の土地で最初はガリア人、のちにローマ人によってトリノとヴァレンシアを結ぶ重要な宿場町として繁栄していった。
ガップを過ぎるとジュランス川沿いの峡谷の美しい道を走る。日本の風景にたとえれば、層雲峡や長瀞、昇仙峡をミックスしたような景勝地だ。もちろんスケールは大きく最大のみどころシストロン(Sistern)まで約40kmも続く渓谷と森の風景だ。落葉樹が多いこのあたりは紅葉もはじまり日本の秋景色によく似ている。
●システロン(Sisteron)
石灰質の岩は第四氷河期に形成されたもので、削りとられたり浸食されたりして縦や横あるいは斜めにあるいは垂直に襞状になっている。
また、石灰岩の台地には灌木や唐松、そしてラベンダーなどが自生する。その峡谷に岩をくり抜いて国道が走る。
システロン近くの岩山
システロンの要塞
トンネルの上には12世紀の要塞の城壁が残り町は岩山にへばりつくように細長く延びている。トンネルの手前には駐車場もある。またこのあたりがオリーブの栽培の北限となっているという。
ナポレオンは3月5日この町で昼食をとっている。
シスロンから約40kmディーニュ(Digne)へ。ここは盆地で穀物地帯となっていて、この街道では珍しく畑が広がっている。ここでナポレオンは一息つく。
●カステラーヌ(castellane)
3月3日この町の手前20kmほどにある小さな町バレーム(Barreme)で宿をとったナポレオンは、その日の昼はこのカステラーヌで食事。
カステラーヌへの隘路
カステラーヌの岩山の教会
サンバリエール・ドティエイ村のナポレオン像
ここではじめてナポレオンの足跡を示す胸像があった。町の中心部、国道85号線がほぼ直角にカーブした、その角に胸像は高い大理石の石柱の上にあり、足元には1815年3月3日とこの町を通過したことが記されていた。
この町から約60km、これまで続いてきた山道が突然終わり、視界は一気に広がった。遠くに地中海の海が光っていた。
ここから海までは約20km。山の下に広がるのは世界的なハーブの産地であり香水の生産地であるグラス(Grasse)の町だ。
●グラス(Grasse)
香水売りの像と博物館(グラス)
現在パリで、ということは世界で活躍する調香師 ネ(nez=鼻)といわれる香水を調合する人の大半はここグラス出身者といわれている。グラスではバラ、ラベンダー、スミレなど多種多様な花やハーブなどが栽培する香水の町である。しかも300年も前から香水づくりが行われているというからその歴史は長い。
ジャスミンやバラなどの花1トンから採取する“粗製脂”(香料エッセンス)はわずか3グラム。さらに精製されてエッセンスとなるとたった1、2グラムという。
「ネ」と呼ばれる数少ない名調香師たちによって作られる魅惑の香りは、それぞれの有名ブランドとして世界中の女性を魅了する。
香水について詳しいことを知りたい人は町の中心部にある
「国際香水博物館」
へ。
原料から香りの成分の抽出方法まで道具を使って行われる課程から歴史までやさしく解説道具などが展示されている。また、世界の香水ブランドや女性のファッションとその時代の香りや入れ物のデザインなど、女性には興味のあるところである。屋上の温室には香水の原料となる花やハーブが栽培されている。
グラスの香水工場
香水工場の内部
博物館以外にも各香水を売る店が、博物館よりは数は少ないが同じようなものを展示している。中には工場見学とともに調香にチャレンジできる体験コーナーがあり、自分の香りをおみやげにできる。(要予約)
旧市街は華やかな香水の世界とは変わって、狭い路地に崩れかけたような古い家並みが迷路のように続き、アラブ人の住人が多いせいか、ふとフランスを忘れさせる。貴婦人の香りとは似つかない一面をも持つ町でもある。
●カンヌ(Cannes)からナポレオン上陸地へ
映画祭で知られるカンヌは高級リゾートや社交界を賑わせる話題にこと欠かない華やかなイメージを持つ人も多いに違いない。
しかし、こうした世界のスターや富豪家たちが華麗な饗宴を繰り広げるのは海岸沿いの新市街だ。
国道85号線がぶつかる海岸は、こうした高級リゾート街から少しはずれたところ。ナポレオンがエルバ島から上陸した地点は市街地から東に約10kmにある
ゴルフ・ジュアン(Golfe・Juan)
だ。
南フランスのどこにでもある港の風景の中に、皇帝の紋章鷲とともに“1815年3月1日ナポレオン上陸地”と書かれたモニュメントがあった。背景は小型ヨットが浮かぶハーバー、脇にはレストランの出店が並ぶ。
ナポレオン上陸地の記念碑
上陸初日宿泊地、ゴルフジュアンの
胸像台座に刻まれた年号
さらに海辺を離れ鉄道線路を越え10分ほど歩いた小さな公園に胸像が立っていた。海岸に上陸したナポレオンの最初の野営地だという。
これよりグラスの町付近までは馬車で行き、そこから険しい山道を行軍、一週間でグルノーブルへとたどり着いたのである。
こうしてナポレオン街道をナポレオンの行軍とは逆コースを辿る旅は終わった。これよりのちにナポレオンの故郷
コルシカ
へと旅は続く。
しかし、実に意外だったのはこの“ナポレオン街道”には記念碑やゆかりのある建物などが少ないことだ。あの偉大なるナポレオンであり、歴史の記録に残る人物が、たとえ敗北後の「百日天下」への道といえども、僅かな記念碑さえも案内に乏しいこと。探しもとめたり偶然でない限り見つけることができないものもあった。
さらに街道沿いの村や町にも、ナポレオンにちなんだガイドやみやげものもないのにはいささか驚きでもあった。
[→ナポレオン街道(後編)へ]
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フランス政府観光局
フランスの地域別観光情報や宿泊、イベント、交通情報など。「旅の基本情報」では日本語の通じる病院も紹介。
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「ナポレオンとヴェルサイユ展」
(日本経済新聞社主催)
皇帝戴冠から200周年を記念して、ヴェルサイユ宮殿美術館のコレクションを中心にナポレオン関係の絵画、彫刻、家具、工芸品などを展示。
・
コルシカ協会ホームページ
コルシカの地理と歴史、コルシカ島観光案内、島内での観光スポットと移動方法などを紹介。
取材:2001年10月