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イタリア・シチリア島の旅1



地中海に浮かぶ中で最大の島シチリアは、日本の九州より少し小さい面積で、最高峰エトナ火山(3,340m)をはじめ山岳地が多い。
だが、温暖な気候に恵まれ古くからの小麦の産地でもある。
また、地中海の要に位置し、アフリカ大陸にも近いことから歴史のあらゆる時代を通じてさまざまな勢力の争奪の対象となってきた。
ギリシャ、ローマ、ときにはゲルマン民族の配下に下ったこともあった。そして、ビサンチン帝国、アラブ支配、ノルマン人と約2500年を経た現在は500万人のイタリア住民が暮らしている。

シチリアといえば、映画「ゴッドファーザー」等でも有名なマフィアが暗躍するところ、というイメージも拭いきれないが、旅行者にとってはなんの問題もない。美しい海岸線、地中海の明るい太陽の下、色とりどりの花が咲き乱れ、オレンジやレモンの香りが漂う楽園だ。
そして、この島の最大の魅力は、島内全体にギリシャ、ローマの古代の遺跡からビサンチン、ノルマンからルネサンス時代の建築、絵画、彫刻と、パスタやワインそれに底抜けに明るい人々が旅人を迎えてくれるところなのだ。
今回はシチリアの北、島のほぼ半分、約700kmを一週間をかけてドライブしたので、2回に分けてご紹介します。





メッシーナ(Messina)−タオルミーナ(Taormina)−カターニア(Catania)−シラクーザ(Siracusa)−エンナ(Enna)−パレルモ(Palermo)−モンレアレ(Monreale)−テラシーニ(Terrasini)−エーリチェ(Erice)−トラパニ(Trapani)−マルサーラ(Marsala)−セリヌンテ(Selinunte)−セジェスタ(Segesta)−パレルモ
今回行程 約400km、3泊4日。




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●メッシーナ(Messina)

イタリアの地図はよく長靴にたとえられる。
その長靴のつま先にあたるレジョ・ディ・カラブリア(Reggio di Calabrin)からシチリア島行きフェリーが頻繁に発着している。
海峡の一番狭いところはわずか10kmたらずの距離だ。古代ローマ軍がギリシャ都市メッシーナに攻撃を挑んで勝利を収めたのも、この距離とともにうなずける。
メッシーナは古代ギリシャ人の町から始まる3000年近い歴史の中で数多くの破壊を被り、近代においては数回の地震にも見舞われ、最大のものは1908年に町の90パーセントが破壊、8万人もの人命を失ったにもかかわらず、現在も活発な商業都市として繁栄を続けている。
みどころは古代のものはあまりなく、中世に入ってからの教会と絵画などがある。
フェリーが古代からの天然の良港に着くと、そこからアウトストラーダ(高速道路)が南のタオルミーナ(Taormina)へと続く。

●タオルミーナ(Taormina)

アウトストラーダA18を約100km。
タオルミーナは海岸通りから海抜250mエトナ山とイオニア海を臨む山の上にある。
ここは古代ギリシャの遺跡と、その後のキリスト文化の建造物などがあるすばらしいところだ。
もちろん車でも行くことができるが、古い町なので駐車場がほとんどない。海岸の町からゴンドラがあり(乗り場には駐車場がある)5分ほどで着く。
ゴンドラの終点から徒歩数分のところに町の玄関口、石積みのメッシーナ門(写真)がある。ここからタオルミーナの目抜き通りウンベルト大通り(Corso Umberto)に出る。この通りにはメッシーナ門を含めて3つの門があり、ショッピングや散歩コースとして賑わっている。ここはリゾート地としても世界的にも名高いところなので、お洒落なショップも多い。大通りを一歩中にはいると、石畳の路地に石造りの家並でまるで中世の世界だ。

○ギリシャ劇場(Teatro Greco)

エトナ山とイオニア海を望むシチリアでも屈指の景観を誇る絶好の地に円形古代劇場がある。
紀元前3世紀にギリシャ人によって建造され、のちローマ時代に円形劇場として改造されたものだ。シチリアでも最大級の円形劇場の観覧席からは円柱の間に紺碧のイオニア海を眺めることができ、いまでも夏にはギリシャ古典劇などが上演される。

○大聖堂(cattedrale)

13世紀のものとしては意外に小さい聖堂だが、ゴシック様式のドゥオーモ(大聖堂)広場にはバロック様式の噴水があり、調和のとれた美しさがある。
内部には1463年に描かれた『聖母マリアのエリザベト訪問』の板絵が飾られている。
その他、15世紀の洒落た小窓で飾るゴルヴァヤ館(Palazzo Corvaja、写真)がメッシーナ門近くにある。趣きのある階段は14世紀のもので、正面のドクロのマークが人目を引く。

●カターニア(Catania)

シチリアでは州都パレルモ(Palermo)に次ぐ第二の都市で経済活動の盛んな町だが、ヨーロッパ最大の活火山の麓に位置し、噴火を繰り返してきた活火山とともに生きる町でもある。
主なみどころはドゥオーモ広場の象の噴水(Fontana dell Elefante)で彫刻家ヴァッカリーニが1736年に制作。火山に立ち向かう象徴として溶岩で作られ、町のシンボルともなっている。
また、1669年エトナ山の噴火を描いたフレスコ画が飾られている大聖堂も興味深い。その他、ローマ時代の競技場やカターニア出身の作曲家ベッリーニ(1801〜1835)の博物館、劇場などもある。

●シラクーザ(Siracusa)

カタリーナから約60km、シラクーザは紀元前8世紀の半ば、コリントスのギリシャ人たちによって植民がはじまった。
前5〜4世紀にはすでに30万もの人口を数え、最盛期にはアテイナとその繁栄を競ったほどの華やかな歴史を持つ。古代地中海の大都市であった。
第一次ポエニ戦役(前264〜241)ですでにカルタゴはシチリアをローマに譲渡、続く第二次ポエニ戦役(前212)に際してシラクーザはローマ人に完全征服された。後、ゲルマン、ビサンチンの勢力下(6世紀)、アラブ(9世紀)ノルマン人と支配者を変えた。
高名な幾何学者アルキメデスは前287年、ここシラクーザで生まれ、「アルキメデスの原理」を発見。それは浴場で入浴中に突然ひらめき、喜びのあまり浴場から素っ裸のまま歓喜の声をあげながら街中を走り回ったという、有名なエピソードもある。しかし、その彼も計算に没頭しているところを名もないローマの一兵士によって殺された。

古代都市跡にふさわしく、ここにはみどころが沢山ある。古代遺跡のある考古学発掘地区、旧市街、考古学博物館だ。ここは一泊してゆっくり楽しみたい街である。

○考古学発掘地区 ネアポリ考古学公園
 (Parco Archeologico deiiaNeapoli)


地区の入り口には駐車場がある。この2つの地区に古代ローマ円形競技場やギリシャ劇場をはじめ、アルキメデスの墓など数多くの見どころがある。
この見学は徒歩だが、約2時間はみておきたい。途中、イオニア海を見下ろす丘もあり、ゆっくり楽しみたいところだ。
シラクーザに限らず、シチリアは帽子と飲料水は常に持参したい。

○ギリシャの劇場(Teatro Greco)

紀元前3世紀に作られたもので、シチリアで一番大きな円形劇場。
観客用座席の段々は石を積み重ねたのではなく、巨大な自然石を削って作られたもの。ギリシャなどにもこうした岩石を利用した劇場はあるが、これほど大きな岩石があることも驚異であり、それを1万5,000人もの観客を収容する円形状に美しく削ったことにも驚かされる。
いまでも、偶数年(2年に1度)に古代劇が上演され、世界中から観客が集まるという。
観客席の最上段には豊かな水が沸き、その水場を囲むようにいくつもの墓地跡がある。古代ローマ人の死生感はアッピア街道の項でも触れたように人の多く集まるところに死者を埋葬した。死しても大衆の中にあり、演劇をも鑑賞しようとしていたのかもしれない。

○古代ローマ円形競技場(Anfiteatro Romano)

紀元前3〜4世紀の帝政時代の円形競技場。幅140m、奥行き119mで、これも岩を削って作られたものだ。
剣闘士たちの登場口でもあったアーチ型の通路も残っている。手すりの角の石には、観覧席の所有者の名前を刻んだ石碑もある。いまは、周囲は松とキョウチクトウが覆い、夏は木陰を作ってくれている。

○パラティーソの石切場(Latomia del Paradiso)

古代からの石切場は1693年の大地震で一部の天井が崩れてしまい、採掘の際に出た残土を集めたところは現在オレンジ畑になっている。
この石切場にある洞穴は、もとは人工的に作られたものが、その形が耳の穴に似ていることから「ディオニソスの耳」と呼ばれるようになった。
ディオニソス(前405〜367)はシラクーザの支配者で猜疑心が強く、常に生命の危機を感じていた。こうした彼の猜疑心からか、この洞穴が特別に反響のよいことを利用して、囚人や捕虜をこの洞穴に閉じこめ、彼らの話を聞いていたという伝説がある。
確かに中では小さな声もよく聞こえる。

○パオーロ・オルシ考古学博物館
 (Museo Archeologico Regionale p・Orsi)


考古学発掘地区から東にあるこの博物館は考古学者パオーロ・オルシ(1859〜1935)にちなんで建造された。
建物は近代的だが展示されているものは歴史時代以前からシラクーザの植民化時代(前7世紀)までのシチリアの歴史がつまっている。

旧市街と新市街との間には運河があり、二つの橋で結ばれた半島の先端に中世とバロック期の館が多くある。7世紀に建造されたドゥモウにはかつてアテナ女神に捧げられていたドーリ式神殿がそのまま利用され古代神殿の円柱が建物の中に取り込まれている珍しい教会だ。
イオニア海に面した狭い道沿いに石造りの家がびっしりと並び、車一台がやっと通れるような入り組んだ路地の中に入ると、中世の世界に迷い込んだようだ。

シラクーザからもと来た道をカターニアまで戻り、内陸からシチリア最大の都市パレルモ(Palermo)へと続くアウトストラーダ(高速道路)A19でエンナへ約130km。交通量が少ない比較的平坦な道を走る。

●エンナ(Enna)

シチリア島の真ん中に位置し、そびえ立つような高台にある街。最初からこの街を目標にしていたわけではないが、見上げるほど高いところに堅固な城壁を見て、寄り道をした。高速道路を出て急カーブの道を一気に上る。
標高948mシチリアでもっとも高いところにある県庁所在地、街からはシチリア全島が見渡せるともいわれ、「シチリアの展望台」との異名をもつほどだ。その名の通り展望は抜群だ。大小無数の高台には村や町があるが荒涼たる自然の広がりの向こうにエトナ山を望む雄大な眺めと明るい太陽と乾いた風が吹いていた。
みどころは14世紀に建てられ、その後幾度か改築されたゴシック様式のドゥオーモとギリシャ時代の神殿跡だ。
県庁所在地でシチリアのヘソともいわれ、眺望のよいエンナの街も華やかさに欠けるせいか、多くの若者たちは大都会へと出て行ってしまった、と街に数件しかないレストランのボーイの話。静かな街である。

●パレルモへ

エンナからパレルモへはアウトストラーダA19で約70km。ティレニア(Tirreno)海に出会い、これよりパレルモへは50kmほどだ。
アウトストラーダを出て一般道路を走ることを薦めたい。
海岸線に沿ってパレルモへと向かう県道には素朴な村や町が点在し、紺碧の海がまぶしい。

●パレルモ(Palermo)

人口100万都市シチリアはシチリア州の首都であり、最大の港と商工業の中心だ。
パレルモの創設はフェニキア人だが、ギリシャ、ローマ、サラセン、ノルマンと地中海の中心という地理的な条件からさまざまな人種、民族の度重なる侵略を受け異文化の交錯する興味深い街である。
ドイツの文豪ゲーテは「世界一美しいイスラムの都市」と表現したように、特にサラセン、ビサンチン文化の色濃いところだ。それは1072年ノルマン人の王、ルッシェーロ二世が建築好きだったこと。ノルマン建築様式をサラセンあるいはビサンチン建築、装飾美術と融合させ、芸術の黄金時代を築いたのである。その後、13世紀にはゴシック様式やブルボン王朝時代にはバロック様式をと、その時代の粋を集めた見事な建築、装飾美術を生んできた。
パレルモの夜は、意外にも街灯の光が少なく、薄暗い街はマフィアを連想して怖い感じもするが、明るい太陽のもとではかつての繁栄を今に多く残す風景がある。そして活気ある市場、数多い美術館、劇場などとみどころの多い楽しい街である。

パルレモの中心はクアットロ・カンディ(Quatto Canti)で十字路の意味。17世紀に造営された小さな広場で、スペイン総督による都市計画の一環として作られたもの。広場に面して4つの建物がある。
みどころの多くはこの広場を中心にビサンチン様式のガラスやモザイクの美しいマルトナーラ(Martorana)教会、12世紀中頃のノルマン時代に建設されたサン・カタルヂド(S・Cataldo)教会 そこから徒歩10分ほどのところには、全体が黄金に輝くモザイクで覆われたノルマン王ルッジェーロ2世の礼拝堂と王宮などがあるパラティーナ(Cappella Palatina)など多くの古い教会がある。
このパラティーナ礼拝堂は肌をあらわにした服装では入館できない。いくらシチリアの暑い夏でも、こうした神聖な場所では、やはり礼儀をわきまえたい。

●モンレアレ(Monreale)

パレルモの町から内陸へ約8km。
標高310mの山の上にあるモンアレの町はイスラム、ビサンチン、ロマネスクの影響を受けた建築物が多く残り、なかでもビサンチン様式のモザイクが見事なところ。
地中海の十字路であったシチリアの魅力が、このコンカ・ドーロ盆地を見下ろす山の町にはある。

○ドゥオーモ(Duomo)

モンレアーレの町に入るとまず先に目に飛び込んでくるのは、堂々とした構えのビサンチン様式を取り入れたドゥオーモだ。
近くにも駐車場はあるが狭いのでドゥオーモへ行く道脇にかなり大きなスペースがある。少し上るように歩くが、石積みの路地やみやげもの屋をのぞきながらだからこれも楽しい。
1174年、グリエルモ2世によって建てられたドゥオーモの入り口には有名な「青銅の扉Porta di bronzo」(1186年作)がある。
内部はバジリカ様式で大理石とモザイクのそれは絢爛たる装飾で、見るものを圧倒させる。旧約、新約聖書にちなんだモザイク画が溢れ、これらの多くは12〜13世紀のものが多い。特に圧倒される迫力で迫るのは礼拝堂の壁から天井にかけて描かれた巨大なモザイクの「祝福するキリスト」像だ。内部にある案内版にコインを投入すると、このキリスト像がライトアップされる。1〜2分くらいの間だと思うが、光に照らし出されたキリストはまばゆいほど神々しい。
その他にグリエルモ2世が教会の聖母マリアに捧げる図、玉座の上にはキリストの手から王冠を授けられているモザイクなどもある。

○回廊(Chiostro)

教会の右手にある回廊は228本もの円柱があり、その円柱の上部にはそれぞれ異なったモザイクの模様がある。
南側には、修道士たちの手洗いになっていたという噴水もあり、また、とがった変形アーチの小列柱には宝石や貴金属の象嵌がはめ込まれていて、往時の見事な図柄や技法に驚かされる。



イタリア旅行倶楽部
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ローマ観光ガイド
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取材:2001年1月