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イタリア・アッピア街道を走る2



第1回目はローマからブリンディシ(Brindisi)まで750kmを結ぶ古代ローマアッピア街道を、ローマからテラシーナ(Terracina)までの約90kmを走ってきた。(「イタリア・アッピア街道を走る1」を参照)
今回はそのテラシーナからナポリ(Napoli)の北約30kmにあるカプア(Capua)までを走る。テラシーナ−カプア間は約100kmだが、ここではナポリ経由でポンペイ(Pompei)、ソレント(Sorrento)などの観光地を回ってカプアへと辿った。このコースは少しアッピア街道とは離れるところもあるが、イタリアの名だたる観光地や景勝地はやはり見逃せないので寄ってみたい。




テラシーナ(Terracina)−ガエッタ(Gaeta)−ナポリ(Napoli)−ポンペイ(Pompei)−ソレント(Sorrento)−ポジターノ(Positano)−アマルフィ(Amalfi)−カプア(Capua)
約240km




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●テラシーナ(Terracina)からガエッタ(Gaeta)へ

ガエッタへかけての美しい海岸線はローマっ子たちの別荘やリゾートマンションが建ち並び、夏はマリンスポーツを楽しむ人で賑わうところ。ローマ市から近いとあって週末は道路も渋滞する。大勢の人が訪れる割にはホテルは少ない。
そしてホテルはガエッタに集中しているが、それも夏にはどこも満員だ。しかもシーズンを過ぎると、多くのホテルは閉めてしまう。
アッピア街道はこの海岸線を避けて山側の道をたどる。ガエッタの近くで合流するが、昔はこのあたりは湿地帯だったというから、湿地を避けて道は山に向かったのだろう。
ガエッタは軍港でアメリカの軍艦などが寄港するため、港には小さなホテルが2〜3軒ほどあった。その軍港に面したホテルに宿をとった。
海岸通りから山側に向かって伸びる町には昔ながらの狭い路地に日常雑貨を扱う店がびっしりと並び、魚、野菜を売る店の二階から洗濯ものがぶら下がる。大声で陽気に話し、大きなしぐさで笑う人々から、早くも南イタリアのあの屈託のない雰囲気が伝わってきた。

●ミントゥルニア(Minturnae)

ガエッタから7kmほど行った道路沿いの畑の中に突然、ローマ時代の水道橋(写真)が見えた。車を止めて畑の小道に入り、水道橋に沿って歩いてみた。
道路で分断されてはいるが、その長さは100mぐらいあり、風化したアーチ型の石積みはいまにも崩れそうだが、その下はトウモロコシの畑で、すぐ脇には農家や農作業小屋が建つ。
もちろん保護はされているのだろうが、人々の生活の中に無造作にある古代の遺跡を目のあたりにすると、イタリアの偉大さを感じてしまう。

この水道橋を過ぎると、間もなく遺跡の標識があり、それに沿って右折すると、そこには古代の都市跡があった。
アッピア街道が建設された紀元前290年ころ、プレローマ時代の町でミントゥル川に面した街道の重要な位置にあった。その後4世紀にローマに征服され、ローマの皇帝たちのトレーニングセンターとしての施設もあったという。

わざわざここを訪れる観光客も少ないそうで、管理人用の小さな建物のほかに遺跡の中にわずかな出土品を展示するコーナーがあるだけで、この時訪れていたのも私たちだけだった。
規模は大きくないが石畳の道の両側には商店や民家の石柱やモザイクの床などのほか、当時の都市機能の跡を多く今に残す。(写真は競技場跡)
先ほど見た水道橋もこの都市に続いていたのだろう。ほかに誰もいない遺跡の中に立っていると、街道を旅してきた人や馬車の喧騒がいまここに蘇ってくるようだ。

●ナポリ(Napoli)からポンペイ(Pompei)

ナポリにはみどころが沢山ある。古代ギリシャ時代からヨーロッパの主な人種の侵略、そして支配を受け続けてきた。したがってナポリは数々の歴史遺産とともに、時の権力に屈しながらも庶民は巧みに知恵を活かし生き抜いてきた陽気で逞しい人々の生活がある。だが、今回はこの町は割愛してナポリ郊外の道と、結構複雑な高速道路を組み合わせながら、ポンペイより約10km手前、ポンペイ同様ベスビオ山噴火の火山灰に埋まった町エルコラーノを訪ねた。

●エルコラーノ(Ercolano)

交通渋滞にさらに輪をかけるミニオートバイが無秩序に走り回る市内をなんとか通りぬけ、サレルノ(Salerno)へ向かうアウトストラーダ(高速道路)5へ。
わずか8kmでエルコナーノへの出口サント・ギオルギオ(St・Giorgio)だ。
ここからまた狭く激しい交通量の中を道標に従って走るのだが、これがなかなか大変である。大きな遺跡でありながら、現在の入り組んだ町の中にあり、その入り口はともすれば見過ごすほど小さいのだ。観光バスはおろか乗用車用の駐車場もない。路上駐車しようにも空いているスペースも限られている。バスに乗った観光客はポンペイへ行くという。
ここは漁師や職人が住む街であった。また風光明媚な場所だったので貴族たちの別荘もわずかだがあった。だが家屋などの保存状態はポンペイより良いが、華やかさがないこともあって、ポンペイと比べれば、観光客はずっと少ない。

79年ベスビオ山の噴火で火砕流と泥流で一瞬にして町全体が埋没したため、1900年前の町の姿をそのままを、今に残す。パン屋、酒屋、住居はもとより、ここでの貴重なものは、家の骨組み、テーブルやベッドも木材が炭化してはいてもそのまま残っていることだ。
さらに浴場跡には海の生物に囲まれたモザイクがある。さらに海神ネプチューンと海の女神アンフィトリーテを描いた美しいモザイク(写真)の家や石造りの階段とバルコニーや寝室や食堂、それにテラスからは海の眺望が楽しめた家など興味は尽きない。
入場料/1万2,000リラ(約720円)
※日本のあるガイドブックに60歳以上は無料とあったが日本人は該当しないので注意。EUの人のみに適用。

●ポンペイ(Pompei)


エルコラーノから距離にして10数kmだが、車とオートバイが激しく行き交う狭い道を走るため時間には余裕を持ちたい。
ポンペイはまず宿探しからはじまった。観光地だからホテルは沢山あるが、駐車場付きのホテルとなると選択肢はぐっと狭められる。
大型のホテルはなく、多くは狭い路地や広場に面していて、どこも駐車スペースは少ない。路上駐車は時間制限があるだけでなく、盗難やいたずらなどを考えるとかなり危険だ。とくにレンタカーや高級車は狙われやすい。
ポンペイ駅からほど近い一方通行(町は大きくはないが、ほとんどが一方通行)の路地で見つけたホテルはシャッターのついた厳重な駐車場が完備されていた。部屋数は少ないが、清潔で小さなテラスもある。
HOTEL VILLA LAURA/ツイン ・バストイレ付き143,000リラ(約8,500円)

遺跡へはいくつかの入り口がある。その一つ、スタビア門入り口近くには駐車場も少しある。
入り口を入ると野外劇場跡の最上階へ上り、この都市を一瞬にしてのみこんだ火山、ベスビオ山を仰いだ。紺碧の空にくっきりと全容を浮かべるそのさまからは、もはや自然の脅威は全く感じられない。
ここからかつての都市へと向かう。よく整備された石畳の道、そこに深く刻まれた轍の跡が残る道(写真)に沿って歩く。水道の鉛管や水飲み場、カウンターのある酒屋の店先にはワインを入れたかめが並び、その脇には小銭を入れたという穴、パン屋のかまど、中庭の噴水、食堂や居間を飾ったモザイク画そして壁画など、2000年も前の人々の生活そのままを見ることができる。
そして見るほど、知るほどに、長い時の隔たりがあるにもかかわらず今の私たちの生活と違いのないことに驚かされる。コンピュータなどの機械やハイテクの進歩はあっても、人間の根本的な部分では進歩のないことにあらためて思い知らされる。
当時の政治、経済についても現代とは大差なく、2000年の歳月はその繰り返しであったことも重ねて思い知らされると同時に、古代ローマ人の方がはるかに豊かで知恵者であったであろうと、さまざまな想像をかきたてられてしまう。

一瞬にして死の灰に閉ざされた都市ポンペイには、その時人々は何をしていたかの姿がそのまま残されている。
うずくまった人、助けを求めて何かを掴もうとしている人、とてもショッキングだが、中にはワインのつぼをしっかり抱えたまま倒れた人の姿もある。多分居酒屋でワインをたらふく飲み、泥酔状態のまま、己の死もわからなかったのでないか。それを見て思わず「なんという幸せ者!」と私もこうありたいものだと勝手に解釈をして思った。

ポンペイの歴史と一つ一つのみどころの解説は、多くの専門家の手による本やガイドブックにお任せするが、訪ねる人それぞれに多くを語り、ローマ時代への想像力を無限にかきたててくれるところである。だからたっぷり一日はかけて歩きたい。
一つの都市を歩くのだから、歩きやすい靴、また夏は帽子と水は絶対に忘れないように。中にレストランもある。
入場料/1万2000リラ(約720円)
※開場は9:00から日没まで。ただし入場は閉場1時間前まで。

●ソレント(Sorrento)

ポンペイから約30km、ナポリ湾に突き出た半島に、青い海とナポリ湾を隔てて聳えるベスビオ山を望む、古くから風光明媚な名所としてまたイタリア民謡「帰れソレントへ」で世界的に知られたところ。
オリーブとオレンジのソレントは夏は海水浴、冬は避暑地として一年中観光地として賑わい、瀟洒な別荘やホテルが建ち、オシャレなカフェ、ブティックも多くあり、また数々の映画の舞台や撮影場所としても有名。
またここからカプリ島へは船で40分。観光シーズンの夏は半島を巡る一本の道路は、車でいっぱいだ。

●ポジターノ(Positano)

この半島は鋭く切り立った岩山が海までせり出し、岸壁にしがみつくようにホテルや別荘が建つ。そしてその岸壁を縫う2車線の道路の遥か下に波が白く砕け、その先は紺碧の海が果てしなく広がる。港や海水浴などを楽しむ砂浜は、岸壁の割れ目にできたわずかな入り江で、多くはホテルなどのプライベートビーチだ。
ソレントから半島の先端を回ると、目の前にカプリ島を望む。オレンジの香りの漂う道を急カーブを描いて上り下りすると、外壁を石灰で白く塗られたサラセン風の小さな家が段々畑のように海に向かって下りていくように並ぶさまは、一層美しい景色を引き立たせている。

●アマルフィ(Amalfi)

ソレントから半島をたどってサレルノ(Salerno)までの約100kmの海岸線はイタリア随一を誇る景勝地。深く切り込んだ入り江のエメラルドグリーンの海に、ヨットや小船が浮かび、石造りの家々の赤い屋根。どこもかしこも絵になる風景だ。
その海岸線にあるアマルフィはイタリアでもっとも古い海運都市国家で、840年に市が建設された。最盛期を迎えた9世紀には、世界最古の海運法典によって規制されていた。コンスタンティノーブルと定期航路を持ち通商活動も盛んであった。また三層構造のガレー船の造船所もあったという。
みどころは9世紀から13世紀にかけて建造されたドゥオーモ(聖アンドレーア大聖堂/写真)だ。

アマルフィを過ぎてサレルノへの道は砂浜の多い海辺を走る。海水浴場もホテルも庶民的になってくる。サレルノから高速道路を一気に走って、カプアからベノヴェント(Benevento)へとアッピア街道の続きに向かった。


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ローマ観光ガイド
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取材:1999年9月