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ギリシャ・古代遺跡を訪ねる旅2



マケドニア地方とエーゲ海の島

アテネ(Athinai)から西へ約200km、アポロンの聖域、また古代の世界の中心であったデルフィ(Delfi)を訪ね、エーゲ海沿岸を北上。ギリシャ第二の都市テッサロニキ(Thessaloniki)を経て、そのままエーゲ海沿いを東へ、トルコ国境まで1,500kmをドライブ。ここから車ごと船で島を巡りながら、アテネの近港ピレウスへ。どこまでも青く輝く海をながめ、新鮮な魚料理を食べながら古代期、ヘレニズム時代、中世、オスマントルコへと時代の歴史を訪ねるという、気ままな旅である。


マケドニア地方とエーゲ海の島

アテネ(Athinai)-デルフィ(Delfi)-ラミア(Lamia)−ラリッサ(Larissa)−テッサロニキ(Thessaloniki)−カヴァラ(Kavala)−アレクサンドゥルポリ(Alexandroupoli)−カヴァラへ戻りこの港からフェリーボートでリムノス島(Limnos)−レスボス島(Lesvos)−ヒオス島(Hios)を経てアテネ近郊ピレウス港(Pireas)
全行程 ドライブの距離約1,500km(5泊6日)
船旅は寄港停泊時間を含めて38時間


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●デルフィへの道

アテネ市内から高速道路(E75)で北へ約100km、高速道路の終点から約55km、リヴァディア(Livadia)へ。ここからデルフィまでは50km足らず。デルフィの手前約25kmあたりから眺めのよい山岳地帯でその中間にあるアラホバ(Arahova)は3,000m級のペルナソス山の懐にあり、ギリシャでは数少ない冬の降雪地帯だ。冬はスキー客で賑わい、夏の避暑地として、山の斜面にへばりつくようにおしゃれなホテルや土産物屋がある。ひと休みしたいところだ。

●デルフィ(Delfi)

鋭く深い峡谷から吹き上げてくる風は熱く乾いた肌に心地よい。中部パルナッソス連峰の急斜面に残るデルフィの遺跡はその聖域にふさわしい地理的条件を備えたところといえよう。
神話と伝説の世界にその起源を持ち全盛期は紀元6世紀ころ、ここが世界の中心と考えられていた。この地はもともとミケーネ時代(紀元前12世紀)ころから神を奉る場所となっていた。やがてアポロン信仰と神託が古代の全世界に広まり、次第に富と名声を得ていった。神殿の他、オリンピア同様、4年ごとに行われたスポーツの祭典や演劇祭もあり、劇場や競技場跡もある。

入り口を入ると見上げる山の斜面に6本の石柱を残したアポロン神殿がある。この神殿への参道には、多くの都市国家が神託へのお礼として献上した宝庫や奉納記念碑跡がある。アテネがマラトンでペルシャ軍に勝利したお礼にアポロンに献上したという宝庫やアテネやスパルタが勝利をした時の記念碑跡など、できれば古代ギリシャ史を読みながらじっくり見たいところである。

神殿のすぐ上にはよく保存された劇場があり、この上からは峡谷をはさんだ山々の連なりが望める。そのさらに山を登ったところに競技場跡がある。
これらの遺跡から出土した記念碑、銅製の像、彫刻などは隣接する博物館に展示されている。
遺跡入場料 1,200ドラクマ(約600円)/博物館 1,200ドラクマ(約600円)

●テッサロニキ(Thessaloniki)への道

デルフィからラミア(Lamia)への約80kmは山の中の道だが、とても景色がよく幹線道路でありながら交通量も少ない。もっとも交通量はアテネ市内や他の都市部を除いて一般に少ない。
古代からこの国の交通路は海で、主な町は海岸線にあり運搬はフェリーが活躍している。
夏のエーゲ海はまるで湖のように静かで、波もなく干満のほとんどない港への船の発着は、容易で安全であろう。後で島づたいに船の旅をして、海の道がいかに発達してきたかがよくわかるほどだった。
海路では港には必ず宿もレストランもあるが、陸路ではこのアテネと第二の都市テッサロニキを結ぶ幹線道路沿いにも、レストランや宿を見つけることはやさしくない。海岸沿いにホテルの看板を見ることはあっても、そのほとんどは夏だけの宿である。

夕方遅くなって、やっと見つけたホテルはラミアから20kmほど東へ走った国道沿い。お世辞にもきれいな宿とはいえなかったが、とにかく泊まるところを見つけただけでもよし。一泊ツイン1万ドラクマ(約5,000円)。
レストランは閉まって いたが、幸いこのあたりは海岸に近く 魚料理 専門のレストランが宿から2kmほど国道を走ったところにあった。
タイの塩焼き、舌ひらめのから揚げ、サラダ、デザートのぶどう、それにワインが一本付いて、ひとり3,000ドラクマ(約1,500円)。安くて美味しく、思わず感激。

●オリンポス山の麓を走る

国道E75号線ラミアからラリッサ(Larissa)までの約150kmは海岸線から離れると一面のわた畑の中を行く。真っ白なふわふわの実は、まさにはじけんばかりで、すでに刈り入れもはじまっていた。
ラリッサの町を迂回した道は山を越えながら再び海岸線へと向かう。この山の連なりにオリンポス山(標高2,917m)がある。その頂は常に雲に覆われている。古代ギリシャ人はこの霊峰に神々が住んでいると考えていた。最も勢力のある神は 「オリンポス12神」 であった。これらの神はゼウスの兄弟姉妹と、それにゼウスの子ども達であった。酒の神で有名なディオニソス(バッカス)は、この12神のあとから加えられた。これらの神々はギリシャを知る上では欠かすことができない。
この山の麓には古代マケドニアの礼拝所といわれる遺跡がある。古代ギリシャの原点ともいえるオリンポスの山並みを仰ぎながら、テッサロニキに着いたのは午後を少し回っていた。

テッサロニキは良港に恵まれた人口約80万の、アテネに次ぐ第二の都市だ。商工業の中心であり、またバルカン半島最大といわれる国立大学のある学園都市でもある。
歴史的には、ローマ時代アジアへの幹線道路が通り、マケドニア州の首府として交通と経済の中心地であった。その後ビザンティン帝国時代には多くのギリシャ教会が立ち並び、コンスタンチノーブルに次ぐ大都市になった。だが、現在は、壮大な歴史を語るものは少ない。アレキサンドロス王の父フィリッポス2世の墓から発掘された財宝が展示されている考古博物館だけは是非見たいところ。ただし午後3時閉館とあって、今回は見ることができなかった。

●カヴァラ(Kavala)

テッサロニキから東へ約170km、ここマケドニア地方ではテッサロニキに次ぐ都市。漁港であり、北部ギリシャ産のタバコの重要な積み出し港でもある。シンヴォロ山の南斜面から海岸線に延びる白い家並みの美しい街だ。
カヴァラとは「馬上」という意味とか。古代の街道であり当時人や物資を運んだ馬をここで交代させたことからついた地名という。港から見上げる山の上にはビザンティン時代の城塞跡があり、その下には旧市街が広がる。狭い道にオスマントルコ時代からのモスクや公衆浴場跡などがあり、また城塞からは、カヴァラの青い海と白い家赤褐色の屋根の美しい街が一望できる。足元には16世紀に城塞にひかれたというレンガ造りの高いローマ式上水道が街中へと延びているのが見えるが、現在は一部修復中だ。
この街は歴史的にもみどころがあるが、現代においては、モハメット・アリの生家もあり、この美しい街はまた、ギリシャ人にとって、新婚旅行の人気No.1の街でもある。

●アレクサンドゥルポリ(Alexandroupoli)

カヴァラからさらに170km、トルコ国境まで約15kmというギリシャ最東端の町。アルクサンドロス大王の町という意味を持つこの港町は、19世紀にロシアが支配していたころ、碁盤の目のように道路が整備されたという。とはいっても南北に1kmほどの小さい町で、町外れにはモスクの尖塔とギリシャ正教の教会とが共存し、イスラーム教国のトルコを間近に感じさせる。夏のシーズンが終わったこともあって、 海辺の宿 もツインで一泊8,000ドラクマ(約4,000円)と安い。ただし、一流ホテルというのはない。魚も安くてうまい。

アレクサンドゥルポリからトルコへ行こうと国境まで行ったが、レンタカーでのトルコ入国は問題があった。EC加盟国は自由に入出国ができるが、加盟国ではないトルコは許可証が必要だ。(レンタルする時、そのレンタカー会社にEC加盟国以外に行くことを告げ、あらかじめ必要書類を用意しておくこと)許可証を用意していなかったので、トルコ行きは断念。カヴァラへ戻って、アテネの近港ピレウスへの船を探すことになっつた。

無数の島からなるエーゲ海。島から島へ、そして本土へと古代からこのエーゲ海を縦横に往来してきた交通の主役は船である。ピレウス行きの船はすぐみつかった。
午後9時出港、リムノス(Limnos)島、レスボス(Lesvos)島、ヒオス(Hios)島へ寄港しながらピレウスへ。38時間、船中二泊。
1万トンほどのフェリーで、料金は普通乗用車一台2万4,000ドラクマ(約1万2,000円)。ファーストクラスの二人部屋(シャワー、トイレ付き)で4万6,000ドラクマ(約2万3,000円)、2等船室 一人1万ドラクマ(約5,000円)、3等船室一人7,000ドラクマ(約3,500円)。ただし、2、3等は大部屋のシート座席だ。食費は別で軽食からフルコースまでのレストラン、その他ラウンジや売店があるが、持ち込みも自由だ。

●レスボス(Lesvos)島

夜中にリムノス島に寄港したが、船室の窓から港の風景を眺めただけで通過。翌日の朝7時にレスボス島に着いた。この島で10時間あまりも停泊するという。早速、島のドライブへと出た。
この島も他のエーゲ海の島同様、古代の伝説と逸話が残されている。その一つ、もっとも有名なのは、紀元前7世紀後半この島に生まれた女流詩人サッフォーは同性愛者だったとされ、女性同士の愛を「レスボス風の(Lesbian)」という隠語を生んだといわれている。また、この島からは現代に至るまで、多くの詩人、音楽家、学者を輩出し、「文人の島」とも呼ばれている。

船の着いた港はトルコの海岸線に面し、対岸のトルコ領が見えるレスボス島の中心ミティリニ(Mitilini)でここから11〜12世紀ころのヴェネチア時代の城跡と城壁がある町まで片道65kmもある。海岸線や山道を辿るので、かなり長い距離に感じられる。
港町ミティリニはギリシャというよりトルコ風の雰囲気がある。岸壁には小さな漁船が幾船も停泊し、船のまわりには無数の魚が群れをなして泳いでいる。この島に限らず、エーゲ海はどこの港でも、魚の群れをみることができる。
夕方になると、釣り糸をたれる人もちらほら見かけるが、あまり釣りに熱中しているとは思えないほど、のんびりした光景だ。漁師も一人乗りの小さな船で、港の近くで釣り上げた魚をレストランや市場に卸す。残った時間は町の中の茶屋で、一杯のグリスコーヒー(細かく挽いたコーヒー豆を煮出して入れる濃いコーヒー)で、仲間とお喋りをして過ごす。ゆったりとした時間の中で生きている。

ヒオス島までは約3時間、午後6時レスポス島を出港した船は、まさにサンセットクルーズだ。夕暮れの中、遠ざかるレスポス島やトルコ側の岩山を眺めながら、心地酔い潮風に身をまかせての船旅だ。そしてやがて訪れるサンセット。青かった海も空も自然の織りなす神秘的な色彩を展開しながら、闇の中へとすべてをかき消していく。
しばらくは規則正しいエンジンの音と波の音だけが続いたが、再び闇の中に明かりを見たのはヒオス島の港とわずか十数kmしか離れていないトルコの港の灯だった。

●ヒオス(Hios)島

エーゲ海の中の島にはまだまだ観光地化されていない島も多く、このヒオス島もそのひとつといえる。だが、最近は夏の間はドイツやオランダなどから直行便が入ってくるので、結構賑わう。
島全体がビザンティン時代の面影を多く残す。みどころは13世紀の城の一部と考古博物館などがある。島の南にはビーチと夏の別荘地やホテルが多く、一帯は美しいリゾート地だ。だが、この島は19世紀初頭、長いトルコ占領からの独立戦争の折りトルコ軍によって、島民2万3,000人が大虐殺された悲惨な歴史があったところ。いまではそんな暗い影はなく、気名とからはトルコ行きの船もある。

ヒオス島を夜10時に出港した船は、翌朝7時にピレウス港へと着いた。

一般にギリシャは陸路の交通の便が悪く、旅行者はレンタカーに頼るところが大きい。都市や大きな島には必ず大手のレンタカー会社があり、日本からの予約ができる。小さな島ではレンタルバイクが沢山あるが、ヘルメットなどの着用義務もないので心もとない。ただ、都市以外は比較的交通量は少なく、道路もかなり整備されているので、楽しいドライブ旅行ができる。


ギリシャ政府観光局
旅の基本情報はじめ観光スポットやギリシャ料理の紹介、主な遺跡や博物館のリストなどが掲載されている。

取材:1998年10月