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ギリシャ・古代遺跡を訪ねる旅1



アテネから古代文明の故郷 ペロポネソス半島へ

紺碧の空、エメラルド色の海、白い家々とブルーの屋根の教会、そして神話と古代遺跡の国ギリシャ。乾いた空気に眩く輝く太陽は、世界中から訪れる人々を魅了する。
ヨーロッパ文明の発祥の地であるこの国では「古いもの」といえば紀元前2000年、3000年のころのことであり、今から1500年以上前の西暦4〜5世紀、ローマからビサンティン帝国となると、それは「新しい出来事」とこの国の人々はいう。文明として5000年を超える歴史の足跡はおびただしい数の遺跡として全土に残り、訪ねる人々に古代の壮大なロマンを語る。
今回は「古いもの」、紀元前の古代遺跡を訪ねながら、険しい山間部とエーゲ海の自然を楽しむドライブ旅行を2コースに分けて紹介しよう。

ギリシャは国土の半分近くが山岳地であり、また海岸線は複雑なリアス式海岸で道はくねくねと曲がり直線道路はほとんどない。高速道路も発展途上で、地図上では近く見える目的地も思いのほか時間がかかる。古代からの主な交通機関は穏やかなエーゲ海を利用した海上交通だったことからか、陸路を行く道はあまりよくない。それでも道路の拡張工事や路面の整備も行われ、山道も新しい2車線の道がどんどん増えていた。2004年のアテネオリンピック開催に向けて 新国際空港建設 や道路網の整備も急ピッチに進んでいる。

ペロポネソス半島は、現在のコリントス運河のたもとに栄えた古代コリントス、南にミケーネ文明、内陸にはアテネと並んだ都市国家、スパルタがある。そして西海岸に向けてオリンピックの誕生地オリンピアのほか、沢山のポリスがあったところ。古代栄光に輝いたこれらの場所は、いまはギリシャの偉大なる田舎と呼ばれ、一部を除いては旅行者が気軽に訪ねられるようなところではない。その多くは山間部にあり、公共の交通機関を乗り継ぐのは容易ではない。が、歴史上では重要な役割をはたしたホリスも少なくなく、これこそレンタカーあっての古代遺跡巡りの自分なりの旅が楽しめる半島である。


ペロポネソス半島への旅

アテネ(Athinai)−E94(高速道路)−コリントス(Korinthos)−E65(高速道路)−ミケーネ(Mikines)−アルゴス(Argos)−ナフプリオン(Nafplio)−トリポリ(Tripoli)−スパルタ(Sparti)−メガロポリス(Megalopoli)−古代メッセネ(ancient Messene)−オリンピア(Olympia)−パトラ(Patra)−アテネ
3泊4日 全行程 約1,000km


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●アテネ市

ギリシャの総人口は約一千万、その約半数以上がアテネ市と近郊に住む。アテネの象徴でもある丘の上に建つアクロポリスの神殿のもと、その市内は強い日差しと路上のカフェ、交通渋滞と排気ガスという喧騒の街に驚かされる。ギリシャは好きだが、正直いってアテネはどうも、という人も少なくない。
この地に人々が住みついてから約5000年。数多くの 神話 を生み、デモクラシーが誕生、そして紀元前5世紀にアテネは黄金時代を迎え、現在に残るアクロポリスを建造。やがてスパルタに敗れ、マケドニアの支配をうけ、ローマの傘下にくだる。アテネの華やかな歴史の遺産をアクロポリスに見て、早々にアテネ市内をコリントスへと向けて出発。

アテネ市内での運転は旅行者は避けた方がよい。不案内な地理と渋滞に加え、バックミラーもない小型のオートバイがかなりのスピードで縦横に車をすり抜けていく。大理石の粉を混ぜたという路面は滑り安く危険だ。レンタカーは空港でピックアップして、市街地を避けて海岸沿いにピレウス(Pireas)港経由で高速道路へ。
ピレウスからコリントスへは約70km。海沿いの眺めのよい道だ。高速道路は有料で、コリントスまで500ドラクマ(約250円)。
なお、ギリシャの道路標識は少なく、その上小さな文字(英語表示もある)で、たとえ有名な遺跡や観光地でも特別な表示はされていないので気をつけたい。(高速道路を除く)

●コリントス(Korinthos)

コリントスのインターを出ると、現在のコリントスの町とは反対に小さな標識に従って約4kmのところに旧コリントスの遺跡がある。
西はイオニア海、イタリアへの港を持ち、東はエーゲ、海地中海を経てオリエント諸国を結ぶ港があった古代コリントスは紀元前7世紀ころ貿易都市としてその最盛期を迎える。
みどころはアテネ神殿とローマ期のトイレ跡。神殿は前6世紀ころのもので、石造り初期のもので、技術的にはまだ未熟だったといわれる ドリス式柱 が6本残っている。トイレ跡は代理石の板に穴が開いているだけのものだが、すでに水洗だったという水を流した溝がある。そのほか、劇場や競技場アゴラ跡などがある。博物館もある。
入館料/1,200ドラクマ(約600円) 遺跡と博物館共通

●ネメア(Nemea)

コリントスから高速道路E65を西南へ約25km。 ネメアワイン で知られるこの町は、ヘラクレスがその名もネメアというライオンを退治したという神話の舞台。現存する古代遺跡は紀元前330〜320年にかけて建造されたもの。
ドリス式の円形神殿「ゼウス神殿」の跡がある。現在はスラリと背の高い(10m)石柱3本だけが、紺碧の大空に向かって聳え立っている。近くには競技場の跡もあり、考古学博物館もある。
入場料/博物館も含めて600ドラクマ(約300円)

●ミケーネ(Mikines)

ネメアから高速道路をはさんで、南東へ約15km、トロイの木馬で有名なトロイ戦争の一方の舞台、ミケーネの王アガムメノンの居城とされ、墓地からは、黄金のマスクが発見された。ホメロスの「英雄詩」や「オデッセイア」などの叙事詩で詠われた“伝説”がドイツ人シュリーマンの発掘(19世紀後半)によって史実が証明された。
みどころは城壁正面の獅子門や黄金のマスクが発見された円形墓地など。その他、王宮跡や秘密の貯水池、少し離れたところに、高度な技術の石積みの「アウトレス宝庫」も必見。遺跡は山々に囲まれたアルゴリス平原の端、小高い丘の上にある。歩き易いスニーカーのような靴は、ここミケーネばかりではなく、ギリシャの遺跡見学には必需品だ。

●ナフプリオン(Nafplio)とその近郊

ミケーネより約50km南の港町。古代アルゴリス地方の首都であり、1829年〜1834年の短い期間ではあったが、新生ギリシャの首都でもあった町である。いまは、町から見上げる岩山の上に17世紀にヴェネチア人が築いた要塞があり、そこへは約一千段の階段を上る。アルゴス湾の眺めもさることながら、古代ポリスの跡を多く残すアルゴリス平原が見渡せる。

ナフプリオンから10kmほど東南のアルゴス湾沿いの白い浜辺にトロ(Tolo)という小さな町がある。昼食においしい魚料理でも食べようとして、偶然見つけた町である。
夏の賑わいも去ったいま、抜けるような青い空、エメラルドグリーンの海、レストランの庭先は白い砂浜。目の前の海で獲れたばかりの鯛のグリル焼き、舌ビラメのから揚げとサラダと白ワイン。しめて一人前3,000ドラクマ(約1,500円)という安さ。アテネの半分の値段である。
眺めのよさ、爽やかな風、心地よい酔いも手伝ってか、レストランに併設された この宿 に投宿することに決めた。コース紹介からは外れるが、結局この宿には5日間も滞在し、ここを起点に、アルゴリス地方に点在する古代遺跡を巡ったり、泳いだり魚釣りを楽しんだ。(日程に余裕のある人は、こんな遊び方もお薦めしたい)

●ティリンス(Tirintha)とアルゴス(Argos)

ティリンスとアルゴスはミケーネと並んで、アルゴリス地方を代表する伝説と神話の地である。ティリンスはナフプリオンの市街にあり巨石を積んだ「城壁」に囲まれた古代都市で、海から2kmのところに広がる柑橘類の畑の中にある。
紀元前1400年ごろの建設で巨大な石を重ねた城壁や廊下などが現存し、「王宮」があった場所からフレスコ画などが発見され、今はアテネの考古博物館に展示されている。
一方アルゴスはティリンスの北7kmほど、現在のアルゴスの町の中にある。ミケーネを建設したペルセウスやヘラクレスはアルゴスの子孫にあたる。
ゼウス神殿とアテナ神殿跡の他は、ほとんどが、ローマ軍に征服された後のもので、圧巻は一つの岩山を削って造られた「劇場」(紀元前3世紀)だ。どちらも日本のガイドブックにはあまり登場しないが、ぜひ訪れたいところである。
入場料はティリンスのみ500ドラクマ(約250円)

●エピダウロス(Epidavios)

アルゴス地方で最も険しい山地の続くその麓、ナフプリオンから約12kmの木立の中にある。まず目をひくのは大劇場だ。紀元350年ごろの建設といわれるが、小山を利用した半円形の劇場は客席は55段あって1万3,000人の観客を収容できる。
前4世紀の遺跡がこれほど完全に近く保存されているのは珍しい。人の肉声が最上段までハッキリと届くばかりか一枚の小さなコインを落とした音までもが聞こえる。このすり鉢の底状の舞台をオルケストラと呼ぶ。現在のオーケストラの語源である。
この劇場とは少し離れたところに、医学の神アスクレピオス(太陽神アポロの息子)の聖域があり、神話と宗教的儀式が行われたという病院やリハビリセンター、それに浴場など、スポーツ施設跡がある。
入場料1,500ドラクマ(約750円)博物館も含む。

●スパルタ(Sparti)

普通スパルタへはアルゴスから高速道路E65を走り高速道路の終点トリポリ(Tripoli)から国道961を利用するのが一般的だ。だが今回は少し遠回りして、エーゲ海の美しい風景を楽しめるアルゴス湾岸沿いの道を辿った。
曲がりくねった長い海岸線、まるで湖水のような静かな海を見下ろす高台の道は、ほとんど行き交う車もない。時折わずかな平地にはオリーブが植えられた小さな畑があったが、そのオリーブの太い幹から、この村の歴史の古さが想像された。
ナフプリオから82kmアルゴ湾の出口付近で、道は大きく山越えとなる。これからスパルタまで70km。途中高い岩山にへばり付くように建つ、修道院があった。

スパルタは紀元11世紀、ドリス人が侵入しして、先住民族を奴隷としてつくったポリス(都市国家)であるが、「スパルタ教育」というように現在にも厳しい躾と教育(軍事教育)で知られた国民で、質実剛健、一日一食という質素さだった。
また「人は城壁」ということから後世に残るほどの堅固な城壁も豪華な建造物もなかった。そのためか、遺跡はオリーブ畑の中に僅かに残るだけ。弱く生まれついた赤子を捨てたという裏山に黒い雲が湧き、やがて大粒の激しい雨が降り出した。
ここスパルタには町から6kmの山の斜面に13世紀、ビサンティン帝国の文化の中心だったころの教会が当時のままの姿で多く残るミストラ(Mistras)がある。観光客の多くは古代スパルタの遺跡より、このミストラを目的にスパルタへ来る。

●メッセネ(ancient Messene)・メガロポリス(Megalopoli)・テゲア(Tegea)の古代都市跡を訪ねる


スパルタから西へ約70kmの山を越えて海辺に面した町メッシニ(Messini)へ。そこから20kmほど北の山の中に古代メッセネ(ancient Messene)のかなり大きなポリスの遺跡がある。ここ古代メッセネは地図上にはイトーミ(Ithomi)とあるがどちらも同じところ。
19世紀末から発掘調査が行われており、紀元前369年に建設されたというが、全容は分かっていない。神殿や後のローマ時代のアゴラ、劇場、競技場のほか ヘレニズム時代 の会議場などがある。
このポリスを囲むように山の稜線から頂上へと堅固な石積みの城壁が続く。その長さは8kmもあり、頂上には「ゼウス神殿」があったが、現在は修道院が建つ。神殿への道は細く、遺跡から徒歩で約1時間半だという。

イトーミ(古代メッセネ)への道は国道から離れた標識もあまりない山道だ。たまに行き会う村人に訊ねながら、やっと辿り着いた。ここ数年ギリシャは熱波と異常乾燥で山火事が多く発生。とくに今年はひどく消火にドイツやフランスの応援を得たほどだった。
ドライブ中に黒く焼けた山肌を沢山見てきたが、この遺跡の周りの山も焼けただれていた。かろうじて難を逃れた遺跡の上の小さな集落には、たった一軒の土産物屋兼雑貨屋とこの店が経営する2部屋だけの宿がある。

数年前日本の熊本大学の発掘隊が訪れたという。この村でこの研究者たちは好印象を残し、とても評判がよかった。その夜、宿の前の広場では村の集会が開かれていた。活発な意見交換の声を聞いていると、古代から続くアゴラの風景を彷彿させる。まだロバが活躍する村でもある。
古代メッセネ(ancient Messene)からトリポリへ続く国道(E65)を約50km北上したメガロポリスのまちはずれに、紀元前371〜368年にペロポネソス半島全域にその支配を広げていたテーベ(Thiva)将軍エバミノンダス建設したポリスがある。現在は発掘中で、中へは入れないが、張られた金網越しに集会場跡や全体の半分ほど掘り出された劇場の観客席が見られる。
ここから一度トリポリの町へ出て、スパルタへの国道を7km行ったところにある遺跡は、半島の中央部アルカディア地方の古代社会の中心地だったテゲアである。現在残るのは「アテナ神殿」の跡だけ。
周囲を山に囲まれた盆地で昔から牧草地帯といわれ、いまでも決して豊かではないが、ニンフと牧人だけが暮らす楽園という神話が生まれた里といわれるのもうなづける静かな村である。

●オリンピア(Olympia)

トリポリからオリンピアへはペロポネソス半島の内陸部を横断する山道で、その距離約130km。数年前に比べれば道路幅は一部を除いてかなり広くなったとはいえ、急カーブを描いて上り下る道はかなり注意が必要だ。それでも山の連なりを眺めながらのドライブは楽しい。途中、食事が出来るレストランのある町は、ほぼ中間にあるランガディア(Langadia)の町だけ。この道に限らず、ギリシャの旅は簡単な食べ物と水は常に用意しておきたい。

現在のオリンピアの町はホテルと土産屋の建ち並ぶそれほど大きくもない町だが、町のすぐ近くに古代オリンピアのポリス跡がある。ここは言わずと知れたオリンピックの発祥地。今も世界各国で行われるオリンピックのための聖火はこの古代オリンピアの地で点火される。
古代ゼウスの神に捧げられた大競技会が行われたのが始まりで、第一回オリンピックが開催されたのは紀元前776年のこと。競技の合間には演劇の上演などの催しもあった。
現在残るこれらの施設はゼウス神殿、その妃のヘラ神殿、体育場や神官の宿舎、それにオリンピック競技場などがある。ジリジリと焼け付くような太陽の下、競技場の観客席に腰をおろすと、オリーブの梢を鳴らす風の音が、やがて人々の歓声のように聞こえてくる。
入場料1,200ドラクマ 博物館 1,200ドラクマ(共約600円)

オリンピアからアテネまでは約300km。パトラ(Patra)経由の自動車専用道路と高速道路を結んで約4時間のドライブだ。


ギリシャ政府観光局
旅の基本情報はじめ観光スポットやギリシャ料理の紹介、主な遺跡や博物館のリストなどが掲載されている。

取材:1998年10月