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南フランスへの旅



パリからプロヴァンス(Provence)へ

アルプスを源に悠々と流れ下るローヌ(Rhone)川がやがて地中海に注ぐデルタ地帯、その付近一帯をプロヴァンス地方と呼ぶ。 プロヴァンス地方の歴史 は古く、紀元前のローマ時代から始まる。その昔、ギリシャ人はマルセイユに植民地をつくり、カエサルのローマ軍はアルルを握り、サラセン人も攻め、地中海沿岸からは十字軍が船出して行き、やがてアヴィニヨンには法王庁が建てられた。
さんさんと輝く太陽、さわやかな空気、そして、ゆるやかな丘陵には小麦、野菜、ぶどうにオリーブと豊かに実り、地中海の贈り物の魚介類に恵まれたプロヴァンスはイタリア人もスペイン人もみなが欲しがり戦争の絶えなかったところでもある。
この地方がフランスに合併されたのは15世紀も後半のこと。そんな長い歴史の跡を街や村にいまも昔の姿を多く残し、訪れる人々の心を古へと誘う。


パリから南フランスのプロヴァンス(Provence)地方へは南へ下るA6オートルート(高速道路)をリヨン(Lyon)まで約500km。これからしばらく続く夏のバカンスシーズンは、太陽を求めて南へと下る人々の車で、混み合うオートルートも、平均時速100kmで走れるので、500kmの距離も5時間で行くことが出来るのでパリを朝出れば、まだ日の高い夕方にはリヨンの街に着く。
山陰もない平坦な風景はどこまでも続く麦畑。農業国フランスの偉大さを知らされる長い道である。
フランス第二の都市リヨンの街を迂回して、南へ約30kmヴィエンヌ(Vienne)で宿をみつけた。



南フランスへの旅

パリ(Paris)−オートルート(高速道路)A6−リヨン(Lyon)−N7(国道)−アヴィニョン(Avignon)−N86(国道)−ニーム(Nimes)−D999(県道)−タラスコン(Tarascon)経由−アルル(Arles)−N568(国道)−マルセイユ(Marseille)
3泊4日 全行程約950km


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●リヨンからヴィエンヌへ

天候のまだ定まらない初夏のパリは太陽が出れば30度を超える暑さでも雨雲が垂れ込めた日は肌寒い。ドゴール空港でレンタカーをピックアップ。
パリ市内を避けて、一気に南下、リヨン郊外でオートルート(写真)を出て、国道7号線をローヌ川沿いのヴィエンヌへ。
ドライブ旅行では、いつもホテルの予約はしない。 ホテル は自分の目で見て、料金も確かめて決めるのだから、当たり外れはない。
最近はフランスでもモーテル式の宿も多くなり、車の旅にはとても有り難く便利だ。バス・トイレ付き、ツインで一泊300フラン(約7,500円)。
このあたりは美味しい ワインの産地 でもある。お薦めは Cote-rotie96 の赤ワイン 120フラン。

●アヴィニョン(Avignon)へ

国道7号線に沿ってゆるやかに蛇行して流れるローヌ川、こんもりと茂る樹木に覆われた岸辺に点在する村や町の家々を眺めながら車は走る。交通量は比較的多くても、走る車のスピードはみな100kmを超えている。
途中、川辺の駐車場のベンチで休みながら、ヴィエンヌから約180km、アヴィニョンに着いたのは、お昼を少し回ったころだった。

“アヴィニョンの橋” の名で知られるローヌ川にかかる石橋サン・ベネゼ橋は、今から300年以上も昔、1669年の大洪水で流された部分はそのままに、今でも向こう岸にとどいていない。また、城塞に囲まれた旧市街の中心にある法王庁は14世紀に法王がローマからアヴィニョンへ移るという歴史的出来事があったところ。その後100年もの間7人の法王がここに君臨した。

●ポン・デュ・ガール(Pont・du・gard)

アヴィニョンの西3km、緑深い谷を流れるガルドン川にかかる巨大な石の橋。1世紀の中頃から後半にかけて建造された水道橋で、高さ49m全長275m、最大6トンもの巨石を積み上げられている壮大なもの。ここから約16km西北のユゼス近くの水源から古代ローマ都市ニームに飲料水を送っていた。
ニームとユゼスとは、高度差が17mしかなく、1kmにわずか34cmという微妙な勾配で水を流したという。その正確なローマ人の建築技術もさることながら、3層の美しいアーチは芸術面でも優れていたことに改めて驚かされる。いまでも橋の上を自由に歩くことができることも凄いが、はるか下を流れるガルドン川を見下ろす橋には一本の柵もないのも凄い。足元から吹き上げてくる風にも足がすくみそうだ。

●ニーム(Nimes)

「フランスの中のローマ」といわれるほど、ローマ時代の遺跡の多い街であり、また、「フランスのマドリッド」ともいわれる闘牛とフラメンコの盛んな街。
紀元1世紀ごろの建設といわれる古代闘技場は現存するローマ闘技場のなかでは、大きさこそ中程度だが、保存状態では一番とか。現在も多少手を加えられてはいるが、当時のままの状態で闘牛をはじめ、オペラ、バレエ、ロックコンサートとさまざまなイベントが行われている。
そのほか、カエサルの2人の孫に捧げられた神殿はアポロン神殿を模して造られたという「メゾン・カレ」(写真左下)、城壁の名残の一つであるアウグストゥス門(写真右下)、ポン・デュ・ガールの水道橋を通って引かれてきた水の貯水槽などもある。車を降りて歩きたい街だ。


ニームからタラスコン(Tarascon)へ向かう田舎道は小麦やぶどう畑の中を走る。また、6月から7月にかけては花の季節だ。赤い花のコクリコ(ひなげし)やラベンダー、それにラベンダーに似たラヴァンダン、バラなどが自生し、車窓からの眺めを楽しませてくれる。
もちろんプロヴァンスといえば、バジル、ローズマリー、タイムなど さまざまなハーブ が自生または栽培されているところ。ニーム、オランジュ(Orange)、マルセイユを結ぶ三角地帯はハーブの産地。最近は「ハーブ街道」と命名され、観光ルートもできた。新鮮な魚介類にハーブの香りは南仏プロヴァンスの 代表的な料理 だ。

このあたりローヌ川沿いには二つの街がある。ニーム側はボーケールといい、川を隔てた東側の街はタラスコン。豊かに流れるローヌ川を渡ったタラスコンは、まるで中世にタイムスリップしたかのような、昔そのままの古い街に感動する。タラスコン城(写真)やサント・マルト教会などみどころは沢山あるが、車がやっと一台通れるほどの狭い道を歩きながら、中世の人々の暮らしが見えるような町並みを見たい。

●アルル(Arles)

タラスコンからアルルへは15km。D15線(県道)はフランスの古い田舎道でよく見かけるプラタナスの並木道が続く。樹齢100年以上は超えているであろうと思われるプラタナスはよく手入れされていて、青い空に向かって真っ直ぐに伸び、道もまた麦畑の中に延びていた。
アルルより数キロ手前、タイムやミント、ローズマリーなどの自生のハーブの薫る小高い丘の上に一見城のような修道院が見えてくる。サン・ミッシェル・ド・フリゴレ修道院だ。この近くには、ドーデの「風車小屋だより」で知られる小さな村と風車小屋がある。プロヴァンス地方の代表的な風景だ。

無数のローマ遺跡が、古代のロマンをかきたてるアルル城壁の中へ入ると、まず、目に飛び込んでくるのが、円形闘技場だ。ローマ時代、1万人もの観客を集めたという。直径は最も広いところで136mもあり、フランスで現存する闘技場では一番大きい。以前ここを訪れた時は遺跡として観光客のためだけのものだったが、観客席を鉄骨で造り直したりして、現在は闘牛をはじめ、さまざまなイベントの場として活用している。観客席の最上階まであがると、アルルの南仏特有の美しい町並みとローヌ川が見渡せる。
この闘技場の隣には紀元1世紀末に完成したという古代劇場跡がある。現在は大理石の柱が数本残るだけだ。

アルルの町は小さいが、見るものは多い。
「南仏へいくならアルルにしろよ。あの町には美人が多いから」とはロートレックがゴッホに言った言葉。ドーデの小説「アルルの女」から のイメージもあるのだろうが、3年に一度「アルルの女王」コンテストがある。また、フラメンコやジプシー音楽を楽しめるが、やはり、ヴァン・ゴッホが描いた光輝く風景と、狂気と正気の間をさまよった画家の過ごした日々を想うのも、ここアルルだろう。ただ残念なことにゴッホゆかりのものは少ない。写真の“跳ね橋”が郊外に移築され、改修されていた。町から3kmほどの場所で標識はあるが、小さいので見落とさないように。


●サント・マリー・ド・ラ・メール(Saintes Maries de la Mer)

観光地アルルでの混み合う宿を避けて、約40km南、地中海に面した小さな港町に車を走らせた。地図の上ではなんの変哲もない県道D570号線だが、このローヌ川の二つの流れに挟まれた広大なデルタ地帯は平坦な湿地帯でヨーロッパ最大の塩田と、フランスではまずここでしか見られない水田が広がり、春から夏にかけて渡り鳥もやってくる。中でもフラミンゴの繁殖地としてはヨーロッパで唯一この場所だけ。かつては野生馬も沢山いたそうだが、いまでは、観光の乗馬用として飼われている。
この一帯をカマルグ(Camargue)という。野鳥や湿原の花々をのんびりと馬の背から眺める観光客もまた絵になる風景である。

カマルグの湿地帯の終わり、この道の行き止まりは海で、その防波堤の内側に、小さな町サント・マリー・ド・ラ・メールがあった。
伝説では紀元40年頃、ユダヤ人によってイスラエルを追われた聖母マリアの妹、ヨハネの母、マグダラのマリアとその使徒達が、南フランスの浜辺に流れ着いたという。そこに聖母マリアをまつる礼拝堂が建てられたのがこの地であるという。また、召し使いのサラが黒人であったといわれていることから、とりわけジプシー達の信仰を集めている。マリア達の遺品が納められているという教会にはジプシーの守護神サラの像がある。5月24、25日の巡礼にはヨーロッパ中からジプシー達が集まってくる。

一時間も歩けば町中を見て回れるような小さな町でも、闘牛場があり、カフェからはギターのジプシー音楽が流れ、町の飾りつけや人々の服装も派手でフランスのイメージとはほど遠い。レストランでは季節の新鮮な魚介類を使ったものが多いが、ちょっと気取ったフランス料理だった。 ホテル はバス・トイレ付き ツインで300フラン位。いわゆる高級ホテルはない。

ここからマルセイユまではアルルへ戻ってオートルートで行くか、田舎道をたどるかだが、どちらの道を行っても約100kmだ。


日本におけるフランス年 オフィシャル・ウェブサイト
日本各地で開催されるフランスの文化・芸術関連イベントを紹介。公式ページの情報発信は1999年4月30日までの予定。
フランス政府観光局
フランスの地域別観光情報や宿泊、イベント、交通情報など。「旅の基本情報」では日本語の通じる病院も紹介。
プロヴァンスの旅
プロヴァンスとコートダジュールを中心にヨーロッパ各地を紹介。地域情報、歴史などがよく整理され見やすい。

取材:1998年7月