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「天璋院篤姫」のふるさと鹿児島(3)

ドライブライン

出水のナベヅル 篤姫のふるさとは鹿児島市の中心部だが、大河ドラマのロケ地となった出水市へとドライブの旅は続いた。出水市は鹿児島市から約100km北西にあり、天草を隔てる八代海へは僅か1kmほどだ。東は熊本県境に近く、薩摩藩の時代最大の外城の名残で、武家屋敷群を残す。現在はナベヅルの飛来地としても有名だ。
また出水市への道すがら朝鮮陶工たちが上陸し最初に薩摩焼窯を開いたという薩摩焼の郷へ立ち寄った。そして薩摩国府が置かれ、古代薩摩の政治・経済・文化の中心だった薩摩川内市の屋敷跡を訪ねたり、かつての金鉱山だった坑道を利用して焼酎造りをしている薩摩金山蔵をも見学したりの少し忙しい旅でもあった。


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ドライブライン

<コース>
鹿児島空港−(国道504号線)−(国道10号線)−霧島市上野原遺跡−(国道10号線)−鹿児島市内−(国道3号線)−いちき串木野−薩摩川内−(県道42号線)−入来−(国道328号線)−出水−(国道3号線)−津奈木町−熊本市
行程 約250km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●薩摩焼の郷・美山

鹿児島市街から国道3号線を約25kmのところから、伊集院へ向けて県道を1kmほど入ると、窯元の並ぶ町がある。ここが慶長3年(1598)鹿児島前之浜、東市来神ノ川に上陸した金海が、茶人千利休の高弟でもあった第17代島津義弘の庇護を受けて最初に窯を開いたところ。その中でも美山(東市来)がそのはじまりだという。
美山には現在13の窯元があり、藩の御用窯だった苗代窯は白薩摩(白もん)の代表ともいえる。幕末の『パリ万博』に出品され、国際的な評価を得た。一方、沈壽官(ちんじゅかん)窯は朝鮮李朝陶芸を、15代目が伝統の技を今に伝えている。こうした白薩摩のほか個性豊かな現代の陶工たちが薩摩焼きの美を競っている。

美山の窯元案内表示
美山の窯元案内表示
美山の窯元の多くは地味な店構えだった
美山の窯元の多くは地味な店構えだった

薩摩焼の里
薩摩焼の里
薩摩焼の登り窯
薩摩焼の登り窯

●焼酎蔵薩洲・濱田屋伝兵衛

いちき串木野に明治元年創業の焼酎蔵。一つ一つの手作りの甕に木桶蒸留器を使って伝統の技により原酒を生み、本格焼酎づくりをしている。手作業だからこそ、その日の天気、温度、湿度にも気を使い、蔵独特の優しい香りを持った焼酎ができ上がる。
こうした昔から伝わる甕仕込み、木桶蒸留、甕貯蔵の行程を見学することができる。もちろん購入することもできる。
/見学無料、TEL 099-636-3131

焼酎の蔵元にも篤姫ポスター
焼酎の蔵元にも篤姫ポスター
篤姫の名が付いた焼酎はお洒落に展示されていた
篤姫の名が付いた焼酎は
お洒落に展示されていた


甕がぞろりと並んで焼酎は熟成中
甕がぞろりと並んで焼酎は熟成中
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桶、甕で熟成させる
桶、甕で熟成させる

●さつま揚げ

いちき串木野は関東地方でいう「さつま揚げ」の発祥地といわれている。串木野を中心に国道3号線沿いには、さつま揚げの製造販売店が多く目につく。昔、島津藩が琉球から、沖縄の揚げかまぼこであるチギアギ(付け上げ)を持ち帰ったことが、そのはじまりとか。

魚肉のすり身に塩や砂糖などで味付けし、四角・丸・小判型に形を整え油で揚げたもの。原料はイワシ、サメ、サバ、カツオなど多様な魚を二種類以上を混ぜ合わせてあるそうだ。そのまま、あるいは軽く焼いてショウガ醤油で食べる。馴染み深い食べ方はおでんや煮物ということかもしれない。
製造所によって微妙に味が異なるが関東で食べているものより、味は少し甘めだ。
薩摩揚げ製造・販売
薩摩揚げ製造・販売

●薩摩金山蔵

いまから350年前、薩摩藩第19代島津光久公によって、串木野に金の鉱脈が発見された。当時は産金量は日本一を誇っていた金山だ。ちなみに鹿児島は現在も金の産出が日本一である。江戸時代初期から薩摩の財政を支え、明治維新の原動力にもなったという。
350年もの長きにわたって堀り続けられてきた坑道は総延長120kmにも及ぶ。この廃坑となった坑道の一部に、甕仕込みと甕貯蔵の焼酎が成熟保管されている。この貯蔵所へはかつて利用されていたトロッコで行くことができる。約700mの坑道の奥へトロッコは8分ほどで到達する。この他、金山資料室、売店、食事処から金山地下から湧出する温泉を利用した温泉施設まである。
/坑道内見学料 700円、
  TEL 099-621-2110
/入湯料 600円
金鉱山の入り口。今は焼酎貯蔵所で観光施設だ
金鉱山の入り口。今は
焼酎貯蔵所で観光施設だ


鉱山トロッコは観光用に変わった
鉱山トロッコは観光用に変わった
坑道に保存されている焼酎甕
坑道に保存されている焼酎甕

●薩摩川内・入来武家屋敷群

串木野市の北、薩摩川内(せんだい)市の入来は700年もの歴史を持つ武家屋敷と温泉の町だ。JR川内駅から東へ車で約30分、山に囲まれ樋脇川(清色川)を天然の堀に見立てた武家屋敷群がある。いまは中学校になっている高台は、中世山城である清色城だったが、すでに城の跡はなく 石段と石垣だけを残す。
この山城の裾に玉石積の石垣とその石垣の上に樹木の生垣が並び、緑の季節には周囲の山々と一体となって美しい緑地景観を生み出している。

入来・清色城の石段、今は学校になっている
入来・清色城の石段、今は学校になっている
玉石の石垣にはお茶の生け垣が付きものだった
玉石の石垣にはお茶の生け垣が
付きものだった


かつてはこの石垣の中に領主館や武家屋敷が沢山建っていた。現在は「かやぶき門」(市指定文化財)や蔵などが少し残るのみで、みどころは玉石垣と生垣である。かつての武家屋敷の跡には、現代の家が建つ。
この玉石垣のおびたたしい数の石はどこからと住人に尋ねると、目の前の樋脇川を指さして「この河原から」という。河原を見ると、同じ大きさの玉石が川全体に転がっていた。重要伝統的建造物群保存地区だ。薩摩川内入来郷土館がある。
/入館無料、TEL 0996-44-3111

入来のかやぶき門
入来のかやぶき門
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固心院の「いくさ墓」。戦国時代の入来武士が出陣前に作った
固心院の「いくさ墓」。戦国時代の
入来武士が出陣前に作った


●鶴の飛来地

優雅に飛ぶナベヅル
優雅に飛ぶナベヅル

武家屋敷で有名な出水市には、もう一つ全国に名高い「ツル飛来地」がある。ここ出水市荒崎のツルは毎年11月から3月にかけて約1万2,000羽が渡来する。その数と種類の多いことで知られている。大正10年(1921)3月3日に天然記念物法により禁猟区となり、その後、昭和27年(1952)に天然記念物の指定を受けた。指定地区は約245ヘクタールにも及ぶ。
この地域がツルのねぐらとなったのは、元禄7年(1695)島津藩による最初の干拓ができてからという。かつて九州には幾つかの飛来池はあったが、現在は、この一ヶ所だけである。シベリア地方から中国、韓国と南下を続け、長崎半島から八代海を越えて、渡来してくるといわれている。
ツルの種類は、灰色のナベヅルが圧倒的に多いが、他にマナヅル、クロヅルで、ときにはカナダヅルがやって来る。3月下旬には再び繁殖地のシベリア方面へと飛び立って行ってしまう。ナベヅルはタンチョウヅルのように白く美しくはないが、見るものは数の多さで圧倒される。クビを水平に伸ばして大空を舞う姿は優雅だ。

出水のナベヅル
出水のナベヅル
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展望所。2階からは鶴の群れが良く見える
展望所。2階からは鶴の群れが良く見える

ツル観察センターからの眺めは360度のパノラマで、ツルの舞いやツルを間近でみながら生態観察ができる。
/ツル観察センター 入館料 100円、問い合わせ 099-685-5151

●出水麓武家屋敷

平成7年(1995)に国の重要伝統的建造物保存地区に選定された麓町の武家屋敷群は、出水郷に赴任する薩摩藩士の住宅兼陣地でもあった。山城の出水城の麓の丘陵地帯を整地して造られた屋敷群だ。薩摩藩内で最も規模が大きかったという。
出水は肥後(現熊本県)との県境の町として、藩の防衛上重要な町であるとともに、外城制度(藩体制強化のための政治制度)により、多くの薩摩武士を住み着かせた。

出水の武家屋敷には立派な門がある
出水の武家屋敷には立派な門がある
出水武家屋敷の道は石垣と生け垣が見事
出水武家屋敷の道は石垣と生け垣が見事

出水假屋門・武家門・石垣・生垣や竹添屋敷の建物の他、伝統的建造物として指定された数多くの建造物が、昔の姿をのこしている。
屋敷町を散策するには1時間以上は必要だ。見学路である竪馬場通り、諏訪馬通り、山崎馬通り、天神馬場通りと碁盤目のように整然と区切られた道路には石垣が続く。玉石の積んだ風格ある武家屋敷の佇まいはドラマ「篤姫」の主要なロケ地でもあった。

出水の諏訪神社
出水の諏訪神社
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ロケ地には看板が立つ
ロケ地には看板が立つ

舗装路には砂利が敷かれ行列が並んだ
舗装路には砂利が敷かれ行列が並んだ
参勤交代の行列も通った薩摩街道、津奈木の重盤岩眼鏡橋
参勤交代の行列も通った薩摩街道、
津奈木の重盤岩眼鏡橋
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●達磨山龍光寺

島津家分家であった薩洲島津家の菩提寺。豊臣秀吉朝鮮出兵により、7代目で断絶した。その後再建されたが、再び明治の廃仏毀釈によって壊された。そのとき石の仁王像は土の中に埋められた。薩摩では全国で最も廃仏毀釈が徹底的に行われたという。その混乱のほとぼりもさめた明治13年に掘り出されたが、腕をとられ、削られた顔からは、どちらが「阿」でどちらが「吽」かも分からなくなったと住職の話。
ここより約10km離れた野田に建久5年(1194)島津家初代忠久が創建し臨済宗禅の祖栄西禅師が開山した日本最古の禅寺、感応寺がある。
薩州島津家(分家)菩提寺・龍光寺
薩州島津家(分家)菩提寺・龍光寺

龍光寺・石の仁王
龍光寺・石の仁王
対の一つは両腕が欠けていた
対の一つは両腕が欠けていた

「味噌なめて 晩飲む焼酎(しょちゅ)に毒はなし 煤(すす)けたかかぁに酌をさせつつ」
正岡子規に師事した河東碧梧桐の筆による碑を見つけた。ユーモアと人情のある詩である。大正12年(1923)から昭和6年(1931)にかけ、このあたり一帯に田畑を開いた完成記念に建てられたそうだ。

●八坂神社

境内に立つ地蔵尊は、大正14年(1925)真言宗の僧侶によって建立されたもの。高さは台座を含めると4m15cmもあり、一刀彫りでは日本一。子育てや延命に御利益があるそうだ。しかし、境内の大部分を民家や商店に占領され、大きなお地蔵さんが窮屈そうだった。

●アシアカエビ

足が赤く体調は15〜20cm、大きく丸々とした形のエビで、別名クマエビともいう。
天然のクルマエビよりは値段が安いというが、漁師から直接買っても1kg5,000円は下らないと、港で知り合った漁師はいう。
熊本県水俣より北へ約40km、芦北町芦北港には珍しいアシアカエビ漁が行われている。海賊船のような帆の打瀬(うたせ)網漁は、けた網と呼ばれ櫛のような爪のついた網を海底まで落とし、その網を帆に受けた風の力で引っ張るという芦北独特の漁だ。
夏には、観光客を乗せ、アシアカエビの漁をする。10人以上の団体に限る。

打瀬網漁の打瀬船。白い帆を張って漁をする
打瀬網漁の打瀬船。白い帆を張って漁をする
アシアカエビ(芦北漁港)
アシアカエビ(芦北漁港)



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ゆっくり・悠・遊 観光かごしま
鹿児島県ホームページ内。県内各市町村の紹介や観光スポット、おすすめ観光モデルコースなどが見られる。
出水市観光協会
出水市の歴史、自然などの観光情報や温泉情報のほか、ツルの羽数調査結果も掲載されている。

取材:2008年3月