民話の里・岩手県遠野

民俗学者の柳田国男の名著「遠野物語」の舞台である岩手県遠野市は、その昔、日本のチベットとも呼ばれた山間部の僻地であった。
兵庫県に医者の息子として生まれた柳田国男が、いまから90年前、明治42年遠野にやってきた。いまでは東京上野駅から山形県花巻駅に新幹線で3時間の距離も、当時は13時間、花巻から人力車、馬車に乗り継ぎ遠野へは約8時間もかかったというのだから、大変遠いところだった。
柳田国男は文学を志し、森鴎外・田山花袋・尾崎紅葉らと交流。東京帝国大学卒業後、農商務省、仕事で北海道や樺太(現 サハリン)などを歩きながらも文学活動は続けていた。そんな時(明治41年)柳田氏の家を訪ねた岩手県遠野出身の文学青年・佐々木喜善から郷里遠野の昔話をきいた。翌年夏遠野を訪問、明治43年(1910)日本民俗学初の「遠野物語」が出版された。
遠野はいまも日本の農村の原風景を残す民話のふるさととして、多くの人に親しまれている。そして今、NHK朝の連続ドラマ「どんど晴れ」で主人公夏美が、民話の舞台にいる。

<コース>
(東北自動車道)−花巻JCT−(釜石自動車道)−東和−(国道283号線)−遠野−(国道283号線)−釜石
行程 花巻市より遠野約50km、遠野より釜石約40km
<ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください>
 めがね橋 (画像をクリックすると拡大写真を表示します)
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花巻から東和まで開通した自動車道を出て、国道283号線を遠野方面へ向かう。JR釜石線、宮守駅から約300mのところに5連アーチの「宮守川橋梁」があった。
一説では宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」のモチーフとなったとされている。通称「めがね橋」ともいわれ、ライトアップもされているという。橋の下には「道の駅みやもり」もある。
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遠野は周囲を1,000m前後の山に囲まれた盆地にある。遠く北になだらかな稜線を描いてそびえる山、早池峰山(1,917m)は陸奥信仰の山として、昔から多くの参拝者が訪れる山でもあるが、遠野物語の中にも早池峰山、石上(1,038m)、六角牛(1,294m)と遠野を囲む三山には、それぞれの女神が住むと「三人の女神のはなし」の中で語られている。
信仰の山の登山口には早池峰神社があり、ここには「座敷ワラシ」がいたという。座敷ワラシとはこどもの妖怪で、この妖怪が出る家は、幸せが訪れるとの伝えがある。
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 早池峯山への登山道入り口は鳥居だけ。 いつか道は畑に
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 畑に変わった登山口には「早池峯大神」の 碑が残る
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●とおの昔話村
柳田国男が「遠野物語」を書くために滞在した高善旅館を移築保存した「柳翁宿」や酒蔵などを利用している。内部には遠野の世界や日本の民話研究のための「遠野昔話資料館」になっている。
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柳田氏が泊まった部屋も残されている。また柳田国男が生前ラジオで旅の話をしている声が館内に流されていた。民話を聞かせるコーナーもあるが常設の場所は駅前の物産館2階にある「昔語り部館」で聞くことができる。
「昔、あったずもな」ではじまり「どんどはれ」で終わる民話の語り部は7人、交替で民話を語る。250〜300もの昔話を覚えている語り部もいるという。1回約20分。
/とおの昔話村入村料 310円+100円、
TEL 0198-62-7887
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 とおの昔話村
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 柳田国男の胸像とかつての定宿
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 柳田が話を聞き、執筆した部屋
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●カッパ淵
国道340号線を10分ほど北へ。国道をわずかに離れたところに常堅寺という寺がある。その奥に流れる川淵がカッパ伝説の生まれたところ。
畑と樹木、そして寺、穏やかに流れる小川は、まさに懐かしい日本の原風景だ。遠野のカッパは人々を驚かせたり困らせたりと、いたずら好きだったといわれている。
川辺の小さな祠には、お乳の神様が祀られ、布などで乳房を形とったものが沢山奉納されていた。常堅寺の境内には、頭が円形に削られ皿になっているカッパ狛犬がある。
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 河童淵
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 常堅寺山門
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 河童淵に架かる橋
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 河童淵のお堂
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 河童淵に近い稲荷堂
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 子供を抱いた河童の焼き物もあった
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●伝承園
園内は、かつての遠野地方の農家の生活様式が再現され、伝承行事、昔話、民芸品の制作・実演など体験できるコーナーもある。また広い園内には国の重要文化財となっている旧菊池住宅、遠野物語の話者であった佐々木喜善の記念館や千体をこえる御蚕神堂(オシラ堂)などがある。
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人馬が同居した農家の造りは、「曲がり家」といい家が直角に、いわゆるL字型に曲がっていて人の住む棟と馬小屋が連結している建物だ。ここにあるのは最も古い南部曲りで納屋を移築したもの。屋根は茅葺き、周りは土壁で塗られ柱や貫(ぬき)だけを露出させる造り。国の重要文化財で内部には蚕棚もありいまも蚕が飼われてたり、農家の調度品、民具が展示されている。
囲炉裏を囲んで語り部による昔話を聞くこともできる(要予約)。壁には天皇皇后両陛下が囲炉裏の前で昔話をお聞きになっている写真が飾られていた。
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 農家と女
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 馬と女性の木人形に願いを込めるオシラサマ
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離れの御蚕神堂には、馬と娘の首を持ち、幾重にも布を重ね着した1,000体ものオシラ様が飾られていた。
「昔むかし、農家の娘が飼馬に恋いをし、怒った娘の父親が馬を殺してしまったとさ」と始まる物語りだ。「ところが、娘も馬と一緒に天に昇りオシラサマになったとさ」。オシラサマは農業の神様であり、蚕の神様、そして馬の神様ともいわれている。
オシラサマとは七福神のうちの弁財天の信仰だそうだ。東北地方には400〜500年前から、オシラサマ信仰があったとか。桑の木の枝で馬と娘の首を作り、その頭から布を着せる貫頭型といわれ、小正月に一枚ずつ布を着せていく。
/入園料310円、TEL 0198-62-8655
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●日本の原風景
物語の序文に「路傍に石塔の多きこと諸国その比をしらず」とあるように「山神」とかかれた石や石塔、馬頭観音など道端でよく見かける。伝承園の近く、草むらの中に「馬っこつなぎ」の石があった。一見したところ草に覆われただの石のようにしかみえなかったが。
6月15日に藁で作った馬や木版で刷った馬を2頭ずつ、田の水取り口や畑、井戸などに置き、丸いダンゴを供えて拝む。すると馬に乗った神様が現れ田の作柄を見て回るのだ、と伝えられている。
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●デンデラ野とダンノハナ
国道340号線に沿って田園地帯を約3km、国道から離れて田んぼの中を行く。昔はあぜ道だったであろうと思われる細い道も舗装され、緩やかな斜面には棚田が作られている。かつて日本のどこにでもあった懐かしい風景だ。
デンデラ野と書かれた看板を頼りに、舗装道路から外れ、深い轍のついた石と土の道を上る。そこはなにもなく、遠くに里を見下ろす寂しい野原であった。そして一つの解説板が立つ(右下写真参照)。
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昔は60歳を超えた高齢者はすべて、それまで暮らしていた家を離れ、決められた場所で共同生活をする習わしがあった、と遠野物語にある。日本各地に残る「姥捨山」の民話にも通じる話である。人生50年といわれ老人福祉などない時代の悲しい歴史だが、事実に目をそらせず、ここに貧しかった農村の人々の生き様を解説で教えてくれている遠野市の姿勢を評価したいところだ。このような問題はイメージが悪いと、表沙汰にしない自治体が少なくないのである。
近くにはダンノハナの刑場あとがあり、現在は共同墓地で、佐々木喜善の墓もある。
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●佐々木喜善の生家
柳田国男に「遠野物語」を書くきっかけを与え、この地方の民話を語った佐々木喜善の生家は共同墓地の斜向かいにある。現在も佐々木家の人たちが住んでいるので、一般公開はしていない。
昔ながらの瓦葺きをスレートに葺き替えられているとはいえ、白壁の建物と周囲を囲む畑の風景は、ここが遠野ということでことさら心を和ませてくれるのかも知れない。
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 佐々木喜善の生家
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●山口の水車
佐々木家を少し上ったところにある水車。いまでは現役で働く水車は希だが、この小さな昔ながらの水車小屋の中ではコット コットンと規則正しい音がする。折々に付近の人々が脱穀や製粉に使用しているという。水車小屋は、いまNHKの朝の連続小説「どんど晴れ」のロケ地と地元の人の話だったが、残念ながらテレビを見ていないのでそのシーンは不明。
山々に囲まれたのどかな田園に古い茅葺き屋根と板張りの水車小屋、昔はどこにでもあった日本の農村風景を残す遠野は、これからも人々の心を癒してくれるだろう。
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 水車小屋。デンデラ野にも近い
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- ・遠野市観光協会
- 「遠野ふるさと村」「伝承園」「とおの昔話村」などのみどころやモデルコース、写真集などが見られる。
取材:2007年9月
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