ハプスブルグ家の遺産とアルプスの自然(3)
〜イタリア北部からスロヴェニアへ〜

ミスリナ湖とホテルオーストリアの南チロル、オーバーグルグル(Obergurgl)からイタリアへと向かう。急カーブを描いて進むと標高2,509mのティンメルスヨッホ峠 (Timmelsjoch)へと着いた。
このイタリアとの国境にあるアルプスの氷河から、約5,300年前のミイラ「アイスマン」が発見された。このミイラは発見された場所がオーストリアからわずかイタリア側だったため、現在はイタリア北部の都市ボルツァーノ(Bolzano)考古学博物館に保存され公開されている。ぜひ、この古代人に会いたくて、イタリア側の急な狭い山岳路を下っていった。
その後イタリアのドロミテ山塊の中心地で、山岳リゾート地として有名なコルティナ・ダンペッツオ(Cortina d'Ampezzo)を経て、スロヴェニア(Slovenia)へ。
ここはヘミングウェイの小説「武器よさらば」の舞台となった山岳地帯をはじめ、巨大な洞窟、鍾乳洞、瀑布、神秘的な湖と、スロヴェニアが誇る大自然の驚異と美を求めてのドライブだった。

コース

オーストリア・オーバーグルグル(Obergurgl)−ボルツァーノ(Bolzano)−SS241号線−コスタルンガ(Costalunga)峠−SS48号線−カナツェイ(Canazei)−ポルドイ(Pordoi)峠−SR48号線−コルティナ・ダンペッツオ(Cortina d'Ampezzo)−SS52号線を経て約120kmスロヴェニア・コバリド(Kobarid)

行程 約350km

赤いドライブルート付近のマーカーをクリックするとその項目にジャンプします

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ボルツァーノ(Bolzano)

細い道にトンネルの多い山道を下ること約60km、山を下った谷間にあった小さな集落をいくつか通り過ぎると、道は広くなだらかな山裾へと入った。かつてここがオーストリア国であったころ、チロル地方の首都だったというメラーン(Meran)を通り抜けた。ここからボルツァーノまでは自動車専用道路で約30kmだ。

  • チロルの山村

    チロルの山村

  • 谷間の村

    谷間の村

ボルツァーノ中央広場

ボルツァーノ中央広場

古くはローマ時代にまで遡る街であり、中世には年4回、大きな市が開かれ、各地から商人が集まり発展した。その歴史を受け継ぎ、いまも野外市が立つ通りがある。メラーンと並んで第一次世界大戦前はチロル地方であったため、イタリアの街でありながらドイツ語も半ば共通語として使われている。
古くから繁栄してきた旧市街は、広場を中心とした石畳の路地が見事。商業で財をなした人の石造りの瀟洒な家や、壁画や彫刻を施した建物が多く目につく。
現在の市場は美食の国イタリアらしく、野菜や果物、ハム、ソーセージなどの種類も多い。

  • 広場に面した教会

    広場に面した教会

  • 教会の柱に珍しいライオン像

    教会の柱に珍しいライオン像

  • ボルツァーノ市役所

    ボルツァーノ市役所

  • 旧市街の商店街

    旧市街の商店街

  • 賑やかな市場通り

    賑やかな市場通り

  • 古いアーケードの台座を利用して…

    古いアーケードの台座を利用して…

この旧市街の外れにあるタルヴェラ川のたもとに、氷河で発見されたアイスマンが眠る考古学博物館がある。

  • 旧市街と新市街を隔てる川

    旧市街と新市街を隔てる川

  • 旧市街への橋のたもとには復元されたアイスマン

    旧市街への橋のたもとには復元されたアイスマン

考古学博物館(MuseoArcheologico)

1991年、氷河3,210m地点で発見された5,300年前の男性のミイラが冷凍保存されている。
ミイラはもとより、彼が身にまとっていた毛皮の衣類、靴、革製の腰巻き、紐類からこん棒やナイフまで展示されている。また現代の科学により、彼の内臓に残されたものから、このころの食料の種類や豊富さ、グルメぶりも解明されている。
さらに当時の人々の生活ぶりや、彼が誰かに追われ3,000mの氷河まで登ってきたところで殺されたことまで解明されていた。当時の人々の生活ぶりを知ると同時に、現代人の生活と大きな差がないことに、5,300年の時の流れを思うと、とても興味深いものがあった。

  • 考古学博物館

    考古学博物館

  • 考古学博物館入り口

    考古学博物館入り口

ドロミテへ

ドロミテへ

ドロミテ(LeDolomiti)山塊

イタリアの北東に連なる3000m級の山塊。垂直に切りたった独特の岩肌をみせる山々は、世界中のアルピニストの憧れであり、とくに岩山に挑戦するクライマーたちに人気がある。ユネスコ世界自然遺産にも登録されている。
ドロミテとは、灰色の岩肌を構成するドロマイト(苦灰石)を発見した地質学者デオダ・ドゥ・ドロミュー(Déodat de Dolomieu)に由来する。
ドロミテの西の拠点はボルツァーノ(Bolzano)であり、東はコルティナ・ダンペッツオ(Cortina d'Ampezzo)だ。この間は古くから人々が往来した道で「ドロミテ街道」といわれている。

カレッツァ湖。針峰が湖面に映り込む

カレッツァ湖。針峰が湖面に映り込む

ドロミテ街道

ボルツァーノの町からコルティナまで約120km、この間に2つの町と2,000m以上の3つの峠を越える。ボルツァーノの町を出て緑豊かな峡谷伝いを約30km走ると、最初の景勝地カレッツァ湖に出合う。
針葉樹林の中にエメラルドグリーンの澄んだ水を湛えた小さな湖だが、針葉樹の緑と灰色の針峰ラテマール山を、その湖面に映す神秘に満ちた風景だ。道を挟んだ森の中には駐車場とファーストフード店と小さな土産物店もあり、湖へはここから地下を通って行く。

  • 峠道が続く

    峠道が続く

  • 土産物店の前に木株のアート

    土産物店の前に木株のアート

さらに約10km、坂を上りコスタルンガ峠(PassoCostalunga)を越え、SS48号線をカナツェイ(Canazei)の町へ。ここから標高2,250mのポルドイ峠(PassoPordoi)へと登る。急カーブの連続だが、振り返るとカナツェイの町を見下ろす長い道の向こうにドロミテ山群を見ることができる。
峠からは標高2,950mのサッソポルドイ(SassoPordoi)まで、一気に登るロープウェイがある。展望台からはドロミテ山群や点在する町や村などが一望できる。
峠からの急カーブが続く下り道は、山々の眺めもよく、また牧草地帯では牛の群れも見ることができる。一昔前まではアルプスといえば、よく手入れされた緑の牧草地に牛や羊などがたくさん放牧され、カウベルの音が響いていたものだが、いまはそんな光景はめっきり少なくなった。放牧飼育では採算が合わなくなったと聞いた。

  • ドロミテ街道

    ドロミテ街道

  • 2,000メートル近くなると山は雪が残る

    2,000メートル近くなると山は雪が残る

  • ファルツァレーゴ峠の小教会

    ファルツァレーゴ峠の小教会

  • 峠から下るとお花畑が広がる

    峠から下るとお花畑が広がる

  • ラガツォイ小屋へのロープウェイ

    ラガツォイ小屋へのロープウェイ

  • 山岳兵のルートはトレッキング路に整備されている

    山岳兵のルートはトレッキング路に整備されている

コルティナから約20km手前に、この街道3つ目の峠ファルツァレーゴ(PassoFalzarego)がある。標高2,105mの峠から2,752mのラガツォイ小屋までロープウェイで登ると、第一次世界大戦(1915〜1918)時のイタリアとオーストリアの戦いの跡が残されているところを見る事ができる。
岩肌に刻まれた遺物や傷跡、岩をくりぬいた塹壕や岩を積み上げた要塞跡への見学路もある。峠を飛び越す飛行機を狙う機関銃座もトンネルの中に残されていた。かなり危険な岩場を伝い歩くところもあるので十分な注意が必要だ。

  • 山頂駅から見下ろす。山岳兵のルートが細々と見える

    山頂駅から見下ろす。山岳兵のルートが細々と見える

  • トンネル内に第一次大戦の機関銃

    トンネル内に第一次大戦の機関銃

コルティナ・ダンペッツォへ

コルティナ・ダンペッツォへ

コルティナ・ダンペッツオ
(Cortina d'Ampezzo)

ドロミテの女王といわれているこの町は、壮大な石灰岩の鋭い峰に囲まれたリゾート地である。元来畜産の村だったが、第一次世界大戦の後、森林開発で鉄道が通るようになると木材の取引や、裕福なドイツ人やイギリス人たちが訪れるようになった。この美しい山々を新聞やガイドブックが紹介し、まもなく多くの人々に知られるようになった。
アルペンスキーでオリンピック唯一の入賞者、猪谷千春氏が銀メダルを獲得した会場でもある。

現在は一年を通して、登山やスキーはもちろんのこと、さまざまなスポーツイベントが行われ世界中から観光客を集めている。人口600人の小さな町だが、中心部には現代美術館や民族博物館、古生物博物館の他、地元の銀細工やガラス細工などから、多くの世界ブランド品などが並ぶショッピング街もある。

  • コルティナの教会

    コルティナの教会

  • コルティナの町

    コルティナの町

  • コルティナの町を見下ろす

    コルティナの町を見下ろす

  • ミスリナ湖

    ミスリナ湖

ミスリナ湖とホテル

ミスリナ湖とホテル

また町をとり囲む山々へ、それぞれ頂上あるいは中腹までロープウェイがあり、展望を楽しめるばかりか、登山路やトレッキングコースなどもある。
町から約20km、ヴェネチア(Venezia)へと抜けるSS51号線へ向かうと、ミスリナ(Misurina)湖がある。
周囲約3km、深さ5mの湖だが周囲のソラピス(Sorapiss)山群とその氷河を映す美しい湖だ。

スロヴェニア(Slovenia)

ミスリナ湖を下りSS51号線を約30km、ヴェネチアとの分岐点を北へ、SS52号線を辿りながら複雑な田舎道を経て走ること約150km、スロヴェニアの田舎町ザガ(žaga)へと入った。スロヴェニアはEU加盟国なので、国境での出入国検査もない。
スロヴェニアはオーストリア、ハンガリー、クロアチア、イタリアとの国境を接した約20,000km2で四国より少し大きい面積を持つ。うち半分が森林でオーストリア、イタリアに接する部分は、アルプスの反対側"ユリアンアルプス"といい、山塊の風景はアルプスに劣らないと自負する。さらに中央部には大小たくさんの洞窟や鍾乳洞、数々の湖と美しい自然に恵まれた国である。

  • スロヴェニアへ

    スロヴェニアへ

  • スロヴェニア国境

    スロヴェニア国境

  • スロヴェニア国境検問所跡

    スロヴェニア国境検問所跡

  • スロヴェニアの山村

    スロヴェニアの山村

コバリド(Kobarid)

第一次世界大戦の激戦地だったところ。コバリドの背景には約800mの断崖とともに標高2,245mのクルン山がそびえる。それはユリアンアルプスと呼ばれるスロヴェニア北西の山岳地で最高峰の山脈であり、そこから流れるソチャ川はアドリア海へと注ぐ。

  • コバリドへの標示

    コバリドへの標示

  • コバリドとソチャ川

    コバリドとソチャ川

ナポレオンはこの橋を渡ってイタリアへ進軍した

ナポレオンはこの橋を渡ってイタリアへ進軍した

イタリア語でソチャ川はイゾンツォ川と呼ばれ、イタリアとオーストリアの戦いが12回にもわたり繰り広げられたところ。「イゾンツォの戦い」ともいわれている。ここでイタリア軍は30万人近くが死傷したという甚大な被害を出した。この戦いを舞台に文豪ヘミングウェイは小説『武器よさらば』を書いた。
その激戦の跡が残る山の中へは、いまは車で行くことができる。山を掘り、岩をくり抜いたトーチカや弾薬庫、補給路など馬車や人力で行われた当時の厳しい戦場跡を見ることができる。

  • コバリド戦争博物館

    コバリド戦争博物館

  • 戦争博物館

    戦争博物館

第一次大戦、イタリア軍塹壕跡

第一次大戦、イタリア軍塹壕跡

また町には戦争博物館があり、ジオラマや遺物、写真などで、当時の戦争の経過や戦場を伝えている。町の背後、丘の上にはイタリア軍兵士を追悼する大きな教会があり、参拝者が絶えない。
いまはソチャ川沿いが激戦地であったことなど信じられないほど、静かな農地や村が広がり、ソチャ川はラフティングやカヌーなどのスポットとして人気を集めている。

  • 尾根に沿って塹壕は長々と続いていた

    尾根に沿って塹壕は長々と続いていた

  • イタリア軍戦没者の慰霊教

    イタリア軍戦没者の慰霊教

アーモ・イタリア旅行案内 観光ガイド
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イタリア旅行情報サイト ジャパン・イタリア トラベルオンライン
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取材:2014年6月

  • ※ドライブコースの情報はそれぞれの記事の取材時点のものです。