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イタリアの旅(4)
ペルージャからオルヴィエート

ドライブライン

11月4日広場へ続く階段 ペルージャからのつづき

ペルージャの歴史は紀元前4世紀まで遡る。エトルリアは、紀元前8世紀から紀元前1世紀ごろイタリア半島中部にあった都市群で12都市連盟と呼ばれる連合を形成し勢力を誇っていた。
その都市の一つであったペルージャには、エトルリアの文明の高さを物語る遺構や墳墓がいまも数多く残されている。


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ドライブライン

<コース>
アンコナ(Ancona)−高速道路A14−セニガリィーア(Senigallia)−田舎道360−ファビリアーノ(Fabriano)−アッシジ(Assisi)−ペルージャ(Perugia)−オルヴィエート(Orvieto)−N71−高速道路A12−ローマ(Roma)
全行程 約450km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●アウグストゥスの門(Arco o di Etpusco Augusto)

ペルージャの町の北側の城壁に設けられた門の一つ。紀元前3〜2世紀ころのもので、エトルリア門ともいう。巨大な石のブロックが積まれた堂々とした門で、中央のアーチと左右の塔の部分は当時のものだが、上部の第2のアーチはローマ時代に造られたもの。

アウグスト門。今でも使われている
アウグスト門。今でも使われている
アウグスト門(エトルリア門)のレプリカ
アウグスト門(エトルリア門)のレプリカ

歴史家ヘロドトスによると、エトルリア人は小アジアのリディアからやってきたと言われている。一方ではエトルリア人はイタリア古来の民族といい、または海洋民族だったとも言われている。ただ、古代ギリシャや古代ローマとは異なる独自の文化を持ち、高い建築技術と優れた芸術性を備えていた。
やがてその技術は都市国家ローマの建設に活かされた。紀元前4世紀、ローマの勢力が強まり、やがてローマに同化し、紀元前87年ユーリウス法により、エトルリア人もローマ市民権を得た。
11月4日広場へ続く階段
11月4日広場へ続く階段
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●ローマ時代のモザイク画

エトルリア門をくぐり左にカーブを描いて続く道を下ると外国人大学の構内に、古代のモザイク絵画が収められた一画がある。かつてはエトルリア人の館の跡で、石柱などもガラス張りの中に保存されているが、もとはラベンナ(Ravenna)にあったという動物のモザイク画は必見だ。
ゾウ、ライオン、イヌ、ウサギなど多種類の動物ばかりが描かれたローマ時代のモザイク画は珍しい。

モザイクで描かれた竪琴を弾く青年
モザイクで描かれた竪琴を弾く青年
イタリアにはいなかった象も描かれている。アフリカから連れてきたのだろう
イタリアにはいなかった象も描かれている。
アフリカから連れてきたのだろう


●アッピア通り

エトルリア門の外、フォルテブラッチョ広場(Piazza Fortebraccio)に面した建物は、イタリアの文化を世界に広める目的で設立されたペルージャ外国人大学で、語学を中心に歴史、芸術、文学などのコースがある。現在、世界140ヶ国から約7,000人もの学生が学んでいる。

アッピア通りの階段
アッピア通りの階段
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アッピア通りの標示
アッピア通りの標示

その大学本部前からカヴァッロッティ広場(Piazza Cavallotti)へと上る緩やかな石段の道。石段の後ろから延びてくるアクアドット(水道)通りと出合う。
かつては大聖堂前の大噴水に水を引くために造られた水道だ。通りに面した古い家には、死者を運び出したという小さな木の扉の出入り口もある。石段の歩幅が急になるところでエトルリア時代のアーチをくぐり広場や大聖堂に続く。
かつて死者は右の板張りの通路から運び出されたという
かつて死者は右の板張りの通路から
運び出されたという


わずかな道の広がりを生かしたレストラン
わずかな道の広がりを生かした
レストラン

古い建物にマネキンが…
古い建物にマネキンが…

古い水場
古い水場
広場の下へ通ずる水道のトンネル。ひんやりとしている
広場の下へ通ずる水道のトンネル。
ひんやりとしている


人も車も通る現代の道の上にローマ時代の水道橋が架かる
人も車も通る現代の道の上に
ローマ時代の水道橋が架かる

水道橋は水が無く、散歩道にもなっている
水道橋は水が無く、
散歩道にもなっている


●プリオーリ通り(Via dei Priori)

プリオーリ宮の西、中世が息づく狭く薄暗い石畳の道。13世紀のシーリの塔やエトルリア門、トラジメーナ門、別名「聖ルカのアーチ」と呼ばれるアーチ門がある。下り切るとルネッサンス初期の建築のサン・ベルナルディーノ教会(San Bernardino)がある。

煉瓦の壁、路面。こんな路地が続く
煉瓦の壁、路面。
こんな路地が続く

路地入り組み、アーチ型の入り口、窓。最近まで住居だった
路地入り組み、アーチ型の入り口、窓。
最近まで住居だった


●国立ウンブリア考古学博物館

ペルージャ旧市街の南側にあり先史時代の鉄器や青銅などから、エトルリア、ローマ時代に関する収集品の数々を展示している。
ペルージャ周辺から出土したものをはじめ、ネクロポリスからのエトルリアの石棺やブロンズ像、ローマ時代の彫刻などが並ぶ大回廊。上階にはギリシャ神話に登場する王メレアグロスの伝説をモチーフにした棺など、貴重な出土品がある。

●オルヴィエート(Orvieto)

オルヴィエートの町は丘の上に広がっていた
オルヴィエートの町は丘の上に広がっていた

丘の上にある要塞都市、古代エトルリアにおいて重要な中心地であった。紀元前3世紀にローマ軍によって破壊され、一時は住む人すらいなくなったという。しかし、3世紀ころになると通商でオルヴィエートの繁栄が再び訪れた。
やがてローマが衰退し、西ゴートがイタリアに侵入してきたが、地形の優位性に加え、防備を固め、町を守った。中世以降は教皇庁との関係が深く、1527年ローマの略奪を逃れたクレメンテ7世法王が、このオルヴィエートに逃れしばらく滞在したこともある。
この町は、また、崖の下には紀元前5世紀ころのネクロポリ(死者の町)が横たわる。

オルヴィエートで最も古いサン・フランチェスコ教会
オルヴィエートで最も古い
サン・フランチェスコ教会

アーチの中の土産物店。上は住居になっている
アーチの中の土産物店。
上は住居になっている


エトルリア人の墓所“死者の町”のすぐ上には今の町がある
エトルリア人の墓所“死者の町”の
すぐ上には今の町がある

エトルリア時代の発掘物
エトルリア時代の発掘物

●ドゥオーモ(Duomo)

ドゥオーモとは、イタリア語で街を代表する教会堂のこと。語源はラテン語の“神の家”。オルヴェートのドゥオーモは世界に誇る、イタリア・ゴシック建築の傑作。
1263年、ボヘミアの聖職者がローマの巡礼の帰り道オルヴェートの南西のボルセーナ湖でミサをあげていたところ、パン(キリストの肉の象徴)から血がしたたり落ち、パンを乗せた布が血に染まった。これを「ボルセーナの奇跡」という。
1290年この奇跡の布を祀るための、ドゥオーモの建設がはじめられ完成したのは約300年後の17世紀に入ってから。なんと300年もの歳月をかけてできたドゥオーモである。

ドゥオーモの正面は美しいモザイクで飾られている
ドゥオーモの正面は美しい
モザイクで飾られている

教会正面の壁画は見事
教会正面の壁画は見事
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建物の正面(デザイン)を指すファサードは繊細な模様を浮き彫りにした柱、モザイクで埋められたゴシックの巨大な祭壇のような入り口や、そこを囲むアーチの彫刻などは、多くの建築家、彫刻家、画家などが腕をふるった作品で、最後に完成された。高く聳える4本の尖塔の基部には「イエスの生涯」「天地創造」などの彫刻が施されている。
正面上部の柱の上の預言者達のブロンズ像やレース模様のような丸いバラ窓など、その見事な造形に、しばし、時の経つのも忘れ眺め見る。

路地から見るドゥオーモ
路地から見るドゥオーモ
ドゥオーモ内部。柱の模様が珍しい
ドゥオーモ内部。柱の模様が珍しい

内部は3廊式になっていて、外壁同様、床、壁面とも白と黒の石が交互に組まれた縞模様になっている。各廊は半円形のアーチで仕切られ、天井は木造の梁が剥き出しになっている。入って直ぐ、左の側廊にはフレスコ画『聖母子』、祭壇には『キリストの磔刑図』があり、奥には礼拝堂の他、『予言者とキリスト』など聖書の物語や戒めなどの絵画やフレスコ画、彫刻で飾られている。

そして、左翼廊の奥にはコルポラーレ礼拝堂があり、その祭壇には「ボルセーナの奇跡」の聖遺物(血に染まった布)を納めた「聖遺物箱」が置かれている。
金属製のこの箱は、金属と七宝をふんだんに使った『キリストの生涯』の図柄で、中世の貴金属工芸技術の高さを物語る作品である。作者はシエナの職人で1338年の作とされている。
フレスコ画に囲まれた礼拝室
フレスコ画に囲まれた礼拝室
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●国立考古学博物館(Museo Archeologico Nazionale)

ドゥオーモの奥隣りにある建物で、13世紀には法王の館だったところ。近隣のエトルリア時代の遺跡からの発掘品が主に展示されている。
当時の貴金属製品、彫刻されたテラコッタ製の骨壺、石棺、色彩の施された壺や、装飾品から生活用品まで、後のローマに影響を与えた貴重なものが多い。
オルヴィエートの考古学博物館
オルヴィエートの考古学博物館

戦闘を描いた壺
戦闘を描いた壺
古代のイヤリング
古代のイヤリング

●ソリアーノ宮(Palazzo Soliano)

ドゥオーモの右隣りにある大きな建物で、13世紀後半に建てられたもの。この地方特産の凝灰石で造られたもの。外に付けられた階段と大きな窓、テラスが特徴。現在は「ドゥオーモ付属博物館(Museo dell’Opera del Duomo)」になっている。
見どころは絵画でシモーネ・マルティーニ(Simone Martimi)の「聖母子像」と「聖母と聖人達」の2枚の板絵だ。

●ファイナ宮(Palazzo Faina)

ドゥオーモの真向かいに建つ宮だが、現在は「市立考古学博物館(Musei Archeologici Faina e Civico)」となっている。エトルリア時代の埋葬品、石棺などから美術品から装飾品などが収められている。
なかでも紀元5世紀ころのアッティカの壺や死者が黄泉の国に向かう様子を描いたヴァンスの壺などが展示されていて、なかなか興味深い。

●レプッブリカ広場(Piazza della Repubblica)

街の中心の広場。中世の建築物である市庁舎があり、オルヴィエートで最も古い11世紀に建てられたサンタンドレア教会(S.Andrea)がある。
15世紀に改修されたという現在の市庁舎の多角形の塔は12世紀の建造当時の姿のままであり、シンプルなデザインの教会も内部はゴシック様式で、地下にはローマ時代の遺構も残している。広場には市場があり、この古い町に住む人々の日常生活が見ることができる。

町で一番派手な土産物屋
町で一番派手な土産物屋
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猪料理の店
猪料理の店

路地裏のレストランで。トスカーナで一般的な焼野菜の前菜、トリフ入りパスタ、タリアッテ、豚肉の串焼き、ラムチップス
路地裏のレストランで。トスカーナで一般的な焼野菜の前菜、
トリフ入りパスタ、タリアッテ、豚肉の串焼き、ラムチップス


動物の足の下に人の顔。外敵なのだろうか
動物の足の下に人の顔。
外敵なのだろうか

何を狙うか?この野良猫は…
何を狙うか?この野良猫は…

●ケーブルカー(Funicolare)

オルヴィエートの街は丘の上にあるため鉄道駅からバスの他にケーブルカーがある。ケーブルカーの終点には、観光案内所と広い駐車場がある。ここで街の地図や見どころ案内のパンフレットなどが揃う。
近くには1527年、ローマ略奪を逃れてきた法王クレメンス7世が掘らせた井戸がある。直径13m、深さ62mのサン・パトリツィオ(Pozzo di SanPatrizio)もある井戸の周囲には上下に重なった二つの螺旋状階段がある。

●エトルリアのネクロポリ(Necropoli Etrusuca)

丘の街の下、街を巡る道の途中に石造りの、少し不気味な死者の町がある。オリーブの木の中にあるクロチフイッソ・デル・トゥーフォ(Crocifisso del Tufo)のネクロポリは紀元前5世紀中ころのものという。いくつかの小径に沿って墳墓が並ぶ。
文字通りトゥーフォ(凝灰石)をくり抜いたり、切り出された石を積んだりして造られた大小の墳墓が無数にある。あるものは死者の名前なのか、文字が刻まれたものもある。人がひとりやっと入れる部屋には、石棺が入ったままのものや、苔の付いた石柱がころがるもの、また空のものまであった。
古代エトルリア人の死者の町や、ここから発掘された多くの埋葬品などから、エトルリア文化と独特な生死観、宗教観など多くが伝えられている。

死者の町はキチンと区画整理されていた
死者の町はキチンと区画整理されていた
死者の町。墓の入り口には名前も彫られていた
死者の町。墓の入り口には
名前も彫られていた


オルヴィエートからローマへは高速道路で約100km、1時間の距離である。しかし、車という足と時間があったので、あえて田舎道を辿り、「ボルセーナの奇跡」が起こったと伝えられるボルセーナ湖畔(Lago di Bolsena)を巡りながら、ローマっ子のリゾート地、アルジェンタリオ(Argentario)半島を経由しながらローマに着いた。

ローマへ向かう山の中に静かなボルセーナ湖があった
ローマへ向かう山の中に静かなボルセーナ湖があった


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取材:2008年9月