ニッポンレンタカーHOME > 旅のお役立ちガイド > ドライブガイド > 静寂な杜の福井と華やかな伝統の町金沢(寄り道編)

静寂な杜の福井と華やかな
伝統の町金沢(寄り道編)

ドライブライン

華王殿 福井から金沢へのドライブの帰り道、ふと立ち寄った「那谷寺」と、福井から少し足を延ばした古戦場「賤ヶ岳」を紹介しよう。

タイトルとはかなり距離も離れているが、ともに福井市から日帰りコースである。


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
金沢市−那谷寺−賤ヶ岳古戦場跡−福井市

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

<ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください>



●那谷寺(なたでら)

金沢市から福井方面へと戻る途中(金沢から約30km)にある。白山信仰の寺で、養老元年(717)泰澄(たいちょう)大師によって開基された。その後、寛和2年(986)、西国三十三番札所を開いた花山法皇が那谷寺と名を改めた。現存するほとんどの建物は、江戸時代の寛永17年(1640)加賀藩主前田利常によって寄進されたもので、松尾芭蕉も立ち寄った名刹である。
那谷寺山門
那谷寺山門

大悲閣本殿の門
大悲閣本殿の門
大悲閣本殿(重文)
大悲閣本殿(重文)

岩を刻んだ護摩堂への階段
岩を刻んだ護摩堂への階段
護摩堂
護摩堂

本尊の千手観音は自然石の岩窟に安置され、この地に御堂が建立されたことから、自生山岩屋寺とも呼ばれている。山門をくぐると、椿の並木と古杉に覆われ苔むした参道が続く。山や池のある広大な境内には本殿の他、庫裡書院、三重塔、護摩堂、鐘楼堂とあり、これらすべてが国の重要文化財という貴重な建造物が点在する。

寛永年間、前田利常が再建した三重塔(重文)
寛永年間、前田利常が
再建した三重塔(重文)
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)

前田利常が再建した鐘楼(重文)
前田利常が再建した鐘楼(重文)

鎮守堂
鎮守堂
華王殿
華王殿
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)



なかでも珍しいのは、太古の噴火の跡が長い歳月の間に奇岩となって形成された遊仙境という天然の公園で、むき出しの岩肌には小さな階段が刻まれ、その奥に観音像が安置されている。

芭蕉は元禄2年(1689)8月5日(陽暦9月18日)曾良と別れ、北枝を伴い小松へと向かう途中、那谷寺に参詣した。
遊仙峡の岩上から見る池
遊仙峡の岩上から見る池

鎮守堂から見る遊仙峡
鎮守堂から見る遊仙峡
(画像をクリックすると拡大写真を表示します)

遊仙峡
遊仙峡

「山中の温泉に行くほど白根が岳あとにみなして歩む 左の山ぎはに観音堂あり。花山の法皇、三十三の巡社をどげざさせたまひしのち、大慈大悲の像を安置したまひて、那谷と名付けたまふとなり」と奥の細道に記されている。
“石山の 石より白し 秋の風”と詠んだ芭蕉の句碑がある。

翁塚「山中の…」の文が刻まれている
翁塚「山中の…」の文が刻まれている
芭蕉の句碑
芭蕉の句碑

●賤ヶ岳(しずがたけ)古戦場跡

南西は奥琵琶湖と比良山系や竹生島など湖山の美しい景色が、東には遠く伊吹山を望み、足元には羽衣伝説で名高い余呉湖が広がる。奥琵琶湖随一の景勝地。
織田信長が本能寺で明智光秀に討たれてから9ヶ月、天正11年(1583)、近江国(現:滋賀県)、琵琶湖の北、賤ヶ岳(標高421m)付近で行われた羽柴秀吉(後の豊臣)と柴田勝家との戦いの場でもある。これは織田勢力を二分する激しい戦いで、秀吉はこの戦いの勝利で織田信長の権力と体制の継承者となった歴史の場所だ。
合戦の中心となった余呉湖周辺
合戦の中心となった余呉湖周辺

賤ヶ岳へは、北陸自動車道木之本インターを出て、交差点を左折、塩津方面へ向かうと、間もなくトンネルが見えてくる。トンネル手前を左折し、山際の細い道に入ると賤ヶ岳リフト乗り場の駐車場だ(リフト乗り場へはここから急な山道を徒歩5分)。
さらにリフトで5分。リフト終点から歩いて登り300mで賤ヶ岳山頂だ。

リフトで賤ヶ岳へ
リフトで賤ヶ岳へ
七本槍古戦場跡
七本槍古戦場跡

山頂からは東に木之本の街並みと、その遠くには小谷城のあった山も見える。眼下に臨む余呉湖を取り巻く山脈は柴田勝家が最初に陣取った中尾山(木之本と敦賀の県境)、その部下で尾山(金沢)城主佐久間盛政が前田利家勢との壮絶な戦いで最期を遂げたという大岩山が湖畔の右に小さく見える。
また、羽柴勢が砦を置いた天神山、余呉湖の北側に延びる北国街道周辺の山々など見渡す限りが戦場だったのだ。今は樹木に覆われた山々も、当時は丈の短い灌木や笹藪だったそうだが、現在のように整備された登山道などなかった時代のことである。

3月12日(陰暦5月3日)から約40日間続いた戦い、最初はまだ雪の中をかき分けての行軍でもあったという。鎧兜の重装備で1日40kmも歩いたという兵士の記録もある。
標高は決して高くはないが、連なる山中に砦を築き、激しい合戦が行われたとは、いまはとても想像すらできない穏やかで美しい風景が広がっていた。

賤ヶ岳山頂の像。山を駆けめぐり疲れ切った様子がよく分かる
賤ヶ岳山頂の像。山を駆けめぐり
疲れ切った様子がよく分かる

七本槍と言われた猛将の幟(のぼり)
七本槍と言われた猛将の幟(のぼり)

合戦・戦没者の野仏がまとめて供養されていた
合戦・戦没者の野仏がまとめて
供養されていた

名もない兵を偲んだ石像群
名もない兵を偲んだ石像群

賤ヶ岳山頂には戦場跡碑と戦没者の碑がある。少し離れたところには、槍を担いで休む兵士の像もある。かなり疲れた表情が当時の激戦を偲ばせる。
そして再びリフトで下った麓には、この戦いで功名をあげ秀吉の武勲者として「賤ヶ岳の七本槍」と呼ばれた七人の名が書かれたのぼりが立っていた。風にはためくその名は福島正則、加藤清正、加藤嘉明、脇坂安治、片桐且元、平野長泰、糟屋武則と歴史に名高い若武者たちだった。
/リフト往復 760円、問い合わせ 近江鉄道 TEL 0479-82-3009

静まりかえった琵琶湖
静まりかえった琵琶湖



○ニッポンレンタカーの車種・料金

詳しくは車種・料金一覧表をご覧ください。

○石川県、福井県、滋賀県内のニッポンレンタカー営業所

ニッポンレンタカー ホームページの営業所検索で、石川県福井県滋賀県の営業所リストをご覧いただけます。


那谷寺
寺の歴史や境内、宝物館などの案内のほか「那谷寺だより」にイベントや折々の話題が掲載されている。
余呉町観光協会
「賤ヶ岳の合戦」「羽衣伝説」をはじめ町の歴史や文化、おすすめハイキングコースなどが見られる。

取材:2008年6月