ニッポンレンタカーHOME > 旅のお役立ちガイド > ドライブガイド > 北海道日本海 石狩湾から留萌へ

北海道日本海 石狩湾から留萌へ



北海道は夏のシーズン真っ盛りだが、この日本海沿いを辿る国道231号線は本州からの観光客にとっては、どちらかというとマイナーなコースだ。

荒々しい雄冬岬の岩 有名な観光地は人で賑わい、道路にはレンタカー・ナンバーの車がたくさん行き交う夏の北海道だが、この海沿いはレンタカーは珍しい。だが、決してマイナーなところではない。広い砂浜、岩礁に砕ける白波、原生林の中を流れてきた清流がそのまま海へと流れ落ちる滝、と変化に富んだ風景がある。
また、和人として最初に住み着いた地や250年も続いた歴史を持つ町、9月の鮭漁を待つ漁師たちのいる港もある。
いまは石狩湾や留萌周辺は海水浴場が多いため地元や近郊の人々で週末は渋滞するほど交通量があるが、普段は自分のペースで走れる道がどこまでも続く。





<コース>
札幌−(国道5号線)−石狩−(国道231号線)−厚田−浜益村−雄冬岬−増毛町−留萌
全行程 約150km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

<ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください>



●石狩湾沿い

大雪山を源に持つ石狩川は多くの支流を集めながら、大河となって日本海に注ぐ。札幌市やその郊外の喧噪もまるで嘘のように緑の田畑や草原が続く。のどかな牧場風景もあり、いま走る国道231号線が海岸に近いことを忘れさせるほどだ。
石狩川に架かる橋
石狩川に架かる橋
厚田近辺の風力発電
厚田近辺の風力発電
やがて二基の風力発電用の風車が左に現れると、間もなく視界が開け日本海の大海原を見ながら走る。嵐の前ぶれか荒い波が岸でくだけて白く散っていた。

サケ漁の出番を待つ厚田港の漁船
サケ漁の出番を待つ厚田港の漁船
厚田の浜では漁師たちが間もなく鮭漁に出る船の手入れに余念なく、傍では女性が今朝捕れたという蛸を売っていた。人の腕ほどもあるような太い蛸足である。
「北海道でも秋アジ(鮭)の解禁はこのあたりが一番早く9月1日には出漁し、3日には今年初の秋アジが揚がるんだ」とその日を待ちきれないといった顔で話す。

10月になると卵(筋子)が大きくなって鮭の味は落ちるそうだ。9月はじめの鮭は味がよく、道内各地から買いに来るとか。水揚げしたばかりの鮭を漁師から買うことができるが、早朝6時ごろだけ。その後は仲買人の手で市場に出る。1kgが1,000円くらい。1尾が4kgぐらいだという。
漁にはときどき大きなカメが網にかかることがあるという。カメは縁起もの。1升酒を飲ませて海に帰す。カメのかかった船は他の船より必ず大漁だそうだ。

●雄冬岬(おふゆみさき)

今年の夏はあいにくの天気だ。例年は浜益村は海水浴客で賑わうが、今年はどうも人出が少ない、と地元の人の話。
気温が25度になると北海道の人たちは海に入る。猛暑の東京から来れば25度は涼しすぎてとても海水浴の気分にはならないが、短い夏を精一杯楽しもうとする人たちで浜辺はいっぱいだ。北海道の人たちの海の楽しみ方は浜にテントを張って家族や仲間たちと数日を過ごす。
浜益の海水浴場。短い夏を楽しむ人たちがいた
浜益の海水浴場。
短い夏を楽しむ人たちがいた

荒々しい雄冬岬の岩
荒々しい雄冬岬の岩
(画像をクリックすると
拡大写真が表示されます)

砂浜の続く浜益村を過ぎると暑寒別岳(標高1,491m)とその周辺の山岳地帯から続く岩尾根が日本海に落ち、岩壁状になった海岸線だ。岩盤をくりぬいたいくつものトンネルをくぐって走る。

雄冬岬を抜けるトンネルは難工事の末、昭和50年代に完成。陸の孤島ともいわれた日本海側の海岸線沿いの村や町は一本の道で結ばれた。
暑寒別の裾から一気に落ちる幾筋もの水、“白銀の滝”もドライバーの気持ちをやわらげてくれる。
雄冬岬に落ちる滝
雄冬岬に落ちる滝
(画像をクリックすると拡大写真が表示されます)


●増毛町

雄冬岬から再びトンネルをいくつもくぐりながら20kmほど行くと、人口約6,000人という町増毛に着く。
JR留萌本線の終点駅というだけで、一見なんの変哲もない海辺の町だ。だが町民の話によるといまから250年も前に和人がはじめて北海道に住み着いたところだという。
250年前はさだかではないが、江戸時代の「陣屋跡」もある。現在はこの町の資料館になっているが、復元したというガラス張り安普請の陣屋は魅力に欠けた。だが、明治の豪商「本間家」と日本最北の酒造の建物や鰊船などぜひ訪れたいところだ。

○旧商家 丸一本間家

明治初頭、鰊漁で沸く増毛に新潟佐渡からやってきた本間泰蔵氏が、呉服店から優れた才覚と行動力で、北前船の交易、酒造そして鰊と手広い商いの末、天塩國随一の豪商と呼ばれるようになった。
その本間家は町屋様式の豪壮な建築物で、約20年の歳月をかけて明治30年に完成した。
増毛の本間家、明治時代は呉服店だった。今も保存されている
増毛の本間家、明治時代は
呉服店だった。今も保存されている


ケヤキや紫檀をふんだんに使い贅を尽くした建築は、呉服店舗、蔵、醸造蔵をはじめ帳場、茶の間、奥の間、仏間と昔の日本建築のすばらしさをみせてくれる。いま一世紀以上の時を刻み平成12年北海道指定有形文化財として甦った。
同じ豪商の山形酒田の本間家との関係はない。
/入館料 400円、TEL 0164-53-1511

○日本最北の酒造「國稀」

「國稀」は日本酒の銘柄であり醸造元でもある。宣伝をしているわけではないが北海道では名の通った銘柄で、本州にも少しは出回っているとか。
明治15年に増毛の役所に酒の仕込みの届けを出して以来120年造り酒屋として今も続いている。北緯44度、酒造としては日本最北の地であり、暑寒別岳を源とする伏流水を使い、北海道の新鮮な食材に合う酒をつくるというこだわりを持つ。
國稀の店構え
國稀の店構え
國稀の酒蔵にはこんな展示も
國稀の酒蔵にはこんな展示も
酒造元としても名高いが、昔ながらの酒屋独特の建物とかつての酒造に使った道具も展示され、広い土間に掘られた井戸から伏流水がわき出ているなどまるで博物館のようで面白い。見学も自由で試飲もできる。ただし、ドライバーはダメ。
この酒造所は隣家の本間家が酒造元を移したもの。現在は4代目が継いでいる。
/TEL 0164-53-1050

○鰊船

北海道の日本海側といえば鰊とは切り離しては語れない歴史を持つ。
明治・大正・昭和と続いた鰊漁。その鰊が日本海沿岸から去って久しいが、昭和28年ごろまで鰊漁は行われていた。だが、たった50年の歳月で大漁に沸いた鰊の歴史は跡形もなく消えた。いくつか残った番屋は復元され観光名所となったが、それも数えるほど少ない。
やん衆が乗った船“鰊船”のほとんどは解体されて燃やされたり浜辺に放置されて朽ち果てた。原型をとどめて残った船はたった2艘と聞いた。一艘は留萌近郊にある鰊御殿(次回ドライブガイドに記載予定)の敷地に展示されている。そしてもう一艘がここ増毛の本間家の酒造所敷地内に展示されたばかりだ。

鰊船はそれまで増毛の公共温泉にあった。保存状態もよく、いまも海で活躍できそうだ。町は温泉を改築するにあたって邪魔物の船を捨てることになった。それを聞いた「國稀」の4代目主人、林 眞二氏が古い酒造倉庫にこの船を納め、無料公開している。

この鰊船の説明にあたるのは、もと鰊船の製造にたずさわったという船大工の斉藤和弘さん(72歳)だ。
いま斉藤さんの趣味は鰊船の模型製作だ。鰊船の話を伺っているうちに、斉藤さんに招かれ自宅へ。作品の模型で鰊船の構造と鰊の捕り方を教えてくれた。
実際に携わった人から知らない世界を見聞できる、これが旅の最大の喜びといえよう。
問い合わせ/「國稀」と同じ。
増毛にただ1人残るニシン船の船大工、斉藤和弘さん
増毛にただ1人残る
ニシン船の船大工、斉藤和弘さん


日も暮れかけた道を留萌市へと急ぐ。増毛から留萌へは約20km。
携帯電話に東京から電話がかかる。「暑い!」と嘆く言葉を聞く。留萌の夜は気温18度、今夜も安眠が約束されている。



○関連記事

夏の積丹半島
夏だ!! 北海道へ行こう1 〜釧路湿原から納沙布岬への旅〜 前編
夏だ!! 北海道へ行こう1 〜釧路湿原から納沙布岬への旅〜 後編
夏だ!! 北海道へ行こう2 〜網走から知床半島への旅〜
夏だ!! 北海道へ行こう3 〜森の中に眠る摩周・阿寒・屈斜路湖〜
夏だ!! 北海道へ行こう4 〜帯広から千歳へ(日勝峠経由)〜



○ニッポンレンタカーの車種・料金

詳しくは車種・料金一覧表をご覧ください。

○北海道内のニッポンレンタカー営業所

ニッポンレンタカー ホームページの営業所検索で、北海道内の営業所リストをご覧いただけます。


石狩支庁
行政情報のほか、観光の見どころ、道民の森ガイド、「海のみち」「森のみち」「花のみち」の案内など。
石狩観光協会
石狩市のマップ、宿情報、観光案内、イベント情報など。鮭料理の店や朝市も紹介されている。

取材:2002年8月