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北海道最古の町江差と最北の城下町松前

ドライブライン

積丹・神威岬 「江差の五月は江戸にもない」と唄われたほど、江戸時代にニシン漁で賑わった江差は北海道開拓の入り口でもあった。日本航海路の北前船による交易で栄え、豪商の活発な取引を物語る商家、問屋蔵、町家やニシン御殿と呼ばれる建物が軒を連ねた昔の面影を今に残す。
一方、松前は室町時代からの歴史を持ち北海道唯一の城下町として、明治維新までの長い間、政治、経済、文化の中心として繁栄してきた。現在は、城や寺町の町並みなどが整備され古都の趣きを伝えている。
また北国の遅い春は桜前線の最北上地として「松前の桜開花」を各メディアが一斉に報じるほど松前城の桜は有名だ。

積丹半島から江差への日本海に沿って走る国道229号線は通称「追分けソーランライン」という。積丹半島に突き出た神威岬をはじめ、奇岩怪岩が点在する景勝地でもある。
小樽から、積丹を経由して渡島半島の日本海沿いを下り、江差を抜けて松前までは500km弱と、かなりのロングドライブだ。
ここでは小樽−積丹間のみどころなどは割愛する。(2002年「夏の積丹半島」参照)


サムネイル1 サムネイル2 サムネイル3 サムネイル4 サムネイル5 サムネイル6

ドライブライン

<コース>
小樽−積丹半島−岩内町−寿都町−瀬棚町−江差町−松前町
行程 約480km

ルート付近のリンクポイントをクリックしてみてください

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●積丹半島

深く澄んだ海、そのコバルトブルーの日本海に突き出た積丹半島は、神秘に満ちたドライブコースだ。切り立った断崖と巨岩、奇岩の海岸線が積丹岬から半島の付け根である岩内まで続く。半島を岩内へと抜ける国道229号線は神威岬の先、沼前から川白までの道は遮断されていたが、現在は全面開通。かつての難所は無数の立派なトンネルで結ばれている。
しかし、便利さと引き替えに、名所だった奇岩群や断崖から流れ落ちる滝などの景観が車窓からかなり失われていた。

積丹・神威岬
積丹・神威岬
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ウニ漁
ウニ漁

岩内から寿都へは奇岩や岩礁の美しい海岸線を走る。道路は整備され、岩礁や奇岩を巡らせた小さな岬は、いくつものトンネルで通過していく。

岩内町から約20km南の海岸には、弁慶の大きな像がある。弁慶岬に近い傘岩から雷電温泉付近は義経伝説が伝わるところ。

寿都町のはずれには風力発電の風車が回り、畑にはじゃがいもの花が一面に咲いていた。
弁慶岬
弁慶岬

ジャガイモ畑と風力発電の風車(寿都近く)
ジャガイモ畑と風力発電の風車(寿都近く)
弁慶岬には弁慶の像が建っていた
弁慶岬には弁慶の像が建っていた

賀老の滝へ。注意はしても出たらどうする?この先で舗装は終わる
賀老の滝へ。注意はしても出たらどうする?
この先で舗装は終わる


追分ソーランラインは岩の連なる海岸線だが、途中、島牧村の賀老渓谷へ寄り道をした。往復20kmの林間コースで、山の上は高原だった。正面には狩場山(1,520m)を望む。

600mの急坂を下ると日本の滝百選「賀老の滝」がある。「熊出没注意」の看板が目につく。

賀老の滝近くからの狩場山
賀老の滝近くからの狩場山
これで熊にあっても大丈夫!
これで熊にあっても大丈夫!

また海面から290mで日本一高いという茂津多灯台へ寄ったり、海面に突き出た3つの岩を称して三本杉という景勝地瀬棚町を過ぎると、道は一旦内陸へ入る。再び海辺を辿って江差へと続く。
この国道229号線のドライブは長距離の上、ホテルや旅館は少ない。だが、景色もよく、道路もよい。その上交通量も少ないとあって、薦めたい北海道のコースの一つである。
茂津多岬
茂津多岬

茂津多灯台
茂津多灯台
窓岩
窓岩

瀬棚の三本杉(岩塔)
瀬棚の三本杉(岩塔)
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オッ!ゴジラ?(瀬棚近く)
オッ!ゴジラ?(瀬棚近く)

快適なドライブルートが続く
快適なドライブルートが続く
カラフルな磯
カラフルな磯

●江差町

江差に和人が住むようになったのは1189年源義経が平泉の衣川で自刃した後、藤原泰衡一族がこの地に上陸したのがはじまりと伝えられている。よってここ江差は、北海道文化の発祥の地というわけだ。
江戸時代には、日本各地を結んだ北前船による交易で栄え、人口も3万人を超えていた。とくにニシン漁のころは、いわゆる「江差の五月は、江戸にもない」と唄われるほどの賑わいをみせ、商家の町、文化の町として発展した。信州の馬追唄から唄い継がれて完結した民謡の王様とまでいわれる「江差追分」などの伝統芸能や生活文化など有形、無形の遺産が数多く伝承、保存されている。
江差は古い街並を再建中
江差は古い街並を再建中
北から走ってきた国道227号線は、江差町に入ると228号と国道番号が変わるが、この国道沿いから高台に一本の整備された新しい道がある。「江差いにしえ街道」と名付けられたこの道沿いは江差の歴史的建造物を後世に残そうと、平成16年に完成した町並みがある。表通りの民家の全面を改築し、昔を演出するといういま全国的に流行の町興しというわけだ。その中にかつての豪商の古い建物も残されている。

●旧中村家

江戸時代のニシン漁全盛のころ、海産物の仲買商を営んでいた近江商人、大橋宇兵衛が建てたもの。家屋は当時江差と北陸を往復していた北前船で運んだ越前石を土台に総ヒノキアスナロ(ヒバ)の切り妻造り2階建て。
母屋から浜側へ倉が続く建物は、当時の廻船問屋の代表的な造りだ。
国の重要文化財に指定されている。
/入館料 300円、TEL 0139-52-1617
江差・中村家
江差・中村家
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●横山家

200年もの歴史のある横山家は、漁業、商業、廻船問屋と幅広く商いを営んでいた。現在の建物は約160年前のもので、母屋と四番蔵にはニシン漁が全盛期のころの生活用具などが展示され、当時の暮らしぶりを伝える貴重な資料が揃う。北海道指定有形民俗文化財にされている。
/入館料 300円、TEL 0139-52-0018

●旧檜山爾志郡役所

港を見下ろす高台にある洋館。明治初期の建築で、北海道有形文化財。現在は江差の自然、考古、歴史、民族についての常設と、年に数回の企画展などが開催されている。江差町郷土資料館となっている。
/入館料 300円、TEL 0139-54-2188
檜山爾志郡役所。今は資料館になっている
檜山爾志郡役所。今は資料館になっている
その他、江差には松前藩一の廻船問屋を営んでいた関川家の別荘や幕末にオランダで建造された幕府軍艦、開陽丸の復元船などのみどころも多い。

●上ノ国町

15〜16世紀にかけて津軽の豪族安藤氏が、のちに秋田に進出した一族を上ノ国安藤氏と称し、津軽十三湊を拠点とした一族が下の国安藤と称していた。
両安藤氏が夷島の地域をそれぞれ「上の国」「下の国」と呼んでいたといわれる。その「上ノ国」には北海道最古の民家といわれる笹浪家がいまも残り、他にも古い寺院や神社もある。この地は松前藩の祖が住んでいたともいう。
「にしん街道」の表示
「にしん街道」の表示

●旧笹浪家住宅

天保9年(1838)年に没した五代目久右衛門が建てたが、安政4年(1857)と翌年にかけて土台や屋根を葺き替えたと記録が残っている。笹浪家は能登国笹浪村、現石川県珠洲市から上の国に移り住んだニシンの網元。北海道に現存する民家では最古に属し、置き石屋根や冬の風を和らげるため正面の軒先を低くしている。内部も見学できる。
国の重要文化財だ。
/入館料 300円、TEL 0139-55-1165

旧・笹浪家
旧・笹浪家
笹浪家の内部
笹浪家の内部

●上國寺と上の國八幡宮

笹浪家住宅に隣接する上國寺は開基を嘉吉3年(1443)と伝えられる北海道有数の古刹。本堂の建立は宝暦7年(1757)といい、北海道に現存する仏堂建築では最古のもの。国の重要文化財に指定されている。訪れた時は櫓が組まれ、一部修復中だった。
隣には文明5年(1473)武田信広が創建した上の國八幡宮の社がある。本殿は明和7年(1770)の建立で、こちらも道内で現存する最古に属する建築という。

北海道最古・上國寺本堂。約400年前の建物
北海道最古・上國寺本堂。約400年前の建物
八幡宮。彫刻が見事
八幡宮。彫刻が見事

●城下町松前

松前が日本の歴史に登場してくるのは7世紀の『日本書紀』からで、記録によると大和朝廷は、東北地方とその以北に住む人々を蝦夷(えみし)と呼んでいた。地名の由来はアイヌ語のマト・マイが起源とされている。
15世紀、武田信広氏を祖とする松前氏は後に豊臣秀吉や徳川家康から独立した諸侯として認められ、1606年に現在の松前(福山)城の前身である福山館が築かれ、ここに松前藩が成立した。

●松前城と桜

嘉永年間(1848〜1853)、外国捕鯨船の来航やロシア南下政策など外国船の出没への備えを目的に、5年の歳月をかけて完成した道内唯一であり、我が国最後の城。
しかし、明治4年(1871)の廃藩によって、260年余にわたって続いた松前藩の歴史が閉じ、建物のほとんどが解体された。天守閣と本丸の一部を残したが、昭和24年(1949)、町役場から出火した火事の飛び火によって天守閣は焼失。現在の天守閣は、昭和35年(1960)に再建されたもの。
残った本丸御門と旧表御殿玄関は国の重要文化財に指定されている。

松前城
松前城
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城内の竹林
城内の竹林

松前の桜は、かつて松前城下の豪商や京の都から輿入れした藩主の奥方たちが、故郷を偲んで植えたり、参勤交代で江戸から持ち帰ったのがはじまりといわれている。松前で生まれた新品種の桜も約100種類、これだけの桜は全国でも松前だけと地元の自慢だ。日本の春「桜前線」北上の最後の花見の地、松前は約250種1万本以上の桜が咲き誇る。なかでも松前藩時代からの古木には「血脈桜」と名付けられた光善寺の桜は、推定約280年以上といわれ、松前を代表する品種「南殿」だ。
「血脈」とは死んだ人が仏になれるようにお坊さんが与える書付のこと。本堂修理のため切り倒されそうになった桜の精が住職に懇願し、伐採を逃れたという伝説がある。今も寺の境内で花を咲かせている。開花時期は5月3日〜10日頃。

光善寺。血脈桜が名物
光善寺。血脈桜が名物
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龍雲院。こちらは蝦夷霞桜が有名
龍雲院。こちらは蝦夷霞桜が有名

●寺町

松前城の北の一角に、江戸時代の名残を残す道内唯一の寺町がある。緑に囲まれた閑静な佇まいの中にひそりと佇む古刹。「北の小京都」または「北海道の鎌倉」などといわれるほどの風情がある。
寺町は、元和5年(1619)福山館の築城のあと、大館から移築したもので、当時は15もの寺院があったが、明治維新の戦乱で、松前藩が自ら火を放ち、現在は5ヶ寺を残すだけとなった。寺町の奥には松前藩主松前家代々一族の墓所がある。
その他、公園内には、かつての豪商家や鰊番屋などを再現した「松前藩屋敷」がある。
/松前藩屋敷入館料 350円、TEL 0139-43-2439

松前神社
松前神社
松前藩屋敷
松前藩屋敷


名物といわれる松前漬はスルメと昆布を醤油漬けにして熟成させたもの。日本各地で作られているが、その発祥は不明とか。
一説では、地名ではなく昆布の異称として松前という名がついたということだ。松前から函館にかけては昆布とスルメの産地なのだから、松前漬は本場の味といえよう。
松前漬けの店
松前漬けの店



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岩内町の観光情報
岩内町の観光スポットや温泉情報などを掲載しているほか、ユニークな「たら丸」探検隊レポートなど。
えさし 歴史・文化・観光情報
江差三大祭りをはじめ、江差町の主な観光名所・観光施設、ホテル・旅館などを紹介している。
北の小京都 松前観光協会
松前藩屋敷や松前の桜の紹介、宿泊施設やお土産情報などが見られる。

取材:2007年8月